2011年2月27日日曜日

RDD 2011、とうとう明日!

こんばんは。
Rare Disease Day 2011、とうとう明日ですね。(参考
天気予報によると、東京では雨のようですが、会場が駅から地下通路直結なのが嬉しいです。

昨年のRDDではお土産に「文字まめ」というものをいただきました。植物を育てるのが大好きな私には、とても嬉しいプレゼントでした。

すぐにでも栽培を開始したかったのですが、実は3~4日前からスタートしました。

(ご存知のように去年の今頃、ちょうど休職に入り、主治医に入院も勧められていました。自死も考えていた時期なので、無責任に中途半端に栽培して枯らしたくなかったのです。と、こんな話を出してしまってゴメンナサイ!)

そして、写真は今日の朝の「文字まめ」ちゃんの様子。お豆に「2月28日」と書いてあります。かわいい!!夜の今はもっと伸びています。成長が早くてびっくり!

先日、主治医のO先生が「水をやっていたら花が咲いたんですよ~!」と無邪気に喜んでいて笑ってしまいましたが(参考)、文字まめちゃんの芽が出たとき、 私も同じように「わ~!!芽が出た~♪」なんて心底嬉しくなってしまったので、O先生の気持ちがなんとなく分かったような気がしました。

文字まめちゃん、今年のRDDに合わせるように芽を出してくれて、ありがとう!
希少疾病や難治性疾患と共に生きている仲間の心にも希望の芽が出ますように。

先端巨大症を治療して- Part 3

先日の心理教育の学会での興奮が実はまだ冷めておりません。昨日、両親とお出かけした時も、口が開けば、「このワークショップではこんなことを勉強したのよ。」「○○先生がこんなことをおっしゃってて、…」「○○先生と懇親会でお話することができてね、…」と、学会のことばかり。おそらく、両親もあきれていたことでしょう(笑)。自分ではあまり気づいていなかったのですが、相当に楽しかったようです。あんなに知的好奇心を刺激されたのは本当に何年ぶりだったでしょうか?「また大学院に戻りたいな」なんて思ってしまいました。

さて、「先端巨大症を治療して-Part 3」です。


 体重が、食欲が、……!

術前は170cmの身長で70kg以上ありました。実際はそれほど太って見えなかったんですけどね。アメリカにいたので「相対的に標準的体型に見えた」というのもあるかもしれません。しかし、体型自体が手首や足首などは相変わらず骨ばっており、肋骨も出ている感じだったため、あまり「ブクブクと」太った体型ではなかったように思います。実際、この頃の体型は左の写真のような感じ。

腕などを見る限り、あまりブクブクではないと思うのですが、いかがでしょうか?

体型自体はそれほどでもなかったように感じるのですが、食欲はとにかく凄かったです。1回に3人分食べても、全く満腹に感じない、という状態。1日の摂取カロリーは恐ろしく高かったように思います。


そして、右は2008年に帰国後、療養中の写真。術前に比べると、20kg以上痩せていました。(今はだいぶ取り戻しましたが)

術後、何も特別なことをしていないのに、みるみる痩せていきました。ただ、術後、うつ病を発症しているので、それによる食欲不振も無視できない要素だと考えておりますが。

とにかく術後、私は60kgを越えたことはまだありません。(これからあるかも?) 食欲のほうも、3人分も食べなくても1~2人分で満腹を感じるようになりました。術前、食べても食べても満腹を感じなかったのが今となってはとても不思議です。

Acromegaly Support というグループでも、GHやIGF-1が高かった時は何をしても痩せられなかった、というメンバーが複数いらっしゃるので、私の体重減少も治療と関係があるのでは?と考えています。

2011年2月25日金曜日

RDD2011、今年も開催!

Rare Disease Day 2011(世界希少・難治性疾患の日)

2月28日はRDD(Rare Disease Day)です。去年、東京ミッドタウンで開催されましたが、今年も開催されます。
http://www.rarediseaseday.jp/index.html
 
Facebook では、1週間以上前からアクロメガリー・サポートと、その他闘病サポート関係のグループ(But You Don't Look Sick など)ではプロフィールの写真に左のロゴをアップしているメンバーが出てきました。

 開催時間: 2011年2月28日(月) 9:00~21:00
 
 場 所 :  丸の内オアゾ 「OO(おお)広場」 東京都千代田区丸の内1-6-4
 
 アクセス:  JR、丸の内線東京駅、東西線大手町駅と地下通路で直結。 
 http://www.marunouchi.com/oazo/04_access/04_access.html
 入場料 :  無料
 


最初はこの日、他のスケジュールでつめつめだったのですが、どうしても1年に1度のRDDに参加したくて、なんとか夕方あたりからの参加ができるように調整しました。
 
本当は1日お休みをいただきたかったんですよね。でも、心理教育・家族教室ネットワークの学会参加の為に24・25日とお休みをいただいたので、28日にお休みをいただくのは……。もしも休んだら、5連休になってしまうので、旅行に行ったのかと誤解されそうですよね。いえ、そういう問題ではないのですが。(リハビリ出勤は、やはりしたいのでした。)
 
Rare Disease Day 2011、多くの方にご参加いただけますように。

先端巨大症を治療して- Part 2

2月24・25日と2日間にわたって心理教育・家族教室ネットワークの研究集会に参加してきました。本当に様々なことについて学び、考えさせられ、そして素敵な出会いもありました。私は当事者として参加しましたが、ワークショップでは大胆にも(というか無謀にも?)挙手して発言。いつか機会があれば、この学会で学んだこと、考えさせられたことについてもアップしたいと思っています。

昨日は某精神科医にそそのかされ(?)、懇親会にも参加。帰宅後、メールチェックせずにパタリと眠ってしまいました。昨日メール下さった方々、返信が遅れてしまってごめんなさい(汗)。

では「先端巨大症を治療して-Part2」です。


「あっ、この靴履ける!!」

2008年帰国当初、私の靴のサイズは25.5cm~26.0cmの間でした。このサイズだと可愛いデザインの物があまりないので、靴が大好きな私は本当に残念でした。「こんなことなら、アメリカで靴を買いだめしてこれば良かった~。」なんて思ったものです。

さて、異変に気づいたのは昨年、2010年9月~10月。なんとなく、今まで履いていた靴がゆるく感じるようになりました。ちょうどその頃、それまでは「どうせ足が大きすぎて履けないから」と諦めていたハイヒールをまた履きたい、と思うようになりました。

