2010年3月31日水曜日

自殺企図前の行動の変化

今日はいよいよ年度末!皆さん、非常にお忙しい一日をお送りの事と思います。
また、同時に、今日は自殺対策強化月間の最終日でもありますね。

様々なウェッブサイトに自殺のサインが色々と出ておりますよね。
今回はそういた一般的な情報ではなく、私個人の自殺企図前の行動の変化を振り返って書いてみました。
1つのケーススタディーぐらいに捕らえて下されば幸いです。

飲酒量がやたらと増える
私はクリスチャンで、メソジストというプロテスタントの宗派なので(青山学院大学が同じですね)、原則お酒はダメです。でも、たまにワインを飲んだりはしていました。それが自殺企図前の飲酒量は半端ではなくなっていました。とにかく、アルコールならなんでもいい、ぐらいまでいっていました。ハードリカーにも手を出しました。もちろんストレートです。ワインは1晩で1本(750mL)空けていました。これが1週間に2~3日。アルコール依存症一歩手前だったと思います。

独りでいたくなる
誰とも会いたくなかったです。人と会うのが苦痛でした。母親からのメールに「今は誰とも話したくも、会いたくもありません。そっとして置いて下さい。」という返信をしていました。

遅刻、欠勤が増える
もう、朝起き上がるのが辛くて、もはや不可能でした。朝一番最初に頭に浮かぶ思いは「あぁ、まだ私は生きている。。。」でした。

仕事の引継の書類の作成をする
12月から引継書類の作成を始めました。私がいつ死んでも会社が困らないようにです。まぁ、このおかげで療養開始がスムーズに済んで良かったんですけどね。

食欲が無くなる
いつも完食していたお昼のお弁当、2/3が精一杯。半分で残すことが多くなっていました。

運転が荒くなる
私は生来、結構丁寧なドライバーですが、企図前は無茶な運転ばかりしていました。ヒヤリハットだらけで、最終的に2月上旬に軽い交通事故を起こしております

ブランド物のバッグなど、家族から貰った物を返す
「もう、使わないから、お母さん、使いなよ」なんていいながら、貰った物を返していました。

買い物をあまりしなくなる
「こんなの買っても、あと何日使うか分からないし」と思って衣料品、装飾品、日用雑貨などの買い物をしなくなりました。食料品も必要最低限しか買わなくなり、まとめ買いがなくなりました。

身辺整理をする
いつ死んでも良いように、部屋をある程度は整理整頓するようになりました。AD/HDの私としたらこれはかなりの異常行動でした。

「凶器」になる得るものの近くに長居する
医療機器メーカーなので、当然、「危険物」も沢山、営業所のサンプル棚にはあります。たとえば注射針や針付シリンジなど。瀉血自殺や、毒物注射を考えていた時期もあったので、誘惑に負けないようにするに大奮闘でした。ついついサンプル棚に長居してしまうことが何度かありました。でも真面目な性格上、やはりサンプルは会社の持ち物なので、それを自分で使ったら「窃盗」ではないか、と思い、なんとか持ち越してきました。 医療現場で働く方で希死念慮のある方、私と同じようなことを考えてしまわないのかなぁ、と考えてしまいます。

突然、知人に電話するようになる
アメリカでお世話になった友人、教会員の方々にSkypeで電話をしまくりました。「これが最後のお別れになるのかな」なんて思いながら「あの時、(手術や入院など辛かったとき)支えてくれて本当に感謝しているの。」なんて言っていました。

大切に思っている人に会いに行く
実際に私は自殺企図の2日前に自分の内分泌内科担当医にアポイント無しでお会いしに行っています。私にとって、この先生は本当に大切な人なんです。私の命を2度も救って下さっています。いつも、辛い闘病生活に光を与えてくれている方です。その先生の存在そのものが私を明るくして下さる不思議な方です。
「先生、3月24日の予約まで私、持ち越せないかもしれません。今日が先生とこうしてお話するのも最後かもしれませんが、私は死んでも先生のますますのご活躍をお見守りしますよ。」と心の中で言って診察室を後にしました。本当は肩揉み(私の特技です)してあげたかったぐらい名残惜しかったです。あれがアメリカだったら、本当に先生にハグして泣きつきたかったくらい辛かったです。(そんなことされても、日本人の先生は困ると思いますが 汗)
でも、結局この先生とは3月24日に無事にお会いすることができたんですけどね。精神科のカルテを見て、先生は「私、なんだかよく分からないんだけど。。。」とおっしゃっておりました。先生、分からなくて結構です。分かったら先生も傷つくと思うので。

駅のホームで挙動不審になる
迷惑なお話かと思いますが、飛び込みも考えていたので、通過列車が来ると飛び込みたい衝動と闘うのに挙動不審になっていたと思います。じーっと電車が猛スピードでやってくるのをホームの端でよく観察していました。

自殺方法を検索する
やたらと検索エンジンに「自殺」「LD50」「致死量」という言葉を入れていました。

手紙(遺書)の用意
私は内分泌内科と神経精神科の担当医宛に長いお手紙を書きました。遺書です。ここまで来ると、「もういつ死んでもいいや」と思えてきました。

自殺のリハーサル
私はロープが家にあるのですが、長過ぎたので、長さの調整や結び方も含めリハーサルしました。なるべく苦しまないように頚動脈圧迫をするとき痛くないようにタオルを当てる、とか色々と試行錯誤しました。また、思いとどまることの無いように、気を大きくするためにお酒も用意。ODのために、それまで貯めてきた処方せん薬を何度もmg数を確認しました。

----------------------------------------------
まだ他にもあったかもしれません。この中には、他者からは観察不可の行動もあるかと思います。しかし、はたから見て変化が明らかなものもあります。是非、皆さんの周りの方の行動にこういった変化に心当たりがありましたら「最近、悩みでもあるの?」「死にたい、とか思うことってある?」とか切り出してお話を聞いてあげてください。また、ご自分がこういう行動を行っているのでしたらすぐに専門医療機関にご相談下さい。

2010年3月28日日曜日

アクロのお薬について&GH、IGF-1の性差について

サンドスタチンLARの副作用から回復
はむろさんのブログを読んで(ペグビソマントについて)
GH、IGF-1の性差について

ようやくサンドスタチンLARの副作用が抜けてきました。偏頭痛発作も精神安定剤を飲んでいるせいか、比較的軽く収まりました。倦怠感だけはどうしようもなく、昨日、母と外出中、何度も休憩をとらなければならず、気を使わせてしまいました。

海外患者会で、私と似た経験をされた方から「サンドの投薬直後の血糖値とカリウム値を計ってもらうといいかも。」との提案をいただきました。さっそく肥塚先生に相談させていただきます。いつも採血、投薬直前なので、このタイミングをずらすだけですからね。

