2011年7月5日火曜日

どんなときでも

今週の夕礼拝のお説教の中で、「どんなときでも」という素敵な讃美歌が紹介されました。
歌詞も素敵なのですが、その背景のストーリーを知り、その言葉の持つ光に触れたきがしました。

作詞をしたのは、高橋順子ちゃんという女の子。
順子ちゃんは福島新町教会のCSに通っていました。
骨肉腫という苦しい病気と闘いながら、わずか7歳で天に召されました。

そんな中、書かれた詩です。

どんなときでも

1.
 どんなときでも、どんなときでも、
 苦しみにまけず、くじけてはならない。 
 イェスさまの、イェスさまの
 愛をしんじて。

2.
 どんなときでも、どんなときでも、
 しあわせをのぞみ、くじけてはならない。 
 イェスさまの、イェスさまの
 愛があるから。
 

私は特に2節が好きです。
苦しみの中にある時、私は「苦しみが遠ざかること」ばかりを願ってしまい、「幸せを望むこと」を忘れてしまいます。
その過ち(?)によって、私は神様の御恵み・神様の愛から遠ざかってしまっているんですよね。
順子ちゃんの「しあわせをのぞみ、くじけてはならない」という言葉は、そんな私のかたくなな姿と、そんな私にも御恵みを与えて下さる主の愛に気付かせてくれます。

この歌を口ずさんでいると、自然と涙がこぼれてきます。

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Happy Easter!!

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