2010年12月2日木曜日

Acromegaly Communityのイベント

IT'S ABOUT THE COMMUNITY!

Acromegaly Community で初のコミュニティー・ミーティングを行います!

場所は The Mirage Hotel in Las Vegas, NV
ということで、アメリカ合衆国ネバダ州ラスベガスです。
そうそう手軽に行けるような距離ではないかと思いますが、英語のできる方、先端巨大症の仲間との国際交流に関心のある方、どうかご検討してみてくださいね。

ご出席する専門家は下記の通り:
  • Dr. William Ludlam, Endocrinologist: Seattle Swedish Hospital
  • Dr. Daniel Kelly, Neurosurgeon: John Wayne Cancer Institute
  • Ms. Catherine Jonas, LMFT: Cedars-Sinai Medical Center
  • Ms. Andrew Wheeler, DPT: to help with pain and movement
  • Mr. Ray Graf, Historian, to teach Journaling for your Medical Professionals and Yourself
会費は1人125USD。2人の場合は1人200USDに割引です。
お申し込みは2010年12月末日まで。

ご予約は米国(716)873-4924(国際電話)。
ホテルの予約は米国(800)499-6311(国際電話)。
もしも、国際電話の使用できる環境でない、とか英語が…という方は私にご連絡下さい。

一人でも多くの方が日本から参加されることを願っております。

2010年11月15日月曜日

IGF-1が上がっても頑張って食べる!

栄養状態の改善と共に上昇するIGF-1

以前に「摂食障害とIGF-1&GH」という投稿をしました。
IGF-1は栄養状態のマーカーともなるため、栄養状態が良くなるとIGF-1は上がるそうです。

これが心配で私は摂食障害と大うつ性障害のための入院した後も、適正体重をキープすることに大きな抵抗を感じていました。「摂食障害が良くなったら、今度はアクロが悪くなるの?」などと思って「だったら、痩せたままがいい。いろんな問題を同時に解決してくれるもの。」と考えてしまいました。そのため、退院後に再び減量。その後の外来診療で、ある日、精神科医に「あなた、一時期よりも痩せたよね。」と指摘されてしまいました。あの時の私の心境は、いたずらの最中に見つかってしまった子供のようでした。「増やした方が良いですよ。まだまだ増やして大丈夫だから。」と先生に諭されたので、色々と悩みはしましたが、体重を増やすことにしました。(今はだいぶ、「普通」の体重です。)

そして、やはり私の懸念通り、体重の増加と共にIGF-1の数値も上がっていったのです。2010年に入ってからですと、IGF-1が一番低かったのは4月22日、つまり私の体重が最低の時期で、値は184ng/mLでした。そして、IGF-1が一番高かったのは9月1日、私の食行動が安定化した時期で、値は338ng/mL。みごと、基準値越えです。


体重増加とIGF-1上昇のダブル・パンチにパニックの私

10月2日(土)の内分泌内科の予約外来時に、この338ng/mLという数字を知らされたのですが、その時から何となくパニックになっていたようです。翌週の5日から8日まで食べ吐きが止まりませんでした。ほとんど反射的に「体重を落とさないと!」と強迫観念に捕らわれていたのです。

10月8日(金)に、とうとう精神的な限界を感じ、精神科主治医に電話。その日のうちに予約外で主治医に直接診ていただきました。精神療法でだいぶ落ち着きを取り戻し、少しは冷静に物事を考えられるようになりました。

「私が適正体重をキープしてこそ、IGF-1の値は腫瘍の状態を把握するのに信頼性のあるデータになるのかもしれない。」「IGF-1がどうであれ、私は適正体重をキープしなくちゃ。低体重でいた方が、よっぽど体が辛くなるわよね。」と思うようになり、また徐々に食べ始めました。栄養不足でIGF-1が下がっても、それはある種、偽りのデータのような気がしたのです。高血糖の人が、血糖値測定前の数日間だけ食事に気をつけるのと、私がしていることとが、とてもよく似ているように感じました。


「きちんとした食生活を心がけ、適正体重を保つよう、意識しよう。」

摂食障害の患者としての私の目には痩せることには大きな「メリット」があります。
  • 問題から目をそらすことができる
  • 「数字」という目に見える、分かりやすい物で自分の価値を客観的に決めることができる
  • 自分の目から見て、痩せていればいるほど美しい、と感じる
  • 痩せていると安心できる
  • 月経を止めることができるから、PMDDが無くなる
  • 頭がボーっとするので、あれこれ考えなくて良くなる
これだけのメリットがあっても、そのコストは非常に大きなものです。
  • 仕事ができなくなる
  • 全身倦怠感が悪化する
  • 入院が必要になる
  • 精神不穏になる
  • 自殺念慮が酷くなる
  • 食行動異常になり、生活が食に振り回されるようになる
  • 自分の本質的な価値が分からなくなる
  • 離人症的になり、生きている現実感を感じられなくなる
  • 常に食べ物のことと死ぬことしか考えられなくなる
もう一度、あの辛い思いをするぐらいだったら、適正体重でいたほうが良いのかな、と思い、最近では頑張って食事を口に運んでおります。会社の先輩も「ずいぶん食べられるようになったなぁ。」とおっしゃるぐらいです。

そんな中、未だに「今日は何も食べたくない。」と思う日があります。しかし、IGF-1の値やその他の要因に振り回されることなく、何とか気持ちに折り合いをつけながら、きちんと食べることができればいいな、と思っています。現在の毎日の目標は「今日1日だけでも吐かないで過ごそう。」というもの。地道に積み重ねていきたいです。

2010年11月1日月曜日

先端巨大症と精神疾患(文献)

先端巨大症と精神疾患は関係があるか?

私が自分の精神疾患の既往を精神科医と振り返る時、先端巨大症が無関係とは思えないことが実は多々あり、現精神科医とは「先端巨大症、摂食障害、うつ、PMDD(月経前不機嫌性障害)。これ、全部どこかでつながっているのでは?」という考えが少なからずあります。とは言っても、この考えを支持するような文献がなかなか見つからないので、単なる「妄想」に留まっているのが現実です。

では、なぜこのような考えに至ったのでしょうか?実は私は先端巨大症になってから著しい抑うつ状態になり、過食傾向になりました。また、下垂体のオペ後に月経が戻って来てからPMDDが始まりました。単なる偶然に過ぎないかもしれませんが、こういった背景があるので、どうしても因果関係があるように感じてしまうのです。

事実、先端巨大症と精神疾患の関係を示唆する研究報告は皆無ではありません。今回、このトピックについての文献を2つご紹介させていただきたいと思います。


J Clin Endocrinol Metab. 2010 Sep 15.
Increased Psychopathology and Maladaptive Personality Traits, But Normal Cognitive Functioning, In Patients after Long-Term Cure of Acromegaly
Jitske Tiemensma*, Nienke R. Biermasz, Roos C. van der Mast, Moniek J. E. Wassenaar, Huub A. M. Middelkoop, Alberto M. Pereira, and Johannes A. Romijn

先端巨大症が長期治癒している患者は、健常者および非機能性下垂体腺腫の患者に比べて精神疾患や人格特性が不適応となるリスクが高かったが、認知には有意な違いが見られなかった。これらの結果は、腫瘍自体やそれに対する治療が、というよりも、GH(成長ホルモン)が体内で過剰状態であることが中枢神経系(CNS)に非可逆的な影響を与えている可能性を示唆している、と見られる。
中枢神経系が過剰なGHにさらされると、非可逆的に中枢神経系が変化し、それが精神疾患や不適応人格特性といった形で現れるのでは、という仮説を筆者は立てているようです。あくまでも、先端巨大症と精神疾患/人格特性の間に相関関係があった、ということで、「因果関係」を示すものではありませんが、今後の研究の方向性を示す重要な研究報告であるかと思われます。


Eur J Endocrinol. 2009 Mar;160(3):367-73. Epub 2008 Dec 10.
Personality in patients with pituitary adenomas is characterized by increased anxiety-related traits: comparison of 70 acromegalic patients with patients with non-functioning pituitary adenomas and age- and gender-matched controls.
Sievers C, Ising M, Pfister H, Dimopoulou C, Schneider HJ, Roemmler J, Schopohl J, Stalla GK.

下垂体腺腫の患者は健常者に比べて人格特性の中では極めて強い不安傾向が見られた。先端巨大症においては、衝動性と新奇性追求(新しいものや冒険、リスクなどを求めること)が著しく低かった。
新規性追求が低いと「新しいことにチャレンジしたい」と思えないわけですから、抑うつや不安などにも根底では繋がっているように思います。また、「衝動性が低い」というと一見落ち着いていて良さそうですが、別の見方をすれば「意欲低下」とも見ることができるのではないでしょうか?