 そういえば、私がサンドであんな弱音を前回吐いていたら、はむろさんは、もっと大変なんだなぁ、とはむろさんのブログを読んで思いました。はむろさんは、サンドだけでなくペグ(ソマバート)も併用していて、両方とも注射剤。サンドLARは月1だけど、ペグはAACEのガイドラインによると10mg - 30mg SC daily となっているので、つまり、1日1回、10~30mgの用量を皮下注射する、ということ。
 きょうから毎日の注射生活である。
 とはむろさん、おっしゃっております。

皮下注射(SC)ってインスリンの注射と同じ。でも、1つの疾患に2つも注射剤はキツイよなぁ、と思ってしまいます。いくらSCがそんなに痛い注射でないにしても、それを毎日続けるのは大変なこと。私のカウンセラー時代、クライアントにインスリンを自己注射している方が数名いらっしゃって、1日3回だったんですが、「これを私は一生続ける自身は毛頭無いなぁ。」とモニターしていたのを思い出しました。

こうやって前向きに頑張って治療に励んでいるはむろさんを見ると、私ももっと頑張れたらなぁ、と思ってしまいます。

ちなみに私のIGF-1は、サンドスタチンLAR(20mg)でよくコントロールされております。ただ、GHは未だかつて1.0ng/mL を下回ったことが無く、前回は5.67ng/mL。高いです。でも、少なくとも2つの信頼できるジャーナル(医学論文)によると、健康な閉経前の女性でも、男性の少なくとも3倍量のGHを産生するにもかかわらず、IGF-1は男性の値とほぼ変わらないという興味深い報告もあるので、まぁ、私のGHはそこまで気を揉む必要も無いかな?とゆる~く構えています。

この報告に関連した研究報告がEndocrine Journal に出ています。先月、東京女子医大の田中先生、福田先生、肥塚先生、高野先生のお出しした(提出は去年ですが) Gender differences in serum GH and IGF-1 levels and the GH response to dynamic tests in patients with acromegaly (フルテキストはPDFをクリックしてダウンロードお願いします)。色々と面白いことが書いてあって全部ご紹介したいのですが、重要な点だけザックリと述べさせていただきますと。次のようになります。(田中先生、要約し過ぎ、と感じたら申し訳ありません!)

OGTT、TRH、オクトレオチド、ブロモクリプチンといった負荷試験は男女差はあまり見られなかった。しかし、IGF-1/GHの比率は女性の先端巨大症の患者の方が男性患者よりも低く、特にその傾向は若い患者に顕著に見られた。この結果は女性ホルモンに起因するものと見られる。

ということのようです。 田中先生ってまだお会いしたことの無い先生ですが、今度、じっくりこの研究についてお会いしてお話を聞いてみたいなぁ、と思ってしまいました。前にも当ブログにエストラジオールとIGF-1の関係について投稿させていただいたりしていて、私個人としては非常に興味のある分野です。決して知識が豊富なわけでもないのですが、純粋に勉強がしたい、というだけなんですけれども。

そんな私が「私ってこういう、変な趣味があるんですよ。」というと、肥塚先生「勉強家なのねぇ。」なんて行って下さるので、あまり変人(爆)に感じずに済んでおり、ちょっと嬉しいです。

ではでは、いつも以上にまとまりの無い投稿になってしまいましたが、今週も御恵み豊かな1週間をお送り下さい。

2010年3月25日木曜日

サンドスタチンLAR投薬後の弱音


こんなのTwitterに書け、と怒られそうですが、字数制限の関係でこちらに書きます。

昨日のサンドスタチンLAR(20mg)の筋注で今日は寝込んでいます。
私、この薬、2007年の7月からずっと使っているのに、ほぼ毎月、翌日はこんな感じです。

気分は悪いし(吐き気)、体が動かないほどの倦怠感
生理痛に似たような腰の痛み
しかも、テラナス&ナイキサン(偏頭痛予防薬)を2日前から開始するのを忘れて1日前から飲んだので今日は偏頭痛発作に苦しんでおります。パソコンの画面もかなり暗くして使っております。

さらに、どういうわけかサンド投薬の後って私のADHDと焦燥感が一気に悪くなることを近頃発見しました。

これらの副作用、2-3日続きます。あと1-2日の辛抱。はぁ、辛い。。。

でも、こういう副作用が全くない患者さんや、最初の数ヶ月で無くなってしまう方がほとんどなんですよね。なんだか羨ましいです。

早くランレオチド・オートゲル、日本で承認されないかな?

実は肥塚先生にはこんな弱音、2回しか吐いたことないんですけど、サンドスタチンLAR、本当に私にとってはかなり辛い薬です。この翌日の副作用オンパレードで「もう全てを終わりにしたい」と思ってしまいます。

とまぁ、今日は布団の中からの投稿でした。ゆっくり休みます。ではでは。

2010年3月22日月曜日

自殺対策強化月間にお話したいこと

弱さを見せる強さ

ここで大告白すべきでも無いのかもしれませんが、3月は自殺対策強化月間なので、投稿するなら今かな、と思ったので、書かせていただきます。

私は今月、3月13日(土曜)の深夜から14日(日)にかけて自殺を図りました。
ご丁寧に長い遺書まで用意しました。
処方せん薬の大量服薬、飲酒の後、ロープに首をかけました。
行為に至るまでに何度も頚動脈の位置をチェックしたにも関わらず、意識が朦朧としてしまったせいか、ロープがしっかりと頚動脈を圧迫していなかったのと、縄目が緩んでしまったので、まだここにいます。

「リハーサル」をした時には、確かに「ここだ!」と分かっていたのに;過去に何度かやっていて手馴れているはずだったのに(いずれも病院内だったので死ぬ前に保護されています)、なぜか失敗しました。

翌日、つまり月曜日に予約外で担当医に非常に丁寧に、慎重にご対応していただきました。私がこの件について、牧師先生にも友人にも家族にも話していない、と言うと「弱い自分を見せること、って重要なことなんだよ。」とたしなめられました。

私の周囲からのイメージの中には少なからず下記のものがあります。
  • 常に前向き、ポジティブ人間
  • 逆境に絶えうる強い精神力の持ち主
  • 悩みは自分で解決できる
  • 抑うつ状態などとは無縁の存在
  • 常に笑顔
  • 弱音を吐かない
  • 敬虔なクリスチャン
このブログの読者の方はもう、お気付きかと思いますが、私は非常に弱い人間です。
  • 現に精神科のお世話にまでなっている、精神疾患患者です。
  • 過去に3度の精神科緊急入院をアメリカでしています。
  • 抗うつ剤を飲んでいた時期もあります。
  • 今はAD/HDのお薬でAD/HDとうつ病を同時に治療しています。
  • 精神安定剤、抗不安剤、睡眠導入剤も服用しています。
私が経口で服用するお薬のほとんどは精神科で出されているお薬なんです。

しかも、担当のO先生は多剤処方には大反対で、「自己治癒力」を盛んに訴える先生なんです。その背景を考えると、今の私の薬の種類は多い方かと思います。つまり、それだけ複雑なのか、重症なのか、またはその両方なんでしょうね(ため息)。