ある日、とうとう靴屋さんに出向いて、可愛いドレスシューズを物色。気に入った物があったので、手にとって「こんな素敵な靴が履けたらなぁ…」なんて思いながら眺めていました。ダメもとで25.0cmを履かせていただくと、若干ゆるめ!そこで、24.5cmを出していただき、足を入れてみると、今度は若干きつめ。シューフィッターさんに「長さは24.5cmですね。ウィズがあまりにもキツイようなら24.5cmで幅を広げるよりは、25.0cmで前をつめた方がよろしいかと。」とアドバイスされました。「えっ、私、こんなに可愛い靴が履けるようになったの?」と嬉しくなりましたが、それと同時に、「このブランドだけ偶然ではないかしら?」とも考えていました。しかし、友人の結婚式用に12月に靴を購入した時は、他ブランドでしたが、こちらは24.5cm。明らかに足が全体的に小さくなっているように感じ始めました。

最近になって、肥塚先生に「そういえば最近、『普通の』靴が履けるようになったんですよ~。」と報告しました。その日はドレスシューズを履いていたのですが、先生、それをチェックするなり「良かったじゃないの。」と嬉しそうにおっしゃいました。順調にサンドスタチンが効いているんだなぁ、と思いましたよ。

2011年2月23日水曜日

先端巨大症を治療して- Part 1

「先端巨大症にはどんな症状があるの?」という質問をさせることは多いのですが、それと同じぐらい多い質問に、「(先端巨大症が)良くなるとどうなるの?」というのがあります。数回に分けて、この質問への回答を綴っていきます。

視界が!

術後、回復室(Recovery Room)で麻酔から目を覚ました時は、まるでいつもの眠りから目覚めたような感覚でした。目が覚めて、一番最初に気づいたことは酸素が口に送られていること。気管挿管されてはいなかったのですが、血の塊が気管の手前に溜まっていて、息がしにくかったです。

その次に気づいたことが衝撃的でした。「あっ、視野が!!Oh my goodness!! 両脇が見えるようになったわ!!」数時間前まで耳側半盲(視界の外側が見えない)で、脳下の医師には「視野は元に戻らないかもしれない」と言われていたので、喜びは一入(ひとしお)でした。

翌日、昼食に出されたほうれん草が妙に緑色に見えました。「コレって着色料つかってるのかしら?」なんて思うぐらい鮮やかな緑色に見えました。5日目にICUから退院して帰宅する際、友人の車に乗っていると、色々なものがビックリするぐらい色鮮やかに見えました。助席で、「この世の中にはこんなにも色があったものなのね~!」「緑色はより緑色に、黄色はより黄色に、という感じなのよ。」なんて話していました。視界が今までになく色鮮やかで眩しかったのを覚えています。嬉しさのあまり、話しているうちに涙で目がウルウルになっていました。

私は耳側半盲がきっかけで先端巨大症と分かりました。そして、この症状が一番私を悲しませた症状だったのです。「どうなっても、視覚だけは私から取り上げないで!」と術前に泣いたこともあるぐらい、耳側半盲の症状と、オペの「目が見えなくなるかもしれない」というリスク は悲しく、重苦しいものでした。ですから、その失った視野を取り戻したことは、言葉にし尽くせないほど大きな喜びだったのです。「勇気を出してオペをしていただいて本当に良かった!」と思いましたよ。

2011年2月21日月曜日

そんなの報道する必要あるの?

私は「こころの元気+」というメンタルヘルスマガジンを購読しております。
ひょんな事がきっかけで購読を始めてしばらく経ちます。

この情報誌の2009年12月号の読者投稿コーナーに気になる投稿がありました。それは犯罪者の通院歴に関する報道についてです。確かに、これは私もしばしば考えさせられることだったりします。

犯罪を犯した人の精神科の通院歴が報道されることがよくありますが、コレって何の意味があるのでしょうか?身体科の通院歴は、こういった場面ではほとんど報道されません。しかし、精神科だけはやたらとクローズアップされます。

このようなメディアのあり方が精神科領域の当事者たちや、その家族を苦しめているように私は感じます。「精神科の患者は危ない」というような誤った偏見を広めかねないのではないでしょうか?そう考えると、犯罪者の通院歴なんて報道しなくても良いのでは、と思います。「百害あって一利無し」だと思うのですが。

2011年2月20日日曜日

お薬の名前

お薬の名前は意外と私の中では大きな影響があります。物によっては、「名前が怖いから」と他の薬に変えて貰ったこともあるぐらいです。「そんな変な患者、私ぐらいなのかな~?」なんて思いながらの投稿です。

Xanaxとソラナックス

私は閉所恐怖症で、抗不安剤の投与なしにMRIの検査を終了させることができないので、そういう時、アメリカで抗不安剤を処方してもらっていました。(実はこれが生まれて初めて服用したメンタル系のお薬でした)

その時、医師がXanax(「ザナックス」と発音)と処方箋に書いていたんです。「なんだか怖い名前ですね」なんて私がつぶやくと、そのドクター、私の気持ちを察してか、Valium(「ヴァリウム」と発音)に変えてくださいました。私の中でなんとなく"X"で始まって"X"で終わる薬を飲むのは怖い印象を受けたんです。特に科学的根拠など微塵もありません。(しかし、前から読んでも、後ろから読んでも"Xanax"は"Xanax"である、というのは面白いと思います。)

さて、帰国後、「ソラナックス」というお薬を処方されました。私は、このお薬を「ソラちゃん」と呼ぶようになり、結構気に入って(?)頓服していました。ある日、このソラナックスというお薬はアルプラゾラムであることを知ります。つまり、あのXanaxと同じだったのです。これを知った時、かなり衝撃を受けました。勝手な想像、というか擬人化ですが、私の中ではXanaxはちょっと怖いお兄ちゃんの印象で、ソラナックスはおしとやかな女の子の印象だったのです。ですから、Xanaxとソラナックスが同じだなんて信じがたい事実でした。


リフレックス

レメロンリフレックスも「ミルタザピン」という同じ薬剤です。私は米国でレメロンのジェネリックを服用していました。「レメロン」という名前は正直、嫌いではありません。「なんとなく眠そうな名前だなぁ。」と感じた程度(実際に激しく眠かったのでした)。しかし、リフレックスはなんとも違和感ありありで、名前に関しては全く好きになれませんでした。だってReflexって英語の意味は「反射」なんですもの。なんとなく変な反射が出そうな名前です(私の勝手な印象)。「なぜに、こんなアベコベな名前をつけたの?」と思って調べてみると、明治製菓のプレスリリースにはこんな記載が。
本剤には、「うつ病の寛解(REmission)、そしてその先の回復(REcovery)をかなえ、患者さんの人生をしなやかで柔軟(FLEXibility)なものにする」という思いを込めて、「リフレックス®(REFLEX®)」と名付けました。
 一応、考えて命名されたようです。それでもなお、抗うつ剤らしからぬ名前のような印象を受けてしまいます。なんとなく、抗てんかん薬とか、抗パーキンソン薬とかにありそうな名前のように感じるのは私だけでしょうか?

