2010年2月27日土曜日

明日はRare Disease Day!!

前にも投稿させていただいた内容ですが。。。
明日、2月28日(日)は東京マラソンもありますがRare Disease Day(世界希少・難治性疾患の日)です。

既にアメリカではこのイベントの特集番組も組まれており、ニューヨーク州西部ではWKBW(7チャンネル)でアクロメガリー・コミュニティー及びアクロメガリー・サポート・グループの代表理事、ウェイン・ブラウン氏が登場しております。

WKBWによるとアクロメガリーは100万人に3人の疾病率とのこと。ウェインは番組の中で、アクロメガリーと診断された時の心境を次のように語っています。「僕は孤立感を感じたよ。誰も僕と同じような人は回りにいないし、同じような症状を訴えるような人もいなかったんだ。」


私も全く同じような心境でした。この孤独感、アクロメガリー特有の辛さ、不安感。こういったものをぶつける相手も居ない。そんな苦悩の中、思ったことは、「私はこれからどうなるの?同じ病を持つ仲間はどこにいるの?誰にこの掴みどころのない不安を打ち明ければ分かってもらえるの?こんなにお金のかかる病気で私は本当に生きていていいの?どうして手術後の薬物治療は痛い注射しかないの?健常者のようなスタミナ無しに私はどう仕事をして、どう生きていけばいいの?」

アクロメガリー(先端巨大症)は希少疾病で且つ難治性疾患です。
闘病生活は人それぞれかと思いますが、私やウェインのように自分だけ孤立した存在のような感覚を持っているアクロの患者さんもいらっしゃるのではないでしょうか?「難治性」というだけでも辛いのに、そこに「希少疾病」という要素が加わるとさらに患者さんの心の荷は重くなりがちです。

そんな私たちの存在、思いを共有しに是非、Rare Disease Dayに足を運んでください。


Rere Disease Day 2010 「世界希少・難治性疾患の日」
東京ミッドタウン ホールB (最寄り駅:六本木)
2010年2月28日(日) 12:00~17:00
http://www.rarediseaseday.jp/


あまりの食欲不振に流動食始める


月曜に総合外来棟で倒れた背景
流動食「ラコール」始める
アメリカでの流動食事情と日本との違い

2月25日(木)に神経精神科、および内分泌内科の外来がありました。

神経精神科では、私が月曜日に総合外来棟で倒れてしまった件をお伝えすると、栄養剤(つまり流動食)を処方されました。あの外来棟での件ですが、実は原因が「低血糖」「脱水」といったものだったんですね。理由は単純。「食べていないから」

なんで食べないの?と内分泌内科の当番医に尋ねられました。あの時ほど「今日が月曜ではなくて肥塚先生のいらっしゃる日であれば!」と思った瞬間はありません。初対面の先生に本当のことを言えず、でも嘘もつけず、しばし黙ってしまいました。ただ、無気力で食べる気がしない、とはお伝えしました。あの私の挙動不審ぶりできっと「あぁ、この子、拒食症だな。」とはバレた可能性は非常に高いですが。(実は肥塚先生にも詳しくはお話したことはないんです。でも、肥塚先生になら本当のことをきちんと話せたように思います。ご対応して下さったM先生、本当にごめんなさい!)

看護師のJさんには本当のことをお伝えしておきました。以上が理由です。
  • ストラテラが当初1日20mgだったのが75mgに増えた。この薬の主な副作用の1つが「食欲不振」である。
  • うつと疲労で無気力のため食欲不振である。
  • 元々、摂食障害を持っているため、普通の食べ方ができず、現在拒食傾向にある。
 この経緯を精神科のO先生にお話すると、「流動食、出してあげようか?」と言われました。私はすぐに「よろしくお願いします」とお願いしました。今回は「ラコール」という栄養剤でバナナ味です。この件については後ほどゆっくりお話いたします。

私はアメリカに住んでいた頃、特に術後に体重が激減してスタミナが持たなくなった頃、よくEnsure(エンシュア)Boost(ブースト)を飲んでいました。いずれも栄養剤で、日本と違ってOTCでした。しかも、実に様々なフレーバーやニーズに合った製品があって本当に重宝しました。タンパク質の多いものや、糖質の少ないもの、エネルギー量の多いものなど、その時その時に応じて選べたので本当に助かりました。1人暮らしの私にとってEnsureやBoost無しの療養生活なんて考えられませんでした。

個人的にはEnsureの方が滑らかな舌触りで好きだったのですが(特にバターピーカンとバニラが好きでよく箱買いしていました)、サンドスタチンLARのPAPにノバルティスのご好意で受理されてからはノバルティス社のBoostを盛んに購入するようになりました。ただ、Boostはちょっと粉っぽい舌触りだったかな。でも、Boostのストロベリー味はかなりグッドでした。

なぜに日本では栄養剤は「処方箋薬」?

日本に帰国してからというもの、私はEnsureやBoostを薬局に探しに行ったりしたのですが、無いんです!ネットで調べて初めて知ったのは「栄養剤は処方箋がないとダメ」ということ。 「変なの!滋養強壮剤やサプリは普通に購入できるのに、どうして栄養剤は食事なのに処方箋が必要なんだろう??」と不思議に思っています。

エンシュアについて(Boostについてもちょこっと)

Ensureは日本にもエンシュア・リキッドというものが存在するのですが、種類がアメリカのように様々なニーズに応えられるものでは無い、ということがまず残念な点です。普通のエンシュア・リキッドとエンシュアH(高カロリー)しかないんです。これも一重に「処方箋薬」の扱いとなっているからあまり種類もでないのでしょうか?本国アメリカではEnsure(通常品)、Ensure Plus(高カロリー)、Ensure High Protein(高タンパク質)、Eusure High Calcium(高カルシウム)と種類も豊富でした。

さらに残念なのが、日本品は味にバリエーションがあまり無いこと。私の大好きだったバター・ピーカンは日本には無く、しかもフレーバーはリキッド、Hに各3種類のみ。アメリカのは、Ensureは6種類、Plusは5種類、Proteinが5種類、Calciumが2種類と非常に豊富なバリエーションです。「味に飽きる」ということはほぼ皆無でした。

 また、日本では形状が缶なので、アメリカでの細長いプラスチックに比べて重いですし、かさばるのも難点だと思いました。

さらに、もっと残念だったのが、ノバルティスのBoostは日本では販売していない、とのこと。Boostは糖尿病用や子供用もあり、血糖値が高めの時には本当に重宝しました。まぁ、Ensureに比べれば各フレーバー3~4種類だったので(通常のBoostのみ4種類でした)味でいったら絶対にEnsureのほうが選択肢がありましたけどね。

あと、EnsureとBoost両者に共通するのは、パッケージが日本のものよりも洗練されていて、美味しそう!と思わせるような絵が入っていたところです。日本品はいかにも「薬」といった感じで、見ていても面白みがありません。

今回処方されたラコールについて

今回O先生が処方して下さったラコールですが、これはバニラ、コーヒー、バナナの3種類のフレーバー。私はコーヒーが好きなので、そのコーヒーと栄養剤を結び付けたくなかったのでバニラかバナナがいいなぁ、と思い今回はバナナを選びました。

私は本当はエンシュア・リキッドのバニラがよかったのですが、O先生は「ラコールは日本人の食生活に一番合っているんですよ。エンシュアは西洋人向けといった感じですね。」というご説明があったので、「まぁ、今まで試したことのないものを試すのも悪くないか」と思って私は快くラコールで承諾しました。

そんな背景のもと始めたラコール、今のところ不満だらけです。
まず、調剤薬局でショック。今まで缶状のものやボトル状のものしか飲んだことが無かった私にはこのラコールの形状にびっくり!


なんとパウチなんです。なんて面倒くさいのでしょう!これを持ち運んだにしてもそこからそのままは飲めません。まぁ、ストローでも持ち運ぶしかないのでしょうか?「コップに移し変えて下さいね」と薬剤師さん。ただでさえ鬱で無気力な患者がそんな面倒なことをするか~!と若干キレてしまいました。ストローでも大量買いしてこようかな。
  • コップに注ぐのが面倒
  • コップに注いだらそのコップを洗わなくてはならない
お手洗いに行くのもすでに面倒になっている無気力状態のうつ病患者には辛い試練です。

味はEnsureやBoostと比べるとかなりあっさり。はっきり言って「食べたなぁ」という感覚が皆無。というか薄すぎます。EnsureとBoostは確かに若干油っぽい感じでしたが、それでも「食事したなぁ」という感覚があり、そのまま快眠できました。

さらに、ここからが一番の問題となってくるのですが、まず、ラコールだとEnsureやBoostの際には無かったお腹の違和感を感じるんです。なんだかお腹がゆっくりと焼けていくような、そんな感じ。ブランデーをそのまま飲んだときの感覚に少し似ています。

私も医療機器メーカーに勤めているので(現在休職中ですが)「エンシュアだと下痢してしまう患者さんが多いけど、ラコールに変えたら減ったのよ」という話を営業先で聞くことが多いんです。しかし、私はその正反対で、どうもラコールが合わないようです。今2日目ですが、ゆっくり飲んでもやはりお腹が焼ける感覚は無くなりません。そのうちにお腹が痛くなってきます。体がカッカと熱くなってきます。顔が痒くなってきます。喉がイガイガします。(これってもしかして何かのアレルギー??)

