2011年10月22日土曜日

間違えた「最終目標」~回復の落とし穴

今週はずっと広島にいました。昨日、東京に戻ってきましたが、早速、広島のつけ麺とお好み焼きがまた食べたくなっております(笑)。しかし、昨晩のフライトは物凄く揺れました。天候の悪い日はあまり飛行機で飛びたくないかも。

「病気の回復」という目標

最近、「病気の回復って最終目標で良いのかな?」と考える瞬間がありました。確かに、病気を治すことは大切です。でも、回復自体を「最終目標」として良いのかと考えた時、私は疑問を持ちました

精神科領域の治療において、私は症状の改善を目標としておりました。このこと自体は何の問題もありませんよね。問題は、この目標の位置づけです。

抑うつ状態で人生の目的や、やりたい事を見失った状態では、まずは抑うつ状態の改善が大変重要な中期~長期目標になります。私の場合は、下記のような状況でした。

短期目標:
次の診察までなんとか生き延びる
次の診察まで自殺企図をしない

中期~長期目標:
病気の回復

長期目標:
???

「病気の回復」から先は考えることができませんでした。まぁ、うつが酷い状態ではこんな感じでしょうけど。病気が回復した後にやりたいことが全くない、という事実には失望しましたが、この時は「うつが良くなれば、やりたいことも出てくるわよね」と前向きに考えるようにしました。実際、極度のうつ状態で回復後のことまで考えられるハズもないので。

これで暫くは問題を感じることはなく、回復のために主治医と二人三脚で頑張りました。そして、病状は信じられないくらい改善しました。これくらい良くなれば、そろそろ「回復後の目標」を立てられる精神状態のハズ、と考えておりました。しかし、ここに来て想定外の事態が起きます。どんなに良くなっても、やりたい事が見つからないのです。このことは私を大きく失望させました。

私たちの思いと考えは変えられる

今だからこそ分かるのですが、あの時の私は「生きていてもやりたいことが無い」という考えに縛られっぱなしでした。もっと極端に言えば、「やりたい事なんてあるわけが無い」と決めつけていました。さらに良くないことに、その考えを私は変えられる、とは思えませんでした。病気が酷かった時の精神状態の影響があまりにも大きかったのでしょう。

そうして、私は「やりたい事は無いし、あるわけもない」という考えの被害者へとなっていったのでした。これは非常にマズイ状態です。なぜなら、私たちは思い・考え・行動といったものを変化させる力を持っており、私自身、現状から脱出したい、という思いはあったからです。

「自分の考えを決められるのは私しかいないんだった!自分の考えに責任があるのは私だった!」と気づいた時、私はようやく深い霧がサーっと引いていくのを感じました。ようやく、「私にもやりたいことがあるのかもしれない」という考えを受け容れることができました。そして実際、やりたいことがあったのです。

最終目標は「自分らしく生きること」

どんな病気もそうですが、治療の最終目標に「病気の回復」を掲げてはいけないと思いました。私の主治医はそういった意識をしっかりと持って治療して下さっていたことに今更気づきましたが、私のほうは、いつの間にか「最終目標=回復」と錯覚しておりました。しかし、回復というのは、自分らしく生きるための道具であって、目的であってはいけないんだと思います。ここに私の落とし穴があったように感じております。

最終目標は、一言でいえば「自分らしく生きること」です。ただ、病気が回復しても、考えまで簡単に変えることはできません。極端な場合、私のように病気が酷かった時と同じ考えを引きずってしまうこともあります。ですから、回復後、自分らしく生きていくためには、自分の思い・考え・行動を決められるのは自分しかいない、という意識を持つことが必要なのではないでしょうか。

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