まぁ、お薬のことはさておき、私にとって上記の周囲から見た私の印象のリストにはかなりプレッシャーを感じてきました。いつも、皆に相談を持ちかけられるタイプで、私の方から相談、ってなかなかなかったのです。いわゆる、「頼られる存在」としてのアイデンティティがあまりにも強く出来上がってしまっていたのです。そんな感じなので自分の弱さを他人に見せる、なんて私からしたら「とんでもない」考えでした。

しかし、今回の自殺企図の後、O先生とお話していて感じたのは「虚勢を張るのはもうやめよう。助けが必要な時には助けを求めよう。私が死んでからではもう遅いんだ。」ということ。私が泣ける場所って今は病院の診察室内と自宅で一人でいる時ぐらい。辛い時につらい気持ちを共有できる友人や家族(家族は論外です!)はこの自殺企図前は皆無でした。(友人でこのブログをお読みの方々、申し訳ありません)

そんな私を変えたのはO先生でした。月曜日(15日)、「私、生きていてもいいんですか?」と泣きながら訊くと「あなたは生まれてきたんだから、生きていて良いんですよ。」とおっしゃって下さいました。私が診察室を出ようとした時、両手を若干強く握って下さいました。アメリカの牧師先生がよくお祈りする時にやって下さったように腕がクロスしているのを見て、「そうだ、私はアメリカでは少なくとも牧師先生には相談していた。自殺も、うつも、罪ではない、病気なんだ、って私の心に寄り添ってくださった。」と思い出しました。そして、O先生は力強く私に言い聞かせました。
「死んじゃ駄目!生きるんだよ!絶対に生きるんだよ!」
-----------------------------------------------

今回、ODプラス絞首を選んでいるので、かなり致死性は高いメソッドにも関わらず私が助かったのは奇跡と言っても過言ではないと思います。

実は私が首にロープをかける直前、聖書をぱらぱらっと開いたのです。
最期に主はどんな御言葉を私に与えて下さるのかしら?と思ったからです。
すると、たまたま開いたページでたまたま私の目に留まった御言葉が次のものでした。
どうして時も来ないのに死んでよかろう。
(コヘレトの言葉7:17)
あの一節を目にした時、私は一瞬思いとどまりました。あの御言葉が与えられたのは単なる偶然ではなく、やはり神様が私を止めようとしていたんだと信じています。ですから、「これから私は重大な罪を犯してしまうんだ」と思いました。「こんな馬鹿げたこと、やっぱりやめよう」とも思いました。でも同時に「どうしても私は死ななくてはいけない」という焦燥感に駆られており、もはや止めようがなかったのです。もう、どうして死にたいのかもよく分かっていなかったんだと思います。

「神様、僕(しもべ)はもう生きてゆく力を失いました。イエス様は一緒に十字架に貼り付けにされた悪人をもお救い下さいました。私も罪人(つみびと)ではありますが、どうか御心(みこころ)がお許しになるのでしたら、どうか私をも、こんな罪深い私をもお救い下さい。分かっていながらもこんな罪をこれから犯そうとしている僕(しもべ)をどうぞお許しください。」 
とお祈りしました。

それから一気に私はロープに体重をかけました。しかし、この一瞬の思いとどまりがきっとロープの位置をずらしたのでしょう。また、首吊り用の結び方(普通の結び方では駄目なんですよ~)をしたにもかかわらず縄目が緩んだ、ということも考慮にいれると、本当に神様が私を救って下さったんだと思います。
主よ、あなたはわたしの魂を陰府(よみ)から引き上げ
墓穴(はかあな)に下(くだ)ることを免れさせ
わたしに命を得させてくださいました。
(詩篇30:4)
先週の金曜日、思い切って牧師先生に全てを打ち明けました。
牧師先生は私のこの一連の行動に関して責めることは一切しませんでした。
むしろ、私の心に寄りそう様に色々とお話をして下さり、お祈りして下さいました。

自分の弱さをさらけ出すことは勇気が要りますが、それこそが本当の強さなのかな、と今では思っています。
皆さんも、生きることを簡単には諦めないで下さい。
今、苦しくて苦しくてどうしようもないかもしれません。
それで、最終的に私のように自殺を決心してしまったとしても、行為に移す前に少なくとも自分が信頼できる人、大切に思っている人にはそのことについてお話して下さい。

これが、自殺未遂者からのメッセージです。

2010年3月19日金曜日

ランレオチド/ランレオチド・オートゲル

今日は日本、未承認薬であるランレオチドについてのお話。

日本にはドラッグラグがあったりで使えないお薬があったりしますが、まず初めに世界的に見て、よく使われる先端巨大症のお薬を紹介します。(情報源はAACE:"American Association of Clinical Endocrinologists"です。)

まず、カテゴリーは大きく分けて3種類。
  • Somatostatin Analogue(ソマトスタチンアナログ)
    •  Octreotide/Octreotide LAR(オクトレオチド/オクトレオチドLAR)
      • サンドスタチン/サンドスタチンLAR
    • Lanreotide/Lanreotide Autogel(ランレオチド/ランレオチドオートゲル)
      • ソマチュリン/ソマチュリン・オートゲル

  •   Dopamine Agonist(ドパミン受容体刺激薬)
    • Cabergoline(カベルゴリン)
      • カバサール

  • GH Antagonist(成長ホルモン受容体拮抗薬)
    • Pegvisomant(ペグビソマント)
      • ソマバート
 あれ、ブロモクリプチンパーロデル;ドパミン受容体刺激薬)は?とお思いの方もいらっしゃるかもしれませんが、アメリカでは使わないのでしょうか?AACEのガイドラインには全く出ておりません。しかも海外患者会では話題にすら上ったことがありません。ドパミン受容体刺激薬ってGHとPRL(プロラクチン)を同時に産生している腫瘍に適応なのですが、なぜか海外患者会ではブロモクリプチンを使っている、と聞いたことがありません。カベルゴリンはソマトスタチンアナログとの併用が多い印象を受けるのですが。。。パーロデル、海外ではアクロの治療には使わないのかしら?気になります。

かと思いきや、逆に日本の皆さんの中には「ソマチュリンって何?」という方もいらっしゃるかもしれませんね。これ、海外では好評で、サンドスタチンで副作用が辛い、というとよくソマチュリンに切り替え、となります。残念ながら日本では未承認薬です。海外患者会のWayneも最初はサンドスタチンLARで酷い倦怠感が続き、ソマチュリン・オートゲルに変更したそうです。変更前は、サンドの投薬を金曜にして、週末は寝込んでいたそうですよ。今の私のようなので、なんとなくどんなだったか想像がつきます。腫瘍に効いても辛い副作用がついてまわると、なんだか一気にQOLが下がってしまうんですよね。私は2007年7月からサンドスタチンLARを使っていますが、未だにあの翌日の倦怠感と偏頭痛発作はどうにもこうにもなりません。あと、投薬直後、お腹がキュルキュルいうのも気になります。投薬後、その日は安静にしていないと翌日は完璧ダウンなんです。