よく考えたら、私は一般的な日本人ではないんですよね。子供の頃から和食にはあまり馴染みがなく、アメリカには7年いたわけで、帰国後も洋食のほうが多かった。しかも、なぜか和食を食べるとほぼ確実に胃酸に悩まされるという体質なので、そう考えると私は「西洋人向けのエンシュア」にして貰ったほうが良かったんだと思います。

たかが栄養剤、されど栄養剤。なんだか怖くなってきました。
あと、もう1つ問題点は、ラコールを飲むと過食嘔吐をしたくなり、それを抑えるのにさらに自傷行為、ODが酷くなるんです。何が問題なのか分からないのですが、私の場合、ラコールを飲むと衝動性が高まります。こういった問題はEnsureでもBoostでも一切起きませんでした。なんだか怖いです。

昨晩に至っては我慢できず、過食嘔吐した後、際限なく自傷行為を繰り返し(初めて首なんて切りつけました)、挙句の果てにはODまでしてしまい散々でした。(きちんと精神科医には電話で報告したのでご心配なく。胃洗浄は不必要な量のODでした。)

考えてみると、私は体質的に和食が合わないんですよね。女子医大で検査入院中も和食の出た日は必ずお腹が痛くなっていました。原因は不明です。次回、この件についてはO先生、および栄養士さんに相談してみたいと思っています。

2010年2月23日火曜日

特定疾患-課題まだまだ残る(サンドスタチンについて)

まずは日記から。(興味ない方は★印までスクロールダウンして下さい)

自宅療養、6日目に突入しました。
まだ生存しております(苦笑)。若干ジョークにならないところが辛いところではあります。
昨日、精神科のフォローアップの外来に行ってきました。
「焦燥感は減少、今日は穏やか」などとカルテに入力なさっていました。
「でも、まだ辛そうだね」とのこと。はい、確かに辛いです。

私の件がきっかけで肥塚先生とO先生、初めてお互いにお話なさったそうです。
精神科のO先生も肥塚先生のこと「肥塚先生ってすごーく偉い先生なのに、いつも患者さんのことを本当に熱心に考えていて、良い先生ですね。とても気さくな方ですし。」と仰っていました。ハハハ、肥塚先生もO先生のこと良い先生だって仰っていましたよ~。お二人とも本当に患者さん第一で、私は良い先生方に恵まれました。

「次、いつまでなら(自殺せずに)持ちそう?」の質問に対する私の回答。「どっちみち25日に予約がありますので、それまでは」と言いかけると「じゃあ、約束だよ。」 と先生。少し戸惑いながらも「はい」と私。言ったからには守らなくては!約束は約束です。

帰りに、「医療費支給申請書」と受け取りに総合外来棟の書類窓口へ。
会計を済ませた後、受付付近だったと思うのですが、なんだか気分が悪いなぁ、と感じ、しばらく椅子に座っていました。もう大丈夫、と思い立ち上がって歩き始めるとやはり何かおかしい。必死で近くの柱にもたれ掛かりましたが目の前が真っ暗。倒れてしまいました。でも、院内で良かった(ホッ)。速やかにケアルームに運ばれました。これが、帰りの電車の中だった、とか考えるとぞっとします。

それでは本題へ。
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特定疾患に晴れてなった喜びの陰に
サンドスタチンLARは下垂体疾患だけの薬ではない

昨日、女子医大で受け取った「医療費支給申請書」によると、今回、2009年10月1日まで遡って返金される額は272,310円。結構な金額です。このほとんどはサンドスタチンLARのお薬代。あぁ、良かった良かった、と喜んでいたのですが、なんだか素直に喜べていない自分がいます。

というのも、今回2009年10月に特定疾患になった11疾患の患者さんたちはいいですが、これ以外の患者さんの中にはまだまだ高額の医療費に押しつぶされそうになっている方もいらっしゃるんです。例えば、あるアイザックス症候群の患者さんで、医療費控除の確定申告にいったら2009年の医療費が150万円を超えていた、とか。私は1年では754,030円だったので、この方の場合、私の2倍は払っています。それなのに、アイザックス症候群は患者数が少ないため特定疾患にならないとのこと。

また、もう1つの例はもっと私たち先端巨大症患者にとっては身近なものですが、サンドスタチンLARについてです。(まぁ、アクロの場合、サンドが全てではなくて、ソマバートとかもありますけどね)今まで、このお薬代に私たちは泣かされ続けていたわけですが、この経済的負担が今回特定疾患になったおかげで非常に軽くなったわけです。

し か し
多発性内分泌腺腫症1型(よくMEN1と呼ばれますよね)の患者様からのメールを読んでいて「はっ?そんなのおかしいよ!そんな理不尽なことがあっていいの?」と思ってしまうことを知りました。サンドスタチンLARはご存知の通り、先端巨大症だけに使われる薬剤ではありません。添付文書にも消化管ホルモン産生腫瘍先端巨大症・下垂体性巨人症が対象となっています。

もっと詳しくご説明すると(添付文書からそのまま引用します。)
{効能又は効果}

1.下記疾患に伴う諸症状の改善
 消化管ホルモン産生腫瘍(VIP産生腫瘍、カルチノイド症候群の兆候を示すカルチノイド腫瘍、ガストリン産生腫瘍)

2.下記疾患における成長ホルモン、ソマトメジン-C分泌過剰状態及び諸症状の改善
先端巨大症・下垂体性巨人症(外科的処置、他剤による治療で効果が不十分な場合又は施行が困難な場合)

このうち、今回公費対象となるのは2、つまり私たちの疾患である「間脳下垂体機能障害」です。

ここまでくると、勘のいい読者の方は私が何を言わんとしているか、ご察しかと思われますが、1の場合は公費対象ではないんです。

さらに、もっと理不尽なことがあるんです。(えっ、まだあるの?といったカンジでしょうか)

MENでは実に様々なホルモン産生腫瘍が消化管に発生します。その治療でサンドスタチンLARを使用している、というメンバーも海外患者会に数人いらっしゃり、たまに「サンドってMENにも結構きいていて良いカンジですよ~」といったコメントがあったりするんですが、なんと!日本では保険適応となるのはVIP産生腫瘍とガストリン産生腫瘍のみ!らしいのです。
すなわち、インスリノーマの治療にサンドスタチンを使った場合、
同じMENの患者でも全額自己負担となってしまいます。 (メール本文からそのまま引用)

私の意見をザックリと要約すれば次の2点です。
  • 「サンドスタチンという同じお薬、ましてこんなに高額な薬剤を使用しているのに、どうして下垂体疾患は助成でそれ以外は公費対象外なの?」 
  • 「海外で当然のようにMENに使われているサンドスタチンLARを日本ではVIP産生腫瘍とガストリン産生腫瘍しか対象ではない、ってどういうドラッグラグよ?」
某病院のある先生の言葉を借りれば「私、物とか投げつけたくなっちゃうわよ!」という心境です。

今回、私は公費対象になりました。しかし、こういった理不尽な境遇に置かれた患者さんはまだまだいらっしゃるのです。 こういった方々の声をもっともっと多くの人々、特に厚労省など政府関係者の方々に届くといいなぁ、と思って、療養中にもかかわらず熱弁を奮ってしまいました。(汗)

まだ、疲労が酷いのでまたしばらく寝ます。それでは皆さん、良い一日を!

2010年2月20日土曜日

Rare Disease Day がようやく日本でも実現!!!

今年は私も参加!