成長ホルモンが足りない場合、抑うつ状態になることがあるようですが、成長ホルモン過多の場合の精神状態への影響に関する報告はあまり見なかったように思います。そう考えると、これらの研究は先端巨大症の患者のQOLを考えるうえで非常に重要ではないか、と思うのです。

2010年9月20日月曜日

復職!!!

ようやく

9月14日(火)からようやく復職いたしました。

2月下旬から約半年に渡る休職、途中、約1ヶ月の入院も含め、本当に色々なことがありました。たくさんの方に支えられて、ここまで来ることができました。その1人1人に感謝しています。医師、ナース、ソーシャルワーカー、友人、家族、牧師先生方、患者会の仲間、会社の先輩、上司。。。本当に数え切れないほど、たくさんの方に助けられてきました。

特に私の精神科医には何度も命を救っていただき、感謝の気持ちでいっぱいです。
真っ暗なトンネルに1人座り込んでしまった私に手を差し伸べ、一緒にトンネルを歩いて下さいました。トンネルを抜けるのは無理、もう歩きたくない、死んでしまいたい、生きているだけ迷惑、という私に、「絶対に良くなるから」と、辛抱強く、私を後ろから導いて下さいました。強引に手を引っ張っていくような事はなさらず、あくまでも私の力を信じて、後ろから見守って下さったのです。

今、思い出すと、たまらない気持ちになります。
復職初日、帰宅して最初に発した言葉が「O先生、おめでとう!」でした。
「先生、今日、先生の患者がまた1人、社会復帰への1歩を歩みだしました。
ここまで治療するのは大変だったかと思います。
本当におめでとうございます。…O先生、本当に本当に、ありがとう。」
涙が出てきました。

1人暮らしで、衝動性と自殺念慮の強い患者。
諸事情で実家に戻すのが困難な状況。
入院を勧めても強い拒絶反応。
「次、いつまでなら生きていられる?」と私に尋ねて、予約を設定していました。
「変なこと、絶対にしないで。生きるんだよ!」

熱心な先生の指導に反して大量服薬して、意識朦朧とした状態で先生に電話をつないでいただいたことが数回ありました。内緒で腕を次々に切りつけたり、普通に食べられなくなったり、お酒に頼ったり、散々でした。あの頃は、「もう生きていくのは無理」と全てを諦めていました。二度と仕事に戻れないのでは、と思っていました。それだけに、今回の職場復帰は感無量です。


復職後の私

休職中に私が学んだ事の中で最も大切なことは「弱さを認める強さ」を持つ、ということでした。今までは作り笑顔で辛い事も「辛い」と言わず、「大丈夫です」の一点張りで仕事をしてきました。本当に辛い時も、かなりの無理をして出勤、外勤、残業していました。

しかし、自分の症状が目に見えないものである以上、私自身が自分を守らなかったら誰が守ってくれるのでしょうか?そう考えた時、「自分で辛い時は辛い、ということが私の責任なんだな」と悟りました。

「疲れてない?」と聞かれたら、今までの私は「いえいえ、大丈夫です!」と答えていましたが、今では「実は疲れています。」と正直に返答しています。 まだ自分の弱さを認めることに対して「情けない」と感じてしまいますが、少なくとも、ちょっとずつできるようになっているので、良し!としています。

変に強がらず、弱い自分を容認しながら、成長を続けていきたいです。

P.S.
今、トンネルの中にいる、と感じる方へ:
トンネルを抜ければ、そこに新たな景色が広がっています。その後、またあるかもしれないトンネルのことではなく、今のトンネルを抜けた時の美しい景色に意識を向け、ゆっくりでも共に前進していきませんか?

2010年9月4日土曜日

精神医療とは?

9月に入ったというのに、まだまだ暑い日が続きますね。皆さん、いかがお過ごしでしょうか?
私は完璧に夏バテにやられてしまっております。
倦怠感が著しく、本当に辛いです。
そこに「気の持ちよう」と言われたりして傷ついたこともありました。

慢性疾患や原因不明の症状との闘病では特にメンタル面のケアが重要、と私は固く信じています。
今回はそのことについて書いていきます。
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「原因不明」という不安

原因不明の倦怠感に悩まされるようになって、今年で4年目に突入しました。最近では少しずつ、行動範囲を広げよう、と努力はしているのですが、なかなか厳しいです。先日、内分泌の予約外来で「先生、倦怠感を改善させる方法を教えて下さい」という質問をしたら、「O先生(精神科医)にお任せします」とのこと。やはり気の持ちようなのか、いまいち納得がいかない、というのが正直な意見です。

現に数年の間、慢性頭痛、糖尿病様症状、倦怠感などに悩まされ続け、どこに行っても「気のせい」と言われ続け、2007年にようやく下った診断が脳下垂体腫瘍。インフォームドコンセントから1週間も経たないうちに、私は人生で初めてのオペを米国で、しかもICUに5日滞在する、という体験をしています。そういった背景があるので、やはり体の不調が気になるのは私にとっては当然といえば当然なのです。

しかし、実際に血液検査でも何の所見も見つからないのが痛いところです。原因不明の症状を抱える私のような患者にとって一番辛いのは、恐ろしい診断を下されることより、むしろ診断名が不明、ということだと思います。一連の辛い症状を説明するのに「診断名」というラベルがあれば、自分も安心できるのです。 

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最後に寄り添ってくれるのは

慢性疾患の治療の辛さ、原因不明の慢性症状と闘う際、私にとって最後に寄り添ってくださったのは精神科医のO先生でした。どんなに症状が不可解な方向に行ったとしても、先生は、自分の目の前の患者である私が本当に困っていることを理解しようとして下さいます。分からないことは「分からない」とはっきりと仰り、また私の主疾患(先端巨大症)については私からも学ぼうとする謙虚な姿勢を持つ、素晴らしいドクターです。

辛い時、今でもよく思い出すのは、自殺未遂の直後の月曜日の夕方、予約外で駆け込んできた私とO先生とのやり取りです。「次の予約まで、絶対に生きているんだよ。僕と約束して。」「辛い時はいつでも病院に電話していいんだから。僕が居なくても、必ず他の医師が対応するから。」と、「自殺しない」という約束を交わした後だったので、私は先生のお顔をまともに見ることができませんでした。

私:  「先生、ごめんなさい。お約束を守れませんでした。」(涙)
先生: 「あなたは約束を守ったよね。自殺『企図』であって『既遂』ではなかったもの。あなたが生きていて良かった。」

これが、一番O先生のお人柄を象徴する会話だと思います。叱ることもありますが、基本的には優しく寄り添って下さるんです。

アクロメガリーのための投薬、私は海外治験で1~5%;日本においては「頻度不明」にカテゴライズされる副作用に投薬のたびに耐えなくてはなりません。この辛さは恐らく体験者でないと分からないと思います。「気の持ちよう」云々で対処できるような生ぬるい副作用ではないからです。これは、精神科に入院中、ナースと病棟主治医が実際に私が投薬後1、2日、グッタリしているのを見ているので、彼らは分かって下さったと思います。

こういった辛い経験をお薬の投薬手帳をお見せしながらO先生に「もう無理です」と打ち明けたとき、先生は「それは辛そうだね」と仰ったのです。このたったひと言で「もう少し、頑張ってみようかな」と思えたりしました。

他診療科で答えが出ない場合、私のような患者は不安を覚えたり、苛立ちを感じたりしがちです。そういった、困っている患者に手を差し伸べ、「よき理解者」としてそっと寄り添う-これが精神医療なのだな、と最近、特に強く感じます。

2010年8月18日水曜日

幸せって?

ご無沙汰してしまいましたが、皆さん、お元気ですか?

