2011年5月31日火曜日

ラスベガスでの研究集会⑦

「これ、私は教えてもらったことが無いぞ!」

医師が、疾病情報の全てを患者に伝えるのは不可能です。ただ、もっと早く教えてほしかったことも、今回たくさん学びました。その中でも、特に重要に感じたのが、頭痛、GH の値の重要性、精神病理についてです。


頭痛

「先端巨大症では、手術をしても頭痛がなくならないことがある」
これを聞いたとき、「なんで私の身体科の主治医は誰一人としてコレを教えてくれなかったの?」と、若干、怒りにも近い疑問を抱きました。同時に、「なんだ、私の頭がおかしかったわけではないのね!」と安心することもできました。

常に頭が痛くて、術後も同じような頭痛にずっと悩んできたのですが、「メンタル」「ストレス」という言葉で片付けられてきました。脳下の先生には、安定剤の服用を勧められたものです。「精神科で既に出されていて、それでもなお、頭が痛い」と言っても特に説明はありませんでした。

別にこの医師が悪いわけではありません。むしろ、「具合が悪くなったら、いつでも来ていいんですよ。」と言って下さるので、とても感謝・尊敬しております。しかし、もしかしたら先端巨大症のせいで頭が痛かったのを「メンタル」「ストレス」という言葉で片付けられたのは、私としてはとても残念でした。もしかしたら、あの時点では知られていなかったことなのかもしれませんし、先生もご存知なかったのかもしれませんよね。


GH の値の重要性

「IGF-1が正常値でも、GH が高値の場合、腫瘍が再発している可能性がある」
患者さんの中には「GH は重要ではなくて、IGF-1 だけを見るべき。」と思っている方がいらっしゃいます。これが、患者さんだけなら良いのですが、実はお医者さんの中にもこういう方がいらっしゃるようです。「GH の値の重要性がイマイチ分からないけど、ガイドラインに出ているから、とりあえず測っている。」という先生がいらっしゃる、というのは正直、驚愕の事実でした。

「GH 高値」についてですが、ご存知の通り、GH は1日の間に大きく変動します。GHが最も高くなる睡眠時の場合、健常者でも 10ng/mL 以上に上昇します。なので、注目すべき「GH 高値」とは、「健常者でも、まずここまでは高くならないでしょう」と思われる値です。そのくらい GH が高くて、それでも「IGF-1 が正常だから、特に心配ないでしょう。」と先生に言われるような時は、要注意、と考えて良さそうですね。


精神病理

先端巨大症に関係の深いメンタル関連の症状をここに上げておきます。
  • 社会不安
    • 例)自分が醜いと感じるあまり、人と交流することが困難になる
  • パーソナリティーの変化
    • 例)以前は穏やかだった人が、イライラしやすくなる。
    • 例)以前は前向きだった人が、抑うつ的になる。
  • 睡眠障害
    • 睡眠時無呼吸症候群などの理由で眠れない
    • どんなに寝ても、寝た気がしない
  • 認知機能の障害
    • 例)記憶力・思考力の低下
  • 自己認知の障害
    • 例)自分の外見に対する病的なこだわり
  • アパシー
    • 無気力・無感動・無関心
  • 「健幸感(well-being)」の低下
    • 上記の症状
    • 疲労感・倦怠感
    • 頭痛
    • 睡眠不足
    • ペインコントロール不良など
先端巨大症の精神病理において、注目すべき点は、少なくともこんなにあるのです。それでも、医療現場においては、なんとなくこういったことが見過ごされているように私は感じます。内分泌や脳下の先生は、こういったことに関して話す時間を充分に割くことができないかもしれないので、ソーシャルワーカーやカウンセラーなどを上手に使っていくことも大切ではないでしょうか。

私の場合は、病院の医療ソーシャルワーカーさんと精神科医に、ゆっくりとお話を聞いてもらっています。

<過去ログ>
ラスベガスでの研究集会①
ラスベガスでの研究集会②
ラスベガスでの研究集会③
ラスベガスでの研究集会④
ラスベガスでの研究集会⑤ 
ラスベガスでの研究集会⑥