去年、Facebook 上の Acromegaly Support Group で「2月28日の Rare Disease Day、何する?」といった話題で持ちきりで、私は寂しい思いをしたのを覚えております。冗談抜きで「一人で駅前でやってしまおうかしら?」と思ったぐらいです。

Rare Disease Day 世界希少・難治性疾患の日と日本語では呼ばれるそうです。今年からようやく日本もこのイベントに仲間入り!療養中の身とはいえ、是非参加させていただきたいと思います。

場所:東京ミッドタウン ホールB
日程:2010年2月28日(日) 12:00~17:00

去年のオーストラリアでのこのイベントの模様を海外患者会Fさんの写真で拝見させていただきましたが、非常に楽しそうでした。自分たちの疾病のTシャツをプリントして身に着けたり、派手なフェイス・ペイントを楽しんでいるグループがいたり、本当に大盛況だったようです。

「楽しそうだなぁ。いいなぁ。私一人の力ではどうにもならないけど、下垂会に呼びかけたら実現できるかしら?」などとぼやいていたら、JPA勉強会で今年は日本も参加する、ということを知ってもうウキウキしています。こんな自殺願望の強い患者でも28日までは何とか生きて、待ちに待った Rare Disease Day を満喫しなくては!と思っております。当日、心身ともに調子が良いといいなぁ。

私のサンドスタチンLAR投薬が25日だから若干心配ですが、這ってでも行きたいです!
希少疾病のこと、私たち患者の存在、そして私たちの思いを知ってほしいです。
(とは言っても日本語で、となると私も奥手になってしまいます。特に今、うつが酷いので頭が回らず、自分の考えが英語になってしまっているので、精神療法に苦労しています。)


因みに、医療・医学ニュースによると先端巨大症は
  • 日本での有病患者数は約6,500人
  • このうち治療を継続しているのは約1,100人
と推定されているようです。

2010年2月19日金曜日

海外患者会での私

アクロメガリー・コミュニティーは米国ニューヨーク州のバッファロー在住のウェイン・ブラウン氏によって設立された世界規模の先端巨大症の患者会です。共通語は英語。でも、英語圏以外、たとえばスウェーデンやフランスの患者さんも積極的に参加しています。この患者会のいいところは世界規模だけあって、やはり人数が多いこと。希少疾病を持つ患者としては仲間が多い、というのは嬉しい事です。

また、私は自分の感情を表現する方法を英語で学んだので、やはり英語の方が違和感なく様々な感情を表現できるので助かっています。日本語だとなんだかやっぱり難しい。(でも、日本語は美しい表現のできる言語ですよね。優しい言葉がより心に沁みてきます。)

この患者会とFacebook上のアクロメガリー・サポート・グループは繋がっているんですが、アクロメガリー・コミュニティーのいいところは、病気の情報が充実していることでしょうか?実は、私はどちらのグループでも唯一の日本人メンバーなんです。

また、私のアイデンティティーをご存知の読者の方でもさすがにこれは知らないかも、と思ってちょっとここで1つご紹介。このアクロメガリー・コミュニティーの写真のページをスクロールダウンしていくとアジア人の女の子が一人います。これが誰だか、ご存知でない方にはご想像にお任せいたします。

あと、もう1つ。以前に当ブログで Tumors Suck Day についてご紹介させていただいたことがありましたが、私たちは腫瘍と何らかの形で闘っている、または闘った人達を Mass Kickers と呼んでいます。わたしもそんなマス・キッカーの一人で恐縮にも理事のエリック・ガルベズ氏に写真を貸して欲しい、とのご依頼を受け、ビデオに登場しています。まだ、療養中の時の写真なので、ノーメイクで髪の毛がセッティングされておらず、パジャマ姿です(2:30あたりで登場します)。


Find more videos like this on Survivor Celebration - Inspiring and Empowering Cancer Survivors

このビデオ、最初はアクロ患者の間では特に反響がなかったのですが、例のブラウン氏に見つかってしまい、アクロメガリー・サポート・グループの知るところとなってしまったわけです。でも、写真だけでよかった~。

2010年2月18日木曜日

摂食障害と先端巨大症

沢山の方からのメール、Facebookへのメッセージ、中にはお手紙を送ってくださる方々までいらっしゃって、感謝の気持ちで一杯です。一人ひとりへのお返事は返せていませんが、この場を借りて感謝させていただきたいと思います。(なお、ここからはこのブログをGoogle翻訳ソフトで読んでいる読者の方へのメッセージです。Thank you all for your kind words to sooth my feelings.  I have been so depressed and fatigued for so long, and here we go, I finally got the rest I needed.  Without your support, I cannot  imagine myself being alive today even.  Again, I really appreciate your support and love.)
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自宅療養第一日目
摂食障害を抱えながらのアクロ闘病は厳しい?

今日は自宅療養第一日目でしたが、やはり厳しいですね(汗)。一日、朝っぱらから安定剤に頼って「寝逃げ」をしてしまいました。辛い気持ちにまだ向き合えないようです。その間、女子医大から着信が入っていたので若干どなたからだったのか気になりますが、おそらく書類の窓口からでしょう。(先生方だったらE-Mailを同時に入れて下さるので)

それにしても、アメリカでもやりましたが、自宅療養って厳しいですね。疲労が酷いのと、もともと摂食障害がベースにあるので食べるのにまず苦戦しています。というか、食べることができていません。少なくともオートミールぐらいは食べようかしら。今日、口に入れたものといったら野菜ジュースと薬ぐらい。夜ぐらい何か食べようかな、と考えています。

アメリカで自宅療養したときも、とにかく痩せました。摂食障害に関しては、私はもう諦めが入っていたので、若干投げやりに肥塚先生に「摂食障害って本当に治るんですか?」と訊いたんです。 そしたら「治りますよ」という回答。もう、私も長いです。10年以上闘っています。摂食障害の主症状がなくなるとうつ病や自傷が酷くなる、という悪循環を繰り返しており、気づいたらもう10年以上になってしまいました。

まぁ、それは元より、本題に入りたいと思いますが、海外の患者会で呼びかけたのですが、私のようにうつ病を伴うアクロ患者は何名かいらっしゃるのですが、摂食障害を伴う、となると、今のところ私だけです。実は私はこの結果には驚いています。

先端巨大症の患者さんはボディー・イメージに問題を持つ可能性が健常者に比べて高い、という報告があります。確かにアクロになると外見が変わるので無理もありません。特に、アクロの場合、全体的に大きくなる、という要素があるので、女性の場合は特にダイエットなどに駆り立てられやすいのかな、と思っていました。しかし、蓋を開けてみるとそういった患者さんってあまりいないんですね。なんだか意外でした。私はアクロの診断を受けてから摂食障害と自傷がエスカレートしたパターンです。「自分は醜い」という思いがより強くなり、それで精神的にさらにまいってしまったんです。精神科のお世話になったのは下垂体手術の後が初めてでした。

アクロ人口が少ないからなんとも言えないのかも知れませんが、摂食障害がベースにある方が先端巨大症になると結構面倒なことに発展しやすいのでは、と勝手に仮定しております。あくまでも素人意見ですが、皆様、いかがお考えでしょうか?

2010年2月17日水曜日

木曜から自宅療養決定

危機一髪-今日死んでいたかもしれない。。。
木曜日から自宅療養
診断書、肥塚先生に書いていただく
これからどうしよう?

前回の投稿の後、励まし(というか「無理しないで」という内容)などの温かいメッセージを下さった方々に本当に感謝いたします。どれだけこの一つ一つの言葉が支えになったことか、言葉には言い表せません。

数人の友人とも電話で話したのですが、皆、私がここまで無理に無理を重ねてきたことに驚いておりました。私はどうも、引き際を知らないようです(苦笑)。会社でも「仕事なんかよりも体の方が大事だよ」とこっそり耳打ちして下さる方もいらっしゃいます。友人も口々に「そんなことになっているならもう長期休暇をとった方がいいよ。」「私は前からオレンジが大丈夫なのか心配だったんだよ。もう診断書出してもらって休みなよ。」「これ以上続けて本当に大丈夫なのか心配。」と言われました。2人からは「お願いだから明日からもう休んで。」と懇願されてしまいました。

私、そんなに無理していたんだ・・・。」毎日、本当に疲労困憊の体を引きずるように歩いて、でも人前では精一杯元気に振舞って、それで、陰で常に自殺を計画している。そうでなければ自傷や病的な摂食行動に走る。アルコールに手を染める。笑顔の後ろ側は本当に悲惨で、まさに「孤独な道化師」のように感じてきました。