私は夏バテしてしまい、病院で点滴のお世話になったり、倦怠感が続き、身体的には辛いですが、精神的にはかなり回復してきております。

意欲低下がまだまだ著しいのですが、精神科の主治医には「そういう時は無理しないで、ゆっくり休息をとるようにして下さい」と指示が出ているので、休んでばっかりです(汗)。しかし、実際に休息の必要性を自分でも感じているので、最近は無理して外出することもあまりしなくなりました。そしたら少しは体も楽になってきたように感じます。健常者には「何もしない」ってどういう感じだか分かりかねるかもしれませんが、あまり楽しいものではありません。しかし、この「何もしない」、ゆったりとした時間の中でしか得ることのできないことが実は沢山あることに気付きました。

6月下旬に精神科主治医に復職診断書を書いていただいたのですが、実はまだ社内で復職まで話が辿り着いていません。でも私自身、最近は不眠が著しく、復職できるような状態ではない、と感じているので、実はちょうど良いです。それで、だらだらと休んでいるわけですが、そのゆったりした時間の流れの中、私は「自分にとって『癒し』とは何か?」をしばしば考えるようになりました。
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自分に「心地よい感覚」を許すこと

今までは不快感を避けるために不適切な行動をとってしまいました。例えば自傷行為、食べ吐き、拒食、大量服薬、飲酒などです。これらの行動は一時的に不快感を忘れさせてくれるのですが、「癒し」にはなりませんでした。

次第に、こういった「癒し」にならない行為をとっている限り、私が本当の幸福感を感じることはまず無い、と感じるようになりました。そしたら、「自分にとっての癒しを探求しよう」という意欲がでてきました。しかし、この探求を行うにあたって、まず私は自分に
  • 「心地よい感覚を感じても良いんだよ」
  • 「気持ちよいと感じることは正しいことで、否定されるようなことではないんだよ」
  • 「心地よさを感じるのは当然の権利だよ」
  • 「罪悪感を感じなくても良いんだよ」
と諭す必要がありました。なんとなく「快楽」という感覚に罪悪感を感じていた自分を育て直しているような感覚でした。

そして、見つけた私の「癒し」。実は本当に小さなことでした。
  • 友人から届く手書きのお便り
  • コーヒーやティーの香り
  • 石鹸のアロマ
  • 人々の笑顔や笑い声
  • お化粧をして自分に微笑みかける時
  • 自分の着たい服を着ること
  • 友人との楽しいひと時
  • 洗髪の際のヘッドマッサージ
  • 良い音楽
などなど、数えあげたらきりがありません。こんなにも身近な所に「癒し」があったのです。今までの私はそれに気付かなかっただけ。忙しかったからかもしれませんが、何よりも、自分にそういった感覚を感じることを許可していなかったから、というのが一番の原因かと思います。

こういった小さな「癒し」が、実は私の見過ごしていた「幸せ」であることに気付きました。そう、幸せはこんなに身近なものだったのです。ほんの小さなものに幸せはあるのだな、と貴重な発見をしました。

2010年7月28日水曜日

身分証明書の写真

 海外で整形手術を受け、帰国してきた男性がパスポートの写真と顔がかけ離れているため、トラブルになった、というニュースがありました。

海外で整形、パスポート写真と顔が一致せず入国トラブル-中国

これを読んでいて、「人ごとではないなぁ」と思ってしまいました。
私の持っているのは10年パスポート。発効日から10年経つ頃、私はどんな顔になっているのかしら?

先端巨大症は顔をはじめ、外見を変えてしまう病。しかも、急激な変化ではなく徐々に変えていきます。
顔に変化があった人は、身分証やパスポート、運転免許証の写真を即座に変更したほうが良いとした。
とこの記事は締めくくられていますが、私たちアクロメガリーの患者はいつ変更すればよいのか、何とも分かりにくいですよね。10年以内に本人判別が不可能になるぐらい顔が変形する、なんてなるべく考えたくないですし、実際にそんなペースで変わってしまうのか分かりませんが、やはり気になってしまいます。難しい問題だなぁ、と思ってしまいました。

神経精神科 通院 (7月20日)

ようやく合うお薬が!!

とうとう梅雨明け、暑い日が続きますね。

今更ですが、先週の通院日記です。
実は6月28日(月)にPMDD(月経前不機嫌性障害)が酷くて予約外に駆け込みで主治医に見ていただいたのですが、その際、今まで避けてきたSSRIを再度試すことにしました。今回はPMDDによく使われるジェイゾロフトです。実際、PMDDに使用する際にはダラダラと服用するのではなく、月経前1週間前に服用を開始して、月経開始と同時にストップ、という飲み方らしいです。

しかし、私にはこの薬、思いのほか「ドンピシャ」だったんですね。抑うつ症状が劇的に改善しました。ですから、PMDDだけではなく、うつ症状に常用することになりました。7月6日(火)の予約外来の際、良いお知らせばかりで私も嬉しかったのですが、主治医も笑顔でした。あんな先生の笑顔を見たのは初めてでした。

そして、7月20日(火)の予約外来。この日は主治医も私も笑顔の絶えない診療でした

下記が私が診療ノートに書いた報告です。
  • 食行動が正常化した
  • 自傷行為なし(スキンピッキングも改善)
  • 希死念慮のある日の方が少なくなった
  • 生きていることに対する罪悪感が消えた
  • 心が穏やかになった(「追い詰められ」感が劇減)
  • イライラしなくなってきた
  • 「顔つきが変わった」と言われるようになった
最後の「顔つき」のことをご報告すると、先生が「うん、変わった!」「険しさが無くなったよね」と仰ったので、「本当に私の顔つき、変わったんだ~!」と嬉しかったのを覚えています。

神経精神科の現処方は下記の通り:
  • ストラテラ(20mg)
  • ジェイゾロフト(25mg)
  • メイラックス(1mg)
  • 酸化マグネシウム(330mg)

ジェイゾロフト、非常に良いのですが、不眠の副作用が唯一の難点です。眠剤を飲むと、私の場合、超短期型でも翌朝残ってしまうので今は眠剤なしで頑張っております。

非常に前向きになり、「いつも、何事にも感謝する」というモットーを貫くことが出来る精神状態になり、本当に嬉しく思います。2年半の模索の末、ようやく「ストラテラ&ジェイゾロフト」というコンボで私のうつは良くなりました。

しかし、どんなに良くなっても身体的に疲労すると食行動異常と希死念慮が戻ってくるので、注意が必要であることにも気づきました。自分の体に耳を傾けることの重要性を改めて痛感しました。

それにしても、抑うつが良くなっても身体症状はまだ辛いです。ここ2~3週間、倦怠感や頭痛で寝込む日が多いです。おそらく、この身体症状はうつとは関係ないのかもしれません。実際に体の不調であるように思います。

何はともあれ、今は本当に「生きていてよかった、生かされてきてよかった」と思えるくらいに回復しました。先生には感謝の気持ちでいっぱいです。「死にたい」とさめざめと泣く私に、真剣に向き合って、「あなたは生まれてきたんだから、生きていて良いんだよ。」「何を投げ出しても、生きることだけは投げ出しちゃダメ。生きるんだよ!」と言って下さった先生。この言葉を胸に辛いときを乗り越えてきました。O先生、本当にありがとうございます。

2010年7月17日土曜日

後ろ姿に現れる人柄

医師の後ろ姿に感じたもの
後ろ姿美人になりたい

先端巨大症は顔をはじめとした外見を変えてしまう病気です。それだけに、私は自意識過剰、自暴自棄、自己嫌悪に陥ってしまった時期がありました。

いまだに堪(こた)えるのが外出先でのお手洗い。並んでいると鏡に自分の姿が映ります。列に並んでいる他の女性と比べると圧倒的に「大きい」私がそこには映るのです。骨格がガッシリして顔も大きめ。アクロ独特のゴツゴツした顔でもあるので、お化粧が薄かったり、アクセサリーを身につけていないと男性にすら見られそう、と被害妄想。

しかし、そんな私の意識を変える事件がありました。
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神経精神科へ入院2日目、私は内分泌内科の外来があったため、病院の連絡通路をヘルパーさんと歩いていました。するとそこに私の外来担当医(精神)のO先生が後ろから合流!入院生活についてお話しながら途中までご一緒させていただきました。

外来棟に着いて、「それでは。」と言葉を交わした後、私はヘルパーさんと内分泌内科へ、O先生は心身医療科へ。O先生の後ろ姿、素敵でした。背中がピン!と伸びていて、堂々としていて、「僕は患者さんに精一杯向き合っているんだぞ!」という意識をなんとなく感じ取りました。

あの後ろ姿を見た後、私はケアルームで肥塚先生の診療まで待機することになるのですが、その間しばし、下唇を噛みながら必死に涙をこらえていました。

「あぁ、私はなんて馬鹿だったんだろう?」

あの時までの私は、お薬の勉強をしたり、服薬コンプライアンスシート、行動モニターシートなどを作成する、といった自己努力は怠りませんでした。しかし、まだまだ甘かったんですね。「治してもらおう」と受け身でした。ところが、あのO先生の後ろ姿を見た瞬間、「あんなに先生が頑張っているのに、どうして私にはその頑張りが今まで見えなかったんだろう?私には『治そう』という意識が欠如していたのね。」とO先生に申し訳なくて、涙がこぼれそうでした。O先生の後ろ姿が、私の精神科の患者としての治療に対する姿勢の意識改革をもたらしました。