ラスベガスでの研究集会⑥

先端巨大症の手術による治癒率

これから手術を受ける患者さんの誰もが1番関心のあることの1つが、手術による先端巨大症の治癒率かと思います。この数字に関しては、当然ながら外科医の腕と腫瘍の大きさによって大きく変化します。
  • Microadenoma (<10mm) :75~95%
  • Macroadenoma (>10mm):35~65%
  • 海綿静脈洞浸潤:40~50%
  • 全体的な治癒率:~60%

腫瘍が1cm未満の場合の治癒率が1番高く、海綿静脈洞浸潤の場合が一番低い、とのこと。

私の場合、Macroadenoma(腫瘍が1cm以上)で海綿静脈洞浸潤でした。
…はい、最悪のケースです。

確かに、手術では治癒までは至りませんでしたが、手術のおかげでGHが 309ng/mL から 8.5ng/mL に下がったので、その後の薬物治療でのコントロールが良好です。(よく、「GHが300以上とか、ありうるの?IGF-1の間違いでは?」と訊かれるのですが、これは間違いなく私のGHの値です。)


術後のIGF-1が安定するのはいつ?

これも個人差がありますが、術後、約4~6週間にかけて安定した値になるようです。私は手術から18日後のIGF-1は 752ng/mL とかなり高値でしたが、67日後には 548ng/mL まで下がりました。やはり、IGF-1はゆっくりと下がっていくんですね。

結局、9週間経ってもIGF-1が548ng/mL というのは明らかに高すぎるので、サンドスタチンLARによる薬物治療が開始されました。

<過去ログ>
ラスベガスでの研究集会①
ラスベガスでの研究集会②
ラスベガスでの研究集会③
ラスベガスでの研究集会④
ラスベガスでの研究集会⑤

2011年5月30日月曜日

ラスベガスでの研究集会⑤

大腸内視鏡について

先端巨大症と診断され、IGF-1が正常値に安定するまで、(血液検査以外に)定期的に行った方がよい検査の一例が示されました。
  • 心臓の検査(エコーや心電図など)
  • 大腸内視鏡
  • 睡眠検査
  • 手根管症候群
などなど。

これを見て、患者さんから医師に対して質問がありました。
「大腸内視鏡はどれぐらいの頻度で行うべきなのですか?」

私も全く同じ質問を主治医にしたことがあります。
私はアメリカで大腸内視鏡を行った時の消化器外科の先生に「次は5年後」と指示されたので、5年後と分かっているのですが、一般的にはどれくらいなのでしょう?

以下が、この質問に答えた医師の回答です。
  • 1回目の大腸内視鏡の結果次第で大きく変わってくるが、(内視鏡検査で)所見なしで、IGF-1とGHがコントロールされていない場合は5年ごとの検査を勧める
  •  IGF-1とGHが、きちんとコントロールされていて正常値である場合、大腸内視鏡の頻度は、健常者と同じプランで行うべき。
  • 医師ですら、先端巨大症の患者に大腸内視鏡を行うことのベネフィットを軽視していることがかなり多いため、患者の方から積極的に医師に依頼する必要があるかもしれない。

IGF-1とGHが正常値なら、健常者と同じプランで良い、という一見当たり前のコメントが実は1番、参考になりました。

<過去ログ>
先端巨大症と大腸ポリープ
ラスベガスでの研究集会①
ラスベガスでの研究集会②
ラスベガスでの研究集会③
ラスベガスでの研究集会④

2011年5月29日日曜日

ラスベガスでの研究集会④

放射線療法について

ケリー博士によると、「放射線療法(ガンマナイフなど)を施行する際は、ソマトスタチンアナログを少なくとも1ヶ月前までには中止した方が、良い結果が期待できる」とのこと。

つまり、サンドスタチン(LAR)投薬中の患者さんが、放射線治療を受けることになった場合は、サンドスタチン(LAR)を中止して、放射線療法まで少なくとも1ヶ月は置いたほうが良い、ということのようです。

<過去ログ>
ラスベガスでの研究集会①
ラスベガスでの研究集会②
ラスベガスでの研究集会③

ラスベガスでの研究集会③

抗がん剤で先端巨大症を治療

ダニエル・ケリー医学博士(Daniel Kelly)による講演で特に印象的だったのが、コレでした。

ケリー博士の前の演者、ウィリアム・ルドルム医学博士(William Ludlum)が、薬物治療に関してまとめてくれました。

  • Somatostatin Analogue(ソマトスタチンアナログ)
    •  Octreotide/Octreotide LAR(オクトレオチド/オクトレオチドLAR)
      • サンドスタチン/サンドスタチンLAR
    • Lanreotide/Lanreotide Autogel(ランレオチド/ランレオチドオートゲル)
      •  ソマチュリン/ソマチュリン・オートゲル
    • Pasireotide(パシレオチド) ←まだ出ていないけど、これから出るお薬