客観的に自分を見てみると、確かに「この患者、よくここまで生きてきたなぁ。あと何日、いや、あと何時間持つかな?」と考えてしまいました。

今朝は本当に危なかったです。もう私もいよいよか、と思いました。例によって通過列車を見て「エイ!!」となりそうだった時、一瞬思いとどまったかと思うとその場にヘナヘナとしゃがみこんでしまいました。「もうだめだ。」と思いました。会社の裏口付近で肥塚先生に電話。「お願い、先生、もう一度私を救って!!。」悲願しながら、悪いのは分かっていても院内PHSに電話。タイミングは確かに悪かったのですが、「12時にいらっしゃい」と仰って下さいました。先生も今日は初診で忙しいんでしょうに、こんな「死にたい病」の患者に付き合わなくてはならないなんて、と考えると本当に申し訳なくなってしまい、シュンとしてしまいました。

 「とりあえず、何が何でも今日はちゃんと生きた姿で先生にお会いしよう。」と思い、なんとか自傷、拒食でその場を乗り切り、なんとか病院にたどり付きました。自傷した場所の痛みがなんだか安定剤代わりになって少しは落ち着きました。

肥塚先生に診断書を書いていただいたとき、思わず涙が出てしまいました。いろいろな思いが一気に押し寄せてきてどうすることもできませんでした。(近頃、なんだかよく泣いている気がします)
  • 「仕事を休むなんて無能な人間だ」
  • 「こんなに先生の手を焼かせていて『死にたい』なんて私ってなんて最低な患者なんだろう」
  • 「先生、ごめんなさい」
  • 「本当に私は良くなるのかしら」
  • 「先生だって大変なのに、こんなことを依頼する私って最低」
  • 「こんな私の相手をしてくださる先生の思いやりが嬉しくてたまらない」
私が泣いているのを見て、肥塚先生、一体何を思っていたのでしょう?若干、困惑したのではないでしょうか?それとも、こんな患者、ざらにいるのでしょうか?

先生は精神科の私の担当医とは一通りお話したようです。どこまでお話したのか、またどこまで私のカルテを読んでいらっしゃったのかは定かではありませんが、かなり把握していそうな気がしました。もう、隠すことは何も無いや、と思って、私はあの忌々しい2008年8月29日の未遂事件の話を少しだけしました。「先生が私を救ってくださったのはこれで2回目なんですよ。」と切り出しました。「私、2008年に未遂したんです。ODしたんですけど、肥塚先生のことを考えたらなんだか途中で止められたんです。それで今の私があるんです。」みたいなことを言いました。かなり驚いている様子でした。

なんだか今日の肥塚先生はいつも以上に、相当気を遣っているように感じました。私がテンションがどん底なのを気遣ってでしょうか。私は深刻な肥塚先生ってなんだか肥塚先生らしくないよなぁ、と思いましたがそれでも、いつもの肥塚先生のノリにはついていける自信はありませんでした。ですから、先生のお気遣いには非常に感謝しております。

あの後、なんとかサンドイッチ1つならお腹に入れることができたので、それをお昼にしてから会社に戻り、上司に相談しました。水曜日に先輩に申し送りをし、木曜日から1ヶ月の自宅療養に入ります。1ヶ月で果たして良くなれるか分かりません。私の精神疾患は数もあり過ぎて手に負えません。摂食障害も今の体重だともう治療対象スレスレ。自傷の話はしたことないですが、今エスカレート中。すでに癖になっているので「気づいたら爪が血だらけ」といった状態。近頃はぬいぐるみを抱えて寝る、という異常ぶり。未だに虐待されている夢を見たり、もう、メンヘラとでもなんでも呼んでください、という感じまで進んでいます。1ヶ月療養期間が与えられたから、この際、精神科の先生に腹を割って自傷のこととかも話そうか悩んでいます。

とりあえず、ひとつひとつの課題を乗り越えていくしかないですよね。自分のペースでゆっくりやっていこうと思います。木曜からはゆっくりお休みします。

皆さん、いつも温かい応援、ありがとうございます。ここに様々な私の思いを書くだけでも癒しになっているのですが、皆さんの言葉でさらに癒されます。I really appreciate it!!

2010年2月16日火曜日

もう限界!!

昨日はJPAの勉強会に参加させていただきました。
調子が心身ともに非常に不安定だったので事前申し込みをしていなかったのですが、快く参加させていただけました。会場に着いたときは心身の疲労感がマックスで、「やっぱり帰ろうかしら?」と迷いましたが、最後まで無事に参加できてよかったと思います。海外の患者会のメンバーの数人に「こんなトピックの勉強会でした」とだけ報告しました。先方は私が心身ヤられているのを知っているせいか、それ以上は要求してきませんでした。

昨日(月曜日)は18時40分に帰宅した後、疲労で朝の1時半まで寝てしまいました(汗)。
なんだか特に消耗した1日でした。
それでも私はまだ生きていますよ~!!
(自分でもビックリです。あの心理状態で1週間、よく持ち越したなぁ。)
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診断書の準備が必要に
精神科外来に通院
内分泌起因のうつである可能性あり

今朝も相変わらず調子が良くなく、「死にたい度」が高かったので精神科の担当医に電話し、診ていただくことになりました。その際、ODのために溜めておいた薬も9割方持参して、先生に渡してしまおう、と決心。持っている限り、私は同じことを繰り返すに違いありません。

その電話のあと、ようやく会社で上司に長期休暇についてご相談させていただきました。時期が時期だったので(年度末)、非常に切り出しにくかったです。ただ、今の状態ではとてもではないですが仕事ができる、というかまず朝起き上がって何かをする、という感じではないんです。週末は1食も食べないで終わることもあります。食べる気力も出ないくらい疲労してしまっているんです。仕事で、たまたまお昼まで営業所にいるとき、お弁当を買ってきて皆で食べるのですが、私が食べられるのはせいぜい2/3から半分。以前は完食でした。周りも異変には気づいていたようです。実は昨日も何も食べないで結局終わりましたし、この1週間で5kg減りました。この先、不安ですが上司からは「とりあえず診断書を」とのことでした。

今日、どうしてもはずせない営業のアポイントが終わった後、女子医大に直行(というか会社からしたら「直帰」)。今回は涙こそ見せなかったものの、精神科のO先生は私の自殺願望と疲労が悪化しているのを感じたのでしょう。ダイレクトに「本当に死んだらだめだよ。ちゃんと生きて!!危なくなったら僕の約束を思い出して。」と何度もおっしゃっていました。駅のホームで通過列車が来るたびに挙動不審になる私。でも、私は「約束は守る」ほうなので、足が前に出ても「自殺しません」の約束を思い出し、なんとか持ち越しています。

また、ODのために溜めておいた薬を先生にお渡ししました。もうこれらの薬を誤った目的のために夜中1人でテーブルに並べることは2度と無いでしょう。私にとって、これらのお薬を先生に差し出す瞬間が本当に一大決心でした。この話題を持ち出さなければそのまま持って帰ることもできたのですが、「ODしません」「自殺しません」の約束を守るためにはこれは(先生にお渡しすること)どうしてもしなくてはいけないことだと、患者側の責任を感じたんです。 というより、正確には私の大きなSOSだったんだと思います。

話は主疾患(アクロ)になりましたが、近頃、GHとIGF-1の値は非常にいいんです。下がってきていて、成績としては抜群です。でも、わたしにはもしかしたら低すぎるのかしら?また、FT3が低いのも気になります。基準値はあくまでも基準値であって、「最適値」は個人差が当然ある、と思います。(素人意見)私のGHは治療前は300台から始まりました。 今の値は10前後だったり2を切るぐらいだったりとかなり変動しています。また、IGF-1もオペ後、700台だったので現在の200台はやはり私には厳しいのかな?などと素人ですが考えてしまうのです。私の精神科医も「体がもしかしたらその変化についていけていないんじゃないの」といったとをおっしゃっていました。(今回、はじめてO先生にサンドスタチンの手帳をお見せいたしました。どういうお薬なのかご理解いただけたようです。「これは辛いね」のひとことにホロリときてしまいました。ずっと心のどこかで誰かに言ってほしかったのかもしれません。

O先生によると、人間、疲労すると欝になり、自殺願望が出てくるそうです「とにかく休養が必要です」わたしが「1週間も休めば十分ですかね?」と聞くととんでもない!といった感じで「もっと長くなるかと思います。2-3ヶ月になるかもしれません。」ぎゃ~~!!「先生、そんなことしたら首が飛びそうですよ!」と申し上げると「医療系のメーカーでそんなことをしたら、女子医大を敵に回すようなものですよ。」とのこと。安心していいのかしら?非常に心配です。

診断書についてお尋ねすると、肥塚先生に書いてもらった方がいい、とおっしゃっておりました。うつによる疲労、というよりも内分泌系、少なくとも内科系だ、という印象をお持ちのようです。それでも、月曜日は肥塚先生は院内にいらっしゃらない日、火曜日は初診担当、一番早くて水曜日?正直、25日までは会社が待っていなそうな予感です。「早く結論を出せ」的なものを感じます。私も休むならもう、あさってからでも休暇に入りたいです。もう限界を通り越しています。営業先で逆に「大丈夫ですか?」「何かご病気されてません?」と言われることも多くなってきました。

お忙しいとは思いますが、肥塚先生、今週中にお会いしてくださるといいなぁ、と思っております。

なお、O先生も私も心配だったので1週間フォローアップになりました。I must put every effort to keep myself safe as much as possible.  I MUST LIVE!