その直後、肥塚先生の後ろ姿も見ることになります。前々から思ってはいたのですが、肥塚先生の後ろ姿にはいつも何か頼もしいものを感じます。あの日の先生の後ろ姿も輝いていました。何かと戦っているような、それでいて温かいものを見た気がしました。あの日も希死念慮の強い日でしたが、肥塚先生の後ろ姿が「私も闘わないと!」という思いにさせました。

短い時間で2人の先生の「かっこいい」後ろ姿を見て、深く考えさせられました。
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前は鏡で見えるから、ある程度は直せます。しかし、自分では見えない後ろ姿にこそ、その人の生き様が現れるように私には思えてならないのです。O先生と肥塚先生の後ろ姿を見た、あの日以来、私は他の人の後ろ姿に注意するようになりました。

それで分かったことはごく単純なこと。素敵な後ろ姿は簡単に作り出せるものではない、ということです。作るものではなくて、その人の内面から「作られる」ものなんだ、ということがよくわかりました。私も良い生き方をして、周囲の人に良いエネルギーを与えることの出来るような「後ろ姿美人」になりたいです。

2010年7月15日木曜日

先端巨大症、摂食障害などから学んだこと(2)

自分を「かわいそう」と思うのはやめよう

7月4日の「出会い」から学んだこと、気づいたことの続きです。

Kさんは「あの頃、私は自分がかわいそうで、かわいそうでしかたなかった」と語りました。Kさんのおっしゃる「あの頃」とは、まさにあの日までの私のようでした。「でも、自分のことをかわいそう、と思っているうちは辛いままなのよね。」とおっしゃった時、私はハッとしました。
  • 複数の慢性疾患
  • 「難病」と呼ばれるもの
  • 顔も含む外見の変わる病気
  • 経済難
  • 偏見の多い精神疾患
  • 辛い過去
  • 家庭内不和
こういったものにとらわれると、どうしても自分を「かわいそう」と思うことに気づきました。いえ、今までも気づいてはいたかもしれません。しかし、その事実に対して疑問視することは怠っていました。


左の図は有名な「ルビンの壷」という絵です。(図はこちらからお借りいたしました。)皆さんも、どこかで一度はお目にかかったことがあるかと思います。

ちなみに、私には壷が先に見え、後から2人の人の横顔が見えます。

これまでの私は、壷ばかりを意識していて、人が見えていなかったんです。見えていたとしても、そこをしっかりと見つめ、素直に受け入れることができなかったのです。

確かに「かわいそうな私」の存在は否定できません。しかし、本当にかわいそうなだけだったのでしょうか?

  • 複数の慢性疾患や「難病」を抱えたおかげで、私は人の痛みを感じることのできる人になった。
  • 顔をはじめとする、外見の変わる病気や摂食障害を通して、表面的なものにとらわれてはいけない、という戒めをいただいた。
  • 病気を通して沢山の素晴らしい人々に出逢うことができた。
  • 経済難や精神疾患への偏見から、謙虚になることを学んだ。
  • いじめや家庭内の問題から「愛すること」「愛されること」の大切さを学んだ。
違う見方は今までもできましたが、この日ほど素直にこれらの事実を受け入れることのできた日はこれまで一度もありませんでした。おそらく、今までは私と似たような境遇にある方にお会いすることも無かったので、心のどこかで「どうせ私のこの思いなんて、分かってもらえないのよ。」という諦め、怒り、もどかしさの混じった、ある種ひねくれた感情を持っていたため、素直になれなかったのだと思います。

しかし、あの日、私と似た経験をしたお二人の女性にお会いして、ようやく素直になれました。そしたら、今までネガティブにしか見ていなかった経験を「恵み」として捕らえることができるようになりました。そして、これらを真に「恵み」と捕らえることができるようになった瞬間、心に光が差し込んできました。「かわいそう」と自分を見ているうちは、本当に辛いだけなんですね。

この経験は、いい意味でとても強烈なものでした。まるで生まれ変わったかのような感覚を私は感じたからです。

あなたがたは、以前には暗闇でしたが、今は主に結ばれて、光となっています。光の子として歩みなさい。(エフェソの信徒への手紙 5:8)

帰り道、この聖書の御言葉が心に響いてきました。あの日を境に、もう一度私は「生きよう!最後の日まで、キリスト者としてすべてを主に委ねて、主のお仕事のために生きよう!」と決心しました。これから、もっともっと辛いこと、苦しいことがあると思います。しかし、今日まで私はさまざまな人々に生かされてきました。内分泌内科の肥塚先生、神経精神科の担当医、ソーシャルワーカー、牧師先生、伝道師、友人。「生きていて、生かされてきて本当に良かった!」 と言えるように生きることが、この方々や神様への最高の恩返しだと理解しています。

嬉しい時も、辛い時も、常に御恵みの一つ一つに感謝する、という生き方を心がけていこう、と強く思います。

2010年7月11日日曜日

先端巨大症と摂食障害から学んだこと

「ありのままの自分を受け入れる、愛することができるようにしよう」
「表面的な物に囚われないようにしよう」

7月4日にお会いしたお二人の闘病の先輩(Yさん、Kさん)から学んだことについて、今日はもっと踏み込んで書いていきます。

3人でランチを食べている時、Yさんは私に「あなたは今、何が1番辛いと感じるの?」と尋ねました。私はこれと全く同じことを精神科に入院した際、病棟担当医にも訊かれました。 先生には「病気が辛いです。仕事と闘病が両立できなくて、周囲の理解を得られている気がしなくて、それで辛いんです。」と答えました。私はずっとそうだと思っていました。確かに、この答えは間違いではありません。でも、それだけで抑うつ状態にプラスして自傷行為に走ったり、摂食障害になったりするでしょうか?

この質問をYさんからされた時、私は正直に「分からないんです。」と答えました。何が苦しいのか分からない。とにかく「辛い、苦しい」と感じると、その感情から行動にショートカットしてしまうんだ、とご説明しました。

その後、色々とお二人のお話をお聞きするうちに、最初の質問の答えが見つかりました。私が本当に辛かったのは、先端巨大症という病気自体ではなく、「ありのままの自分を受け入れることが出来なかった、愛せなかった」ということだったんです。自分のことを愛せていれば愚かな減量で外見を変えようとはしなかったでしょうし、自傷行為もしなかったでしょう。本当に私が自分自身を愛していれば、また受け入れていれば、どんな外見であれ無条件的な愛をもって、自分を大切にしていたはずです。ところが私はそれができなかったのです。 

自傷行為によって愛せない自分を罰することで満足しようとしました。しかし、そんな行為で自分の心を満たすことなんて出来る訳がありません。なぜなら、私の求めていたものは「愛」「受容」であって、「罰」ではなかったからです。

摂食障害の愚かな減量で私は自分の外見を変えようとしました。しかし、減量すればするほど私は「太っている」と感じるようになり、決して自分の体型に満足することはありませんでした。なぜなら、私の求めていたものは体重や体型なんかにとらわれない、「無条件的な愛」だったからです。
 
「自分のことを愛せない、受け入れることの出来ない」という理由に、都合よく先端巨大症を言い訳に使っていただけなのかもしれません。
  • アクロメガリーの私の顔は綺麗ではないから嫌い」
  • アクロメガリーの大きい足は女性らしくなくて嫌い」
  • アクロメガリーの体型はバランスが取れてなくて嫌い」
 といった具合に、自分を嫌いな理由にことごとく先端巨大症を利用してきました。

先端巨大症で外見が変わるのは事実です。そして、外見の変わる病気は確かに辛いです。しかし、そういった表面的なものに囚われずにあるがままの自分を受け入れる強さを養うことこそが、私の課題だったのです。そう考えたら、私はむしろ先端巨大症になって良かったのかもしれない、と思いました。

YさんとKさんにお会いして私は自分を愛すること、大切に思うことの大切さを学びました。そして、あの日を境に私は自分を愛するようになったのです。「アクロメガリーであっても、また太っていても痩せていても、私は私を大切に思う。どんな外見であれ、私は私が好き。」と思えるようになりました。そして、自分を愛することは実に正当なことであることも学びました。

自分を受け入れ、愛することができるようになったら、私の心はとても穏やかになりました。他の人との比較の中での「条件的な愛」によって自分をなんとか受け入れようとする必要がなくなったからです。また、他の人と比較することをやめたので、周囲の人はもはや「競争相手」ではなくなりました。ですから、他の人も愛することが以前よりも容易になりました。

自分を愛することがいかに重要かを考えさせられただけでなく、実際にそうすることができるようになった大切な日となりました。

2010年7月7日水曜日

学びの1日

本日は七夕ですね。実は3年前の今日、つまり2007年7月7日は私にとって特別な日なんです。私がサンドスタチンLARを始めて手にした日です。以前にもお話しましたが、アメリカでは筋肉内注射剤も、自分で薬局で買って、病院やクリニックに持参するのですが、このお薬が高かったのと保険との兼ね合いでなかなか手に入らず、何度も諦めた後、ようやくサンドスタチンLAR(20mg)を購入した日でした。
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闘病の「仲間」(先輩)にお会いして

