2010年4月21日水曜日

いよいよ今日から入院です


いよいよ今日から、約1ヶ月、神経精神科(全て閉鎖病棟)へ入院です
10時半に母と合流、11時に受付予定。入院中は外部と連絡が取れない状態になるので、ブログの更新も外出許可が下りた時になりそうです。

明日は内分泌内科の肥塚先生による診療もあります。先生の反応が気にかかります。「どうしちゃったのよ~?」なんて言われるかもしれません。もっと早くに肥塚先生にはご連絡を、と思っていたのですが、私の方が入院をなかなか決心できず、キャンセルすることまで考えていたので、結局Eメールしたのが昨晩(朝?)0時半頃でした。

今回の入院での1番の課題は食生活の建て直し。今までずっと(170cmで)「50kgを切ったら、摂食障害として治療対象だよ」と精神科のO先生に言われてきました。そして先週末、とうとう着衣でも50kgの無い状態となってしまい、私は焦りました。どうにか簡単に体重だけでも増やせないか?と思って物を食べても結局嘔吐。唯一「食事」として吐かずに食べられたものはトマトスープでした。水分も取れていなかったので、スープからの水分で若干、体重を戻すことができました。それでも平均体重の80%を下回っている状態は変わりません。ただ、着衣なら50kgを超える日が出てきました。(それでも脱いでしまったらアウトですけどね)

私は絶対に50kgを切ることはない、と思っていました。それは以前、同じように病的に減量していた時、何をしても50kgより下になることはなかったからです。ところが今回はO先生に「あなたこのままいったらアノレキシア(拒食症)になるよ」と警告されてからあっという間でした。1週間とかかりませんでした。

19日(月)に外来でO先生にお会いしたとき、私はレギンスで登場しました。今まで持っていたボトムが減量のため、ずり落ちてしまったり、ぶかぶか過ぎたりするのでレギンスしか履けない状態になっているんです。あの日、外を歩いていた時、ガラスに映る私の姿は明らかに先週よりも痩せているように一瞬見えました。いつも自分が十分に痩せているように感じられないのですが、あの時ばかりは、「この『痩せている』姿が本当なんだ」という認識をもったので、O先生の診察室に入っていく時にためらってしまいました。「また減らしてきたな、この子は。あれだけ警告しておいたのに。」と思われるのが嫌だったんです。

また近頃、よくフラフラするのですが、診察室に入って座ろうとしたらふらついてしまい「寝ていたからボーっとしてしまいました」とか言い訳してしまい、素直ではない自分が心底嫌になってしまいました。入院を取り消せないか、他に何かいい方法は無いか、と相談しましたが、やはり入院による治療が望ましい、とのこと。しかも摂食障害も今の体重では治療対象だ、と指摘を受け、私の決心はようやく固まりました。

自殺企図、強い希死念慮、うつ状態、食行動異常、自傷行為、パニック、オーバードース、などと問題は山積みです。しかし、今回の入院はこれらを少しでも良くする「チャンス」と見ることにしました。ソーシャルワーカーのOさんにも「ずいぶんと思い切った決断をしましたね。」「回復への近道になると思いますよ」と言われました。 しかし、いくら前向きに考えようとしてもやはり今の私はかなり張り詰めています。

ただ、一筋の希望は見えています。まず、これ以上悪くなりようがないですし、そして何より、私は守られた環境に置かれる事になるのです。もう1人の自分の「自分を殺してしまい」、「傷つけてしまい」という欲求から保護されます。少なくとも死の淵から、今よりは遠い場所に身を置くこととなるでしょう。

私が昨日Twitterに書いた言葉:
下着姿の自分を鏡に映す。やはりデブ。でも一瞬、骨と皮に痩せこけている可哀想なもう一人の私が見える。前腕は線状の傷跡無数。ごめんね、自分。こんな事するつもり、なかったんだよ。本当はBPも自傷もしたくないんだよ。でも明日からは安心してね。誰も私にそんなことをさせてくれなくなるから。
 (BP はBinging/Purging のことで、「過食嘔吐」とか「食べ吐き」と呼ばれます)

1ヶ月だけでは完全には良くならないでしょう。でも少しでも前進すれば、そこから何かが生まれるのでは、と信じています。

勇気を出して挑んでみます。

2010年4月17日土曜日

入院決定(涙)