2010年2月14日日曜日

どうしようもない精神的苦痛

2人の先生とのお約束
「ODしません」に苦戦中
自傷がエスカレート

海外の患者会の方々から特に多くのサポートを戴きながら、なんとか昨日も無事に終わりました。

2月25日(木)の神経精神科、及び内分泌内科の予約診療まで残り11日となりました。
こんなに悪戦苦闘した一ヶ月は2007年の12月以来です。あと11日、果たして私は持ち越せるでしょうか?

なんだか今回は本気で25日まで生きている自信が無かったので、非常に迷惑だろうな、と了承の上で肥塚先生まで巻き込んでしまいました(汗)。肥塚先生ともお約束したんです、「ODしません。自殺しません。なんとか生き延びます。」と。特定疾患の医療券の件で直接お礼を申し上げたくて;こんな情けない患者でゴメンナサイ、と謝りたくて;先生にもう一度お会いしたくて、それでもうちょっと頑張ろう、と思ってお約束した次第です。

いつも通勤に利用している京急線の通過列車って物凄いスピードなので、ホームで通過列車が来るたびに嫌な誘惑に駆られますが、精神科のO先生との約束と内分泌の肥塚先生との約束を思い出すことで、なんとか持ちこたえています。なお、精神不安定なので仕事での車の運転は自粛しています。

一番難しい、「ODしません」の部分は情けないのですが、実は既に完璧には守れていません。突発的にメイラックスを3~4倍量飲んでしまったりしています。プロメタジンも必要ないのに飲んでみたり、なんだかひどいことになっています。いずれも臨床でよくある処方の範囲内の量なので悪影響はないかと思います。しかし、今までの経験上、これがエスカレートしてひどいODとなるので、そろそろブレーキを掛けなくてはならない状況にあります。どのタイミングで精神科に電話するべきなのか迷っています。とりあえず25日に精神科の先生に、今までに溜めた薬を全て差し出すことを検討中です。クロナゼパム、チザニジン(前回の未遂に使った残り)は先週、廃棄することができたのですが、他の薬はまだです。

あと、ODを我慢している傍ら自傷がエスカレートしており、先日は後頭部の頭皮をザッと切ってしまって血まみれにしてしまいました。 タートルネックの首の部分が血まみれになり、なんとも気味の悪いことになっていました。なんだかあの血を見たとき、私の中で全てが崩れかけているような気がしました。

もう苦しくて苦しくて仕方がない状態です。でも2人の先生とお約束した以上、なんとかして生きないと!でも、身辺整理をしている自分を客観的に見ると「この患者を放っておいたら、あと何日持つかな?」と考えてしまうんです。

アメリカでは「死にたい」と思ったときがERに行く時。でも日本ではどのタイミングで駆け込んでよいのか分かりません。

「もう諦めてもいいかなぁ。お手紙だけ先生方に残してこの世を去ってしまってもいいかしら。」とネガティブなムードで聖書を何気無く開くと次の御言葉が!
今泣いている人々は、幸いである、あなた方は笑うようになる。(ルカによる福音書6:21)
今の私にあまりにも適切な御言葉だったので、しばし固まってしまいました。
とりあえず、今日1日だけでも頑張ってみよう、と思います。

2010年2月13日土曜日

サンドスタチンLAR-女性患者独特の試練

今日は本来、出勤日ですが、もう心身限界極限なので昨日、「通院」を理由に欠勤の承認願を出し、お休みをいただきました。あの時は、まんざら「通院」も嘘ではなく、精神科の予約外に行こう、と思っていたのです。しかし、今日になって思いのほか倦怠感と自殺願望がひどく、結局行けず仕舞いで、一日寝込んでいました。病院って本当に行きたいときにはなかなか行けないものですね(苦笑)

朝から何も飲まず食わずだったので、夕方5時半頃にサンドイッチを食べ、朝の薬を一気に飲み込み、マグカップを片手に「窓際のトットちゃん」を一気に読みました。いい本ですねぇ。もっと早く読んでおきたかった、と思いました。

では、今日の本題に入りたいと思います。

月に1度の苦しみ VS 月に2度(またはダブル)の苦しみ

投薬の苦しみ&月経の苦しみ

サンドスタチンLARは添付文書によると4週間ごとに筋肉内注射によって投薬されるお薬です。このお薬の副作用には頭痛、疲労感、腹痛、といったものがあります。当然、個人差があって、人によっては投薬当日も翌日も全く問題なし、という患者さんもいらっしゃいます。私は疲労感は毎回、それに頭痛も服用前2日前から非ステロイド系消炎剤(NSAIDS)を服用をしないと、必ずある副作用です。腹痛は投薬当日に大体起こるので、近頃は当日、整腸剤を飲んでから通院します。

 ここまでは男性患者さんも女性患者さんも共通の悩みかと思います。ただ、ここから先が女性特有の問題です。私のようにまだ月経のある先端巨大症患者で、サンドスタチンLARの投薬のある患者の場合、月経という問題があります。

私の場合、月経は重い方なので女性として月に1回、月経に関わる諸症状に悩まされます。月経前症候群(PMS、というより日本ではあまり認識されていないPMSよりさらにひどいPMDDの域に達するレベルのひどいものです)、月経に伴う偏頭痛生理痛倦怠感、というものがそれに当たります。これがまず1つ。そして、これとは別にサンドスタチンLARによる副作用がもう1つ。つまり、女性患者の場合、月に2度、辛い時期を体験しなくてはならないのです。

私は男性ではないので分かりませんが、もしかしたら、男性患者さんにも特有の試練があるのかもしれません。しかし、女性患者として、月2度の、場合によってはダブルの(月経と同時期の投薬)苦しみは非常に苦痛に感じております。初めの頃は「これも慣れるでしょう」と思っていましたが、思いのほか私は個人的にうまく適応できておりません。これが、常に私が「具合悪い」と感じる理由です。主観的なQOLはかなり低く感じております。

サンド投薬中で月経のある他の女性患者さんはどのように対処しているのか、非常に興味があります。うまく対処できている方がいらしゃったら、是非、秘訣を伝授していただきたいものです。

2010年2月10日水曜日

今日も無事に終わりました♪

うつ症状で、また自殺願望で大変お騒がせしております。
今回、本当に皆様の思いやりが身に沁みました。

個人的なメール、メッセージ、そしてお祈りの甲斐あって、今日もこうして一日を終わらせることができました。あまり、何かを書く、というパワーが残っていないのですが、少なくともまだ私が無事であることだけお知らせしたくて投稿させていただきました。

今日は、本当にこの世のものとは思えないほどの疲労の中でも何とか朝から出勤できました。きちんと外回り(営業)もしてきました。ただ、これをいつまで続けられるか、と考えると不安になります。長期休暇の件、精神科で提案された時には「そんな非現実的なことを」と正直思いましたが、今は真剣に検討中です。

先週末からあまり食べていなかったので、またスーツがゆるくなっていたので昨日の夜は頑張って沢山食べましたよ。今日はあまり食欲がないので、病気になると食べたくなるオートミールを食べました。そうなんです、私はおかゆよりもオートミールの方が親しみがあるんです。しかも調理が電子レンジだから楽なので。まぁ、おかゆもオートミールも似たようなものですけどね。でも、オートミールの方が鉄分、食物繊維が多く含まれるので、そういった意味でも私はオートミール派です。

あとは、アメリカに長く居すぎたんでしょうね。冬の朝ごはんといったらホットシリアル(オートミールなど)というような考えの人間なので。ということで、明日も朝はオートミールの予定です。早くも体重は若干戻ってきていますよ。昨日の午前中、本当にやつれていましたから、体重が元に戻るのは良いことです。私の場合、うつが酷くなると体重があっという間に減ってしまうので注意しないと!

25日の診療日まではなんとか耐えて生き延びる、というのが私の短期目標です。

2010年2月9日火曜日

ようやく届いた医療券!!