7月4日(日)は米国独立記念日でした。また、同時にキリスト教としては、第一主日(月の最初の日曜日)なので、メソジスト教会(メソジストに限らず、日本基督教団は全部かな?)では聖餐式(せいさんしき)と呼ばれる、パンとぶどう液の儀式(聖礼典と呼んだりします)があるのですが、私は今回は参列しませんでした。聖餐の恵みにあずかることは無かったのですが、その日、それと同等の御恵みにあずかることになりました

この日、私は同じ先端巨大症を持つ方2名の方にお会いする機会が与えられました。非常に素敵な出会いでした。お2人とも4回のオペを経験されていて、治療経験をお聞きしていて、私なんかよりもずっとずっと壮絶で辛い思いをされてきたんだろうな、と思いました。しかし、そういった体験談をお聞きしているうちに「あぁ、ようやく私が今まさに苦悩していることを本当の意味で理解して下さる方にお会いできた!」「私のように葛藤しても、乗り越えられるものなんだ!」と癒され、また勇気付けられました

また、 お2人が病気を通して得たことをお聞きして、私の中でも大きな「学び・気付き」がありました。それを、とっても簡単に要約すれば下記の3点です。
  • ありのままの自分を受け入れる、愛することができるようにしよう
  • 表面的な物に囚われないようにしよう
  • 自分のことを「可哀想」と思うのは、もうやめよう
これらの決心をした時、私はこの日、本当に重要な生きるヒントを得たことに気付きました。
帰りに所属教会に書類を取りに立ち寄った際に、先生に「いつになくスッキリした表情をしていますが、何かあったんですか?」なんて言われました。きっとお二人から頂いたポジティブなエネルギーと生きるヒントを得たことが表情に現れていたんでしょうね。

また不思議なことですが、この日を境に私の食行動は正常に戻りました。過食衝動も食後嘔吐も拒食も無いです。お2人からは本当に「生きる力」を頂きました。同時に、今までずっと私は自分の内分泌内科医と精神科医には特に生きる力を与え続けられていたんだな、と改めて気付き、この2名の先生にはメール、お手紙を書かずにはいられませんでした(私の得意?な「一方的自己満足的コミュニケーション」です 笑)。他にもずっと私を支え続けて下さった方々(、そして、クリスチャンとして、もちろん「主」)に対して感謝の気持ちで、その夜、嬉し涙が止まりませんでした。

これらの「学び・気付き」について今後、少しずつ書いていきたいと思います。

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最後に、この七夕の日の私の願いごと:
  • 世界中の人々の心が平安の内にありますように
  • 生きる気力を失った者に希望が与えられますように
  • 孤独の内にある者に友が与えられますように
  • 医療現場の問題に改善がもたらされますように
  • 全ては主の御心のままになされますように

2010年6月30日水曜日

オクトレオチド、とうとう経口投与になるか?

Octreolin(オクトレオリン)

昨日、2010年6月29日にMedical News Todayに掲載されたニュースですが、イスラエルのChiasma社が先端巨大症の経口治療薬であるオクトレオリンをFDAから「オーファン・ドラッグの研究開発」の指定を受けたそうです。(オリジナルのサイトはこちら

Chiasma社は独自のTPE (Transient Permeability Enhancer) という独自の技術によって酢酸オクトレオチドのカプセル状の経口製剤を開発し、既に第1相試験 (Phase1) を終了し、安全性・薬効薬理の皮下注射剤との類似性が認められました。特に重篤な副作用の報告も無い、とのことです。今年中には第3相試験 (Phase 3) を終える予定で試験を進めているようです。

今のところ、Chiasma社はアメリカ合衆国とヨーロッパで上市することを考えているようで、日本にはまだまだ先のお話になりそうです。(いつものことですが)

このオクトレオリン、先端巨大症だけではなく門脈高圧症にも効果が期待できるそうで、こちらへの適応も含めて承認をとるみたいですよ。

今、皆さん、注射剤だと思いますが、経口のカプセル剤で治療できるようになったら精神的にも楽ですよね。ただ、服薬コンプライアンスが問題になってきそうですが。

因みに、このChiasma社は高分子薬の経口投与技術を開発に力を入れている製薬会社のようです。私は初めて耳にしました。

2010年6月23日水曜日

ようやく突破口か?

The Endocrine Society がサン・ディエゴでENDO 2010 という学会を今月19-22日まで行っており、今日でとうとう最終日となってしまいました。私はW杯よりもこちらに夢中TwitterでTESをフォロー。実況中継を追っています。タレントショーのようなものもあって楽しそうです。シンポジアではアクロメガリーについてや、IGFと癌の関係についてなど、興味深いものもあったようです。パネルの受賞者もリアルタイムで知らされるので寝るタイミングを失っております(苦笑)。もっと勉強したい、とつくづく思ってしまいました。
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1冊の本が突然、意識改革を

先端巨大症を受け入れることと、摂食障害を乗り越えることは私には直接的に関係のあることです。なぜなら、両方とも「ボディーイメージ障害」で繋がっているから。しかし、ようやく私も、この2つの課題に取り組むヒントを見つけることが出来たように思います。

昨日、山中登志子さんの外見オンチ闘病記-顔が変わる病「アクロメガリー」という本を読み始めました。肥塚先生には何ヶ月も前に「読むといいわよ」と薦められながらも中々手にすることが出来なかった本です。入手できない、とかではなくて、読むのが怖かった、というのが大きかったんだと思います。

再燃した摂食障害を抱えた状態で、「先端巨大症」と診断された当時の事を思い出したくなかったのでしょう。肥塚先生には最近、お手紙で打ち明けたのですが私は先端巨大症を乗り越えることがまだ出来ていないんです。乗り越えるどころか、受け入れることすら出来ていないのだと思います。自分がアクロ患者だと知った日、ミシガン(当時はミシガン在住でした)は爽やかな晴れ。自室からは芝生が青々と茂っていて、太陽の光がキラキラと揺れているのが見えます。それなのに私の心は闇。木の葉が涼しい風に吹かれるのを横目に、ひっそりと声を押し殺して1人で泣きました。

摂食障害でずっと「自分は醜い」と思い続けて、寛解した時は「自分の体型の変化は私の心が行っているゲームに過ぎないんだ。だまされないぞ!私はもう大丈夫なんだから。」と思えた矢先の告知でした。「あなたの脳下垂体腫瘍はGH産生性です。いわゆるアクロメガリーと呼ばれる……(と続く)」あの時、私の中では先端巨大症という診断名が「自分は醜い」という考えを証明するものとなったのでした。「やっぱり摂食障害に犯されていた心の方が正しかったの?私の外見はやっぱりおかしいんでしょ!」そう思った瞬間、今まで頑張って摂食障害と闘ってきたことが無意味に感じ、一種の空虚感が心に広がりました。

そんなことがあったので、あの頃のことを思い出すのは今でも辛いです。しかし、友人に自分の体験談を話したり、海外患者会で闘病エッセイを書いたりするうちに、段々と心が楽になってくるのを感じました。確かに話しているときは辛いのですが、同時に自分の中で考えや感情が整理できるので一種のヒーリングになっているんですね。

同様に、患者会で仲間の闘病を読んだりすると、やはり辛く感じることがあります。それでも、そういったストーリーの1つ1つが私にとっても「あぁ、私は独りではないんだ。」という癒しになったり、「あぁ、こういう考え方、捉え方もあったか。」と学びになったりしていることも思い出したので、思い切って山中さんの闘病記を開きました。


プロローグの時点で涙が出ました。
顔が変わったことを、わたしは一日も忘れたことがない。
 あぁ、この一言!これは私の今までの闘病をも凝縮してくれるような表現です。私も忘れたことがないです、診断されてから今日まで、ただの一日も自分の外見が変わってしまった、ということを。鏡を見るたびに自分のアクロ独特の特徴を見ては落ち込む私。

この闘病記を読み進めていくうちに、現在は本当に前向きにご活動されている山中さんもかつては私みたいに悲観的に感じてしまったことがあったんだ、ということを知り、ご本人にはお気の毒かもしれませんが、正直、安心しました。「私は精神が弱い、駄目な人間だから病気を乗り越えることができないんだ」と思い込んでいたからです。この思いは、特に日本に帰国してから強くなりました。日本は「我慢は美徳」の文化ですから。しかし、そんな文化圏においても、同じ病気の患者さんが同じような思いに葛藤した、ということを知り、「私は独りではない」という安心感を与えてくれたんですね。