今日はかなりまとまりの無い文章となっております。読みにくかったら申し訳ありません。
前回挙げた「私事」についての投稿です。

4月13日(火)の神経精神科の外来中、閉鎖病棟への入院を決心し、担当医と共に決定しました。4月21日(水)から入院予定です。

今年の2月18日から慢性疲労、うつ病のため仕事を休んで自宅療養しておりますが、一向によくなりません。仕事をしていないことに罪悪感を感じたり、生活リズムが乱れてしまったりと、どうもうまくいきませんでした。また、職場からの連絡にパニックを起こしたり、摂食障害、自傷行為を悪化させてしまったりと、思うように回復できずに今に至ります。

特に、ここ2週間、私の精神状態は大荒れ。希死念慮が酷く、自殺企図数回、食行動の異常など、どうしようもなく辛く、私の中では「死ぬか、入院か」というレベルまで来てしまいました。今、私は死ぬほど、今すぐ死にたいほど辛いんです。うつ状態が酷いんです。普通に食べられなくて絶望しているんです。それでも、入院したら強制的にでも食べなくてはならず、体重増加への恐怖は計り知れないもの。そこまでするんだったら、やっぱり死んでしまった方が楽なのでは、などと未だに迷っています。

また、日本では患者の拘束が未だに合法、と聞き、恐怖におののいています。ですから、「入院」という選択も死ぬほど怖いのです。普通の入院なら気楽なものですが、精神科の閉鎖病棟への入院はアメリカで2度、24時間カメラ・モニターのある精神科ERは1度の入院経験があり、その際に薬剤による拘束を数回されました。

拘束についてですが、アメリカでは、患者の身体拘束のために患者を縛ったりしてはいけないんです。それは人権を侵すことになるから、とのこと。私は大賛成です。ただ、そのかわりにあるのが薬剤による拘束。私がひどい焦燥感で拘束、となった時、お薬を筋肉内注射で投与され強制的に寝かされました。でも、あの手の拘束なら耐えられるんです。だって意識はないですもの。でも縛られたりしたら、私は間違いなく発狂します。術後、13本の物につながれているだけで発狂した経歴をもち、この時は静脈内注射による抗不安剤で対処されました。私の閉所恐怖症(診断されたことあり)は拘束、閉塞といったことと強い関連があるので、身体拘束を意識のある状態でされたら私は発狂してしまうんです。

こんな背景があるので、身体拘束をされる可能性を考えると怖くて近頃は「本当に入院の決断をして良かったのだろうか?」と考えてしまいます。私としては毎日、正午礼拝を守り、日曜日には主日礼拝を守る、という生活の中でゆっくりと癒されたいのです。しかし同時に、私の精神的・身体的限界も感じています。O先生にも「あなた、このままいったら確実に(日本の厚労省の基準の)アノレキシア(神経性食欲不振症)になるよ。」と警告され、その直後、とうとう私の体重は平均体重の80%をきってしまい、今となっては本当に拒食症になってしまいました。

入院も恐怖ですが、放っておいたら確実に私は死ぬと思います。衰弱死なのか、自殺なのか、その他なのか、それは分かりません。しかし、この精神状態でそのままだったら近いうちに死ぬ、と私は確信しています。それなら、もう入院するしかない、と思ったのです。

それでも尚、迷っている私。
今日、正午礼拝に行って聞いたお説教の中に「せっかくのチャンスを逃さない人は幸いだ」というメッセージがありました。入院は怖いですが、これは私に与えられたチャンスなのでしょう。それを逃してはいけないのでは、と思い、暫しお祈りしていました。入院は神様の御心だと信じているので、信仰心をもって、果敢に挑戦したいものです。

2010年4月16日金曜日

多発性内分泌腫瘍症(MEN)-Part 2

私事が立て込んで更新が遅れて申し訳ないです。
本来はMEN-Part2(MEN-1)のあとPart3(MEN-2)を投稿したかったのですが、この投稿後、その「私事」について投稿させて下さい。Part3まで行くか分かりませんが、相変わらずのマイペースで行きたいと思いますので、どうぞお付き合い下さい。

では、今日はMEN-1について書いていきます。ただ、私も素人なので、ざっくりとだけ説明します。MEN-1について詳しい方でご協力いただける方は、コメント欄に補足説明などを加えて下さると助かります。

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MEN-1(Wermer症候群)

MEN-1はWermer(ウェルマー)症候群とも呼ばれるそうです。しかし、私個人の経験としては「MEN-1(エム・イー・エヌ・ワン)」という名前でしか会話の中では聞いたことがありません。