  •   Dopamine Agonist(ドパミン受容体刺激薬)
    • Cabergoline(カベルゴリン)
      • カバサール
    • Bromocriptine(ブロモクリプチン)
      • パーロデル
  • GH Antagonist(成長ホルモン受容体拮抗薬)
    • Pegvisomant(ペグビソマント)
      • ソマバート

      第一選択薬はご存知の通り、ソマトスタチンアナログですが、ソマトスタチンアナログ単剤の最高用量でも、IGF-1がコントロールされない場合、ソマトスタチンアナログと成長ホルモン受容体拮抗薬を同時に使うのがベスト!とのこと。日本国内での場合は ≪サンドスタチン(LAR) + ソマバート≫ という組み合わせになりますね。

      手術を経て、上記のお薬を試しても、なおコントロール不良の場合、テモダール(テモゾロミド)という抗がん剤を試す価値はある、とケリー博士はおっしゃいました。えっ、抗がん剤?私の頭の中では、点滴を想像しておりましたが、これは経口カプセル剤だそうです。

      このお薬、日本でも承認されているので、試すことは可能ですね。ただ、先端巨大症には「適応外」になりますが。

      <過去ログ>
      ラスベガスでの研究集会①
      ラスベガスでの研究集会②

      2011年5月28日土曜日

      ラスベガスでの研究集会②

      東京も、とうとう入梅ですね。
      今週は都内では人身事故が多く、天気もなんとなく下り坂で気分も不安定になりがちでした。
      私は最近、不眠と、月曜日に秋葉原で人身事故に遭遇してしまったストレスとで、久しぶりに神経精神科のお世話になってしまいました(普段は心身医療科)。

      今日は落ち着いているので、軽めの投稿をいたします。


       ウェインのWelcomeスピーチ

      アクロメガリー・コミュニティーの代表理事、ウェイン・ブラウン氏のスピーチから5月7日は始まりました。

      スピーチのはじめに、第1回研究集会にたくさんの人が集まってくれたことを感謝していたのが印象的でした。
      「初めは『どうか、少なくとも20人集まりますように』なんて、祈っていました。そしたら、20人どころか、こんなに大勢の方々に集まってもらえて、本当に嬉しいです。」
      とのこと。後でウェイン本人に訊いたら、患者だけでも60人の参加者がいたようです。素晴らしい!!私まで嬉しくなってしまいました。

       そして、アクロメガリー・コミュニティーの変遷を説明したビデオ・プレゼンテーションが上映されました。これは、ウェインがYouTubeにアップしてくれたので、ここに貼り付けておきますね。



      私はウェインに 「初期のメンバー認定」されているのですが、アクロメガリー・コミュニティーが元々はMySpaceから始まった、というのは知りませんでした。私はMySpaceでもFacebookでもアクロ・コミュニティーのメンバーですが、MySpaceのほうが先だったんですね。

      このビデオ・プレゼンの7:30ぐらいからメンバーの紹介があり、私、Saraも登場します。
      是非、ご覧になって下さいね。

      <過去ログ>
      ラスベガスでの研究集会①

      2011年5月23日月曜日

      ラスベガスでの研究集会①

      5月6日(金)にミシガン州ランシング空港からラスベガスへ出発。朝6時の便(シカゴ行き)です。ホストファミリーにはとても申し訳なかったのですが、4:30AMに家を出発しなくてはなりませんでした。

      ラスベガス(ネバダ州)とミシガンの時差は3時間。つまり、6AM出発の時点で、現地時間はまだ朝の3時。「今日は1日、長いな。」と飛行機の中で考えていました。そんな覚悟をしながら、飛行機の中で、7歳のS君からもらったスペルミスだらけの手紙を読んでいたら、思わず顔がほころびました。S君、私にギューっと抱きついてきて「年をとる前にまた僕に会いに来て。」「Saraが年をとっていく姿なんて見たくないもの。若くて綺麗なうちにまた来てよ。」と言って、照れた表情でお手紙を私に差し出したのでした。

      さて、シカゴ経由でラスベガスにつくと、空港がすでに異質。「えっ、空港の中にカジノ??」スロットマシーンがズラッと並んでいます。さすがベガスです!