この「独りではない」、「仲間がいる」という感覚は希少疾病をもつ患者さんにはとても重要なもの、と私は考えています。そもそも、それが始まりで海外患者会に入り、互いを支えつつ歩むことが出来たからこそ今の私があるわけなので、やはり仲間意識やサポートは重要なもの、と見ています。その支え合いの中で海外患者会で度々話題になるのが、やはり外見。私は今まで、この話題に関しては「そうだよね、辛いよね。悲しいよね。悔しいよね。惨めだよね。」という言葉しかかけられませんでした。本当は「あなたはどんな外見でもあなたでいいんですよ」と言ってあげたかったけど、どうしても言えなかったんです。今まで、この一言を言ってあげられない理由がイマイチ分かっていませんでした。

しかし今回、山中さんの闘病記を読んで、また表紙に写る彼女の素敵な笑顔を見て、ふと、「私は私でいい、アクロの外見でも素晴らしい」と思えなければ、いくら他の患者さんに同じことを言ったところで「あなたはそのままでいい」というメッセージは伝わらない、ということを悟ったんです。そう思ったらなんだか今のままではいけない、という気持ちになりました。そして、ゆっくりと食べ始めたんです。少しずつ、一口一口、神聖なものを食べるかのように。自分の体との和解の瞬間でした。


この闘病記は、私に1つの突破口を与えてくれたと思います。まだまだ読み途中ですが、こんな素晴らしい本を書いてくださった山中登志子さんには感謝の思いでいっぱいです。


今回、1度食べられたからといって明日も食べられるか、というと、そう簡単には行かないと思います。しかし、山中さんのような方の存在を励みに頑張って自分の課題に取り組んでゆきたい、と思います。

2010年6月18日金曜日

Pasireotide (SOM230)

とうとう梅雨入りですね。慢性痛や偏頭痛持ちの患者さんには辛い時期となりました。
私も偏頭痛持ちなので、トリプタン系の頓服と吐き気止めを持っていないと不安な時期です。
ただ、痛みで天気をある程度予知できるのは便利ですよ(笑)。

では今日は Acromegaly Bloggers で話題になった治験中のお薬についてです。


Pasireotide (SOM230)

先端巨大症の患者さんは、私のようにサンドスタチンを使っている、または使ったことがあると思います。日本では先端巨大症のお薬で、これが唯一承認されているソマトスタチン誘導体ですが、海外ではソマチュリン・オートゲル(筋肉内注射)というお薬もあって、アメリカでは自己注射する患者さんもいらっしゃる、というお話を以前させていただきました。さらに、オクトレオチド(サンドスタチンと同じ薬剤名)のペレット製剤の治験も行われていて、これが承認されれば将来的には毎月、1・1/2”の19Gという注射による投薬をしなくても数ヶ月に1度で済むようになるかもしれない、というお話もさせていただきました。

今回はそのソマトスタチン誘導体の新たな(?)顔ぶれです。パシレオチド(と日本名では呼ばれるようになるかと思います)というお薬で、先端巨大症、クッシング病、及びカルチノイド腫瘍に有効なのでは? ということで研究されている薬剤です(参考文献の一例は、英語ですがこちら① ②)。

先端巨大症に関しては現在、ノバルティスが海外で第三相試験 (Phase 3) を行っています。パシレオチドLAR(40mg)とオクトレオチドLAR(20mg)を比較しているようです。ノバルティスのグローバル・サイトに、英語ではありますが、パシレオチドについての説明や図解、文献が載っております(こちら)。

ソマトスタチン受容体には様々な種類があるのですが、パシレオチドは従来の薬より多くのソマトスタチン受容体に結合するため、自然のソマトスタチンに一層近い働きをする、とのこと。

ノバルティス・グローバル・サイトによれば、パシレオチドはソマトスタチン受容体の1,2,3,5に結合するように作られたみたいです。先ほど挙げた文献 (Poll, Lehmann, Illing, etc) によると、オクトレトチドは主に2A受容体に働きかける、とのこと。どうしてもオクトレオチドだと結合できない受容体があり、そのために同じGH産生腫瘍でもオクトレオチドが効かない患者さんがいらっしゃるんですね。

因みに、このパシレオチドという薬剤、実は医療界では何も新しい話題でもないんです。ただ、ようやく第三相試験が今年11月で終わる予定になっているので、「さぁ、結果はどうなるのかしら?」ということで再び海外の患者さんがトピックに挙げてきたのでしょう。実際に下垂会の代表理事、はむろさんは既に2007年のブログに「SOM230」としてちょこっと触れています。

パシレオチドの有効性・安全性が認められて、最終的に日本でも使えるようになれば、サンドスタチンを初めとした薬物療法で効果がなかなか得られなかった患者さんには朗報ではないでしょうか。

2010年6月11日金曜日

摂食障害とIGF-1&GH

近況報告

摂食障害と抑うつ症状で入院したりして、一時はどうなるかと思いましたが、最近では色々な方に「随分とお元気そうになりましたね。」と言われます。皆様のサポートとお祈りのもと、なんとか1日1日を不器用ながらにも生きていくことができております。先週、教会の牧師先生ご夫妻に電車の中でたまたまお会いしたのですが、先生にも「ご退院後、表情がだいぶ明るくなりましたよね。」と仰っていただけて嬉しく思っております。

ただ不思議なことに、当の本人は今の方がむしろ辛い、と感じることが多くなりました。私の判断としては「うつ症状の急性期」は過ぎたのだと思います。しかし、うつが良くなると今まで麻痺していた感情を感じることができるようになってくるんですね。今まで泣くことすら出来ないくらい抑うつ状態だったのが涙が出るようになってきたので、今まで抑制されていた感情と向き合わなくてはいけない、だから辛い、という事なのでしょう。

食行動ですが、こちらはいい日も悪い日もあり、1日1日が闘いです。

では、本日の本題に入りたいと思います。
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摂食障害とIGF-1&GH

私のIGF-1は非常によくコントロールされているのですが、GHの方は未だかつて目標値以下に到達できたことがありません。今まであまりこの検査値のコンビネーションについて深く考えたことが無かったのですが、どうもこれが私の摂食障害と関係がありそうなのです。

神経性食欲不振症では
  • ↑GH (GH高値)
  • ↓IGF-1(IGF-1低値)
という内分泌の検査値異常が一般的です。

先端巨大症の患者さんはご存知の通り、GHは肝臓などに働きかけてIGF-1の産生を刺激します。このIGF-1、実は栄養状態と相関関係があり、栄養状態が悪いとIGF-1の値は低くなるんです。そうすると、IGF-1からGHへのネガティヴ・フィードバックが解除され、GHの値が高くなります

手描きでササッと描いたので見にくくて申し訳ないのですが、上の図の「ネガティヴ・フィードバック」と書いてあるところが解除される、というわけです。しかし、栄養状態が悪いためIGF-1が十分に合成されませんから、IGF-1合成を促そうとGHがどんどん出るわけです。

私達が先端巨大症の治療効果の評価によく使っているIGF-1の値、成長ホルモン分泌不全といった「成長ホルモン系の病気」だけではなく、神経性食欲不振症といった精神科との境界領域にも使用される検査なんですね。
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ちなみに

私の場合、IGF-1は常に基準値内に収まっていてGHが高め、という状態ですが、もしかしたらIGF-1のコントロールが良好なのはサンドスタチンLARだけではなく、摂食障害によるところも多少はあるのかもしれません。

神経性食欲不振症ではT3(トリヨードサイロニン)という甲状腺ホルモンも低値になります。T3も栄養状態に影響されるのですが、私のT3も常に低いです。摂食障害が改善されれば、栄養状態も良くなるのでT3は正常値になるかと思います。しかし、私が懸念しているのは、同時にIGF-1も上がってしまうのではないか、ということです。先生にこの件についてお尋ねしたところ、その可能性を否定しませんでしたが、「大丈夫よ~、あなたはサンドスタチンが効いているんだから!」とのこと。「そうだ、この薬が全然効かない患者さんもいらっしゃるんだ。万が一、私のIGF-1が上がってしまってもサンドスタチンを増やせばいいのか。」と少し安心しました。

IGF-1のコントロールについての心配もなくなったので、後は摂食障害の治療に専念したいと思います。

2010年6月4日金曜日

私の摂食障害の過去と現状

2月からの療養。気づいたら6月にとうとう入ってしまいました。

私もようやく復職に向けて動き出しております。
期待と不安が混ざった感情で、精神的には不安定です。
でも、私は「仕事をしていなくてはいけない。していない私は怠け者だ」と思ってしまうので働いていたいんですよね。前回は焦り過ぎて摂食障害を急激に悪化させてしまった経緯があるので、今回は慎重に取り組んでゆきたいと思います。

