2010年3月11日木曜日

私の「記念日」

なんだか1日中おかしな私
「記念日発作」
肥塚先生のお名前に関する雑感

今日、神経精神科のフォローアップ外来に行ってきました。
近頃、ADHD薬のストラテラも減らしたし、安定剤のメイラックスもきちんと飲んでいるのに眠れないんです。寝られても3時間とか。朝方まで眠れなかったりします。

それで、今日に至っては神経精神科のロビーで待っている時に動悸パニック発作なんですが、なんだかおかしい。いつもならすぐ収まるのに永遠とも思える時間、そのまま。絶望感で胸がいっぱいになります。「もう無理!自分が自分じゃなくなる!」と思って頭を抱え込んでしばらくすると私の名前が呼ばれたので、よろよろと8番診察室へ。O先生が両手首から脈を取ります。「先生、もう駄目。こんなの、やだやだやだ。(連呼)」など自分でもなんやら訳のわからないことを口走っていたように思います。でも診療中、次第に落ち着きを取り戻します。

上記のパニックは酷かったのですが、今日は1日中動悸。しかも人が恋しい。というか寂しい。

挙句の果てにはアポイント無しに、私の大尊敬するお方にひょっこりお会いしに行ってしまいました(汗汗汗)(こんなことをしても許されたのは、このお方の寛大さと優しさがあってのことだと思います。本当にお忙しい方なので、申し訳なく思っておりますが、とにかく感謝の気持ちでいっぱいです。)とにかく、私の何かがおかしい1日でした。

帰りに日本橋図書館に立ち寄った時、返却日の表記された紙を凝視して、ふと思いました。
「あれ、今日の日付は?」
3月11日。特に特別な日では無いしなぁ。 待てよ、確かに今日では無いけどそうだ!そうに違いない!
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皆さんもそうだと思いますが、私にもいくつか特別な日があります。私には「病気記念日」というか、そういったものがあったりします。特に重要で、個人的に特別に過ごす病気関連の「記念日」をリストアップしてみます。
  • 2007年
    • 3月12日(神経眼科医の最初のアポ)
    • 3月16日(人生初のMRI)
    • 3月26日(神経眼科医から「脳下垂体腫瘍」の告知)
    • 3月28日(脳外科医と耳鼻咽頭外科医とオペの打ち合わせ)
    • 4月2日(オペ当日)

  • 2008年
    • 1月22日(女子医大、肥塚先生に出会った日)
    • 8月29日(今までで1番本気の自殺企図)
「はっ、こんなにあるの?」と言われそうですが、この一つ一つが私にはとーっても大切な日付なんです。曜日も全部覚えています。

今回、問題だったのは3月12日。今日、11日はその前日。2007年3月11日(日)は非常に不安な思いをして過ごしていました。 というのも、神経眼科医に紹介状を書いた眼科医が「目にまったく問題は無い。つまり、これは視神経か脳の問題である可能性が高い。」と私に断言していたからです。私は脳腫瘍であるのだろう、となんとなく感じていたので怖かったのです。

心理学を勉強していたとき、両親や配偶者などの命日に「この日だ」という意識がなくても、その日が近づくと自動的にうつ状態になることがある、という現象を学びました。私の今日の経験は、まさにこれなんだと思います。私の「命日」なんです。

2007年3月12日(月)、神経眼科医のDr. Yにお会いした日、初めて視野検査を受けました。結果を見た時、私は診断名の予測が既についていました。心理学専攻だったので、皮肉にも認識心理学、脳解剖学、神経心理学を学んでいたからです。「耳側半盲の原因でよくあるのは脳下垂体腫瘍」と教科書に書いてあります。「あぁ、医者が患者になる瞬間ってこんな気分なのかな?」なんて思いました。同時に、この「よくある原因」でなかったら何だろう?と怯えていたのも、よく覚えています。

 もしかしたら、それで私は近頃眠れないのかもしれません。2007年3月12日は私の人生の大きな転機です。私の中では先端巨大症とのバトルはこの日から始まった、と解釈しています。この日、今までの私は「死んだ」のです。この日、私は慢性疾患患者として生きていく不安を真に抱いたのです。それは、果てしなく重い十字架でした。この日の夜、声を押し殺して泣きました。泣いても泣いても涙は止まりませんでした。私は異国の地で、こんな深刻なことを誰に相談すればよいか分からなかったのです。心配させたくなかったので家族にも伝えられませんでした。

それが私の3月12日の思い出。昨年、3月12日に大きなパニックに見舞われなかったのは、実は「肥塚現象」によるものでした。2009年3月12日は内分泌内科の診療日だったんです。あの日も朝は電車の中で気は虚ろでした。せっかく4月から社会人の仲間入りをする、という希望があったにもかかわらず軽い希死念慮があったのです。4月からの1ヶ月の合宿研修が不安、というのもありましたが、なによりも、どうしても2年前のことを考えずにはいられなかったんです。でも、肥塚先生の笑顔を見たらなんだか気持ちが楽になったのを、今日、思い出しました(笑顔)。
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そんなことを思いながら、先日、購入した内分泌検査マニュアルを開いてみます。「肥塚 直美」という名前を目にしたとたん、なんだかどっと安堵感が押し寄せてきました。肥塚先生の下の名前は「直美」。「真っ直ぐで美しい」と通常は解釈するのでしょうか。それはそれで先生の人柄にぴったりのお名前です。それにプラスして、私は近頃このお名前を逆の順番でも解釈しています。「美しく直す」。(「直す」と「治す」は意味に違いがありますが、私は「直す」の方が好きです。)私の勝手な解釈で申し訳ないんですが、なんだか今日、先生のお名前を見ていて、そんなことを考えてしまいました。

明日は3月12日当日。なんとか乗り越えます! 今日、突然の訪問に応じて下さった例の方には非常に感謝しています。本当にありがとうございました。

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