      さっそくミラージュ・ホテルにチェックイン。ついたのは現地時間11時ごろ。早起きと移動の疲れで、早速一眠り。こういうところが病人らしい(笑)。健常者だったら「早速 観光! 早速 ショッピング!」となるんでしょうね。2時ごろ目が覚めて、シャワーを浴びてから遅めの昼食。するとまた眠くなってお昼寝。はぁ、やっぱり病人はダメだなぁ、と思いつつも、懇親会の時間までうたた寝しました。

      夕方、疲れた体をベッドから引きずり出して、いざコンベンションセンターへ。この日のイベントは懇親会のみです。ネット上では何年も知っている「仲間」に始めてリアルで会うことが楽しみでドキドキ、ワクワク。コンベンションセンターに向かう足取りはとても軽かったです。

      さて、懇親会会場入り口でチェックイン。会場に恐る恐る入っていくと、まず目に入ったのがスーツ姿でブルーのワイシャツを着た、かなり背の高い男性でした。
      「ウェイン!!!」
      ウェインはすぐに私に気づき、完璧な発音で私を日本名で呼んでくれました。
      彼に実際に会うのは初めてでしたが、以前からよく知っている友人なので、思わずハグ。
      想像していたよりもずっと背が高くて、そして想像通りハンサムで素敵な方でした。

      そして、他にもFacebook のアクロメガリー・サポートで知り合った仲間がいたので、お互いに「私、あなたのこと知ってる!!」なんていって、さらにハグして、飲んで食べておしゃべりして…。初めて出会った仲間とはお互いに自己紹介し、さらに飲んで食べておしゃべりして、が続きます。(笑)

      今回の研究集会のスポンサーは  
      ENDO Pharmaceuticals 
      Ipsen 
      Pfizer
      で、この日の懇親会ではIpsen(イプセン)さんがSomatuline(ソマチュリン)の、そしてPfizer(ファイザー)さんがSomavert(ソマバート)のブースを出していました。特にIpsenさんの患者教育の取り組みには大変に感心しました。患者さん向けのA4版のパケットを用意していて、疾病情報、治療に関する情報、薬剤情報が非常に充実していました。日本ではアクロメガリー広報センターさんが同じような活動をされていますね。

      このIpsenさんのSomatuline Depotのパケット作成に関わった患者さん達もいらっしゃったのですが、「本当にIpsenは患者のことを気にかけている。」と大絶賛しておりました。日本にいる私からすると、ノバルティスさんがそんな感じかしら。

      ソマチュリンで治療している患者さんが結構いらっしゃいました。「ソマチュリンは日本では承認されていないのよ。」と私が言うとびっくりされました。

      「ソマチュリンはサンドスタチンよりも、薬剤の血中濃度が一定に保たれるのよ。」と2人の女性患者さんに教えられました。へぇ、そうなんだ~!調べてみないとなんとも言えませんが、少なくともそういう患者教育をどこかで受けているのは確かなようです。「サンドスタチンで副作用が辛かったからソマチュリンに変えたの。この選択をして本当に良かった、と思うわ。」とのこと。

      こう書くと、いかにもソマチュリンが人気者の印象ですが、当然、サンドスタチンを使っている患者さんもいらっしゃいました。ただ、ソマチュリンは日本には無いお薬なので、私の方が色々と訊いてしまいました

      それにしても、色々な患者さんとお話していて感じたのは「同じ病気でも、そのストーリーは十人十色だな」ということ。
      • MEN-1の一部として先端巨大症になった患者さん
      • 下垂体腫瘍がコントロールされず、視神経に損傷を受けて半盲になってしまった患者さん
      • 薬を打ちながら妊娠・出産をした複数の女性患者さん
      • 外見に対する大きなコンプレックスに悩み、整形手術を検討している患者さん
      • どのお薬でも、病気が全くコントロールされない患者さん
      • 自分の子供も、親の難病にショックを受けてしまい、子供への説明に困っている患者さん
      • 離婚の際に、結婚指輪が抜けなくなって、病院で指輪を切った患者さん
      • オクトレオチドのImplantの治験に参加している患者さん
      などなど。

