2010年8月18日水曜日

幸せって?

ご無沙汰してしまいましたが、皆さん、お元気ですか?

私は夏バテしてしまい、病院で点滴のお世話になったり、倦怠感が続き、身体的には辛いですが、精神的にはかなり回復してきております。

意欲低下がまだまだ著しいのですが、精神科の主治医には「そういう時は無理しないで、ゆっくり休息をとるようにして下さい」と指示が出ているので、休んでばっかりです(汗)。しかし、実際に休息の必要性を自分でも感じているので、最近は無理して外出することもあまりしなくなりました。そしたら少しは体も楽になってきたように感じます。健常者には「何もしない」ってどういう感じだか分かりかねるかもしれませんが、あまり楽しいものではありません。しかし、この「何もしない」、ゆったりとした時間の中でしか得ることのできないことが実は沢山あることに気付きました。

6月下旬に精神科主治医に復職診断書を書いていただいたのですが、実はまだ社内で復職まで話が辿り着いていません。でも私自身、最近は不眠が著しく、復職できるような状態ではない、と感じているので、実はちょうど良いです。それで、だらだらと休んでいるわけですが、そのゆったりした時間の流れの中、私は「自分にとって『癒し』とは何か?」をしばしば考えるようになりました。
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自分に「心地よい感覚」を許すこと

今までは不快感を避けるために不適切な行動をとってしまいました。例えば自傷行為、食べ吐き、拒食、大量服薬、飲酒などです。これらの行動は一時的に不快感を忘れさせてくれるのですが、「癒し」にはなりませんでした。

次第に、こういった「癒し」にならない行為をとっている限り、私が本当の幸福感を感じることはまず無い、と感じるようになりました。そしたら、「自分にとっての癒しを探求しよう」という意欲がでてきました。しかし、この探求を行うにあたって、まず私は自分に
  • 「心地よい感覚を感じても良いんだよ」
  • 「気持ちよいと感じることは正しいことで、否定されるようなことではないんだよ」
  • 「心地よさを感じるのは当然の権利だよ」
  • 「罪悪感を感じなくても良いんだよ」
と諭す必要がありました。なんとなく「快楽」という感覚に罪悪感を感じていた自分を育て直しているような感覚でした。

そして、見つけた私の「癒し」。実は本当に小さなことでした。
  • 友人から届く手書きのお便り
  • コーヒーやティーの香り
  • 石鹸のアロマ
  • 人々の笑顔や笑い声
  • お化粧をして自分に微笑みかける時
  • 自分の着たい服を着ること
  • 友人との楽しいひと時
  • 洗髪の際のヘッドマッサージ
  • 良い音楽
などなど、数えあげたらきりがありません。こんなにも身近な所に「癒し」があったのです。今までの私はそれに気付かなかっただけ。忙しかったからかもしれませんが、何よりも、自分にそういった感覚を感じることを許可していなかったから、というのが一番の原因かと思います。

こういった小さな「癒し」が、実は私の見過ごしていた「幸せ」であることに気付きました。そう、幸せはこんなに身近なものだったのです。ほんの小さなものに幸せはあるのだな、と貴重な発見をしました。