今日はなんとか無事、午後出勤できました。
錠剤を飲み込むとき、ODの誘惑に駆られ(これは本気でニアミス状態でした。危ない、危ない)、電車を見ては飛び込みの誘惑に駆られましたが、今のところギリギリセーフ!
かろうじて生きています。

そんな一日が終わり、家に戻ってポストを開けると見慣れない封筒が入っていました。
胸が期待に踊ります。「もしかして…。」
差出人は東京都福祉保険局保険政策部!!!
「やった~~!」

エレベータの中で自分の部屋まで待てずに思わず封筒をベリベリと開けている途中で自分のフロア(笑)。部屋に入って封筒を開け終え、中身をみると、医療券医療費支給申請書兼口座振替依頼書が入っていました。「これが医療券か~。」

(加工して個人情報は伏せさせていただきました。)

 

私は非課税だったので「本人負担なし」の医療券でした。

これで、少しは私のうつも良くなるかしら?

2010年2月8日月曜日

通院-神経精神科/女子医大

なんだか、近頃、うつ病のことばかりここに書き込んでいて、肝心のアクロがお留守になってしまって申し訳ありません。
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ぎりぎりセーフ!
担当医の前で涙
最悪、長期休暇をとることも

ここ2~3週間、かなり精神的に危ない時期が続いていました。先週末、特に昨晩は本当にヤッてしまうかと思いました。メイラックス(安定剤)を服用して「とりあえず落ち着こう」「うつの時は大きな決断を延期したほうがいい、って言うものね。自殺も大きな決断には違いないし、できる限り、どんなに辛くてもこれだけは延期して病院に行かなくては。」とセルフ・トークをしていました。あんなに発狂してしまいそうになるほど死の誘惑に捕らわれたのは久しぶりでした。

朝、このまま会社に行ける気がしませんでした。たどり着く前に飛び込みをしそうでお休みを戴き、午前中はゆっくり休みました。なんだか「死にたい」という誘惑と闘うのに疲れて、すっかり消耗しきっていました。13時になってからとにかくその辺にあるものを着てノーメイクで家を出ました。(爆!うつ病の典型ですね。)

13時40分頃に到着、予約外のカードを診察券と共にファイルに入れて提出。待合室にいる時、思わず涙が出ていました。「ぎりぎりセーフ!」と自分で思いました。ちょっと遅かったら本当に取り返しのつかないことになっていたかもしれません。

10番診察室の方から私の先生の声が。「まさか、O先生が今日の予約外・外来担当ではないわよね?」この自分の悲惨な姿を先生に見られたくなかったので、なんだかソワソワ。

「○○さん、10番診察室にお入りください」
10番診察室は予約外・外来です。部屋の中を見ると、やはりそこにいらっしゃった当直当番医は私の担当医でした。なんとなく気まずかったのですが、同時に安心しました。他のお医者さんだと、今までの経過を1から10まで説明しなくてはならず、本当にその場凌ぎになりがちなんです。でも自分の担当医なら話が早いです。
「今日はどうしました?」
「正直、調子が良くないです。こんなこと簡単に言うべきではないのは百も承知ですけど、」
深い溜息をしたあと、思い切って言いました。「死にたいです。」
泣きそうなのを下唇を噛んでこらえます。
「どうして死にたい、って思うのかな?何がそんなに辛いのかな?」
この質問で私はコントロールを失いました。
「なんだか、よく分からないんです。」
こらえていた涙が出てしまいました。私、この先生の前で泣いたこと、今まで一度も無かったんです。いつもなんとかセルフ・コントロールできるので泣くことなんて無いんです。ですから自分でも「今回ばかりは何かが確実におかしい。」と再認識しました。先生の声のトーンも変わります。気づいたら私の顔をのぞきこむように、様子を伺っていました。

今回は本当に長々と話を聞いていただきました。内分泌の検査結果についても先生はお尋ねになったので、お答えしました。辛い疲労感についてもお話しました。先生は長期休暇が必要なのでは?とも仰っておりました。自宅療養、入院などの話も出てきました。私も正直、長期休暇は必要かも、とは思っています。今の精神状態で普通に働くことが、すでに非現実的に感じてしまいます。先週は「直行」を使いまくってなんとか乗り切りましたが、それがいつまでも通用するわけがありません。つまり、すでに私は社会的に機能していない状態にあるのです。(現に今日の診察中、簡単な計算もできませんでした。まさに私が以前、アメリカでうつ病で入院したときと同じぐらい酷い状態でした)

ただ、医療費のこと、私が一人暮らしであること、家族とうまくいっていないことを考慮に入れると、なかなか一筋縄にはいかないので、まずは薬を2.5倍量に徐々に上げていくことになりました。同時に安定剤の服用は2倍量の2mgまでは許されました。私自身は1mgを超える分は「頓服」と理解しています。それでも駄目だったらまずは自宅療養を考慮に入れる、ということで話がまとまりました。

また、25日の予約まで「OD(オーバードース)はしない。」「自殺はしない」「何かあったら連絡する」という約束をして診察室を出ました。この約束をするとき、先生のCaring Heart(思いやり、とか温かさ、って日本語では言うんでしょうかね?)を感じました。肥塚先生の診療後とは良い意味で異なった、でも同じぐらい大きい安心感を感じました

担当医に涙を見られてしまったのは恥ずかしかったですが、それでも私の一番酷い時の状態を見てもらえたのは結果的には良かったのかな、と思っています。「この人、本当にこんなふうになっちゃうんだ~」なんて思っていたのではないでしょうか。

明日は整形外科の午前外来があります。日曜日を除けば3日連続で女子医大通院です。明日、できれば午後からは出勤したいと思います。自分のできる範囲で、誰になんと言われようと無理しないように気をつけたいと思います。

以上

20代女性が慢性疾患患者として生きる、ということ

ロキソニンテープのお陰で、足の痛みはだいぶ和らいできました。このテープ、非常によく効きます。気のせいかもしれませんが、頭痛も同時によくなっている気がします。ただ難点が、やっぱり貼った所がヒリヒリするんです。剥がしてみても特に赤くなっていたりはしないんですけどね。

今日の投稿はネガティブで申し訳ないです。ただ、中には共感できる若い患者さんもいらっしゃるのでは、と思って愚痴を書かせていただきました。こういった内容、嫌いな方はスルーして下さい。
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疎外感・孤独感

普通の27歳の女性ってどんなことを考えて生きているのでしょうか?やはり恋愛、結婚、ビューティー、それにキャリアアップ、といったところでしょうか?

私も20代も前半ごろまでは、そういったごく一般的な女の子の中の一人でした。留学していたので、確かに勉学・研究が最優先でしたけどね。

でも、先端巨大症の手術を受け、サンドスタチンLARによる治療を始めてから、というもの、なんだか「患者」になってしまったなぁ、と思います。一気に老け込み、36歳だ、と言うと信じてもらえる、という少し悲しい現実があったりします。性ホルモンもオペ後は正常値なのでトキメキとか、そういう感情があってもいいかと思うのですが、一切ないです。というよりも、無くなってしまったんです。なんだか疲れてしまったんですよね、きっと。

それに、例えば赤ちゃんの話が出てきたりすると今服用中の薬のことを考えてしまって、「挙児希望」とは程遠い位置にいます。まだサンドスタチンLAR中止ならいいのですが、メンタル系の薬を全部中止なんてなったら、私は生き残れる自身が全くもってありません。 また、Acromegaly Support Groupという患者会の仲間で「妊娠中の体調が今までで一番絶好調だった」という話を聞いても、サンドの中止は不安だったりします。

薬剤中止以前の問題ではありますが、この方のお話を聞いたときの私の反応は「先端巨大症になっても妊娠できるんだ~、ふ~ん」みたいなドライでひねくれたものでした。性欲ゼロの私からすればなんとも羨ましい話だったからです。

こんな背景があるので、同世代の人と話をすることに違和感、イライラを覚えることがよくあります。恋愛、結婚、出産、ダイエット、ファッションなど、ついていけない話題だらけです。今の私にはそこまで考える余裕がないから、「よくもこの人たちは、こんなくだらないことにうつつを!」という醜い嫉妬心と、自分が関わることのできない話題の中で疎外感を感じてしまう、ということがあるんだと思います。そんな感じだから、私の留学時代の仲間、患者会仲間以外の青年とは正直、どう接すればよいのか分かりません。
  • 「恋愛とか結婚っていったってトキメキも何もないし、相手だって難病患者なんかと付き合いたくないでしょ。」
  • 「出産するにはそれなりに体が機能していないといけないし、薬も一時中止しなくてはいけない。そんなの絶対に無理よ。」
  • 「この子達、十分痩せているのにダイエットなんて馬鹿げてる。それで摂食障害に苦しんでいる患者がここにいるのに。」
  • 「先端巨大症のせいで服と靴が限られているからファッションなんて考えたくもないわ。」
と、イライラしてしまうわけです。 摂食障害になってから特に私はテレビを見なくなり、雑誌も読まなくなったので、なお一層、若者の会話にはついていけなくなったのです。こんな現状を心のどこかで「寂しい」と感じているんでしょうね。