そんな愚痴をこぼしていたら、海外の患者会メンバーに「ソマチュリンに変えればいいのに。」との声が。日本で承認されたら1度試してみたいお薬の1つです。とはいえ、サンドスタチンを作っているノバルティスにはアメリカでPAPのお世話になっていて、無料でお薬をいただいていた、という経緯があるので、こんなに薬価の高いお薬、簡単にスイッチングしたらバチがあたりそうですが。

今、Wayneは4週間に1回、ソマチュリン・オートゲルの自己注射(もちろん筋肉内注射で針もサンド並みの太さですよ)ですが、今までの生活が取り戻せた、と喜んでいます。Wayneがそんなコメントをしたら「私もなんです。」という患者さんが結構な人数、出てきました。サンドスタチンLARの副作用が辛かった患者さんはどうもソマチュリン・オートゲルで副作用がかなり改善される可能性があるようです。

ノバルティスもソマチュリンに負けないように、サンドスタチンの副作用を軽減して下さると私のQOLも多少上がるのですが。私、投薬が通常木曜日なので、金曜日の病欠、遅刻(または直行)、早退(または直帰)率は結構高いです。

ソマトスタチンってTSH(甲状腺刺激ホルモン)を抑制する作用も持っているので、その作用のないソマトスタチンアナログを開発することができれば、倦怠感の副作用が激減するように感じるのですが、そう簡単にはいかないんでしょうか?

それにしても、「ソマトスタチンアナログ」というカテゴリーとしては同じであるサンドスタチンとソマチュリン、何がそんなに違くて、こんなに副作用の出方に差がでるのでしょうか?なんだか謎です。

2010年3月18日木曜日

眠れない!


皆さんは疲れていて、とっても眠いのに眠れない、といった経験はありますか?
内分泌の病気をお持ちの方ですと、結構ありそうな気がするのですが。
たとえば、私はステロイド剤を内服していたときは3日間、一睡も出来なかった経験があります。
なので、クッシングの方など眠れるのかな?と思ってしまいます。

私は神経性食欲不振症が最も酷かった中学3年のときに早朝覚醒に苦しみました
  • 体は睡眠を求めているのに全く眠れない。
  • 決まって午前3時半に目が覚める。
  • 眠いのに眠れない。
これが、今の私。いえ、もっと酷いです。
疲れているのに睡眠による休息が取れないのは辛いです。
今、ベンゾジアゼピン系のお薬は精神科から3種類出ています。
  • メイラックス(1mg)1錠 夕食後
  • ソラナックス(0.4mg)2錠 頓服(パニック時)
  • ドラール(15mg)1錠 就寝前
最初はメイラックスで十分だったんです。これ、精神安定剤だけど眠くなるのでそれで寝ることが出来ていました。パニックもコントロールできていました。

ところが、近頃、パニックがOut of Control 状態なので、ソラナックスを頓服で出されたのです。これは前回の発作で初めて使いましたが、著効を示し、大満足。

ドラールは「先生、近頃2~3時間しか眠れなくて、3時間眠れたらついている方なんですよ。」とこぼしたら処方されたお薬。1日目は著効!!6時間睡眠でした!でも、寝るとき、胸が苦しくてオーバードース(OD)した時の感覚に似ていました。なんだかこれから死ぬような感覚。しかし、それも1日目だけ。

ドラール2日目:全く眠れない(涙)。結局3時間睡眠。お祈りしたり、聖書を読んだりしても効き目なし。朝の5時になった時点で諦めモード。なんだかベンゾ系に耐性が付いてきてしまったように感じております。

もうベンゾ系は嫌だなぁ、と思ってきており、今までの精神科で処方された薬で「眠気」の副作用が辛くて止めてきた薬をリストにし、現在服用中のストラテラとの相互作用をチェック。(コレ職業病です。皆さんはきちんと主治医と相談して下さい。)リフレックスは避けた方が良さそうだけど、デジレルなら無問題です。まだデジレル残っているから、今晩もドラールで眠れなかったらデジレルを試してみます。確か、私は50mgで「眠い、眠い」といって結局、ノンコンプライアンスに終わったお薬でした。(だから大量に余っているんですけどね 汗)また、アメリカにいた頃はデジレル100㎎~150㎎という処方を入院中にされ、低血圧で倒れました。

それにしても、ドラール初日のあの「アルコールと共にODした時と同じ感覚」にはちょっと恐怖心すら抱きました。いつもはあの感覚で「はぁ、呼吸が苦しい。このまま逝ければなぁ。でもこんな量、胃洗浄すら必要ない量だよなぁ。次に目が覚めるのはいつだろう。」とか思いながら目を閉じるのと全く同じ感覚って怖いものです。

今日、薬局にラコールを1箱とりに行く予定なので、そのついでに薬剤師さんにも相談してみます。
今夜こそは眠れますように。

2010年3月14日日曜日

メンタルの治療、一筋縄に行かず

ラコールについて
うつ状態と摂食障害

先日、栄養剤ラコールのお話をさせていただきました。やはり、バナナのフレーバーにアレルギーだったようなので、ミルクフレーバー、コーヒーフレーバーにしていただいたら、あのお腹が焼け付くような感覚、顔のかゆみ、衝動性がかなり改善されました。残っていたバナナフレーバーをこの間、試しに200mL飲んでみたらやはり同じ症状。バナナはもう、永遠に飲まない方がよさそうです。

ちなみに、私はミルクフレーバーは結構気に入って飲んでいます。コーヒーフレーバーは。。。私は大嫌いです。なんだか麦茶にプラスチックを加えたような、私にとっては嫌いな味にカテゴリーされるものです。(でも、聞く話によると、コーヒーフレーバーって結構人気らしいですね。)

そもそもO先生がエンシュアでなくてラコールにしたのには理由があるんです。エンシュアもラコールも半消化系の栄養剤であることには変わりないのですが、ラコールにはうつ症状に有効といわれているω3系の脂肪酸が含まれているんです(シソ油とかが入っています)。エンシュアはω6系は豊富なのですが、ω3系は弱い、というか入っておりません(コーン油が主体です)。ここのところが「ラコールの方が、エンシュアよりも日本の食生活にあっている」という根拠の1つのようです。あとは、エンシュアのほうが脂肪分が大幅に多い、ということ。これが、日本人の患者さんでは「ラコールよりもエンシュアのほうが下痢しやすい」原因となっているようです。

O先生には「きちんと食べるように」「ω3系脂肪酸を中心にね」などとアドバイスされていたのですが、何せ摂食障害持ちの患者には、まず「食べる」という行為が難しいわけです。そこで、サプリメントや食のアドバイスだけではなく、栄養剤を用いることになったのです。