      お話していて本当に興味深かったです。


      楽しかった懇親会も、夜の10時過ぎにお開きとなりました。その後も「元気な」仲間は遊びに出かけていきました。私は疲れてしまって、お化粧を落としたら、すぐに眠ってしまいました。

      翌日、お勉強した内容を今後、少しずつご紹介してゆきたいと思います。

      それにしても…、あのモヒート、本当においしかった~♪(モヒート、大好きなんです)

      2011年5月21日土曜日

      節電で体調不良、かなり限界

      本当はラスベガスで行われたアクロメガリー・コミュニティーのことについてアップしたいのですが、なかなか出来ていなくて申し訳ありません。

      東京では連日、暑い日が続いております。
      風は爽やかなので、まだ救われているのですが、それでも節電に伴う屋内の暑さは耐えがたいものがあります。私は早くも「夏バテ」状態です。食欲低下で、おにぎり、お粥、あっさり系のスープ、シャーベットといったもの以外は、かなり無理やり口に押し込んでいる状態です。脱水症状にならないように気をつけているのですが、それでもフラフラします。体がしんどいので、正直、点滴して欲しいです。

      また、私の働く10階のオフィスは窓が開けられないうえに、ガラス張りになっているので、とても暑いです。クールビズがすでに実施されているので、かなり薄着で仕事をしておりますが、それでも暑い…。

      極めつけは電車の中の空調。あんなに蒸し暑いと、本当に気持ち悪くなってしまい、毎日辛いです。 しかも、節電ダイヤのため、車内の混み具合も尋常ではありません。あと、駅構内のエスカレーターの停止は本当に堪えます。私は階段の端っこを休み休み上ったり、障害者用エレベーターを利用させてもらうなどしているのですが、なにせ見かけはどこも悪いところなんてなさそうに見えるので、視線が痛いです。ここまでくると、正直、移動すること自体がとても憂鬱

      今の段階ですでに我慢の限界に来ております。これからもっと暑くなった時、どうなるのかしら?と、とても心配です。健常者でも同じような心配をされている方、少なくないように思うのですが。

      2011年5月18日水曜日

      楽しかったミシガン④

      最近ブログのペースが遅いですが、元気にやっております。
      ミシガンにいる間に「疲れた時は寝る」ということを学習(?)してしまったので、最近、やたらと寝ています。

      今日はミシガン滞在記最終回です。


      リンと一緒にGreenfield Village へ

      ミシガン滞在の最終日は、空は絵の具で塗ったかのようなスカイブルー。
      天気予報では曇りだったので、良いほうに外れてくれて感謝です。

      この日は、リン(Alone in My Universe に登場する私の親友です)に連れられて、ミシガン州のDearborn(ディアボーン)にあるGreenfield Village(以下GV) というところに行ってきました。軽く日帰り旅行です。

      GVは様々な場所(ほとんどはアメリカ合衆国内)から持ってきた歴史的建造物の寄せ集め的な「村」です。中には元々の建物ではなく再現して建てたものや、チャペルのような村の(宗教の違いを越えた)宗教的役割のために新築したものもありますが、ほとんどは現物。写真をとったり、図面を描きながら、建物を丁寧に解体し、GVに運んでくると、今度は、その写真や図面を参考に再度組み立てる、というやり方だ、と説明を受けました。

      面白いものにはライト兄弟の生家があります。元々はオハイオ州にあったのですが、これをGVに移転。すると、現地の方々が大変に腹を立ててしまったので、今度はこの建物を現地に再現したそうです。なので、ライト兄弟の生家そのものはGVに、元々の場所には再現された家が、ということになっております。フォードのクラッシックカー仕立ての「タクシー」で村を回っていると、運転手さんが そんなお話をしてくれました。

      奴隷たちの住んでいた小屋、ヘンリー・フォードの通っていた学校、エジソンの機械工場、当時の帽子屋さんなど、興味深いものが沢山あり、また敷地もとても広いので、1日では回りきれませんでした。