きっと、うつが回復してくると、こういった現実が目の前に迫ってくるから焦燥感に襲われて死にたくなるのかな、というのが私の見解です。ようは、「私の居場所はどこなの?」という基本的な疑問が社会的恐怖になっているんです。

20代でなくても慢性疾患患者として生きることは辛いことです。しかし、年をとっていくごとに、病こそ異なれど仲間は増えていきます。 しかし20代だと本当にあまりいません。上の方々からは「まだ若いから治りも早いでしょう」と片付けられてしまったり(「だーかーらー、そもそも治らないから難病なんじゃん!」と言えてしまえたらどんなにすっきりするでしょう)、同年代には「あの人は特殊だから」と扱われたり。

つまり、私の闘病というバトルは同時に孤独感とのバトルでもあるのです。
先端巨大症などの病気自体も確かにつらいですが、私にとって一番つらいのはそうった社会的な問題なんです。

こんな風に、若干ネガティブでいながら今日もなんとか生き延びています。

2010年2月6日土曜日

通院(2月6日)-整形外科/女子医大

外反母趾

足の痛みで、睡眠まで妨げられてしまう、という状態が2~3週間続いています。出来ることならば、靴下すら履きたくないぐらい痛いんです。

足の親指、小指、人差し指、それぞれの付け根がジンジンとし、特に親指の付け根は触るだけで痛みます。夜中、親指の付け根同士が軽くぶつかってしまうと痛みで目が覚めてしまい、近頃、あまりよく眠れていないので常に眠く、疲労感がさらに酷くなっています。

今日も相変わらずジンジンとしていたのですが、スニーカーをはいて女子医大の整形外科に行ってきました。X線をとっていただきました。また、実際に赤く腫れた患部を診ていただき「外反母趾の典型」と言われました。軽い痛みなら2006年ぐらいにはすでにあったのですが、ここまで酷くなるまでこれが「外反母趾」だと分からずにほうっておきました。もう少し早めに対応していたら、と反省中です。

第1・2中足骨間角(M1/2角)は10度未満が正常、とその先生はおっしゃっておりましたが、私のM1/2角は両足共に12度でした。


来週の火曜日の午前外来で、女子医大の外反母趾の専門医に診ていただく事になりました。ウェイティング・リストを想像していたので、こんなに早く診ていただけるなんて嬉しいです。

それまではロキソニンテープで痛みを抑える、という対症療法で凌ぐことになります。先ほど、シャワーを浴びてから貼ったのですが、なんだかピリピリします。でも悩みの種であった痛み自体はかなり良くなりました。今晩は眠れるかしら?

2010年2月5日金曜日

うつがヤバイ!!!

辛い疲労感との闘い-2008年の未遂後から

どうして私は慢性疾患を持っていることをこんなにも辛く感じてしまうんでしょうか?一番はやはり疲労感だと思います。バイタリティーが続かない、ということにまだきちんと対処できていないんですよね、きっと。今までアメリカで徹夜でレポートを仕上げたりデータ分析をしたりしてきましたが、それに対して何一つ苦痛を感じませんでした。むしろ、徹夜した翌日は実に爽やかに朝を迎えていたように覚えています。徹夜で論文を読破するのが趣味だったりしました。「あなたは特殊だよ」とよく院生に言われながら、学部生のくせに研究室にこもっていました。あの頃の私はまさに「仕事人間」。そんな自分が実は好きでした。

それなのに、今は少し仕事をすると直ぐに疲れてしまうんです。こんなにいつも疲れた状態だと生きがいも何もありません。唯一の生きがいは海外の患者会での執筆活動。このプロジェクトが終わるまでは死ねません!!(マジです)また、こんな状態で生きている理由は、周囲の人々に助けられ、励まされ、支えられているからです。(あと、クリスチャン的な理由も挙げれば、「神様が私に命を授けてくださったから。」「神様が私と共に歩んで下さるから。」というのがあります。)

正直、私は女子医大の内分泌内科の肥塚先生に診ていただく、といったことがなければ、とうにこの世に存在していない存在なので、そんな先生に恩返しをする意味でもなんとか生きていこう!と2008年の9月(私が最後に自殺未遂を図った後)に決心したわけです。私の命を間接的であれ救って下さった 肥塚先生にはどんな言葉を使っても御礼できないほど感謝しています。常に「あぁ、あの時本当に(自殺が)成功していたらこんな苦しみはなかったのに。」と思うこともよくあります。しかし、あの時本当に「するべきこと」をし、ベッドから立ち上がったとたん、床にドタン!と倒れたまま数時間後、起き上がることが2度となかったら、どうなっていたのでしょう?(まぁ、1ヶ月分の処方薬全てに溜めていた処方せん薬数種類、プラスアルコールで簡単に死ねるわけは無いのですが、今考えるとERで苦しくても処置を受けるべきだったかも、と少し後悔しています。40時間ぐらい寝たっきりで起きた時には低血圧で這うのがやっと。体中がピリピリしました。それでも家族は何もしてくれませんでした。)
  • 友人との交流、共に生きてゆくことに対して挑戦すること
  • 肥塚先生との毎月の楽しい診療(はっきり言って、これがあるからこそ、毎日なんとか生きていられるのです)
  • 看護師さんたちの暖かいケア
  • 間脳下垂体疾患が特定疾患になった喜び
  • 営業先でお会いする看護師さん、技師さん、お医者さん、栄養士さんといった方々との貴重な対話
  • 営業先での患者さんや患者さんのご家族との対話(よく患者さんに呼び止められます。仕事にはなっていませんが、彼らが他人である私に病人としての悩みを打ち明けてくださると、私としてもなんだか嬉しいです。)
  • 下垂体患者の会の方々との交流
  • 身体的、精神的虐待を行った両親の秘められた愛を感じる瞬間(私は愛されていない存在だと思っていました。)
  • 海外の患者会を通しての素敵な出会いの数々
  • 自分とは異なる難病(特定疾患)と共に頑張って生きている祖母を本当の意味で理解する機会
  • うつでひどく苦しんでいる友人、またはうつの親をもつ友人に寄り添ってあげること
  • 自分が正社員になることに対する喜び
あの時、この世を去ってしまっていたら、こういったことは決して経験することはなかったでしょう。 そういった意味でもやっぱりあの時死ねなくて良かったのかな、と思っています。それにしても、あの未遂のあと、1番最初に口にした名前が神様ではなくて「肥塚先生」だった、というのはなんとも不思議です。私はてっきり親友の名前を口にするかと思っていました(汗)。

今、私はひどいうつ症状に悩まされています。やっぱり、一番最初に頭に浮かんでしまうのが肥塚先生。「あの方だけは裏切ってはいけない。何があっても私は肥塚先生の救って下さった命を生ききらないと!」と思うんです。電車のホームで足が前方に進む瞬間、または数々の薬を誤った目的のためにテーブルに並べるとき、実に様々な方が頭に浮かんできます。
  • 肥塚先生(現在の私の内分泌内科医)
  • O先生(精神科医)
  • 女子医大の看護師の皆さん
  • Dr.S(私の下垂体手術で脳下と共に執刀した耳鼻咽頭科の外科医)
  • Dr.Y(ミシガンで私に告知した神経眼科医)
  • インディアナで未遂直前に私を保護したMerridianのスタッフ
  • 友人の笑顔
  • サルコイドーシスと闘う祖母
  • 牧師さん
このうちの誰が私の死を望んでいるでしょうか?なんだか簡単に死んではいけない、と思う今日この頃。明日、整形外科(足の痛み)のあと時間があれば、精神科の予約外でも行ってこようかな、と思っています。予防措置をとらないと!急激に回復しては自殺を計画する、という負の螺旋にいつも巻き込まれて抜け出せていないんです。

それだけでも辛いのに、そこに先端巨大症、慢性頭痛とかわけの分からないものが加わると「もう終わりにしたい」とつい、投げやりになってしまいます。それで、苦痛に耐えられずについ赤ワインを1人で1本(750mL)2時間以内には空けてしまう、というひどいことをしてしまうわけです(クリスチャンとして最低です)。心理を勉強していたので、飲酒はさらにうつを悪化させる、というのは百も承知でありながら、やってしまうんです。

それにしても、どうして急激に良くなると、私のうつって急激に悪化もするのでしょう?不思議です。生きたくても生きられない人もいることを仕事柄よく知っているので、さらに罪悪感が募ります。あぁ、自分ってだめな人間だなぁ。

2010年2月3日水曜日

アメリカにおける診療-その6

MSG無添加って難しい?
ベジタリアンは生き残れないの?
食事内容の選択って出来ないの?
厳格過ぎる!

