2011年1月30日日曜日

下垂体患者のなんでもしゃべり隊 第1回

下垂会(下垂体患者の会)が「下垂体患者の何でもしゃべり隊 第1回」を開催します。

案内のハガキの文面をそのまま打ち込ませていただきます。
(フォントや改行は変えさせていただきました)


2011年2月5日(土)
午後1時30分~4時(1時開場)
東京・虎の門病院・講堂(本館3階)・入場無料
   地下鉄銀座線、虎の門駅3番出口より徒歩5分

・前半は疾病別に分かれて患者・家族の懇談会。
「クッシング病」「先端巨大症」「下垂体機能低下症」「手術はどんな感じ?放射線療法は?」など、関心事に合わせて小グループを作ります。気軽におしゃべりしましょう。
「疑問・不安」と「願い」を1枚の紙に書き出します。

・後半は、全体で「願い」を実現する方法を話し合います。
みんなで参加しやすい、参加して楽しい患者会の形を練り上げます。

(「疑問・不安」は整理したうえで後日)

今回、山田正三先生の講演はありません。
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私も参加予定です。
疑問、不安、願い、今のうちに紙にまとめておこうかな?

原点に戻る


「かえれや、わが家に
帰れや」 と主は今呼びたもう。
(讃美歌517)


 
2011年1月27日、私が「師匠」と尊敬する華道の先生に10年ぶりに再会しました。
私を準師範、師範へと導いて下さった先生です。

1998年4月から2001年7月までお世話になりました。
翌月の2001年8月に私は渡米し、その後、連絡が途絶えてしまったのです。

しかし、渡米前に先生は「帰国して、またお稽古に通いたくなったらいつでもご連絡下さいね。」とE-mailアドレスを下さったのでした。

「教授資格者」であることを自覚

2008年に帰国してまもなくは、病気のことで一杯一杯で、華道のことなんて頭にありませんでした。

そんなある日、母が「お引越しの時、一番大切に運んだ物なのよ。」といって私に大きな包みを渡しました。それは、私の称号、雅名の上に「いけばな教授」と書かれた木の看板でした。私が「教授資格者として教授活動を許された者」であることを示す看板(師範の御免状)です。この1枚の縦長の、大きく分厚い木の板を手に抱えたとき、「いつかはまた自分の言語で表現したい」という思いを抱くようになりました。

女子医大に通うことによって

東京女子医科大学病院の最寄り駅は、都営大江戸線の若松河田。実家から通う時と、会社から病院へ向かう時は春日で三田線から大江戸線に乗り換えています。また、自宅から通院する際は大江戸線で春日を通過します。実は、私の華道の先生のお教室と研究会会場の最寄り駅が春日なのです。

そういう理由もあって通院の際、春日につくと、華道具を持ってお稽古や研究会に通っていたころを懐かしく思い出すのでした。

10年ぶりの再会

2011年1月25日、私は先生にメールしました。翌日、先生から早速返信があり、27日にお教室に訪問させていただくことになりました。前日は興奮して眠れませんでした。

当日、道が分かるか心配だったのですが、体の方が覚えておりました。

お教室はすっかり綺麗になっており正直びっくりしましたが、先生は全くお変わりなく10年前のままのお姿!思わず「先生~!!お久しぶりです~!!!」と、はしゃいでしまいました(汗)。

色々お話していくうちに、「10年ぶりに活けてみますか?」と先生。
用意して下さった花材は
主材:レンギョウ
副材:ストック
    スイートピー
と、なんとも春めいた可愛らしい花々でした。
初心に返り、あまり気取らずに、当時の私のスタイルで活けることにしました。


できた~!!!
これが10年ぶりの私の再出発の原点です。


花言葉
  • レンギョウ:「希望」
  • ストック:「永遠の美しさ」
  • スイートピー:「門出」

2011年1月29日土曜日

低用量ピルの服用を始めました

月経困難症とPMDDがひどくて(涙)