よく「その後、お食事の方は?」と尋ねられたりするのですが、今回はそれについてメインに書いてゆきたいと思います。

背景:ベースに摂食障害あり→疲労により食行動異常の悪化→大うつ性障害悪化→うつ症状による食欲不振→ラコールという栄養剤を処方される→過食傾向が現れる→食べなくなる→体重減少、うつ症状悪化のため精神入院→退院、現在に至る)


退院後

5月27日(木)に精神科担当医のO先生の外来診療が午後にありました。
「退院後、どう?ちゃんと食べられてる?」
O先生が尋ねます。「えぇ、入院前よりはだいぶ。(顔が若干ひきつる)」
「今、体重は?」
「52~53の間を行ったり来たりです。(作り笑い)」
本当のことが言えない苦痛。あの日、私の本当の体重は170cmで52Kgありませんでした。でも、退院後1週間半ばかりは本当に頑張りました。とにかく必死でした。しかし、嘔吐してしまったりして総合的に摂取エネルギーは減ってしまったのでしょう。

あの日の朝、体重計にのった時、体重が増えていないことに対する安心感不安感が同時にやってきました。そして現在、悔しくて認めたくはないですが、私の食行動異常はおそらく入院前あたりの状態まで悪化しつつあります。昨日、嘔吐後に倒れて床に横になっていた時、ぼんやりと「今の私には1日3度の固形食はハードルが高すぎる」と諦めました。そう思ったら涙がすーっと床に落ちてゆきました。そして12年前、神経性食欲不振症(拒食症)に陥ってから現在に至るまでの過程に思いを馳せていました。
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初潮の少し前に私は自己誘発性嘔吐を覚えてしまいました。そのせいで体重はどんどん減り、初潮が来たきり、2年半近く月経はありませんでした。どんどん減っていく体重。。。158~160cmぐらいで32~34kgの間。普通だったらもう身長なんて伸びるわけがありません。それなのに、体重は減っても身長だけは伸び続けました。それを踏まえると、この時すでにGH産生性の脳下垂体腫瘍があった可能性があるのでは、と私は考えています。今振り返って考えてみると、あの頃、女性ホルモンと成長ホルモンで変化してゆく体型に精神的についていけなかったのかもしれません。

一度はほぼ寛解まで行ったのですが、そこに「先端巨大症」という診断、異国でのオペ、高額な薬剤とその治療のストレス、希少疾病・慢性疾患の患者としての孤独感、そして何より元々存在していた「歪んだボディーイメージ」をこの診断によって更に後押しされ、精神的には極限状態でした。

ただでさえもそんな調子だったところに、帰国、就職活動、就職、引越しといったことが短期間に起き、更には体力的限界も感じ始め、2009年7月には既に体は悲鳴をあげ始めていました。 健常人の先輩や同期ですら「しんどい」といつもこぼしているこの仕事、ましてや複数慢性疾患を持つ私には限界を超えていました。

結局、また元のなじみのある食行動異常へと知らず知らずのうちに走ってしまい、気づいたときには遅すぎたんですね。先端巨大症は体を大きくするような病。そこに「小さくなりたい、消えてしまいたい、でも私はいつも太りすぎている」という誤った考え(らしい、イマイチ私にはピンとこない)の私。減量には拍車がかかりました。それでも、大きくなった骨格なんて減量で小さくなるわけがないのに、それでも減量を止められない。いつの間にか体重計の数字は私がこの世の中で一番嫌いだけど、一番執着を持つものへとなっていったのです。
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現在の私

食事を口に運ぶ。その時「これは(吐かずに)キープ出来そうか」というのがまず第一関門。ここが既に間違っていることは百も承知なんです。「どうしたらこれをキープできるのか」でないといけない。そして「やっぱり無理」と結論付けると自暴自棄になって過食嘔吐。キープしようとしたらしたで、一口一口、どうして食べなくてはいけないのか、自分に説明をしなくてはいけません。「体重の問題ではないんだよ。生き方の問題なの。生きるために食べてよ。消えたい、とか言わないで生きてよ。」と自分にしばしば語りかけています。

しかし、このバトルも非常にエネルギーの要るものです。昨晩、私もとうとう限界の限界を感じ、ラコール(半消化系栄養剤)に逆戻りしてしまいました。ラコールだと不思議と落ち着くんです。「食べる」という行為が無いからその分、楽なのでしょう。 今の私は別に一生栄養剤でも良い位、食べることを苦痛に感じています。1200Kcalの食事と1200Kcal分のラコールだったら今の私は間違いなく後者を選ぶでしょう。ラコールなら「キープするかしないか」なんて考える必要が私には無いからです。でも「出来れば何も摂取せずに消えてしまいたい。」これが本音です。きっと良くなれば「食事より栄養剤の方がいいなんて馬鹿げた事を!」と思えるようになるんでしょうけどね。そこに辿り着くまでどの位かかるのかしら?死ぬ前にそこに辿り着けるのでしょうか?

2010年5月31日月曜日

多発性内分泌腫瘍症(MEN)-Part 3

皆さん、お久しぶりです。

暫らくブログの更新が無かったせいか、色々とメールを下さり、ありがとうございます。辛い時、とても励みになりました。全員に返信できていなくて申し訳ありませんが、その一つ一つはゆっくり読ませていただきました。つくづく「自分は独りで闘っているわけではないんだな」と思いました。

実は退院後の今、あまり調子が安定していません。入院前に比べれば危険なレベルの焦燥感は改善されておりますが、相変わらず「食べ吐き」や「食べられない」という課題があります。医師の前では笑顔で「だいぶ良くなりました~」(まぁ、嘘ではないので)なんて無理して元気に振舞っておりますけど、体重も実際は退院時より若干減ってしまい、髪の毛がどんどん抜けてゆくのが哀しいです。

まだまだ根本的な問題は解決されていないのかな、と考えております。むしろ、12年前に発症した摂食障害が今すんなりと良くなったら「何だったの?」という感じですけどね。

では早速、入院前にお話を始めたMENについての続きです。
今回はMEN-2についてです。
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MEN2
2種類の型&1種類の亜型

MEN2(エム・イー・エヌ・ツー)には大きく分けて2つ(2A型2B型)プラス亜型(FMTC)の計3種類があります。これらのMEN2に共通するところは甲状腺髄様癌の発症がほぼ確実に見られる、ということです。

MEN2A型(Sipple症候群)

MEN2A型はSipple(シップル)症候群とも呼ばれるそうです。

主な合併腫瘍は
  • 甲状腺髄様癌 (ほぼ全例)
  • 褐色細胞腫 (約6割)
  • 副甲状腺腺腫・過形成 (1~2割)
数字はMEN-Net.orgから引用しました。
また、同サイトによると、2A型はMENの中では一番多いタイプのようです。

MEN2B型

MEN2B型は2A型と似ているのですが、副甲状腺腺腫・過形成はみられないようです。

MEN2B型の主な合併腫瘍は
  • 甲状腺髄様癌
  • 褐色細胞腫
  • 多発性神経腫(粘膜下神経節神経腫;ガンゴリオニューローマ)
粘膜下神経節神経腫とは角膜、舌、口唇、舌、消化管などに生じる小さな突起です。これが「多発性」という名の通りたくさんできてしまいます。神経腫が消化管にできると、便秘や下痢といった症状がでることもあります。

また、2B型では特徴的な外見となります。皆さんはマルファン症候群をご存知か分かりませんが、このマルファン症候群に見られるような痩せ型で手足が長い体型になることも症状の1つです。
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MEN2AとMEN2BはRET遺伝子という共通の遺伝子が原因となっています。MEN1遺伝子と同じく、常染色体優性遺伝なので、患者さんのお子さんは50%の確立でRET遺伝子を受け継いでしまいます。

また、MEN2においても、上記の合併腫瘍が同時期に起きるよりはむしろ時期を別にして発症することが多いため、MEN1同様に、こういった病気が現れたら、その病気がMEN2と関連したものかどうかをスクリーニングすることが求められます。
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FMTC(家族性甲状腺髄様癌)

FMTCはMEN2の亜型で、甲状腺髄様癌のみが生じるタイプで、名前の通り家族性のものです。MEN-Net.orgによると、患者数の少ない小さな家系ではMEN2Aとの区別が難しいことがあるようです。

以上、MEN2でした。

2010年5月15日土曜日

退院しました-入院;外泊;退院;そして、これから

ようやく退院!