米国のレメロンのジェネリックの時よりもリフレックスのほうが副作用がキツかったのは、私のそういう思い込みもあったのかも、なんて考えております。もっとも、併用薬が異なっていた、という点の方が重要かとは思われますが。


愛着の持てる名前が良いな

医療現場では、お薬の名前に関しては「分かりやすい」「調剤ミス・調剤過誤が起こりにくい」という点がもちろん重視されるかと思います。ただ、余裕があれば、服用する患者さんが愛着を持てる名前だとアドヒアランス(服薬コンプライアンス)が良くなるように思います。もちろん、服用しているうちに愛着が湧いてくるものもありますけどね。私にとってはサンドスタチンLARがそのようなお薬かと思います。

ただ、最初の印象があまり良くないと「なんだか飲みたくないな」と思って、ついつい飲まなくなることもあるように思います。特に、精神科のお薬にその傾向があるように感じます。
  • 「Effexor XR とか物凄くEffective(効果的)な印象!」
  • 「メイラックスってとっても心がリラックスできそう!」
  • 「ソラナックスって、緊張が解けて、心が澄み渡る空みたいになるのかな?」
  • 「Abilify飲むと色々なことができる(Able)ようになるのかな?」
第一印象が良いと、患者さんの「服用意欲」も増して、それがアドヒアランスに繋がると思うのですが、こんなことは「どうでも良いこと」なんでしょうか。

10年ぶりの審査会

私の華道の流派は古流の松藤会(しょうとうかい)ですが、10年前の渡米までは熱心に月例審査会に通ったものです。今振り返ると、「学校に行きながら;毎日ピアノの練習もしながら;予備校にも通いながら;よく頑張ったな。」なんて思います。

今月、私は実に10年ぶりに月例審査会に参加しました。今回は現代華。木曜日に審査会の準備のためのお稽古がありました。お稽古での作品はこんな感じ。


横の流れ・動きが出ています。先生にかなり直していただいたお陰で、この様にまとまりました。


そして、これが今日の審査会での作品。


10年ぶりなので、あまり期待をしていなかったのですが、佳作をいただきました

コメントは

  • 非常によく考え、工夫された作品。
  • 左側のアカシアの動きが素晴らしい。
  • アカシアの線の見せ方に工夫があって良い。
  • 残念なのは、右のアカシアが重めであること。もっと短めにして、「軽やかに」した方が良かった。
とのこと。

言われてみれば、確かにお稽古の時は右のアカシアの方が、左よりも軽いですね。なるほど、とても勉強になりました。


これから、もっともっと上手になりたいです。

2011年2月19日土曜日

疲れた ~(×ω×)~


先週の金曜日も寝込んでおりましたが、今日も寝込んでおりました

今月の7日(月)から9時出勤(それまでは10時)を開始しましたが、やはり体は相当に疲れているようです。お昼休み、テーブルに突っ伏して寝ていることが多くなりました。あと、帰宅するととりあえず寝てしまいます。夕食抜きで寝てしまうこともあります。料理も全然しなくなりました。

それでも、9時出勤になってからは皆勤です。素晴らしい!自分でも「頑張っているな~」と思います。とはいっても、疲労感は気になります。特に、色々なことを冷静に考えるほど、体に余力の残っていない状態が良いわけがありません。というのも、以前にもお話しましたが、私は疲れると希死念慮が酷くなるからです。疲労も極限に達すると、「もう、これ以上、我慢しなくても良いよね。今まで頑張ったよね。だから、もう(死んでも)いいよね。」「皆さん、本当にごめんなさい。」とか訳の分からない独り言が出現します。以前は、ここまで来ると自傷行為や自殺企図で散々でした。しかし、最近は、ここまで来てしまっても、「とりあえず安定剤で落ち着こう」と比較的冷静に行動できるようになりました。自殺念慮があまりにもコントロール不能に感じる時には、眠剤で「強制終了」をかけます。

眠剤で眠ることを「強制終了」と呼ぶ所以ですが、一度寝ると思考回路が修復されるように感じるからです。 私に限って言えば、思考が絡まっておかしなことになっている時には、下手にあれこれ考えたりするよりも寝てしまったほうが良い気がします。

「強制終了」をかけなくても、最近は勝手に眠りに落ちてしまうので、相当に疲れているのは事実でしょう。このまま、今のレベルでリハビリを強行するか、少しハードルを下げるかは主治医と相談したいと思います。

それにしても、1時間早く出勤して、1時間多く働いているだけなのに、どうしてこんなにも簡単に再燃するのでしょうか?情けない…。(ч_ч。)

2011年2月17日木曜日

「メイラックスがやめられない」のその後

以前、「メイラックスがやめられない」という記事を投稿(2010年1月27日)しましたが、実はこのブログの中で最もアクセスの多い記事なんです。(私としては意外で、非常に驚いています。)
あの時はメイラックスの断薬に苦労していたので、このお薬に関して若干否定的とも取れる内容だったかもしれません。メイラックスに関するあらぬ誤解を読者さんに与えたくないので、今回はその続きです。

メイラックス断薬成功!

