2011年9月22日木曜日

「新しい普通」

前回に引き続き、病気による喪失体験について書いていきます。

Valerie Golden氏は私たちの著書、”Alone in My Universe"の中の"Psychological Aspect of Acromegaly"(先端巨大症の心理的側面)というチャプターの中で、次のように述べています。(306ページ)
先端巨大症を持つ患者さんは、これから先、また普通の生活ができるようになるのか、とよく尋ねます。答えは、もちろんイエスですが、おそらく「新しい普通」といったところでしょう。
さらに先日、心身医療の主治医に言われたことの一つに似たようなことがありました。(辛いから耳を塞いでいたにもかかわらず、結局、聞いていたようです。w)
「人間は、過去との比較によって、過去にとらわれてしまい、前に進めなくなったり、不幸に感じたりすることがあるんです。」
「今までと同じ」ではなくなってしまった今よりも過去のほうが良かった、などと、不健全なやり方で過去との比較をしてしまうのが人間の弱点なんですよね。本当は、どんなに泣いたって叫んだって、私たちが生きているのは「今・ここ」なのに…。

「過去との比較」の世界の住人でいる限り、幸せは見つからないでしょうし、精神的成長も遂げることが出来ないでしょう。だからと言って、ここで私は過去を捨てなさい、と言っているのではありません。

過去が「今・ここ」に存在する自分に、どんな影響を与えているのか、ということを把握しておくことは大切なことです。しかし、そこで止まっていては前に進めないのです。「今・ここ」にいる自分を形作ってきた過去がある;その過去を受け容れた上で、「今・ここ」を有意義に生きよう、と決心できた時、人は前進できるのではないでしょうか?


そう決心した時、もはや「過去の普通」は役に立たないものとなってしまうのかもしれません。そういう時、代わりに必要になるのが、「新しい普通」です。

私たち人間は変化を好まない傾向にありますが、それでも、次第に新しい環境に馴染むことができるのも、また事実です。例えば、引越しをして新しい町に来たら、誰でも最初は戸惑うと思います。それでも、いつまでも「前、いた所は良かった」と家に閉じこもっている人は、あまり居ないですよね。それは、次第に「新しい普通」が出来上がってくるからです。

私たちが病気による喪失を経験した時も、同じことが言えるのではないでしょうか?


<過去ログ>
喪失体験の心理段階
悲しみを感じる強さ、涙を流す強さ

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