最近になって初めて低用量ピルを使い始めました。昨年11月に出たばかりの「ヤーズ」という、超低用量のもの。機能性月経困難症の治療薬として使っております。

月経困難症で、私は立っていられないくらいの下腹部痛に悩まされてきました。嘔吐してしまうこともありました。あまりもの痛みに床をのた打ち回って救急車で運ばれたこともあります。ところが、CTやエコーを行っても、私の子宮はとてもきれいな状態なんです。

月経困難症だけでも辛いのに、さらに私はPMDD(月経前不機嫌性障害)もあり、生理前のメンタル面のトラブルは本当に絶えませんでした。
  • コントロールの難しい、強い自殺念慮。
  • 自殺の具体的な計画・自殺企図。
  • 自傷行為。
  • 理由もないのに、とにかくイライラして見知らぬ人にあたってしまう。
  • 悲しい理由もないのに、とっても惨めになり涙が止まらなくなる。
  • 厭世観が強くなる。
日常生活に大きな支障を来たし、とても辛い状況です。アメリカで初めて精神科に保護入院させられた時も、実はPMDD真っ只中でした。

PMDDは月経開始と同時に治まります。しかし、そのPMDDが終わると今度は月経困難症。なんだか、生きているのがイヤになってきます

心身医療科でジェイゾロフト(PMDDに適応のある抗うつ剤)を服用するようになってから、だいぶPMDDも良くなりました。自殺企図や自傷行為に至ることが劇的に少なくなりました。それでも、毎月のように、自殺念慮と厭世観で泣いたり寝込んだりは続いていました。

ヤーズ開始

月経困難症とPMDDについて、じっくりと婦人科医と相談しました。排卵させて血中ホルモンを大きく変動させるよりも、一時的に排卵を止めて、ホルモンの変化を穏やかにした方が良いのでは、という結論。

下記の3つの治療オプションを紹介されました。
  • 低用量ピル
  • 黄体ホルモン療法
  • 鎮痛剤&漢方
それぞれの長所・短所を丁寧に説明していただき、私は低用量ピルを選びました。

ピルにも色々な種類があるようですが、薬にとても敏感な体質を考慮したうえで「超低用量」のヤーズを勧められました。

実際に服用してみて

今のところ、気になる有害事象は
  • 吐き気
  • 頭痛
  • 不眠傾向
  • 倦怠感
  • 下腹部の鈍痛
  • むくみ
といったところ。ただ、実際に風邪を引いていたこともあって、これらの事象のうち、どれがヤーズの「副作用」なのかは分かりません。

良い点としては、今のところPMDDのひどい症状が無いこと。毎周期、必ずPMDDで欠勤していたのに、今回の周期ではまだ欠勤なしです。 素晴らしい!

3周期は続けてみることを勧められたので、続けようと思います。ヤーズで月経困難症だけでなく、PMDDも改善されれば、一石二鳥ですね。

2011年1月27日木曜日

再び華道を。


主材:ユーカリ
副材:スプレーマム
アネモネ
ゼンマイ


去年のクリスマスイブに上司がご逝去されました。
約半年にわたる休職を経て、リハビリ勤務する私は所属部署ではない部署でお世話になることになり、この上司にも温かく接していただきました。

亡くなった翌日から、私は「お花当番」になりました。
お花当番をしているうちに不思議なことが起きました。

毎日、お花の水を取り替えたり、活け直したり、
新しいお花を選びにいったり、とするうちに
「また、華道を始めたい。」と強く感じるようになったのです。

そんなことがあって、先日、私が以前お世話になっていた華道の先生にメールしました。
私を奥伝から準師範、師範へと導いて下さった先生です。
そして今日、お会いすることになりました。
実に10年ぶりの再会です。

「またお花を活けたい」という気持ち、お花を活ける喜び、先生との再会。
これらは、亡くなった上司からのプレゼントに違いない、と確信しております。

冒頭の写真は、この上司へのお礼です。
(写真がきれいに撮れませんでした。)
主材であるユーカリには「思い出」という花言葉があります。
私たちに素敵な思い出を残して下さってありがとうございます。
同時に、良い思い出をご一緒にお持ち下さい。
そんな思いをこめて……。