実は2010年9月6日に心身医療の主治医から「もう、いらないでしょう。」と言われ、断薬の指示がありました。昨年1月の投稿の際には断薬に失敗していますが、9月に再度チャレンジした時はすんなり行きました。

それまでは就寝前1mgという処方でしたが、これを1~2週間かけて徐々に減らしていったら離脱症状もなく、簡単にやめることができました

去年の1月にメイラックスをやめられなかった時、先生には「まだやめる時期ではないんでしょうね。」「いらなくなったら、その時は簡単にやめられるから、今は安心して続けて(服用して)下さい。」なんて言われました。それでも、ベンゾジアゼピン系は常用したくない、という思いが強くて気持ちばかり焦っていました。結局、あの後、休職に追い込まれるくらい精神症状が酷かったわけですから、やはりあの時の私にはメイラックスは必要だったのかな?なんて思っています。

 私個人の経験から感じたことは、メイラックスは無理してやめる薬ではない、ということです。本当に必要無くなれば、簡単にやめられるんだな、なんて思いました。


断薬で辛かったこと

長いこと服用していたからでしょうか。断薬する時、なんだか寂しかったです。私はメイラックスを「メイラちゃん」なんて呼んでいたのですが、「断薬が今回は成功しそうだ!」と確信した時、思わず「メイラちゃん、今までありがとう。とうとうお別れだよ。」なんてメイラックスのPTPシートに話しかけてしまいました(笑)。なので、メイラックス断薬で一番辛かったのは、余ったメイラちゃんを破棄する時の寂しさでしたよ。


断薬後に思うこと

 現在、メイラックス服用中で、依存性や離脱症状を心配されている方もいらっしゃると思いますが、これは主治医と二人三脚で進めていってほしいです。もしも「やめられない!」と感じたら、主治医に報告し、きちんと相談してほしいですし、何より、「いつかはやめられる」と信じて待つことが大切だと考えています。「きっと断薬できる!そのタイミングは今ではないけど、いつかはきっとやめられる!それまで、しばらくはこのお薬にお世話になろうっと♪」ぐらいに構えていればいいのではないでしょうか。

2011年2月15日火曜日

「先生、それはカルテに書かないで!」

恋愛面ではシャイ

バレンタインデーでしたね。
私はバレンタインに気になる男性にプレゼントをしたことって実はありません。
いつもは強がっているのに、恋愛となると、とたんにシャイになってしまいます。

好きなのに「好き」って言えない
好きなのに、その人の瞳を見ることができない
近くにいると「心臓の鼓動が聴こえてしまうのでは」と思ってしまい、うまくお話できない。

もう20代後半なのに、恋愛となると、私は思春期の女の子みたいになってしまうのです。
ちょっと情けない…。

いったん両思いと分かると、それはそれは大変なのです。
とにかく声を聴くだけで、英語でいうところの「お腹に蝶々がいる」ような感じになってしまうんです。
恋って誰にとってもそんなものなのでしょうか?

精神科のカルテ

恋愛というと、私は電子カルテのことを考えてしまうことがあります。

うつが劇的に改善し始めた時期に、精神科の主治医(O先生)に服用中のお薬と妊娠について質問したことがあります。O先生、訝しがりながらもご回答はして下さいました。そして、静かな口調で一言。
「どうして、そんなことを訊くんですか?」
私は心の中で「えっ、こんなこと、男性の先生なんかに言えましぇ~ん!!」と思いながらも、下を向き、思い切って言いました。
「なんだか最近、恋愛したいな~、なんていう気持ちになってきたんですよ。」
言った後、私の心臓はバクバクでした(笑)。O先生が女性だったらこんなに緊張しなかったのでは、と思います。

深呼吸して先生のお顔を見上げると、O先生、とーっても嬉しそうにニコニコしております。
「え~!!本当?それは重要な心の変化ですよ~♪」
と喜んで下さいました。
そして電子カルテに何やら打ち込んでいます。
「あ゛~!!O先生!!!変なことカルテに書かないで下さいよ~。肥塚先生(内分泌内科の主治医)に読まれてしまいますもの。」
と焦る私。
「いいじゃない、別に。」
この時ほどO先生に「こら~!!!」と怒鳴りたくなったことは未だかつてありません。

そして、私が激しく反対したから削除したことを期待していたら、甘かった…。
後日、内分泌内科の診察の時、チラリと電子カルテを覗いたらギャ~!!!
私が「恋愛したい」気分になっている旨が記入されていました。

こういう時、他科の先生が精神科や心身医療科のカルテを閲覧できることが嫌になってしまいます

私のかかっている東京女子医大病院では電子カルテは全科に繋がっているようです。これ、いわゆる「身体科(メンタルを除く診療科)」同士は、連携にとても役立つと思います。しかし、精神科や心身医療科のカルテは、正直、他科の先生には読まれたくない内容が含まれていることもあります。

それでも、こんなことは患者のわがままなのでしょうか。確かに精神科での治療状況も、身体科のドクターに把握していただくのは重要なことです。お薬の内容など、特に重要です。それでも、1患者としてのわがままを言わせていただくと、患者が「これは他科にはロックして下さい」と依頼した内容は他科からは閲覧できないようにしてほしいです。

私と同じように感じている方っていらっしゃるのかしら?
それとも、これは単に私のわがまま?

2011年2月13日日曜日

内分泌(ホルモン)の病気を考えるフォーラム

市民公開講座を京都で開催

「内分泌(ホルモン) の病気を考えるフォーラム」という市民公開講座が京都にて開催されるので、ご案内させていただきます。

共催: 下垂体患者の会、日本イーライリリー株式会社
日時:2011年2月27日(日)
10:00~11:30(9:30開場)
入場無料 定員100名

場所:メルパルク京都 6階 会議室D
京都市下京区東洞院通七条下ル東塩小路町676-13


~開会~

【第1部】 内分泌(ホルモン)の病気について

【第2部】 日常生活や治療へのアドバイス
~原因や治療方法について専門医が解説します~

【第3部】 Q&A
~日常の疑問を専門医がお答えします~

~閉会~


京都医療センター 臨床研究センター長     島津 章   先生
京都大学医学部付属病院 脳神経外科     北条 雅人 先生
京都大学医学部付属病院 内分泌代謝内科  金本 巨哲 先生
京都市立病院 内分泌内科             小松 弥郷 先生


メールにてお申し込みの方は下記へ。
ishibashi_tatsuya@lilly.com 日本イーライリリー株式会社  石橋 様 宛
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島津先生には昨年の12月上旬にお会いする機会がありましたが、とても気さくな先生です。
私の質問や素人意見に対しても丁寧にご対応して下さり、またご説明もとても分かりやすかったです。