主な合併腫瘍は
  • 下垂体腫瘍
  • 副甲状腺腺腫・過形成
  • 膵内分泌腫瘍
脳下垂体が主な合併腫瘍の1つ、として挙げられている唯一のMENの型なので、アクロメガリーの患者さんにとって一番関わりの深いMENであると思います。(中には下垂体以外の場所に腫瘍が出来てアクロになる患者さんもいらっしゃるので一概には言えませんけれども。)

前回述べた通り、MENの定義は「2つ以上の内分泌腺に腫瘍または過形成が生じるもの」なので、例えば、脳下垂体腫瘍だけで、他の内分泌腺に腫瘍・過形成がみられなければ、それはMEN-1ではありません。

しかし、注意が必要な点はMEN-1の場合、これらの異常が同時に起きることが少ない、ということです。例えば、私の知っている症例では、まず、プロラクチノーマ(脳下垂体腫瘍)と診断され、その数年後、ガストリノーマ(膵内分泌腫瘍)を発症しました。

MEN-1のその他の特徴は
  • 副甲状腺腫瘍・過形成が最も多い合併腫瘍である(90~100%)
  • 下垂体腫瘍はプロラクチノーマが多い
  • 膵内分泌腫瘍はガストリノーマが多い
という点です(情報元:「病気がみえる Vol.3」の234ページ)

原因遺伝子はMEN-1においてはMEN1遺伝子です。常染色体優性遺伝なので、患者さんのお子さんは50%の確立でMEN1遺伝子を受け継いでしまいます。ですから、遺伝カウンセリングが重要になってくる疾患なのです。確かに癌、高血圧、糖尿病も遺伝します。しかし、MENの複雑性、一般人のこの疾患に対する意識の低さ、患者側の身体的・経済的負担を考えたとき、挙児などの問題も出てくるので、非常に精神的にも厳しい疾患なのでは、と私は思っています。

以上、MEN-1についてでした。

2010年4月7日水曜日

多発性内分泌腫瘍症(MEN)-Part 1

MENって何?
私たちアクロ患者にどう関係あるの?

海外患者会 Acromegaly Community で先月話題になったものに多発性内分泌腫瘍症(MEN:Multiple Endocrine Neoplasia)という内分泌疾患があります。「なんで先端巨大症の患者会でそんな聞いたことも無い病気が?」とお思いの日本のアクロの患者さんもいらっしゃるか、と思います。実際にアクロ・コミュニティーでも知らない患者さんが多く、「MENって何?これってどう発音するの~?」なんていう方もいらっしゃったので。

私もAcromegaly Support をWayneが建ち上げてくれたころ、MENの読み方も何の略かも知りませんでした。しかし、MENを持つアクロの患者さんの「教育」のおかげで少なくともMENは「エム・イー・エヌ」と読むことをまず学びました(爆笑)。私の内分泌疾患の知識なんてそんなものです。

このMENの患者さんがアクロ・サポートに現れたのが2年半前だったかと思います。オクトレオチドLARで治療しているとか。しかし、なんやら良く分からない病気だなぁ、と思い、私は独学を始めました。少しでも、一緒に闘病している仲間のことを知りたかったから、の一言に尽きます。実際、難しそうな病気について勉強するのはあまり好きな方ではなかったからです。おかげで、だいぶMENについて分かるようになってきました。でも実際の患者さんからしたら氷山の一角の情報しか握っていないことと思います。

ですから、間違った情報、付け足したい情報がある方(お医者さん、患者さん、医学生の方など)、どうぞ、積極的にコメント欄にご記入いただければ、と思います。いつも数々の応援のメール、非常に感謝しております!


勉強を始めた当時の資料(英語)が手元に無い、というか正しくは帰国の際に紛失してしまったので、今回は病気がみえる Vol.3 糖尿病・代謝・内分泌 第2版を元に簡単に一般的なケースについてご説明させていただきたいと思います。
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まず、MENは2箇所以上の内分泌腺に腫瘍・過形成が生じる疾患です。
MENにはMEN1MEN2の2つの型があり、この分類は腫瘍発生内分泌腺の組み合わせに基づいたものです。
そして、ここが非常に重要なところなのですが、MENの多くは常染色体優性遺伝で家族内発生が起きる、というところ。