正直な話、体重はまったく増やせていません。しかも一時期ラコールに頼りすぎていたので、固形食を食べるたびに下痢を起こしています。 ただ、先生には「これ(ラコール)だけではなくて、普通の食事もしないと駄目だよ。」と言われているのが辛いところ。お約束が守れておりません(正直に先生には報告しています)。もっとも、そんなに簡単にこの約束が守れたら、12年も摂食障害に蝕まれることはなかったわけですが。

「中枢性摂食異常症」も実は国の難病なんです。これ、本当に難治性だと私も感じています。「寛解!」と喜んでいると直ぐに悪魔のごとく戻ってくる嫌な奴です。特に過度のストレスにさらされると私の生活は食事に翻弄され、それはそれは悲惨なものとなるわけです。 近頃、強く思うのは「摂食障害(特に食欲不振症のほう)ってゆっくりとした自殺だよなぁ。」ということ。

普通のダイエットと違って目標のない減量。私の場合、自分が二分化され、片方(AM-Actual Mind)は「私は健康になる権利がある」と訴えていても、もう片方(NC-Negative Control)が「お前などにそんな権利はない。食べるな、飲むな。さっさと死ね。その気になれば首を吊らなくたって低血糖と脱水で十分死ねるはずだろう」という状態。これを12年続けてくるとさすがに堪えてきます

そこに、先端巨大症、うつ病、偏頭痛、ADHD といった要素が加わると、私は押しつぶされそうな精神状態になるわけです。それで、少なくともNCを騙し騙し、栄養を取らせることが必要になってきます。近頃気づいたことは、栄養剤なら1日400KcalまでならNCが「薬」として扱ってくれることでした。もちろん、食事を口にしようものなら「さっさと吐き出せ」と指示がありますが、栄養剤の場合、400Kcalまでならそんな意地悪はしてきません。このままNCを騙して処方通り600Kcalまで取らせてもらえれば良いのですが、なかなか難しいです。

肥塚先生は摂食障害は「治すことが可能な疾患」 とおっしゃっていました。しかし、さすがに患者12年目の私にはその言葉を素直に信じることが出来ないんです。もう、「治そう」という意欲も無いのでかなり放置状態。体の方はいたって丈夫なようで、平均体重の15%をきっても、きちんと月経があるので私も問題意識をきちんと持っていないんだと思います。また、先端巨大症のお陰で、周りには体重減少がバレにくい。スーツさえ身に着ければ結構「ガッチリとした体系」に見えるので、減量に拍車がかかります。

今回、摂食障害を私が患っていなければ、うつの治療ももうちょっと簡単に行ったように思います。うつ病にはまず、休息と栄養ですから。でもNCがそれをさせてくれない。NCは私を死の方向へと導こうとする奴です。だからなかなか良くならないんですね。 とは言っても、NCも私の一部です。自己責任で治療をしないと何も始まりません!

そんなことを考えていると、本当に自分が駄目な人間に思えてきます。
職場復帰を先週から具体的に意識し始めてから、また体重が減少し、自殺企図をすでに2回。(アメリカだったら、とっくに緊急入院させられているでしょう。精神入院は辛いです、ほんと。)やはり、仕事に何らかの重大なストレスが関与しているのでしょう。せっかく心理学で学位をとったので今、自分に認知療法を施していますが、自分を治療するって難しいことですね。はぁ、駄目なカウンセラーだ。

自分のクライアントのカウンセリングなんかより自分の方がよっぽど難しいです。私は他の方には優しくできても自分には優しくできない、という重大な欠点があるので(これは、インターンシップ中にスーパーバイザーに指摘されました。本当にその通りだと思います)。

本気で社会復帰が不安です。

2010年3月12日金曜日

奉げもの


2007年3月12日の私へ

今週、水曜日に友人のNさんからいただいたチューリップでお生花(古流)を何年かぶりにやりました。ので、師範(理名「理彩」の名をいただきました。)をもっているくせにこんな出来ですが、せめて私の心を癒すには十分過ぎるぐらいです。

Nさん、ありがとう。

一時は「記念日自殺」も考えたりしましたが、頑張って生きていきます。

 いけばな、また始めたいな。

(2001年にお師範をいただいたから、かれこれ10年はお生花はしていなかったかも。現代華はよくやっていましたけどね。)

2010年3月11日木曜日

私の「記念日」

なんだか1日中おかしな私
「記念日発作」
肥塚先生のお名前に関する雑感

今日、神経精神科のフォローアップ外来に行ってきました。
近頃、ADHD薬のストラテラも減らしたし、安定剤のメイラックスもきちんと飲んでいるのに眠れないんです。寝られても3時間とか。朝方まで眠れなかったりします。

それで、今日に至っては神経精神科のロビーで待っている時に動悸パニック発作なんですが、なんだかおかしい。いつもならすぐ収まるのに永遠とも思える時間、そのまま。絶望感で胸がいっぱいになります。「もう無理!自分が自分じゃなくなる!」と思って頭を抱え込んでしばらくすると私の名前が呼ばれたので、よろよろと8番診察室へ。O先生が両手首から脈を取ります。「先生、もう駄目。こんなの、やだやだやだ。(連呼)」など自分でもなんやら訳のわからないことを口走っていたように思います。でも診療中、次第に落ち着きを取り戻します。

上記のパニックは酷かったのですが、今日は1日中動悸。しかも人が恋しい。というか寂しい。

挙句の果てにはアポイント無しに、私の大尊敬するお方にひょっこりお会いしに行ってしまいました(汗汗汗)(こんなことをしても許されたのは、このお方の寛大さと優しさがあってのことだと思います。本当にお忙しい方なので、申し訳なく思っておりますが、とにかく感謝の気持ちでいっぱいです。)とにかく、私の何かがおかしい1日でした。

帰りに日本橋図書館に立ち寄った時、返却日の表記された紙を凝視して、ふと思いました。
「あれ、今日の日付は?」
3月11日。特に特別な日では無いしなぁ。 待てよ、確かに今日では無いけどそうだ!そうに違いない!
---------------------------------------

皆さんもそうだと思いますが、私にもいくつか特別な日があります。私には「病気記念日」というか、そういったものがあったりします。特に重要で、個人的に特別に過ごす病気関連の「記念日」をリストアップしてみます。
  • 2007年
    • 3月12日(神経眼科医の最初のアポ)
    • 3月16日(人生初のMRI)
    • 3月26日(神経眼科医から「脳下垂体腫瘍」の告知)
    • 3月28日(脳外科医と耳鼻咽頭外科医とオペの打ち合わせ)
    • 4月2日(オペ当日)

  • 2008年
    • 1月22日(女子医大、肥塚先生に出会った日)
    • 8月29日(今までで1番本気の自殺企図)
「はっ、こんなにあるの?」と言われそうですが、この一つ一つが私にはとーっても大切な日付なんです。曜日も全部覚えています。