なんとなく、島津先生と女子医大の肥塚先生は、似たようなオーラを放っているような…(良い意味で)。

2011年2月11日金曜日

ジェイゾロフトのお陰で

リクエストに応えて

ジェイゾロフトについての記事をアップしてほしい、という依頼が以前から何度かあったので、書いてみました。1患者からの視点で書いております。お薬の効果は個人差があることをご了承下さい。

人生が変わったみたい

2010年6月28日にジェイゾロフトという抗うつ剤を開始してから、本当に人生が変わったといっても過言では無いほど抑うつ状態と摂食障害が改善されました。服用から2~3日ほどは副作用の吐き気との闘いでしたが、それでも3~4日目あたりから気持ちに変化が訪れ、生き生きした感じになりました。

そんな状態が続き、私はてっきり「躁転したのかしら?」と心配になりました。2010年8月23日の予約外来の際、精神科主治医に尋ねると、「そんなのを躁転なんて呼んだら、本当に躁の人に失礼です(笑)。いいんじゃない、若いんだし。それぐらい明るくてちょうど良いですよ。」なんていわれました。「そうか、コレは普通なんだ。今まで、特に術後以来、本当に散々な精神状態で生きてきたな~。」なんて思いながら診察室を出たのでした。

使用感

実際のジェイゾロフトの効果、私個人に限って言えば魔法のようです。服用開始日から1ヶ月分の診療ノートの記述をここにそのまま記します。(ノートがまとまっていなくて読みにくいかもしれません。)


2010年6月28日(月)PM予約外 O先生
  • 気分の落ち込み
  • 意欲低下(楽しい事も何もしたくない)
  • 1日中「寝逃げ」(起きていられない;起きていると辛い)
  • 強い飲酒欲求(飲んではいない)
  • 希死念慮(特に死にたい理由はない。むしろ楽しい事が待っているのに「死にたい」と思ってしまう) 
~ジェイゾロフト(25mg)開始~


2010年7月6日(火)AM予約 O先生
  •  吐き気(特に開始2日間)
  • 頭痛(PMSの影響かも)
  • 眠気(でも中途覚醒。夜の睡眠は5時間とれるようになったが、寝た気がしない)
  • 倦怠感(PMS自体かサンドスタチンLARが原因かも)
  • 攻撃性・イライラの減少
  • パキシルよりも「人工感」が少ない
  • 意欲はイマイチ上がっていない
  • 自傷行為が改善

2010年7月20日(火)AM予約 O先生
  • 食行動が正常化した
  • 自傷行為なし
  • 希死念慮が無い日が多くなった(ある日が少なくなった)
  • 悪い衝動にストップをかけられるようになった
  • 「前向き」な気持ちになった
  • 生きていることに対する罪悪感が消えた
  • パニックになることが少なくなった
  • 心が穏やかになった
  • 「顔つきが変わった」「すっきりした表情」と言われるようになった。
たった1ヶ月でこんなにも変わるものなのか!と自分でもビックリです。

改善して「別人」のように

症状が落ち着いてきたので、「神経精神科」ではなく「心身医療科」で診てもらえるようになりました。担当医は引き続きO先生です。8月23日(月) 、初めて心身で見ていただいた時のこと、今でも鮮明に覚えています。というのも、私はその前の週に髪型をガラリと変えたからです。O先生の反応が楽しみでした。この頃になると、それまで無関心だったファッションにも興味を示し始めていたので、どうやら服装も今までとは全く異なったイメージだったようです。

「こんにちは~。髪型、変えました~。」と言いながら笑顔で診察室に入っていくと、O先生、絶句!あれは本当におもしろかったです。顔に「えっ、この子、僕がついこの間(9日前)診た子と同じなの?えぇ!!!Σw(゚д゚* )w!!と書いてありました(爆笑)。落ち着きを装って「なかなかオシャレな感じで…。」なんて言っているのが、正直おかしくてたまらなかったのを覚えています。

まぁ、10日もしないうちに髪型と服装があまりにも変わってしまったら、やはり驚かれるのも無理ないのでしょうね。9月に入ってからリハビリ勤務を始めたときも、職場で「別人みたい」と言われました。

ジェイゾロフトに辿り着くまで

このお薬に辿り着くまでが、本当に長かったです。他のSSRI(セロトニン再取り込み阻害薬;ジェイゾロフトもこのカテゴリー)で散々失敗してきたので、帰国後はSSRIには私も主治医も触りたくなかったのです。

帰国前に処方されていたEffexor XRは結構効いていたのですが、日本では未承認でした。これと同じSNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)というカテゴリーは、当時、日本ではトレドミンしか無かったのですが、全く効きませんでした。2010年4月、ようやくサインバルタというSNRIが日本でも出ました。日本では2種類目のSNRIです。主治医も私も嬉々として試したのですが、このお薬は副作用でだめでした。

このサインバルタでの失敗の直後、私は最後の望みをかけるつもりで「先生、私、ゾロフトを試してみたいんですが。」と主治医に頼みました。O先生、「えっ、SSRIだよ。」とちょっと考えていましたが、「そうか。あなたの場合、薬に敏感だからジェイゾロの少量、案外イケルかもしれないですね~!」と何か閃いたようにおっしゃいました。

飲む前は実は「パキシルやLexaproの時みたいになったらどうしよう?」(自殺企図で保護入院させられました。)と心配でしたが、ジェイゾロフトは「試してみて本当に良かった!」と心から思えるお薬です。「別人みたい」と言われる件ですが、むしろ今までが「別人のように鬱々していた」だけなんですよね。ようやく本来の自分を取り戻した気分です。

大雪で鬱々

今、東京ではスゴイ雪です。こんな本格的に東京でも降るんだなぁ、なんて思いながら窓から外を眺めています。ニューヨーク、ミシガン、インディアナに住んでいたころは大雪なんて大して珍しくもなかったんですけどね。

そういえば、冬の東京は本当に寒いです。アメリカの雪国に住んでいたときの方が冬は過ごしやすかったように感じます。確かに雪国のほうが外は寒いのですが、室内は温かいのです。ですが、東京は建物の造りが寒さにあまり対応できていないように思います。私の住むアパートも二重窓なんてありませんし。

なので、東京に住んでいて「明日は寒い」なんて天気予報で知ると、とたんに憂鬱になります。そして、今日みたいに大雪となると、冬眠モードに。心だけでなく体もシャットダウンします。何も食べたくないし、飲みたくもないし、動きたくないし、体は重たく感じるし、強烈に眠いし、とった状態になります。

「まぁ、仕事も休みだし、ダラダラ過ごすのもありかな。こんな天気だったら心も滅入るよね。何もしたくなくなるよね。うんうん。」と自分を許すことにして、今日はゆっくり過ごすことにします。部屋の掃除もしたいし、お料理もしたいけど、こんな日は休息優先です。

皆さんも風邪など引かないように、温かくしてお過ごしくださいませ。

2011年2月9日水曜日

「患者さんの治療のおはなし~アクロメガリーと下垂体の病気」

治療体験談の冊子が出来た!