当時、「脳下垂体腫瘍には遺伝性はありません」という情報しかもっていなかった私にはこれは衝撃の事実でした。つまり、下垂体腺腫でもMENの場合は遺伝もありうるんだ、ということを学んだわけです。そして、今年の2月3日にアクロ・コミュニティーのアクティブな患者メンバーの1人、Sさんがさらに衝撃的な発言をしたのです。
「私の最初の診断名は『先端巨大症』だったんだけど、他の内分泌腺にも腫瘍が見つかって『MEN1』であることが分かったの。これ遺伝の可能性がある、ということで、私の11歳の息子をスクリーニングしたら、この子もMENだった。」
母親として、非常に複雑な心境だったと思います。内分泌系、とくにMENのような複雑な病気をわが子に遺伝させてしまった、という事実が非常に心苦しく感じているようで、「MENについてもっとよく知ってほしい。まずは患者サイドがこの病気について勉強してほしい。」と訴えています。

今日から数回に分けて、素人ではありますがMENについて投稿していきたいと思います。


なんて言っていますが、アクロ・コミュニティーからも原稿取りがやってきており、更新が遅れる可能性がありますので、どうかご了承ください。(締め切りが10日なので、あまり時間が。多少、焦っております。)

また、医療関係者、患者さんには、私の勉強不足を補う意味で、誤った情報、付け足したいこと、実体験などございましたら、コメント欄に積極的にコメントください。また、いつものように匿名ご希望の方はメール(私のプロフィールをクリックするとメールできるようになっています)でも結構です。

このSさんとの付き合いは患者会始まって以来なので、どうか彼女のMENを社会に広める運動にご協力、お願い申し上げます。

2010年4月4日日曜日

感慨深いイースターを迎えて

日本ではクリスチャン人口は1%にも満たないそうなので、もしかしたら皆さんは今日が私達クリスチャンにとって1番重要な宗教祭日であったことをご存知ないかもしれませんね^^。

今日はキリスト教暦ではイースター(復活祭)と呼ばれる日です。

簡単に説明すれば、金曜日に十字架に架けられ、土曜日に死にて葬られたイエス様が復活した日曜日、ということです。

私は、今年の2月18日から療養のため、休職しておりますが、強い希死念慮、2度に渡る自殺企図という既往があるので、もう今年のイースターを生きた姿で迎えることは無い、と思い込んでいました。この気持ちは誰にも言えなかったのですが、いざ今朝、10:30のイースター礼拝にいつもより早めに着いて会堂に座っていると涙が込み上げてきそうになりました。

クライマックスは受洗式後の讃美歌199番。受洗式、転会式のたびに何度も歌ってきた歌です。今日を迎えるまでは機械的に歌っていたところがあったのですが、これを歌っている最中に思わず涙。1番の歌詞でヤられてしまいました。
わが君イエスよ つみの身は、
くらきたびじに まよいしを
くまなく照らす みめぐみの
ひかりをうくる うれしさよ

「私は闘病生活の中、『人生』や『闘病』という暗い旅路に飼い主のいない子羊のように迷っていた。それをイエス様は様々な方の口と行いとによって私に光を照らして下さった。なんて、私は恵まれた幸せ者なんだろう!」

と思い、それ以降、4番まであるこの讃美歌が声になりませんでした。
今日まで生きてきたこと自体、私にとっては奇跡だったんです。
  • 先端巨大症(特定疾患の難病)-下垂体腫瘍
  • 摂食障害
  • 慢性頭痛
  • 大うつ性障害
  • パニック障害
  • 注意欠陥/多動性障害(AD/HD)
  • 睡眠障害
  • 耐糖能異常
  • 甲状腺腫(軽症)
  • 大腸ポリープ (軽症)
など本当に様々な複数疾患と共に生きていますが(疑われる疾患を併せるともっとです)、何とか神様の御恵みと共にマイペースに生きていければいいなぁ、とヒシヒシと思っています。
今日の投稿は宗教色が濃くて申し訳ありません。ただ、クリスチャンとして生きる複数慢性疾患患者の日記として書かせていただきました。

それにもかかわらず、お読み下さった方、本当にありがとうございます。

また、今日まで私を支えて下さった皆様に感謝すると同時に、生きることを簡単に投げ出さないことをお約束いたします

それでは、お祈りをいたします。

御在天なる、慈愛の神様、

今日、私達の救い主、イエス様の復活をお祝いする御恵みの日を、こんなにも罪深い私にさえも迎えさせて下さったことを心より感謝申し上げます。
私のように難病、慢性疾患、希少疾病で苦しむ兄弟姉妹に、宗教の隔たりなくあなたの御恵みと祝福を豊かに降り注いで下さいますように。
また、私の存じないところで苦しんでいる兄弟姉妹のことを覚え、お祈りいたします。どうか、彼らの至難の時、ご一緒にいらして、彼らに生きる勇気をお与え下さい
この貧しきお祈りを私達の救い主、イエス・キリストの御名によって御前にお捧げいたします。