      GVの移動手段には徒歩以外に、タクシー、馬車(バス)、蒸気機関車があります。私たち2人は全て制覇してきましたよ。ただ、タクシーだけ写真を撮るのを忘れました。




      リンと別れ際、彼女がペーパーバックの "Alone in My Universe" を引っ張り出してきて、「サインして」と笑顔で頼まれました。なので、こちらも笑顔でサイン。

      今想うと、私の方こそリンにサインしてもらえば良かった!なにせ私のチャプターの大切な登場人物で、無二の親友なのですから。

      とても思い出に残る1日となりました。リン、またすぐに会えるといいね。

      《過去ログ》
      楽しかったミシガン①
      楽しかったミシガン②
      楽しかったミシガン③

      2011年5月15日日曜日

      楽しかったミシガン③

      5月4日(水)

      この日は教会のお友達であるJさんと、その息子さんのJ君の3人でランチにお出かけ。
      ランシング市内のClara's Lansing Station に行ってきました。
      ここ、元々は鉄道停車駅だったんです。駅と鉄道の車両をレストランとして改装した、なかなかユニークなお店。内装はなかなかクラシックで落ち着いた雰囲気です。

      昼食後、JさんとGrand LedgeのFitzgerald Partに行ってきました。
      その昔、ミシガンは海だったそうです。今でも、その頃の岩や地層を見られるのがGrand Ledgeなんです。こういった岩や地層は大変珍しいようで、学校の遠足でもよく来る場所とのこと。ミシガンに住んでいる時は、そんな事は知らず、全く来た事がありませんでした。

      Trailをゆっくりと散策。とても平和な時間を過ごしました。




      夕方は母教会の聖歌隊のリハーサルにいきました。
      久しぶりのメンバーで、声を1つにして歌うことができ、とても嬉しかったです。

      夜はパパの演奏するレストランにジャズを聴きにいきました。

      とっても贅沢な1日でした。

      《過去ログ》
      楽しかったミシガン①
      楽しかったミシガン②

      楽しかったミシガン②

      Blogger のメンテの影響で11日からRead-Only Modeになっており、投稿できませんでした。
      海外のニュースで「13日の金曜日はBloggerの一部ユーザーにとっては本当に厄日となった」なんて報道されていました。
      とにかく、ようやく復帰したので、前回の続きから。

      5月3日(火)

      この日は、まず午前中にミシガン州立大学のKresge Art Museumという美術館に行ってまいりました。この美術館は、実は私が「住み込んでいた」Psychology Building(心理学科の建物)の向かいにあるのですが、在学中は一度も行ったことがありませんでした。


      その後、ママとMeijerというスーパーでお買い物。扉式に開く自動ドア、大きなカート、ゆったりとしたスペース、1パックの大きさ、ガロン単位で売られている牛乳、などが本当に懐かしかったです。もちろん、ニューヨーク・シティーのような大都市では日本のようにこじんまりとした店舗が多いですけどね。

      薬局のコーナーも私としてはかなり興味あるところ。OTCにどんなお薬があるかしら?と偵察しました。すると、なんと!アレルギーのお薬はジルテックやアレグラまでOTCになっていて、しかもジェネリックまで販売されておりました。びっくりです。在学中はクラリチンのジェネリックをよくOTCで買って服用していましたが、ジルテックやアレグラも、となると便利で羨ましい限りです。ちなみに、花粉症で困っていたので、私はジルテックを購入しました。

      帰宅すると、S君という7歳の男の子を学校にお迎えに行きました。[実はS君には前日に再会して、パパ、ママ(S君からするとおじいちゃん、おばあちゃん)と4人でディナーにいったのですが、この4年の間に、こんなにも背が伸びてビックリです。両親譲りの金髪はあいかわらずそのまま。]S君は得意げに私を引き連れて、校内を案内してくれました。

      帰宅して、S君のバイオリンの練習が終わると、今度は一緒にダンス教室に。子供たちのパフォーマンス、表現力も豊かで、とてもかわいらしかったです。普段は大人はなかなか見学させてもらえない、とのことだったので、今回、温かく私を迎え入れて下さった先生には本当に感謝しております。

      夕飯はS君の大好物、シュリンプ入りのトマトソース・スパゲティーとオレンジの風味の豊かなサラダ。アメリカのサラダは本当に美味しいのですが、このお宅のサラダはとくに格別なんです。たらふく食べてしまいました。