今回、問題だったのは3月12日。今日、11日はその前日。2007年3月11日(日)は非常に不安な思いをして過ごしていました。 というのも、神経眼科医に紹介状を書いた眼科医が「目にまったく問題は無い。つまり、これは視神経か脳の問題である可能性が高い。」と私に断言していたからです。私は脳腫瘍であるのだろう、となんとなく感じていたので怖かったのです。

心理学を勉強していたとき、両親や配偶者などの命日に「この日だ」という意識がなくても、その日が近づくと自動的にうつ状態になることがある、という現象を学びました。私の今日の経験は、まさにこれなんだと思います。私の「命日」なんです。

2007年3月12日(月)、神経眼科医のDr. Yにお会いした日、初めて視野検査を受けました。結果を見た時、私は診断名の予測が既についていました。心理学専攻だったので、皮肉にも認識心理学、脳解剖学、神経心理学を学んでいたからです。「耳側半盲の原因でよくあるのは脳下垂体腫瘍」と教科書に書いてあります。「あぁ、医者が患者になる瞬間ってこんな気分なのかな?」なんて思いました。同時に、この「よくある原因」でなかったら何だろう?と怯えていたのも、よく覚えています。

 もしかしたら、それで私は近頃眠れないのかもしれません。2007年3月12日は私の人生の大きな転機です。私の中では先端巨大症とのバトルはこの日から始まった、と解釈しています。この日、今までの私は「死んだ」のです。この日、私は慢性疾患患者として生きていく不安を真に抱いたのです。それは、果てしなく重い十字架でした。この日の夜、声を押し殺して泣きました。泣いても泣いても涙は止まりませんでした。私は異国の地で、こんな深刻なことを誰に相談すればよいか分からなかったのです。心配させたくなかったので家族にも伝えられませんでした。

それが私の3月12日の思い出。昨年、3月12日に大きなパニックに見舞われなかったのは、実は「肥塚現象」によるものでした。2009年3月12日は内分泌内科の診療日だったんです。あの日も朝は電車の中で気は虚ろでした。せっかく4月から社会人の仲間入りをする、という希望があったにもかかわらず軽い希死念慮があったのです。4月からの1ヶ月の合宿研修が不安、というのもありましたが、なによりも、どうしても2年前のことを考えずにはいられなかったんです。でも、肥塚先生の笑顔を見たらなんだか気持ちが楽になったのを、今日、思い出しました(笑顔)。
----------------------------------------

そんなことを思いながら、先日、購入した内分泌検査マニュアルを開いてみます。「肥塚 直美」という名前を目にしたとたん、なんだかどっと安堵感が押し寄せてきました。肥塚先生の下の名前は「直美」。「真っ直ぐで美しい」と通常は解釈するのでしょうか。それはそれで先生の人柄にぴったりのお名前です。それにプラスして、私は近頃このお名前を逆の順番でも解釈しています。「美しく直す」。(「直す」と「治す」は意味に違いがありますが、私は「直す」の方が好きです。)私の勝手な解釈で申し訳ないんですが、なんだか今日、先生のお名前を見ていて、そんなことを考えてしまいました。

明日は3月12日当日。なんとか乗り越えます! 今日、突然の訪問に応じて下さった例の方には非常に感謝しています。本当にありがとうございました。

2010年3月10日水曜日

内分泌疾患を持つ患者さんにお薦めの2冊

最新 内分泌検査マニュアル 第3版
病気がみえる Vol.3 糖尿病・代謝・内分泌

今月の初めに本屋で発見してからずっと気になっていた1冊があったんです。
そして、ついに先週、思い切って買ってしまいました!
既にチャプターによっては蛍光ペン引きまくりです。


東京女子医大の内分泌内科高野教授監修したもの。
2010年2月20日に出版されたばかりのものだったようです。

私はどうも「東京女子医科大学」という文字に敏感に反応してしまうようです。しかも科をみると「内分泌疾患総合医療センター内科」なんて背表紙に書いてあるからもう、手に取るしかありません。

これ、中身は白黒ですが、内分泌の検査について分かりやすく解説してあるので、お薦めです。ただ、内分泌の基礎知識が無いと若干キツイかもしれません。そんな方は、後ほどご紹介する本(「病気がみえる」シリーズ)と併用するのもいいかもしれません。自分が病院で受ける検査の具体的な目的が分かると、自分の検査結果を見て分析するのも楽しいですよ(私だけか?!)。

ただ、今回の版の高野教授の序文が気になります。
本書は本年3月で東京女子医科大学を退任する私と佐藤幹二先生の退任記念誌としても企画され、医局員一同で執筆しました。
えっ、そうなんですか?佐藤先生の記憶は残念ながら私には無いのですが、高野先生は検査入院中に教授回診の際にお世話になりました。あの時は「肥塚教授とは随分と異なった方だなぁ。」と思ったものです。また、去年11月の公開講座の際にもお目にかかったので、よく覚えております。

こういったことに想いを馳せると、私が女子医大に通院するようになってからの2年の間に実に様々なことがあったなぁ、なんて思ってしまいます。例えば、脳下の担当医が2年前は助教授だったか准教授だったのに気付いたら去年、教授になっていたり。下垂体疾患が2008年6月に難病になり、2009年10月には遂に特定疾患となったり。まさか、自分が海外患者会の執筆活動に参加することになってしまったり。なんだか2年間でこんなにも色んなことが起きてしまうものなんですね。

次はどなたが内分泌内科の主任教授になるのかしら?やっぱり気にはなってしまいますが、私にとっては「寛容・忍耐・気配り」のモットーが引き継がれればどなたでも、というのが本音です。

では次に、もっと入門的な本のご紹介です。


実はこの本、私も持っています。これカラーで絵、チャート、図が多くて私のような素人にも分かりやすい本です。内分泌疾患の患者さんにはお薦めの1冊です。買わなかったにしても、書店や図書館で自分の病気のセクションだけサラっと読むだけでも、病気の知識にかなりの差が出るように思います。私がこの本に初めて出会ったのは女子医大病院の「からだ情報館」でした(この版ではありませんでしたが)。昨年2009年に最新版が出ましたが、私は今年になってから購入し、以来テーブルの上にいつも置いてあります。暇さえあれば「お勉強」しています。

ホルモンや代謝って知れば知るほどハマってしまいます。もともと私は物事にハマりやすい性質があるのですが、今、この2冊の本に非常にハマっております。皆さんもいかがですか?

2010年3月9日火曜日

O先生とH先生への懺悔(ざんげ)

「生きてるか~い?」とよくメールが来るので、そろそろブログも更新しないとなぁ、と思い登場(苦笑)。

今日はいつも一生懸命に私の診療をして下さっているTW病院のO先生とH先生への懺悔の投稿です。

私が「O先生とH先生には懺悔しなくてはいけないことがあるんだよ。 いつかは伝えたいんだけど、やはり言えない。だからお祈りのときに神様に告白するんだよね。」と友人に話したことがあります。その友人は「懺悔」というのがいかにもクリスチャンだ、でも、そんなのアップされたらおもしろそう、なんてわけの分からないことを言ったのでどうぞ!