アーメン




私が2005年12月11日(日)に受洗した時の写真です。

また、初めに記載した絵は
http://www.newlifecommunitychurchct.org/images/Easter-Cross-Resurrection.gif
よりお借りいたしました。

2010年4月1日木曜日

辛かった時に救ってくれた言葉

今まで希少疾病・難治性疾病患者、また精神疾患患者として生きてきて辛いことは数え切れないほどありました。特に、昨年度の2月は「3月までには私は死んでいるだろう」とか「イースター(今年は4月4日)までには自死しているだろう」と思いながら休職し、何とか今日まで生き延びてきました。これは私の努力ではなく、担当医師の方々、友人、母親、牧師先生、闘病仲間、そして何よりこれらの方々を私に与えて下さった神様のお陰です。(宗教的な表現を嫌う方、ごめんなさい。でも私はクリスチャンなので、どうしてもイエス様、精霊様、そして神様の御名を賛美せずにはいられないのです。)

4月1日は今年度の初日ですが、それまで私の命を護って下さった言葉を今日はリストアップしたいと思います。敢えて、どなたがおっしゃった言葉なのか、私にとってどんな意味をもった言葉だったのかは割愛させていただきます。というのも、読者の皆様には自由に解釈してほしいからです。あとは、私の個人的な体調不良もありますが(汗)。因みに、聖書からの引用は今回は控えさせていただきます。というのも、多くのクリスチャンでない方にも読んでいただきたいからです。

中には英語のものを無理やり日本語に訳したものもあるので、不自然な訳もあるかもしれませんが、その辺はご容赦下さい。
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「君は僕らにとって不可欠な存在なんだ。日本のアクロ(先端巨大症)の患者さんと僕ら(海外アクロの患者)を繋ぐのは君しかいないんだよ。」

「死んじゃだめ。生きるんだよ、絶対に生きるんだよ!」

「オレンジが自殺なんてしたら、私、もうやっていけない。私も死んじゃう。」

「あなたが生きている、ただその事実が他の患者さんの希望になるんですよ。」

「辛い時は微笑まなくてもいいんだよ。『辛い』って言って思い切り泣いても良いんだよ。

「難病を抱えながらも『生きていること』が最上の(クリスチャンとしての)『奉仕』なのではないかしら?」

「仕事でも何でも投げ出しても良いですよ。でも生きることだけは投げ出さないと約束して下さい。お約束ですよ。」

「オレンジ、あなたはこんなにも多くの人に慕われ、愛されているんですよ。あなたがいなくなったらアクロメガリー・コミュニティーはどうなっちゃうの?」

「パーフェクトなクリスチャンである必要はないんです。困難に立ち向かう時は、ただ泣いて祈ればいいんです

「あなたは生まれてきたんだから、生きていて良いんですよ。」

「自殺しない、って約束だよ。」(「自殺しない、って約束してくれますか?」)

「私がオレンジのところに行ってオレンジが救われるなら、私、いつでも行くよ。」 

「もう、オレンジは十分頑張ったよ。しばらく休んでいいと思うよ。」

「いつもオレンジさんのことを祈りに覚えています。焦らずにゆっくり良くなって下さい。」 

「あなたはどれだけ多くの人の心を救ったか把握していますか?それらの人々のことを思って下さい。あなたはクライアントを持つカウンセラーでした。今は患者です。そして、あなた自身は自覚がないのかもしれませんが、今こそ、あなたは誰よりも患者の苦悩・苦痛を知っているカウンセラーなんですよ。」

まだまだここにリストするのを忘れてしまった言葉の数々があるかと思いますが、どうかお許し下さい。

これらの言葉は聖書の御言葉と共に私を今日まで支えて下さった言葉のほんの一部です。

これらの言葉を胸に、どんなことがあっても生きることを簡単に諦めることはしないように努力いたします。

こんなに思いやりに溢れる仲間を私に下さった神様に感謝のお祈りを、私たちの救い主、イエス様の御名によって、御前にお捧げいたします。
 アーメン