2011年1月24日月曜日

笑い、やわらかい心~「闘病体験を語り合う集い」に参加して

今泣いている人は幸いである。あなたがたは笑うようになる。 
(ルカによる福音書6章21節)


主材:ユーカリ
副材:ラナンキュラス
(花言葉:「晴れやかな魅力」)


1月22日(土)に虎ノ門病院(東京都)にて、下垂会の総会・講演会がありました。
参加人数は60名を超えていたようです。素晴らしい!
今回の患者会の集まりは「(下垂会の)原点に戻る」というテーマ(?)のもと、小グループに分かれて「闘病体験を語り合う集い」を行いました。私は先端巨大症のグループに参加。

今日はこの集いについてお話させていただきます。

「原点に戻る」

実は最近、先端巨大症について考えることなく日々を過ごしていたので、私にとっても 「原点に戻る」、良い機会となりました。以前は、外見に執着し、自分的に「おかしな」外見がとても気になっていたので、常に先端巨大症のことを考えながら生活していました。それが、ボディーイメージの歪みが改善されるにしたがって、「アクロ的な外見なんて、どうでもいい。そんなに気にすることではない。」と感じるようになったので、すっかり先端巨大症のことなど忘れていたのでした

辛かった頃を振り返っても

「闘病体験を語り合う集い」で自分の体験談を語っているとき、私は笑っていました。今までは「闘病体験」を語る時、何となく、かさぶたを剥がすような感覚に捕らわれ、心がキューっと痛くなったものです。しかし、この集いでお話している時の私の心の痛みは、コーヒーやチョコレートの程よい苦さぐらいにしか感じませんでした。「いつかは、こんな辛いことも笑える日が来るのだろうか?」と思っていたものですが、本当に辛かった体験をジョークのネタにして笑える日が来たんだな、と嬉しくなりました。 辛かった頃を振り返りながら集いに参加していた私の心は、以前のような「追い詰められ」感はなく、非常に穏やかで余裕がありました。

先端巨大症特有の外見

私たちのグループには外見について酷いことを言われた方もいらっしゃいました。電車に乗っていて「あの人、なに人?」「あいつ、やばい」という声が聞こえてきたり、レストランやお店で外見について傷つくようなことを言わる、という経験をお話になっている方の話を聞いていて、とても悲しくなりました。その彼が自分の顔を指差して、「私、顔がコレでしょ?」とおっしゃった時、私は彼の中の心の悲しみを垣間見た気がしました。

ジョークでかわすスマートさ・強さ

もう1人の女性は「モアイ像」と呼ばれたことがあるようです。「モアイ像なんて良いじゃない?毎日、青い海を眺めることができて……。」と冗談っぽく仰っておりました。長く病気と付き合っていく上では、やはりこういったユーモアセンスは宝だな、と思います。酷いことを言われても、それをジョークに変えてしまうユーモアセンスは強さですね。

私は、このような強さを培った時に初めて、私も自分の「病気との共存生活」を笑い話にすることが出来るようになったのかな、と思っております。

去年まで私は悲しくて、辛くて、悔しくて、よく泣いていました。頭のどこかでは、「今のこの苦しみも、いつかは過ぎ去って行くのでしょう」と分かっていても、どうしてもそう信じることができずにいました。しかし、また笑うことができるようになった今、私は自分の心がやわらかくなったように感じます。以前の心を取り戻したのではなく、新しいものを手に入れた感覚です。

ユーカリのように
ユーカリの種は、山火事があって初めて芽を出すことができます。あの熱さがないと発芽できないのです。固い種から柔らかな芽を出すには、どうしても、あの厳しい環境が必要なんですね。私の心もユーカリのようだったのかな、なんて思いながら、この日の朝、お花を活けました。それが冒頭の写真です。皆さんの中にも強くてやわらかな心が育ちますように。