      夜はS君にお願いされたので、ベッドで絵本を読んであげました。自分に子供がいないので、こういう時、なんだか嬉しくなります。

      とまぁ、ホームステイ的な体験をして楽しかった1日でした。

      《過去ログ》
      楽しかったミシガン①

      2011年5月12日木曜日

      楽しかったミシガン①

      5月9日、夕方に無事帰国しました。
      ミシガンもラスベガスも存分に楽しんできました。
      まずはミシガンでの出来事を綴っていきます。

      ミシガンには1週間滞在。本当に楽しい時間を過ごしました。
      本当は私の滞在する1週間は毎日雨の予報でしたが、それが大ハズレ!
      お天気に恵まれました。ただ、とっても寒かった。
      冬用のコートを借りてしまいました。

      4月29日(金)

      シカゴからランシングへの飛行機からは地上がよく見えました。ランシング上空に着いた時、懐かしい町が下に広がっているのを見て、思わず涙が出てしまいました。「わぁ、私、本当にミシガンに帰ってきたんだ…。」

      ランシング空港ではホストファミリーが迎えてくれることになっていたので、パパとママの2人が待っていることを想像していました。そしたら、あのリン(著書に出てくる、あの献身的な親友です)も立っていて私に手を振っていました。思わず、"OH MY GOSH!!!!!" と言いながら走っていって飛びついてしまいました。

      ランシングに到着したその夜には、ホストファミリーとジャズを聴きに行きました。地ビールを片手にアメリカ風のお寿司に舌鼓。いつも憧れていた、Sunnyというジャズシンガーが歌っていて音楽にも惚れ惚れ。そして、なんとも幸運なことに、Sunnyと直接お話することもできました!

      4月30日(土)

      朝、母教会に「お手伝い」をしにママとひょっこり顔を出したら、「Sara、あなたこんなところで何しているの~!!」「わぁ、また会えて本当に嬉しいわ!」と色々な方に声をかけていただきました。キッチンでのお手伝いをさせていただけて、「教会の家族」として迎え入れていただけたことが分かり、本当に嬉しかったです。単なる「お客様」だったら、こんな事、させてもらえませんものね。

      夕方からはインドネシア人の友人宅でパーティー。手料理、とても美味しかったですし、ゲームも楽しかったです。久しぶりのメンバーで大はしゃぎしてしまいました。あの頃から4年の月日が流れても「相変わらず」でした。きっと私もそんな風に思われたんだろうな。しかし…お料理が美味しすぎて、食べすぎました。満足満足!

      5月1日(日)

      母教会で礼拝。本当に様々な人に再会できて嬉しかったです。また、聖餐式も執り行われました。5年ぶりにこの教会で聖餐の恵みに与(あずか)ることができました 礼拝後は愛餐会。前日私が準備したお料理も並んでいました。

      午後は博物館でミシガンの歴史をテーマにしたコンサートがあったので、聴きにいきました。ミシガン州立大学児童合唱団によるコンサートですが、とても素晴らしかったです。余談ですが、実は、この合唱団の指揮者が、母教会の音楽ディレクターなんです。こんなに優れたディレクターを迎えることができて、教会も喜んでいるようでした。


      5月2日(月)

      早朝から、大親友のキャシーを交えての朝食。母校のミシガン州立大学のキャンパスの向かいにあるカフェでボリュームのある朝ごはん。私はキッシュを注文しました。このメンバー、昔からなのですが、恋バナが好きなのが困ったところ。私に「好きな人いるの?」「その人、何歳なの?」「Saraのことだから、また大学関係者か研究員とかでしょ。どんな研究をしている人なの?」「身長はSaraより高いの?」「今度は一体、何歳年上なの?」「デートしちゃいなさいよ。」と根掘り葉掘り聞かれ、(私が答えないものだから)勝手な想像をされ、好き放題なアドバイスをされてきました(爆笑)。この人たちも「相変わらず」です、まったく。しかし、朝からこの手の話をできているところを見ると、明らかに悪化していますよ、トホホ。

      午後はホストファミリー宅付近のTrailを散策。久しぶりに自然に触れることができました。あんなに長距離を歩いたのは巨大地震の時を除けば、本当に久しぶりです。しかも大自然の中!気持ちよかったですよ。


      なんだか長くなってきたので、続きは次回。