おそらく全然面白くないと思います!!

まぁ、このブログの「つぶやき」といったお題には沿った内容だとは思いますが。
ちなみに、手紙形式です。

O先生への懺悔はおそらく今週の木曜日に、この文面の内容通りで、ご本人にすることとなりそうです。はぁ、気が重い。

H先生に対しては、体重や食事、T3の話が出たら正直にこの文面の内容通り、お話いたします。

----------------------------------------------------
神経精神科 O先生

この1週間、本当に色々ありました。ソーシャルワーカーさんにもお話して、自立支援の申請を勧められたので、木曜日にご相談させて下さい。区の保険センターに書類を取りに行ったのですが、帰宅してから拝見。見た瞬間に青ざめました。既往を細かく記入する必要があるんですね。まだO先生にお話していないことが実は結構あるので、表形式に時系列で情報を整理したものを準備する予定です。

入院歴(精神科)など、実はまだ詳しくはお話していません。私は男性を警戒する傾向があるので、実はO先生とも信頼関係が築けたのはつい最近なんです。実に2年かかりました。一生懸命やって下さっている先生になかなか心を開けなくて、申し訳ありませんでした。今、考えたら非常に非協力的な患者だったことと思います。

木曜日に今までの既往を表にしたものをお持ちいたしますが、恐らく先生を驚かせることになるかと思います。自殺企図についても全くご報告できずに、つい先日のご報告となってしまい本当にごめんなさい。 2年前の初診の際にこういった既往の書類をご用意するべきでした。そうすれば、もっと順調に治療が進んだことと思います。

特に先月色々お話したときは先生も驚いたことと思います。「う~ん、まぁ一筋縄には行かないケースってことだね。」とおっしゃっておりましたね。すいません、面倒な患者で。でもO先生が「安心できる先生」であることが分かったので、これからは隠し事をせずに治療に協力し、1日も早く社会復帰できるよう、努めて参ります。O先生との約束、いつも心に留めていますよ。

今後もどうぞよろしくお願い申し上げます。

--------------------------------------
内分泌内科 H先生

いつもお世話になっております。先日は焦燥感から外来中であるにもかかわらず、院内PHSにまで連絡をし、しかも夜中にEメールまでしてしまい、ご迷惑をお掛けいたしましたことを心よりお詫び申し上げます。こういう患者が一番困りますよね。すいません。それにもかかわらず速やかに対応して下さったH先生の優しいお心遣いに感謝申し上げます。

また、毎回毎回「fT3が低い」「私、Low T3 Syndorome になるような疾患、無いんですけど。」と生意気なことを言っていたわけですが、病識が無かっただけで、これも摂食障害のせいなんですね。振り返ってみますと、先生は何度も私に「栄養状態が悪いんじゃない?」「最近痩せた?」と尋ねていましたね。完璧に無視していました。先生からしたら「それが理由なんですよ」とやんわりと教えて下さっていたんでしょうに、私は他に理由があるはず、なんて勝手に思い込んでいました。

今でこそ認めますが、私は月経がまだかろうじてある摂食障害の患者です。体重を尋ねられた時、2~3キロ足した数字を報告したことがあります。体重が増えることに恐怖心を抱いています。摂食障害とは15歳からの付き合いで、一度軽快しましたが、去年からひどくなっているんだと思います。検査入院の際、ご担当のN先生には「今は摂食障害の症状は全くありません」なんて言いましたが、あれは正直な発言ではありませんでした。体重に関して、また食行動に関してのご報告が不誠実で申し訳ありません。これからは私の知る範囲で、正しい情報をH先生にはお伝えするよう、努力いたします。

こんなどうしようもない患者に対しても、いつもいつも本当に丁寧な診療をして下さりありがとうございます。多くのH先生の患者さん同様、私もH先生の大ファンです。これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。

2010年3月5日金曜日

Rare Disease Day-アクロメガリー・コミュニティーの動き

 ウェイン・ブラウン氏、テレビに出演

以前にウェインがテレビに出演する、と当ブログでご紹介させていただきましたが(こちら)、米国ウェブサイトから許可もおりたので、アクロメガリーのことについてウェインがRare Disease Dayに出演している部分のリンクを貼らせていただきました。

"Buffalo Man Shares his story on World Rare Disease Day"
World Rare Disease Dayにバッファローの男性が自分の体験談を語る

上のテキストをクリックするとオリジナルのプログラムをご覧になれます。(英語です)
またはAcromegaly Bloggersからもご覧になることができます。
(英語です-こちらの方がお勧めです)

今回は是非、英語の分からない方にも彼の働きかけを知ってほしい、と思い、意訳が入ってしまっていたり、不自然な日本語がありますが、番組を和訳したので是非一読していただければ幸いです。

親愛なる日本の患者様へ
日本の先端巨大症をはじめとする希少・難治性疾患の患者様に神様の御恵みが豊かに降り注がれますように。 今、苦しんでいる患者さんを癒し、心に希望という光が与えられますようにお祈りいたします。
(アクロメガリー・コミュニティー一同)
 --------------------------------------------------------

もしかしたら、まだ多くの方はご存知無いかもしれませんが本日はWorld Rare Disease Dayといって、皆で希少疾病について意識を高めてゆこう、という日であります。

希少疾病は何千と存在しますが、患者数が少ないため、あまり知られていません。そのため、希少疾病を持つ患者さん達にとって闘病は孤独なものでもあります。

"The feeling of isolation is totally real."
(孤立感といったものは本当に辛い現実です)


ウェイン・ブラウン氏は私たちが必ずしも親身に分かってあげることのできない希少疾病を持っています。その病気は先端巨大症といって100万人に3人しか罹らないといわれる疾病です。

「Googleに色々と打ち込んでも、検索エンジンは僕が何を検索しようとしているのか定義できない、という状態でした。ですから、私はお医者さんに電話をして『あの~、僕の病気は何という病気でしたっけ?』と尋ねたりしましたよ。」


先端巨大症は脳内にある脳下垂体というところに腫瘍ができることによって起きる病気です。腫瘍自体は良性で転移も無いのですが、先端巨大症は体全体を過剰に成長させてしまう全身疾患なのです。

「僕の鼻、おでこ、お腹が顕著に肥大して、自分で『これは何かがおかしいな』と感じました。」

症状が発現し始めたのは、ウェインが20代の時のことでした。足のサイズは13(約31センチ)、手は従来の3倍にまで成長してしまったのです。いつも疲れている状態になり、イライラしやすく、感情のコントロールが困難になっていました。

「僕が友人や家族と大きな集まりごとをした時、突然、自分がなんだか軽蔑されているような気がしてついイライラしてしまうことがありました。」


ウェインが先端巨大症と診断されるのには実に10年もかかったそうです。

「僕は医師の所に行って『先生、なんだか調子が悪いんです』と言いました。その医師は血液検査などをして下さいましたがどこも悪くないんです。『特に問題は無い。きっと単なる思い込みですよ、(="It's all in your head." - 「頭の中にある」という表現をします)。』なんて言ったんです。しかし実に皮肉なことに、この医師の言ったことは正しかったのです。(頭の中、つまり脳腫瘍であったから)」

