2010年9月20日月曜日

復職!!!

ようやく

9月14日(火)からようやく復職いたしました。

2月下旬から約半年に渡る休職、途中、約1ヶ月の入院も含め、本当に色々なことがありました。たくさんの方に支えられて、ここまで来ることができました。その1人1人に感謝しています。医師、ナース、ソーシャルワーカー、友人、家族、牧師先生方、患者会の仲間、会社の先輩、上司。。。本当に数え切れないほど、たくさんの方に助けられてきました。

特に私の精神科医には何度も命を救っていただき、感謝の気持ちでいっぱいです。
真っ暗なトンネルに1人座り込んでしまった私に手を差し伸べ、一緒にトンネルを歩いて下さいました。トンネルを抜けるのは無理、もう歩きたくない、死んでしまいたい、生きているだけ迷惑、という私に、「絶対に良くなるから」と、辛抱強く、私を後ろから導いて下さいました。強引に手を引っ張っていくような事はなさらず、あくまでも私の力を信じて、後ろから見守って下さったのです。

今、思い出すと、たまらない気持ちになります。
復職初日、帰宅して最初に発した言葉が「O先生、おめでとう!」でした。
「先生、今日、先生の患者がまた1人、社会復帰への1歩を歩みだしました。
ここまで治療するのは大変だったかと思います。
本当におめでとうございます。…O先生、本当に本当に、ありがとう。」
涙が出てきました。

1人暮らしで、衝動性と自殺念慮の強い患者。
諸事情で実家に戻すのが困難な状況。
入院を勧めても強い拒絶反応。
「次、いつまでなら生きていられる?」と私に尋ねて、予約を設定していました。
「変なこと、絶対にしないで。生きるんだよ!」

熱心な先生の指導に反して大量服薬して、意識朦朧とした状態で先生に電話をつないでいただいたことが数回ありました。内緒で腕を次々に切りつけたり、普通に食べられなくなったり、お酒に頼ったり、散々でした。あの頃は、「もう生きていくのは無理」と全てを諦めていました。二度と仕事に戻れないのでは、と思っていました。それだけに、今回の職場復帰は感無量です。


復職後の私

休職中に私が学んだ事の中で最も大切なことは「弱さを認める強さ」を持つ、ということでした。今までは作り笑顔で辛い事も「辛い」と言わず、「大丈夫です」の一点張りで仕事をしてきました。本当に辛い時も、かなりの無理をして出勤、外勤、残業していました。

しかし、自分の症状が目に見えないものである以上、私自身が自分を守らなかったら誰が守ってくれるのでしょうか?そう考えた時、「自分で辛い時は辛い、ということが私の責任なんだな」と悟りました。

「疲れてない?」と聞かれたら、今までの私は「いえいえ、大丈夫です!」と答えていましたが、今では「実は疲れています。」と正直に返答しています。 まだ自分の弱さを認めることに対して「情けない」と感じてしまいますが、少なくとも、ちょっとずつできるようになっているので、良し!としています。

変に強がらず、弱い自分を容認しながら、成長を続けていきたいです。

P.S.
今、トンネルの中にいる、と感じる方へ:
トンネルを抜ければ、そこに新たな景色が広がっています。その後、またあるかもしれないトンネルのことではなく、今のトンネルを抜けた時の美しい景色に意識を向け、ゆっくりでも共に前進していきませんか?

2010年9月4日土曜日

精神医療とは?

9月に入ったというのに、まだまだ暑い日が続きますね。皆さん、いかがお過ごしでしょうか?
私は完璧に夏バテにやられてしまっております。
倦怠感が著しく、本当に辛いです。
そこに「気の持ちよう」と言われたりして傷ついたこともありました。

慢性疾患や原因不明の症状との闘病では特にメンタル面のケアが重要、と私は固く信じています。
今回はそのことについて書いていきます。
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「原因不明」という不安

原因不明の倦怠感に悩まされるようになって、今年で4年目に突入しました。最近では少しずつ、行動範囲を広げよう、と努力はしているのですが、なかなか厳しいです。先日、内分泌の予約外来で「先生、倦怠感を改善させる方法を教えて下さい」という質問をしたら、「O先生(精神科医)にお任せします」とのこと。やはり気の持ちようなのか、いまいち納得がいかない、というのが正直な意見です。

現に数年の間、慢性頭痛、糖尿病様症状、倦怠感などに悩まされ続け、どこに行っても「気のせい」と言われ続け、2007年にようやく下った診断が脳下垂体腫瘍。インフォームドコンセントから1週間も経たないうちに、私は人生で初めてのオペを米国で、しかもICUに5日滞在する、という体験をしています。そういった背景があるので、やはり体の不調が気になるのは私にとっては当然といえば当然なのです。

しかし、実際に血液検査でも何の所見も見つからないのが痛いところです。原因不明の症状を抱える私のような患者にとって一番辛いのは、恐ろしい診断を下されることより、むしろ診断名が不明、ということだと思います。一連の辛い症状を説明するのに「診断名」というラベルがあれば、自分も安心できるのです。 

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最後に寄り添ってくれるのは

慢性疾患の治療の辛さ、原因不明の慢性症状と闘う際、私にとって最後に寄り添ってくださったのは精神科医のO先生でした。どんなに症状が不可解な方向に行ったとしても、先生は、自分の目の前の患者である私が本当に困っていることを理解しようとして下さいます。分からないことは「分からない」とはっきりと仰り、また私の主疾患(先端巨大症)については私からも学ぼうとする謙虚な姿勢を持つ、素晴らしいドクターです。

辛い時、今でもよく思い出すのは、自殺未遂の直後の月曜日の夕方、予約外で駆け込んできた私とO先生とのやり取りです。「次の予約まで、絶対に生きているんだよ。僕と約束して。」「辛い時はいつでも病院に電話していいんだから。僕が居なくても、必ず他の医師が対応するから。」と、「自殺しない」という約束を交わした後だったので、私は先生のお顔をまともに見ることができませんでした。

私:  「先生、ごめんなさい。お約束を守れませんでした。」(涙)
先生: 「あなたは約束を守ったよね。自殺『企図』であって『既遂』ではなかったもの。あなたが生きていて良かった。」

これが、一番O先生のお人柄を象徴する会話だと思います。叱ることもありますが、基本的には優しく寄り添って下さるんです。

アクロメガリーのための投薬、私は海外治験で1~5%;日本においては「頻度不明」にカテゴライズされる副作用に投薬のたびに耐えなくてはなりません。この辛さは恐らく体験者でないと分からないと思います。「気の持ちよう」云々で対処できるような生ぬるい副作用ではないからです。これは、精神科に入院中、ナースと病棟主治医が実際に私が投薬後1、2日、グッタリしているのを見ているので、彼らは分かって下さったと思います。

こういった辛い経験をお薬の投薬手帳をお見せしながらO先生に「もう無理です」と打ち明けたとき、先生は「それは辛そうだね」と仰ったのです。このたったひと言で「もう少し、頑張ってみようかな」と思えたりしました。

他診療科で答えが出ない場合、私のような患者は不安を覚えたり、苛立ちを感じたりしがちです。そういった、困っている患者に手を差し伸べ、「よき理解者」としてそっと寄り添う-これが精神医療なのだな、と最近、特に強く感じます。