2010年6月にアクロメガリー広報センターさんから、先端巨大症の治療体験談の冊子作成のための取材をお願いされました。その冊子が早速できあがり、昨日、送られてきました~!!

早速、ブログにアップするぞ~!と思いきや、山中さんに先を越されました(笑)。

まずは表紙を眺めてみます。なんだかカワイイ!ほのぼのします。

温かい、優しい、親しみやすい、支え合う、希望、前進、明るい、仲間たち、などといったキーワードが思い浮かびました。

早速、ページをめくっていくと、結構、知っている顔もちらほら。一人一人の体験談を読んでいって、「同じ病気でも、そのストーリーは本当に十人十色だな」と思いました。病気でない方にも是非読んでほしいです。

掲載されている自分の写真を見て

やっぱり、1番気になるのは自分のページ!私は基本的に自己中心的なのでしょうか(笑)?

写真を見て思ったのが、「あの頃、本当に栄養不足で髪が薄かったなぁ」という、どうでも良いこと(爆笑)。 確か、あの取材直前の神経精神科での外来で「先生、最近、髪の毛がやたらと抜けるんですけど。」なんて言った記憶があります。そんな私の頭を見上げるなり、笑いながら「禿げてないから、大丈夫!栄養がたりていないんでしょう。」とおっしゃったO先生に腹を立てながら診察室を去っていたのを思い出して、思わず苦笑。「まったく!!精神科医なのに、ほんと、デリカシーに欠けるわよね!」と心の中で呟いていたのでした。今、思い出すと本当におかしくて笑えます。

今は髪の毛もだいぶフサフサになり(笑)、髪型もガラリと変えてしまったので、この冊子の写真とはだいぶ印象が異なるように思います。周囲にも「あの頃と比べると、全くの別人みたい。」とよく言われますし。

再び元気が

写真のことはこのくらいにして…。
取材を受けた2010年6月当時は神経精神科での1ヶ月近い入院から1ヵ月後だったので、まだ精神的にもかなり病んだ状態でした。そんな中で臨んだわけですが、当日、アクロメガリー広報センターの方々とライターさんから沢山の元気を貰いました!本当に素敵な1日だったことを思い出して、今、また元気が湧いてきました

そして、冊子に掲載されている、他の「仲間」の体験談からも元気を貰いましたよ

このプロジェクトに関わった皆様、このような素敵な冊子にまとめて下さって、本当にありがとうございました。

 病院で見かけたら是非読んでみて下さいね。

2011年2月8日火曜日

さっそく症状が揺れだす


昨日から今までよりも1時間早い9時スタートとなったリハビリ勤務。無事、朝はしっかり起きて朝食も摂って、わりあい元気良く出勤は出来ています。ただ、やはりこの通勤環境の変化と1時間長い勤務時間はさっそく重いストレスとなって圧し掛かっております。今日に至っては強い自殺念慮、自己嫌悪、厭世観などなど。気づいたら大泣きしていました。こらえても、涙は後から後から押し寄せてくるのです。

リストカットの悪い衝動もあったのですが、なんとか赤のボールペンで対応。切らずに持ち越しました。とにかく危ないことはせずに、安全に帰宅しました。駅のホームにある鏡を覗き込んだら、私の顔は真っ青でした。「えぇ、1時間早く出勤しているだけで、どうしてこんなふうになっちゃうのかしら?」

帰宅するころになると、消えてしまいたくなり、とても精神的に辛いです。そして、なんとか家に辿り着いてドアを開けると、特に理由も無いのに涙がこみ上げてくるのです。何なのでしょう、コレ?極めつけは食欲。何を食べても美味しいと感じられません。無理やり口に押し込んでいる感じ。正直、気持ち悪いです。睡眠にも影響があり、睡眠導入剤無しには眠れません。

「再燃」という言葉が頭にチラつきます。少なくとも、今回は再燃のサインを認識できているので、早めに手をうつようにし、症状が悪化する前に受診して安全策をとることにします。

もしも主治医にお話したら、「そんな簡単に復職できたら、医者なんて必要ないですよ」なんて言うのかしら?いつもおっしゃるように「必ず良くなる、と信じて」ゆっくりと構えることにします。新しいことにチャレンジしているのですから症状が揺れるのは当たり前です。そこで過剰に反応して「こんなことで症状がぶり返すなんて、自分は本当に救いようの無い、駄目な人間だ!」などと決め付けては良くなるものも良くなりません。自分の症状のブレを察知するのは大切ですが、その変化に神経質に反応せずに、デ~ン!と構えていければ良いな、と思っています。

2011年2月6日日曜日

最近ハマっているもの

また一週間が始まります。
実はまだリハビリ勤務中。

9月にリハビリを開始してから、ずっと10:00~15:00でしたが明日から9:00~15:00
うちの会社は9時開始なので、他の方と同じ時間に出勤できるのは嬉しいです。
ただ、ちょっと心配。本当に出来るのかな~?って。

でも、主治医も「あっ、マズイ!と思ったら引き返すことも大切です。」とおっしゃっているし、会社の理解もあるので気楽に取り組んでみようと思います。

明日は帰宅したら、しっかりとリラックスする時間を設けるつもりです。

ボディーケア製品に夢中!