ウェインは脳下垂体腫瘍を外科的手術で摘出し、術後、50ポンド(約23キロ)も減量し、体調もよくなりました。しかし、数ヵ月後、また症状が現れだしたのです。摘出した際に残存した腫瘍が大きくなってしまったのです。

あれから5年たった今、37歳の彼は4週間毎に行う自己注射によって症状をコントロールしています。しかし、これらの試練は彼にとっては辛いものでした。

「僕は自分と同じような人に会ったことも無かったですし、自分と同じような症状を訴える人に会ったこともありませんでした。僕は友人と同じように見えないし、同じように感じたりもしない。僕は全くもって孤独に感じたんです。」

そんな背景の下、ウェインはアクロメガリー・コミュニティーをウェッブ上に立ち上げました。そこで分かったのは世界中には彼と同じような悩みを抱えた仲間が沢山いる、ということでした。

「このネットワークを通して世界中に素晴らしい友達を沢山つくることができました。こういった友人、話相手は実に素晴らしく、例えばコミュニティーのウェッブに行って『あのさ、今日の僕の一日は散々だったよ。』なんて愚痴を言うことだってできる、そして、それに対して数時間以内に沢山の励ましのメッセージが来るんです。」


現在、ウェインは健常人に比べて恵まれた人生を送っており、幸せだと思っている、と語っています。

「自分は健康である、ということがどういうことかをよく自覚しています。健康でないならば、それを取り戻さなくてはいけない。ですから僕は時間を無駄にするようなことはしません。今まで実に多くのことを乗り越えてきた、やってきた、と感じていますし、まだまだこれから挑戦したいことも山積みなんです。」

2010年3月1日月曜日

Rare Disease Day 2010 世界希少・難治性疾患の日

日本風のカッチリとしたイベント

昨日、2010年2月28日(日)に六本木の東京ミッドタウンでRare Disease Day(RDD)に参加しました!!
初めての経験(日本初だから当たり前ですね)なのでワクワクでしたよ。(療養中の身で何しているの!?と叱られそうですが。昨日は帰宅後バタンキュー、今朝も消耗中です。)(苦笑)

  
アメリカでがん患者の会、全身性エリテマトーデス患者の会、乳がん患者の会、脳腫瘍患者の会などのイベントにお邪魔したことのある私はまず、今回の日本版RDDの会場の静かさ、というか「お行儀よさ」にびっくり。特にミシガン州立大でこういったイベントをした時はかなり患者が元気、というか少々暴走している感じでした。(ミシガン州立大では)体力の無い患者さんもテント(!)を持ってきて「現在療養中。訪問大歓迎」といった看板をぶら下げて、その中で横になりながら参加したりする風景が見られたりしました。開催する場所もアリーナとかだったからかもしれませんが、オリジナルのTシャツを着たりして大変な盛り上がりでした。それとどうしても比べてしまったので、昨日の日本のRDDはそれに比べると最初はカルチャーショックでした。

非常によく構成されていて、「あぁ、きちんとした行事、というか式みたいで日本らしいなぁ。」と思いました。(こういった感性がある、ということは、やはり私は日本人の姿をしたアメリカ人なんですね。周りから事あるごとに言われてきて悔しいのですが、この際、もう認めます!笑)

まず、ワールド・カフェというコーナーで様々な方の討論が行われ、それをお聞きさせていただきました。私も医療機器メーカーで働く営業パーソン(MRを取らなくてはいけなかったりするので、薬系の勉強をさせられます)なので製薬会社の事情なども知っているのと同時に患者でもあるので、今回の討論は非常に興味深い内容でした。

この2枚の写真はその討論中、討論参加者(製薬メーカー、行政関係者、患者本人)がテーブルに残したメモの例ですが、両テーブルに「小さな波でも立たせることが重要」といったことが書いてあったのが印象的でした。私が海外患者会から「もっと日本にも積極的に参加してほしい」と言われると奥手になってしまうのですが、やはり私1人であっても海外とを繋ぐことによってお互いにメリットが生まれるかもしれません。希少疾病だからこそ世界規模でやる必要があるんだ、と近頃よく感じます。私も波を立たせてみようかなぁ、などと、少し勇気を貰いました。

また、近頃、非常に病んでいた心を「カセットフラワー(カセットプラント)」というものを作成することで癒されました。リクリエーショナル・セラピーのような感じで楽しく何個か作らせていただきました。
 
私は華道の家元の御免状があるので、やはり、花などを見るとアレンジしたくなります。あまり上出来ではありませんが、カーネーションとスターチス、と赤い実の入ったものが私の作品です。光の反射でうまく写真が撮れませんでした(汗)。

次に5名の患者さんのお話をお聞きしました。一番自分の中でグッときたのは脱毛症の患者さんのお話。「鏡を見るのが嫌だった、辛かった」という言葉に思わず共感。私の外見の変化は3~5年のスパンだったので、彼女に比べたらゆっくりしたものだったかもしれませんが、それでも「アクロメガリーです」と言われたときは本当にショックで、鏡を見るのが辛かったのを覚えています。彼女の場合はカツラ代をめぐるご両親との関係での苦悩をお話されていましたが、私も医療費(特にサンドスタチンLAR)をめぐって父には「早く死んじまえ」「こんな金のかかる病気で、よくのほほんと生きていられるな!」と言われた事があるので、ここでも共感。やっぱり状況こそ違えど、似たような苦悩を体験されている方はいらっしゃるんだな、と思いました。

と、こんな感じで日本のRDDは進みましたが、海外でも盛り上がったようです。特にアクロの患者会のウェイン・ブラウン氏はとうとう新聞にも登場。(英語です)

オーファンドラッグ問題、保険の問題(これ、私も米国で泣かされたので他人事ではない問題です)、孤立感・孤独といった問題を主に挙げております。
If you have a friend or family member who has a disease you have never heard of, be supportive. (友達や家族が あなたが今まで聞いたことも無いような病気になった場合はサポートしてあげて下さい)
 と述べています。私は不幸にも父親に「金がかかるし、もういい年なんだから、普通に仕事できないなら死ね。」と何度も言われてきたので、このウェインの言葉の重みが分かります。私のサポートは家族ではなく、このウェインや彼が作った患者会、 お医者さん、看護師さん、友人、教会でした。なので、私もウェインの言葉をそのまま皆さんに伝える、という形で今日の投稿を締めさせていただきます。

希少疾病と共に生きる、ということは闘病自体の苦しみだけでなく孤独感を伴います。周囲でそういった方がいらっしゃったら是非、何らかの形で力になってあげて下さい。話を聞いてあげるだけ、横に一緒にいてあげるだけでもいいんです。是非、サポートしてあげて下さい。