2010年2月5日金曜日

うつがヤバイ!!!

辛い疲労感との闘い-2008年の未遂後から

どうして私は慢性疾患を持っていることをこんなにも辛く感じてしまうんでしょうか?一番はやはり疲労感だと思います。バイタリティーが続かない、ということにまだきちんと対処できていないんですよね、きっと。今までアメリカで徹夜でレポートを仕上げたりデータ分析をしたりしてきましたが、それに対して何一つ苦痛を感じませんでした。むしろ、徹夜した翌日は実に爽やかに朝を迎えていたように覚えています。徹夜で論文を読破するのが趣味だったりしました。「あなたは特殊だよ」とよく院生に言われながら、学部生のくせに研究室にこもっていました。あの頃の私はまさに「仕事人間」。そんな自分が実は好きでした。

それなのに、今は少し仕事をすると直ぐに疲れてしまうんです。こんなにいつも疲れた状態だと生きがいも何もありません。唯一の生きがいは海外の患者会での執筆活動。このプロジェクトが終わるまでは死ねません!!(マジです)また、こんな状態で生きている理由は、周囲の人々に助けられ、励まされ、支えられているからです。(あと、クリスチャン的な理由も挙げれば、「神様が私に命を授けてくださったから。」「神様が私と共に歩んで下さるから。」というのがあります。)

正直、私は女子医大の内分泌内科の肥塚先生に診ていただく、といったことがなければ、とうにこの世に存在していない存在なので、そんな先生に恩返しをする意味でもなんとか生きていこう!と2008年の9月(私が最後に自殺未遂を図った後)に決心したわけです。私の命を間接的であれ救って下さった 肥塚先生にはどんな言葉を使っても御礼できないほど感謝しています。常に「あぁ、あの時本当に(自殺が)成功していたらこんな苦しみはなかったのに。」と思うこともよくあります。しかし、あの時本当に「するべきこと」をし、ベッドから立ち上がったとたん、床にドタン!と倒れたまま数時間後、起き上がることが2度となかったら、どうなっていたのでしょう?(まぁ、1ヶ月分の処方薬全てに溜めていた処方せん薬数種類、プラスアルコールで簡単に死ねるわけは無いのですが、今考えるとERで苦しくても処置を受けるべきだったかも、と少し後悔しています。40時間ぐらい寝たっきりで起きた時には低血圧で這うのがやっと。体中がピリピリしました。それでも家族は何もしてくれませんでした。)
  • 友人との交流、共に生きてゆくことに対して挑戦すること
  • 肥塚先生との毎月の楽しい診療(はっきり言って、これがあるからこそ、毎日なんとか生きていられるのです)
  • 看護師さんたちの暖かいケア
  • 間脳下垂体疾患が特定疾患になった喜び
  • 営業先でお会いする看護師さん、技師さん、お医者さん、栄養士さんといった方々との貴重な対話
  • 営業先での患者さんや患者さんのご家族との対話(よく患者さんに呼び止められます。仕事にはなっていませんが、彼らが他人である私に病人としての悩みを打ち明けてくださると、私としてもなんだか嬉しいです。)
  • 下垂体患者の会の方々との交流
  • 身体的、精神的虐待を行った両親の秘められた愛を感じる瞬間(私は愛されていない存在だと思っていました。)
  • 海外の患者会を通しての素敵な出会いの数々
  • 自分とは異なる難病(特定疾患)と共に頑張って生きている祖母を本当の意味で理解する機会
  • うつでひどく苦しんでいる友人、またはうつの親をもつ友人に寄り添ってあげること
  • 自分が正社員になることに対する喜び
あの時、この世を去ってしまっていたら、こういったことは決して経験することはなかったでしょう。 そういった意味でもやっぱりあの時死ねなくて良かったのかな、と思っています。それにしても、あの未遂のあと、1番最初に口にした名前が神様ではなくて「肥塚先生」だった、というのはなんとも不思議です。私はてっきり親友の名前を口にするかと思っていました(汗)。

今、私はひどいうつ症状に悩まされています。やっぱり、一番最初に頭に浮かんでしまうのが肥塚先生。「あの方だけは裏切ってはいけない。何があっても私は肥塚先生の救って下さった命を生ききらないと!」と思うんです。電車のホームで足が前方に進む瞬間、または数々の薬を誤った目的のためにテーブルに並べるとき、実に様々な方が頭に浮かんできます。
  • 肥塚先生(現在の私の内分泌内科医)
  • O先生(精神科医)
  • 女子医大の看護師の皆さん
  • Dr.S(私の下垂体手術で脳下と共に執刀した耳鼻咽頭科の外科医)
  • Dr.Y(ミシガンで私に告知した神経眼科医)
  • インディアナで未遂直前に私を保護したMerridianのスタッフ
  • 友人の笑顔
  • サルコイドーシスと闘う祖母
  • 牧師さん
このうちの誰が私の死を望んでいるでしょうか?なんだか簡単に死んではいけない、と思う今日この頃。明日、整形外科(足の痛み)のあと時間があれば、精神科の予約外でも行ってこようかな、と思っています。予防措置をとらないと!急激に回復しては自殺を計画する、という負の螺旋にいつも巻き込まれて抜け出せていないんです。

それだけでも辛いのに、そこに先端巨大症、慢性頭痛とかわけの分からないものが加わると「もう終わりにしたい」とつい、投げやりになってしまいます。それで、苦痛に耐えられずについ赤ワインを1人で1本(750mL)2時間以内には空けてしまう、というひどいことをしてしまうわけです(クリスチャンとして最低です)。心理を勉強していたので、飲酒はさらにうつを悪化させる、というのは百も承知でありながら、やってしまうんです。

それにしても、どうして急激に良くなると、私のうつって急激に悪化もするのでしょう?不思議です。生きたくても生きられない人もいることを仕事柄よく知っているので、さらに罪悪感が募ります。あぁ、自分ってだめな人間だなぁ。

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