リラックスといえば、最近、ボディーケア製品にハマって下ります。
ボディーソープ、シャワージェル、バスボム、ボディーローション、ボディーバター、フットクリーム等といったものにかなりこだわっています。特に香りの良いものに惹かれます。

休職中、抑うつで入浴がとても苦痛だった、というのが事の発端です。
湯船に漬かるのはほぼ皆無で、5分以内のシャワーでなんとか済ませていました。それも1日おきが精一杯。とにかくシャワーを浴びるだけでも重労働で、「面倒だな」という認識だったのを覚えています。浴室から出てくると、何も着ないまま布団にデ~ンと伸びてグッタリしたものです。

そんなこんなしているうちに、「この憂鬱な入浴時間をなんとか少しでも楽しいものにできないかしら?」といつしか考えるようになりました。その頃から香りが良くて、私の敏感肌(もともとアトピーです)にも使えるボディーソープやシャワージェルを集め始めました。そうしたら、入浴がそれほど苦痛にもならなくなり、次第に毎日シャワーを浴びられるようになりました。そして、極めつけはバブルバスやバスボムなどの入浴剤。これらのおかげでようやく1年ぶりぐらいに湯船に漬かることができるようになりました

初めは浴室で使うものだけだったのが、いつの間にか今度は入浴後の保湿などのお手入れのためのクリームやボディーローションを集めるようになりました。お陰でシャワーやお風呂の後、お手入れする習慣が定着しました。そのせいでしょうか、浴室から出てきて「何も着ないまま布団にデ~ン」が無くなりました

普通の方からしたら、私はボディーケア製品にお金をかけ過ぎなのかもしれません。でも、そのお陰で基本的な生活行動を営むことができているので、私は「治療代・お薬代」ぐらいに考えています。むしろ、自分が楽しめるものにお金を使ったほうが、医療費につぎ込むよりもずっと良いかな、ぐらいの認識です。

今でも抑うつが酷いと入浴が困難なことがあります。でも一人暮らしの私にお風呂に入るモチベーションを与えてくれるのがボディーケア製品です。ちょっと贅沢ですが、上手に利用してゆきたいです。

心に希望の光が

花が咲いた!

「水をやっていたら、花が咲いたんですよ~♪」
心身医療科のO先生(男性)が、診察室で嬉しそうにおっしゃいました。

医局で鉢の水遣りをしながら、その成長を見守るO先生の姿を想像したら、あまりにも微笑ましくて、思わず「かわいい!!!」と口走ってしまいました。「あっ、スイマセン!先生にカワイイなんて言ってしまって。」

でもO先生、そんな私の言葉なんて完璧にスルー。満面の笑みで、椅子の背もたれに思いっきり寄りかかって、かなり得意気な様子! なんだか本当に少年みたい、とご本人の前で思いっきり笑ってしまいました。

O先生、気付いているかしら?先生は私の心にも水遣りをして下さいました。お陰様で、私のお花も咲きましたよ。先生、絶対に見落としているわよね?

さすがに照れくさくて、ご本人には結局言えずじまい。



私のほうは、と言いますと…。

先日、生けたレンギョウが満開になりました。今回はレナンセラとスイートピー。
黄色のお花が、実際に見るとちょっと眩しく感じます。
レンギョウの花言葉は「希望」

私の心にも、希望の花が咲いた、ということでしょうか。
金色の光が私の心にも灯りましたよ。
今まで真っ暗だったから、ちょっと眩しいです。

良い聞き手にアドバイスは必要?

昨日の患者会の集い(下垂体患者の何でもしゃべり隊 第1回)に参加したかったのですが、サンドスタチンLARの副作用で調子が良くなかったため、参加を見合わせました。ちょっと残念!

そんな思いを振り切って、今日は「良い聞き手」と「アドバイス」について綴っていきます。

「アドバイス」?

慢性疾患(精神疾患を含む)の患者さんの中には、周囲に自分の病気のことを話すと
  • 「コレを試したら?」
  • 「アレが良いらしいわよ。」
  • 「そんな薬、飲んでいるから良くならないのよ。」
  • 「先生/病院を変えたら?」
などと「アドバイス」されること、ありませんか?私はこういった「アドバイス」は今でこそサラッと聞き流せていますが、初めの頃はその都度イライラしたものです。

どうしてイライラするのかというと、
  • ココに辿り着くまでに既に色々なことを試してきたから。
  • 医師と私との信頼関係にひびを入れるようなことはして欲しくないから。
  • 信頼する医師やお薬を非難するようなことを言って欲しくないから。
  • そもそも、私は聞いて欲しかっただけで、アドバイスを求めていないから。
というのが主な理由です。そのうちで一番大きいのは「聞いて欲しいのであって、助言を求めているわけではないから。」だと思います。

アドバイスは「上から目線」

アドバイスをする時、私たちは「上から目線」である、と私は考えています。同時に、「あなたは分かっていないでしょうけど」という前提も感じます。おそらく、そこにカチンと来るのでしょう。「そうやってアドバイスするあなたに、私の何が分かるの?」と思ってしまったりするのです。

また、真に必要な医学的アドバイスは医師・看護師・薬剤師といった医療従事者から必要に応じて得ているのが実情です。いわゆる「プロ」から適切な情報を得ているわけですから、このエリアに土足で踏み込んでほしくない、というのもあったりします。

「ただ聞く」ということ

では、患者さんが周囲の人に病気の話をしている時、求めているものは一体何なのでしょうか?

状況によってその答えは様々かと思いますが、一番は「聞いてほしい」「受け止めてほしい」ではないでしょうか。診察室では時間がとても限られているため、心のケアまではドクターの手が回らないこともあります。そういう時、やはり友人や家族に自分の気持ちを受け止めてほしい、と感じるのは当然のことだと思います。

そういう時は対等な目線で、「ただ聞いてあげること」が大切です。「辛いね」「大変だったね」「今までよく耐えたね」「頑張っているね」といった共感の言葉と、相手を理解しようという想いがあれば十分なんです。助言は相手が求めてきてからでも遅くないことが多いように感じます(例外として、自殺念慮の強い場合が挙げられますが)。

しかし、その「ただ聞く」ということが実は意外と難しいんです。というのも、聞いているだけだと自分が何もその人のためにしてあげていないような錯覚というか、無力感に陥るからです。自分が何とかして、相手の状況を良くしてあげたい、と思うので、ついつい要らない「アドバイス」をしてしまったりします。これは自分のニーズを満たしてはいますが、相手のニーズは?となると疑問が残ります。

良い聞き手とは?

