2014年2月8日土曜日

治療関係の外からやってくる「アドバイス」について

ソチオリンピック、開幕しましたね!
開会式、最後まで見ていたら4時になってしまいました(苦笑)。
選手の皆さんがこれからどんな活躍を見せてくださるか、とても楽しみです。

さて、
皆さんは、主治医と決めた治療方針に「アドバイス」という名の口出しをされることはありませんか?

医療系メーカーに勤めているからでしょうか、私は職場でも「提案」をされることがあります。
お薬を飲むタイミングや、お薬の切替・用量・追加・中止といったことに「アドバイス」する人がいるのです。例えば、「(薬を)飲むタイミングを変えたらどうだ」「その(薬の)切替とか追加とかに俺は反対だ」といった具合です。また、友人、家族、親戚、知り合いに、そういう「アドバイス」をする人がいる、という患者さんもいらっしゃいます。そして、TwitterなどのSNSでも、同じようなことをする人を見かけることがあります。

このような「アドバイス」をされた時、皆さんはどう感じますか?

私は正直、とても不愉快な思いになります。それは、①治療における個人差の問題と、②治療方針を決定する過程の大変さを理解いただけていない、尊重していただけていない、と感じるからです。

①個人差

ご存じの通り、治療への反応や、適応できる治療法には個人差があります。病状や体質、服用中の薬、合併症などによって、結果の出方も異なりますし、またその人に適応できる治療法も異なってきます。そういったことを考慮しながら、その人に合った治療を選んでいるのですから、安易に口出しされては困るわけです。

これは、たとえ同じ病気の患者さんからの『アドバイス』であっても同様です。

例えば、AさんとBさんが同じ病気だとします。Aさんは病気のコントロールが良好なのですが、Bさんはなかなかうまくいきません。するとAさんは、Bさんに「もっと薬を増やしてみれば?私は□mg飲んでいるわよ。そのぐらい飲まないと効かないんじゃない?」と『アドバイス』しました。

こう言われて、もしもBさんが主治医に無断で薬を増やしてしまったら、どうでしょう?もしかしたら、Bさんには危険な量である可能性だってあります。

体質や病状などの個人差を考えた時、安易な「アドバイス」は不適切なのです。

②治療方針の決定は大きな労力の「結晶」

難しい病気にかかったことのない方には分かりにくいかもしれませんが、治療方針を選択するということは、きわめてデリケートかつプライベートな過程で、そして治療方針の決定は、大きな労力の結晶とも言えます。ですから、そういった患者の思いを大切に汲み取ったうえで、その人の治療を尊重してほしい、と私は考えているのです。

難しい病気にかかると、患者は自分の病気とその治療について勉強します。治療の主作用と副作用のバランスで悩んだりします。そして、病気との付き合い方や病気を抱えながらどのような生き方をしたいのかといったことについて真剣に悩み、考えます。それを長い時間かけて築いてきた主治医との治療関係・信頼関係の元で話し合い、最終的に治療方針を決定するわけです。

この一連の労力の賜物というか、結晶とも呼べるものが、最終的に決まる治療方針だと私は感じております。だからこそ、難しい病気や治療をしている患者側のそういった事情について、もっと多くの人に知ってほしいと思いますし、心に留めておいて欲しいと願うのです。

患者の決断と治療関係を尊重して

以上、2点のお話をさせていただきましたが、個人的には、②が特に重要であると感じています。

今、私が受けている治療は、私自身、主作用と副作用のバランスで悩み、自分らしく生きるにはどうしたいのかといったことを頭に入れながら、信頼する主治医と話し合った結果です。そして、このベースにある、主治医との治療関係は長い時間をかけて築いてきたものなのです。

私の受けようと決めた治療について「アドバイス」という名の口出しをされると、私の決断と主治医との治療関係を否定されているように感じてしまい、苛立つと同時に悲しくなることがあります。

あれやこれや悩みながら最終的に選んだ治療と、それを支える主治医との治療関係を尊重し、温かく見守ってくださる方々が増えるだけでも、私達の闘病生活はだいぶ変わってくるように感じます。もちろん、私は既にたくさんの温かいサポートに囲まれているわけですが。(^^)