女子医大のNST(栄養サポートチーム)は入院中、本当によく私の面倒を見てくださいました。
私は日本ではあまり知られていませんが、MSG(グルタミン酸ナトリウム)、いわゆる味の素のような「アミノ酸等」とよく表示される合成調味料に過敏に反応してしまう、という特異体質のため、NSTの方も大変だったのでは、と思います。アメリカではMSGでひどい頭痛を起こす人が沢山います。なので、病院食は基本的にMSGを使わないものでした。

ところが、日本ではどこにいってもMSGだらけ。私のMSG過敏症はアメリカで発覚したものでした。MSGを避けることで、慢性頭痛がかなり軽減されたので日本でもMSGフリーの食生活を続けたかったのですが、まず、外食ではそれが実現不可であることが判明。病院に入院してもMSGの入ったものが食卓に並びます。日本ではMSG過敏症でなければ、あまり意識することもないマヨネーズとかサラダドレッシングとか、そういったものに忍び込んでいるのです。それらを食するたびに私は頭痛に悩まされる、といった生活が始りました。(少なくともアメリカではマヨネーズにMSG添加されているものを私は見たことがありません)

アメリカではMSGは悪者扱いされることが多いので病院の食べ物に忍び込むことはまずありません。また、その可能性があったにせよ、初めに「私はMSGはだめなんです」の一言でNSTは"No MSG"と指示を出してくださいます。

女子医大は優れた病院なのでNSTの方が「禁MSG食」(本当はMSGではなく、具体的なブランド名が出ていたように思います)として下さいました。しかし、別に付いてくる調味料(ドレッシングなど)にはご立派に「アミノ酸等」と記載されていました。日本は「味の素」を作った国なので、おそらく「アミノ酸等」無添加、となると難しかったのでしょう。ただ、私は個人的にそういったニーズにも答えられるような医療(というかこれは食の問題ですよね)があればいいな、と思ってしまいました。(NSTの皆さんには明らかに大きな負担となることはご承知で、こんな生意気なコメントをさせていただいております)

また、私はあの頃ベジタリアンだったのですが、NST側がイマイチ「菜食主義者」についてご理解なかったのか、はたまた私の説明不足だったのか分からないのですが、肉こそ出てこないものの、魚介類がご立派に食卓に並んでいるのを見て、若干青ざめました。 「うわっ、生き物の死骸がいる」と思ったものです。海老のお頭ごと出てきたときにはなんだか死んだ海老の目が痛々しくてたまりませんでした。(こういう感覚って日本でずっと暮らしてきた方には分からないものなのかしら?)

ベジタリアンには実は様々な種類があるんです。私はLacto Ovo Vegetarian(ラクト・オボ・ベジタリアン)と呼ばれるカテゴリーで、いわば、乳製品と鳥の卵はいただく菜食主義者でした。 厳格なベジタリアンはVegan(ビーガン)と呼ばれ、動物の殺傷に関わる全てを拒絶する、という生き方をする人々です。ビーガンは、たとえば革製品すら否定します。こういったことから、ベジタリアンである、ということは食だけの問題ではない、ということが容易に検討が付くか、と思います。

話は食の面に戻りますが、アメリカではベジタリアン食は当たり前のように病棟にやってきました。だいたい、ベジタリアンでない方々がうらやましがるような量と内容だったことを覚えています。それが、日本では、そういった食事に対する哲学的なアプローチをする人が少ないせいか、理解を得にくい印象があります。

現在も、自ら肉類、魚介類を買って調理するようなことは決してしませんが、ただ付き合いでの食事の席では妥協するようになりました。しかし、私は病院においてはもっと食の選択が出来たら、どんなに素晴らしいだろう、と思います。ただでさえ抑うつになりがちな病棟内、少なくとも食事の時間だけは楽しいものであってほしい、と強く思います。

選択といえば、アメリカでは食事の選択をすることが出来ました。早朝、または前日の夕方にメニュー表が渡されました。メイン、サイド、飲み物、デザートと分かれていて各項目に複数のメニューが記載されているので、好きなものに指定された数だけ印をつけるシステムでした。糖尿病などで食事制限が必要な患者さんにもきちんと選択肢が与えられていました。それが、日本では女子医大はまだ進んでいるので「食べたくない物、食べられないものなどありますか?」とNSTの方が定期的に尋ねて下さいましたが(後に他の施設の現状を知るようになってから女子医大のNSTの素晴らしさを知るようになるのです)、一般的にはそこまで恵まれていないようですね。女子医大のNSTですら、当時、アメリカ帰りの私には不満でした。

また、アメリカでは食事がとにかく量が多かったので(病院食もすごい量でした)、日本で入院中、やたらとお腹がすいて、よく売店にシュークリームのようなカロリーの高いものを買いにいっていました。今考えると、耐糖能障害があるにもかかわらず高カロリー、高糖質のお菓子を食べるのもいかがなものか、と思いますが、それぐらい食事の量が極端に少なく感じました。ただでさえ入院していると気が滅入ってきて、3度の食事だけが唯一の楽しみと化してくるのに、あそこまで厳格な食事管理をされると、なんだかさらに気が滅入ってしまいました。そんなに神経質にやらなくてもいいのでは?と生意気にも思ってしまいました。

今日、営業中に某病院さんの(結構有名な)栄養士さんとお話する機会があって、日米の病院における食事管理の違いについて対談させていただきましたが、つまるところ、その国の食に対する考え方でこのような大きな違いがでてくるそうです。

食にだけ関していえば、入院するなら私はアメリカがいい、というのが本音です。自分の食べるものは自分で決めたいですし、厳格に栄養管理されるのは苦手だからです。また、私は食事に様々な制限・指導があるので、「みんな一緒」という考えが重要視される日本では
「私は、ラクト・オボ・ベジタリアンです。MSG過敏症です。乳糖不耐症です。 消火器外科の先生に高繊維食事療法を処方されています。ビタミンB12の欠乏症に気をつけるように言われています。」などと、アメリカの病院では平気で言えることが、日本では言いにくく感じてしまいます。実際に私は乳糖不耐症、高繊維食事療法、ビタミンB12については女子医大のNSTの方になんだか申し訳なくて言い出せずじまいでした。

私はアメリカの医療制度はベストではない、むしろ改善されなくてはならないところが沢山ある、と見ていますが、それでも病院内での食事に関しては(経管栄養を除いて)個人的に評価しています。 NSTの方には多大な負担とはなると思いますが、オーダーメイド医療が注目されつつある今、食事面でもより良いオーダーメイドが実現されるといいな、と思っています。

P.S. 経管栄養(チューブで鼻から栄養剤を入れる方法)に関しては日本の方が優れているのでは、というのが私個人の印象です。

2010年2月1日月曜日

木枯らしのとき

季節外れなタイトルですが、私の闘病を1つの詩にしたものです。
特に今、うつの回復期の闘いが壮絶なので、それに触発されて書きました。
木枯らしを選んだ理由は、最近「葉っぱのフレディー」を読んだことと、
うつが酷い時、ショパンの「木枯らしのエチュード」を聴くことが多いからです。

詩の解釈はご自由に。
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木枯らしのとき

木枯らしが来た
枯葉が舞い上がり
冷たい風は私の体を通り抜けてゆく

木枯らしが来た
舞い上がる枯葉の中
私は成す術も無く錯乱状態

木枯らしが来た
風の勢いは増すばかり
それでも肝心の風は私には見えない

木枯らしが来た
舞い上がる枯葉と共に
私も身を任せてしまおう

風の中、枯葉のように舞おうとする私を見て
「あなたの時はまだ来ていない」と木が語りかける

木枯らしの中、私を楽にしてくれるものを探したが
何一つ見つからなかった

「私をあの枯葉のようにして下さい」
頼んでも、その木は私の願いを叶えてくれなかった

「私にしっかりつかまっていなさい。私を風よけにしなさい。」
とだけ言ってだまってしまった

私はもはや立っている力も無くなり
弱々しく木に寄りかかって座り込んだ
とたんに私は実に楽になった

どっしりとそびえ立つ
この一本の木
これこそが
私が一番必要としていたものだったのである