一言で言えば、「相手のニーズを満たす聞き方をすることのできる人」です。

聞き手である時、自分が口を開く際には「これから言う言葉は私のニーズを満たすもの?それとも相手のニーズを満たすもの?」と自分に問いかけてみると良いかもしれません。(これは留学中、カウンセリング理論の講義で何度となく指導されてきたことだったりします)


とまぁ、ここまで色々と偉そうに述べてきましたが、良い聞き手になることは私自身の課題でもあるんですよね。相手と同じ目線でお話を聞くことのできる良い聞き手になりたいものです。

2011年2月5日土曜日

病気が治らなくても


私にとって、自分の病気が治ることは最大の望みではありません。
もしも、ある日、突然完治したら「嬉しい」の前に「寂しい」と感じてしまうような気すらしております。

それでも、「あんまり元気良く暴れないようにネ。」とだけは病気に頼んでおります。


病気が治らなくても、「生きていて良かった。そして、これからも生きていたい。」と思えればそれで良いのです。

2011年2月3日木曜日

福豆なんて久しぶり!

今日は節分の日ですね。

実は、節分を強く意識したのは2008年が最後だと思います。理由は私が女子医大に検査入院中だったから。あの日の夕食のトレイに福豆と栄養管理部からのメッセージが添えられていたので、とても印象的でした。

その時よりさらに前を遡ると、最後に節分らしいことをしたのは小学校6年生の時だと思います。それも単に給食に福豆が出たから福豆を食べた、というもの。なんだか2008年とあまり変わらないような…。

恵方巻きについても知ったのは去年が始めて。でも実はイマイチ良く分かっておりません。そもそも恵方巻きと普通の太巻き、何が違うのかしら?

とまぁ、節分とは無縁なSaraですが、今年は山中登志子さんから浅草寺の福豆をいただいたので、節分がいつなのか生まれて初めて調べました(汗)。こういう時、周りから「外国人」と言われても仕方ないのかなぁ、と変に納得してしまいます。



お寺の福豆なんて手にするのは初めてです。なんだか子供のようにワクワクしてしまいます。
山中さん、本当にありがとうございます!

小さなアパートの部屋で豆まきは難しいので、食べることに♪
御恵みと聖霊との交わりが豊かにありますように、と祈りをこめて。

昨日、テレビにTanya Angusさん登場!

本日、心身医療科と内分泌内科の予約診療がありました。
今日の私はいつになく元気いっぱい!
笑顔の絶えない診療でした。

そういえば、昨日2011年2月2日(水)に「ザ!世界仰天ニュース」でアクロメガリーについての番組がやっていたらしい、と内分泌内科の主治医からお聞きしました。私はテレビが家にあっても全く見ないので、知りませんでした。(私のAD/HDのせいでしょうか、私はどうもテレビのような「受け身度」の高い媒体が苦手です。じっと見ているのが苦痛なので一年のうちに数えるほどしかテレビは見ません。)

診察が終わった私は、現在入院中のお友達の病室へ向かいました。そして彼女にも「昨日、Saraの病気のことがテレビで取り上げられていたよ。」と言われるのでした。

帰宅して、いつも読むブログに目を通すと、山中登志子さんがこの番組について「成長が止まらない・・・美女が突然”巨人”に」という題で投稿されているのを発見!ようやく、このアクロの患者さんがどなたかを知りました。

このTanya Angusさんという女性、実は去年、Acromegaly Support Groupで大変に話題になった方で、彼女のオフィシャル・サイトもあるんです。 私もターニャが始めて番組に出演した時の映像を拝見しましたが、ターニャの声の感じから、何と言うか、彼女の悲しみが胸にグっと伝わってきて、私自身も見ていて辛かったのを思い出しました。

ターニャの闘病体験について様々な思いが胸にあるのですが、言葉にできなくてもどかしいです。

勇気を出して番組に出演したTanya Angusさんとご家族が
希望を持ち続けることができますように。

2011年2月1日火曜日

1月に誕生日を迎えて


2010年を振り返って

去年1年は私にとって試練の年でした。

特に約6ヶ月の休職(病気療養)期間は精神的に壮絶なものでした。

問題の症状ですが、本格的におかしくなってきたのは休職の3ヶ月ぐらい前だと思います。それでも、初めは毎晩の食べ吐きと隠せる程度の自傷行為でした。しかし、行動異常は次第にエスカレートしてゆき、自傷行為も仕事中に運転しながらするようになってしまいました。仕事が終わって帰宅すると、今度は鉛のように重く感じる体を引きずって、真夜中の街を特にあてもなく「死に場所」を求め、うろうろ歩き回ることも…。その時の私の視界は涙でかすんでいました。

次第にうつが悪化し、水を飲むのも辛くなってしまいました。ほぼ飲まず食わずで過ごした後、色々なことがコントロール不能になり、そこからはカオス状態でした。入院していなかったら本当に死んでいたと思います。

あの時、あまりにも苦しくて、「来年(2011年)の誕生日は迎えられないだろう」なんて考えていたのです。


2011年1月に無事、歳を重ねることができました。

紆余曲折ありましたが、皆さんの支えがあって今年も無事に誕生日を迎えました。
特に直接、私を救ってくださった精神科主治医のO先生には何とお礼を申し上げてよいか分かりません。今日に至るまで「生きるんだよ。何があっても生きるんだよ。」「ほかのことを投げ出してもね、生きることだけは投げ出しちゃダメ。」「死ななくちゃいけない理由がどんなに論理的に見えても、それは違うんですよ。死ななくちゃいけない理由なんて無いんです。」と私を励まし、説得し続けて下さいました。O先生、本当にありがとうございます。

O先生をはじめ皆様のお陰で、ゆったりペースではありますがリハビリ勤務できるまでに回復しました! 出来ないことばかりに目が行きがちですが、できるようになったことも沢山あります。自分の進歩を喜びとし、一歩一歩あゆんでいければ、と思っています。


今年の目標は?

今年の抱負は?とよく尋ねられるので、情けない目標ですが披露いたします。
この1年、生きること。
「えぇ、まだそのレベルなの~?」なんていう声が聞えて来そうですが、はい、その通りです。未だに希死念慮と日々闘っている状態。「生きること」がまだまだ大きな課題であるSaraです。

しかし死の誘惑に負けずに、また1年、なんとか生きます!せっかく救っていただいた命なのですから。


そなえたもう 主のみちを
ふみてゆかん ひとすじに。
(讃美歌494)