2011年11月27日日曜日

「メサイア」による音楽礼拝

昨日、TOEICを受験した後、銀座教会の夕礼拝に集いました。
今週からAdvent(待降節)の始まり。さっそく1本目の蝋燭に火が灯されておりました。
昨日の夕礼拝は通常のものとはことなり、「メサイア」による音楽礼拝でした。

私にとってメサイアは思い出いっぱいの作品です。
ミシガンで聖歌隊にいた時、11番のFor Unto Us a Child Is Bornに苦労したり、最後のAmenのカウントを失いそうになったり、と合唱の初心者である私がとっても苦労した楽曲なので、よく覚えています。そんな経緯もあり、未だに、合唱に関しては楽譜を見なくても歌えるものが多いです。

それだけではありません。下垂体の手術を終え、退院した週末に歌った楽曲の中にもメサイアがありました。2007年4月8日(日)はイースター(復活祭)でした。メサイアからは、少なくとも、Glory To God、Since By Man Came Death、Amen、Hallelujah が選曲されていたように記憶しております。もっとあったとは思うんですけど、よく覚えておりません。というのも、前年のクリスマスもメサイアを歌ったので、記憶がゴッチャになっているからです。

実は、この数日前までは髄液漏で苦しんでいたので、あの日、聖歌隊に混じってメサイアを歌えたことがとても嬉しく、いつもよりも一層心をこめて歌ったのを覚えております。

そして、日本に帰国してお世話になっていた教会での聖歌隊の思い出もメサイアに重なります。下垂体腫瘍・先端巨大症と診断されてから、どん底に落ち、その後、どうにか生き延びられる程度に浮上するまでの思い出が私の中ではメサイアに凝縮されているのです。

そんな思い出に浸りながら昨日、銀座教会のメサイアを聞いていたら、涙がこぼれてしまいました。「色々あったな…。神様、私の痛みや苦悩を担って下さって、本当にありがとう。」
涙を止めようと思えば思うほど、止まらなくなってしまい、困ってしまいましたが、感謝の涙だったので、無駄な抵抗はやめ、流れるままにしておきました^^;

 ちなみに、昨日の音楽礼拝で私の涙を誘ったのはThe Trumpet Shall Soundというアリア(バス)でした。


The trumpet shall sound, and the dead shall be raised incorruptible, and we shall be changed.
ラッパが鳴ると、死者は復活して朽ちない者とされ、わたしたちは変えられます。

(コリントの信徒への手紙15:52)
この言葉に、とてつもなく大きな救いを感じました。
別に今の生活で、特別不幸というわけでもないのですが、私にとって、今生きているということは、やはり苦しいのです。それでも、終わりの時に主によって私たちは変えられる、ということを知ると、その「終わり」に向かって生きていくことに救いを感じます。その救いを胸に、心に希望の光を灯しつつ、日々を歩んでいければ、と願っております。

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