2012年3月21日水曜日

術後、精神的に病んでしまった根本的な理由

2007年11月、術後7か月の私はBPD(境界性パーソナリティー障害)と誤診されるほど荒れていました。精神科に緊急入院した時に至っては、保護室に送られたことも。

今は、わりあい落ち着いているので、私を知る人に当時の状態を説明しても信じてもらえないかもしれません。

今更ですが、「あの頃、どうしてあんなに辛かったのかしら」とふと考えてみました。

きっと、不公平感、怒り、悲しみ、孤独感、(心の)疲労、といったものなんでしょうけど、特に大きかったのは不公平感と孤独感だったように思います。そういった感情を抱く「弱い自分」が許せず、また、これらの感情も否定しておりました。問題は多分コレだったんだと思います。

病気を不公平と思うのは間違い?

クリスチャンだからでしょうか、私は自分の人生を不公平だと感じること自体が罪だと感じてしまうんですよね。それは、一人ひとりの人生が神様のご計画のもとにある、と信じているからです。私は病気も神様のご計画だったのだ固くと信じているのですが、術後、自分の病気(、または主のご計画)を不公平と感じてしまっておりました。私はそう感じてしまうことが非常に間違ったことである、と思い、なるべく不公平感を抑圧するようにしておりました。

しかし、こういった私の姿勢自体が間違っていたのでは、と今では考えております。確かに、主のご計画を「不公平だ」と避難するのは正しいことではないかもしれません。しかし、そう感じてしまっている自分を全否定してしまったのは、更に良くなかったのだと思います。

もしも、あの時の自分と同じ境遇に親友がいたとして、私はその友人に、「不公平?そんなこと思うなんて、本当にとんでもない間違いですよ。」なんて言うでしょうか?でも、私が自分にやったことは、まさにそういうことだったのです。

偏った考えからの孤独感

あの頃の私は、自分が苦悩していることを周りの人に話すことができず、とにかく孤独でした。もしかしたら、私さえ話す体制が整っていれば、周りはいつでもWelcomeな姿勢で構えていてくれたのかもしれません。ただ、私には話す勇気がありませんんでした。

また、当時の私は変なプライドがあり、「強い、立派な人」と思われたい、という願望がありました。「苦悩している人」なんて弱い人間のイメージだったので、間違ってもそんな風には見られたくなかったんですよね。

しかも、自分の苦悩について話すなんて、聴き手に迷惑をかけることだと考えていました。今、考えてみると馬鹿げたことなのですが、私は人に迷惑なんて一切かけたくない、と強く思っておりました。人は誰でも迷惑をかけながら生きていくものなのに…。

極め付けは、自分の孤独感の全否定です。孤独に感じていることも「弱い人間」のイメージだったので、自分の孤独感も否定しておりました。

こういった偏った考え方が、希少疾病を患っている私をより一層孤独にしていました。

感情の認識・言語化

あの頃の私に必要だったことは、不公平感、孤独感をはじめとしたネガティブな感情を、まずは意識上にあげて認識し、言語化することだったのだと思います。

あの頃の私はネガティブな感情は「感じてはいけない感情」と振り分け、抑圧していました。でも、「感じてはいけない感情」なんて存在しないんですよね。感じてしまった以上、その感情の面倒は見てあげないといけなかったのでしょう。というのも、感情を放っておくと、私の場合、行動化してしまうので。

認識した感情を言語化すること ― これは私が苦手とすることでした。しかし、感情の言語化を意識するようになってからは、ネガティブな感情を行動化してしまうこと(自傷行為、食べ吐きなど)は無くなりました。

また、認識・言語化した感情を認めてあげる、というのも重要なことです。「間違った行動」というのはあっても、「間違った感情」というのは存在しないわけですし。


最近、この「感情の認識・言語化」も随分できるようになってきました。
私も成長した、ということでしょうか。

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