2011年1月4日火曜日

抑うつ症状に対する、新しい「自分の助け方」


新年明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い申し上げます。

皆さんのお陰で無事2011年を迎えることができましたことを深く感謝いたします


暫く更新していなくてご心配おかけしました。
最近、また「鬱々さん」にやられております。
しかし、希死念慮や厭世観に襲われても、近頃は症状に振り回されてとんでもないことをしでかすことも無くなりました。というのも、健全な「自分の助け方」を学んだからだと思います。
今日は
  1. 症状を自分に分かり易く定義、擬人化する
  2. 体の感覚に意識を向ける
  3. 「主治医だったら私にどんな言葉をかけるか?」を考える
 の3つの「自分の助け方」についてご紹介させていただきます。


1.症状を自分に分かり易く定義、擬人化する

私は希死念慮、厭世観、抑うつ、意欲低下、といった症状を「鬱々さん」と呼び、「鬱々さん」が来ると「どうぞお帰り下さい。」と頼むようにしました。実はこれ、統合失調症の仲間が「幻聴さん、どうぞお帰り下さい。」と言っているのを真似ただけなんです。

症状を擬人化して、名前をつけて自分的に定義をし、その症状に「帰って下さい」と頼むだけなのですが、それだけで随分と救われました。「鬱々さん」への頼み方の具体例をここで紹介させていただきます。

「鬱々さん、いつもお疲れ様です。今日もあなたは私に『死にたい』と思わせることに成功しました。今日のあなたのお仕事はこれで終了です。どうぞ、お帰り下さい。」

笑えるかもしれませんが、私は大真面目に「鬱々さん」に頼んでおります。心の中でこのような対話をすることで、OD(大量服薬)やその他の自傷行為に至ることがなくなりました。


2.体の感覚に意識を向ける

どうやら私は、自分の体の「もう限界。休んで下さい!」というサインを見落として、突っ走ってしまうようです。鬱々さんが来る時は大抵、体も疲れていることが多いことに気付きました。そういう時には無理に何かをしようとせず、
  • 横になって休む
  • ゆっくりと入浴する
  • マッサージをする
  • 美味しくて栄養のあるものを食べる
  • ティータイムを設ける
ということをして、意識的に体をいたわるようにしています。休む時間をスケジュールとして組み込むことは病院でも指導されていますが、本当に重要なことだな、と実感しております。


3.「主治医だったら私にどんな言葉をかけるか?」を考える

鬱々さんに翻弄されて「死にたい」「何もできない」「生きていてもつまらない」などと感じると、以前は病的な「自分の助け方」としてOD(大量服薬)や食べ吐きなどの自傷行為をしておりました。しかし、最近では「私の主治医だったら、こんな私を前にどんな言葉をかけるかしら?」と考えるようになりました。

例えば、ごく最近、強い希死念慮に襲われた時、私は心身医療科の主治医にお話したくなりました。電話か外来で、
「先生、今、死にたくて死にたくて仕方ないんですけど。とてもツライです。」
と言いたかったわけです。それに対して、きっと主治医は
「それはしんどいですね。でも、絶対に死んじゃだめ!ちゃんと食べてますか?食べられなくてもラコールは飲みましょう。そしたら、お薬飲んで休んで下さい。大丈夫、一時的なものですから。僕との約束(何があっても自殺は絶対にしない)を思い出して!」
なんておっしゃるんだろうな、と想像しました。なので、その時は食欲も無かったので、ラコールを400ml飲んで、頓服を飲んだらどうにか落ち着きました。

診療の際、心身医療科(又は神経精神科)では、お薬の処方と精神療法が行われます。この精神療法、回数を重ねてゆくと、段々と主治医の言いそうなことが分かってきます。特に私は物真似が好きなので、こういった会話のパターンをマスターするのが得意だったりします。今は、そういった自分の性質を利用して「主治医だったらこう言うだろうな」と想像して、自己完結できるようになってきました。病院に電話する回数がグンと減ったので、これは進歩かな、と思っております。

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振り返ってみますと、去年の今頃に比べたら随分と心も体も元気になってきました。
まだまだエネルギー不足や、希死念慮で寝込んでしまうこともありますが、少しずつ良くなっていけたら、と思います。