5月14日(金)に私は晴れて神経精神科から退院しました。今回の主疾患は「摂食障害」。大うつ性障害や自傷行為はあまりメインではなかったのですが、お薬はしっかりと調整していただきました。まだまだ「寛解」からは程遠いですが、体重もかなり増やすことができ、生きることがかなり楽に感じることができるようになりました。しばらくは入院生活と同じリズムで生活していくことにしました。

厳しい行動制限と慣れない集団生活(6人部屋)に発狂しそうになったり、PMDD(月経前不機嫌性障害-PMSよりかなり酷いヤツです)で「首吊りたい」と本音が出てしまったり、泣きながら長時間かけて食事したり、食後に嘔吐したい欲求と闘いながら絶望的になったり、と自分的には本当に壮絶な体験でした。しかし、この闘いも孤独なものではなく、ヘルパーさん、看護師さん、担当のお医者さんなどの大きな支えと励ましがあったからこそ出来たんです。

途中で「もう限界です。退院させて下さい。」とK先生を困らせたりしましたが、3泊4日の外泊の許可をして下さり、このあたりから急速に良くなりました。外泊第1日目に過食嘔吐してしまい、自分で「どうして失敗してしまったんだろう?」「どうすれば防ぐことができたんだろう?」と自問自答するようになり、外泊中、1日ごとに目標を定め、挑戦していきました。その経験を生かして外泊から戻ってきた時、私は別人になっていました。担当医師も「オレンジさん、外泊から帰ってきて随分とスッキリとした表情になりましたね。」とおっしゃっていました。外泊は決して成功とは言えませんでしたが、沢山のことを学ぶ良い機会となり、実り多いものとなりました。
  • 今後の課題が明らかになった
  • リストカット、オーバードース、飲酒無しで過ごせた事が大きな自信となった
  • どんなことが自分のQOLを保つのに必要かが分かった
  • 根本的な問題を見直すチャンスとなった
入院最終の1週間、私は目標を定めました。
  • 2/3~3/4はコンスタントに食べる。
  • 自己誘発性嘔吐はしない!
    • 万一やってしまったらナースに報告する。
  • 姿勢を良くする。
  • 「問題」を感じたら、きちんと言語化する。
      • ×自傷
      • ×嘔吐
そして今日、新たに退院後初のフォローアップまでの目標を設定しました。
  • 自己誘発性嘔吐はしない。
  • 21時までには就薬(就寝前のお薬)を服用。
  • 21:30までには寝る準備をする。
  • 「自分を大切にすること」を意識する。
  • 姿勢を良くする。
まずは気楽にこの5つからスタート。「気楽に」とは言っても、今の私には精一杯の目標です。

1番目の「嘔吐しない」について:
嘔吐しなければ空腹にもならないし、吐くことを前提とした食べ方はしなくなります。 

2番目と3番目の就薬服用と就寝時間について:
また、夜遅くまで起きているから余計なこと(自殺念慮、飲酒、OD、過食嘔吐など)を考えるので早く寝ることにします。就薬を早めに飲めば眠くなるのも早いので、早めの服用を心がけます。

4番目の「自分を大切にする」について:
病棟の主任看護師さんにご指摘を受けて、ハッとしたのですが、私は忙しくなると自分自身に粗雑になってしまいます。また、入院中も礼拝には行かせていただいたのですが、その時のお説教に「私たちは主のものなのですから、自分を大切にしなさい」「私たちを裁くことの出来るのは主のみです。自分や他の人を裁くのを止めようではありませんか。」といったメッセージが多かったんです。また、入院中も聖書通読を続けていたのですが、たまたま読んでいた箇所が先ほど述べたメッセージが込められた御言葉が本当に多かったので、しばし「自分を大切にすること」について考えてしまいました。

今までの私は自分を「管理」はしていました。しかし自分を「愛する」とか「大切にする」ということは怠っていた、というより、どうやってそうすれば良いのか分かりませんでした。今回の入院を通してようやく「自分を大切にすること」が本当はどんなことなのか、どう「自分を管理すること」と異なるのかをなんとなく掴みかけた感じです。これは今回の入院で得たことで1番重要なことでした。 

5番目の「姿勢を良くする」について:
私の猫背は精神的な要因が大きいです。「背が高い、体が大きいと感じるから小さくなってしまいたい;消えてしまいたい」という心を反映しているんです。また、猫背だと満腹時に感じる胃の違和感を感じずに済みます。この違和感が12年前に摂食障害を発症してから恐怖だったので自然と身についてしまったんですね。でも、姿勢を正すだけで気持ちが変わることが分かりました。それに、担当のK先生も「ほら、オレンジさん、また猫背よ~。姿勢は良くしないとね。体型云々ではなくて姿勢の方が大切よ。」とおっしゃっていました。また、同病棟内の患者さん方にも「オレンジさんは背が高くてスラっと細くてモデルみたいねぇ。前かがみの姿勢ではなくて堂々としていた方がカッコいいわよ。」と言われたので、姿勢を正してみます。

退院したとはいえども、まだまだ課題は山積みです。むしろ、退院はこれからの治療の始まりに過ぎません。しかし焦らず、完璧主義にならずに、自分のペースで歩んで行きたいです。 

2010年4月21日水曜日

いよいよ今日から入院です


いよいよ今日から、約1ヶ月、神経精神科(全て閉鎖病棟)へ入院です
10時半に母と合流、11時に受付予定。入院中は外部と連絡が取れない状態になるので、ブログの更新も外出許可が下りた時になりそうです。

明日は内分泌内科の肥塚先生による診療もあります。先生の反応が気にかかります。「どうしちゃったのよ~?」なんて言われるかもしれません。もっと早くに肥塚先生にはご連絡を、と思っていたのですが、私の方が入院をなかなか決心できず、キャンセルすることまで考えていたので、結局Eメールしたのが昨晩(朝?)0時半頃でした。

今回の入院での1番の課題は食生活の建て直し。今までずっと(170cmで)「50kgを切ったら、摂食障害として治療対象だよ」と精神科のO先生に言われてきました。そして先週末、とうとう着衣でも50kgの無い状態となってしまい、私は焦りました。どうにか簡単に体重だけでも増やせないか?と思って物を食べても結局嘔吐。唯一「食事」として吐かずに食べられたものはトマトスープでした。水分も取れていなかったので、スープからの水分で若干、体重を戻すことができました。それでも平均体重の80%を下回っている状態は変わりません。ただ、着衣なら50kgを超える日が出てきました。(それでも脱いでしまったらアウトですけどね)

私は絶対に50kgを切ることはない、と思っていました。それは以前、同じように病的に減量していた時、何をしても50kgより下になることはなかったからです。ところが今回はO先生に「あなたこのままいったらアノレキシア(拒食症)になるよ」と警告されてからあっという間でした。1週間とかかりませんでした。

19日(月)に外来でO先生にお会いしたとき、私はレギンスで登場しました。今まで持っていたボトムが減量のため、ずり落ちてしまったり、ぶかぶか過ぎたりするのでレギンスしか履けない状態になっているんです。あの日、外を歩いていた時、ガラスに映る私の姿は明らかに先週よりも痩せているように一瞬見えました。いつも自分が十分に痩せているように感じられないのですが、あの時ばかりは、「この『痩せている』姿が本当なんだ」という認識をもったので、O先生の診察室に入っていく時にためらってしまいました。「また減らしてきたな、この子は。あれだけ警告しておいたのに。」と思われるのが嫌だったんです。

また近頃、よくフラフラするのですが、診察室に入って座ろうとしたらふらついてしまい「寝ていたからボーっとしてしまいました」とか言い訳してしまい、素直ではない自分が心底嫌になってしまいました。入院を取り消せないか、他に何かいい方法は無いか、と相談しましたが、やはり入院による治療が望ましい、とのこと。しかも摂食障害も今の体重では治療対象だ、と指摘を受け、私の決心はようやく固まりました。

自殺企図、強い希死念慮、うつ状態、食行動異常、自傷行為、パニック、オーバードース、などと問題は山積みです。しかし、今回の入院はこれらを少しでも良くする「チャンス」と見ることにしました。ソーシャルワーカーのOさんにも「ずいぶんと思い切った決断をしましたね。」「回復への近道になると思いますよ」と言われました。 しかし、いくら前向きに考えようとしてもやはり今の私はかなり張り詰めています。

ただ、一筋の希望は見えています。まず、これ以上悪くなりようがないですし、そして何より、私は守られた環境に置かれる事になるのです。もう1人の自分の「自分を殺してしまい」、「傷つけてしまい」という欲求から保護されます。少なくとも死の淵から、今よりは遠い場所に身を置くこととなるでしょう。

私が昨日Twitterに書いた言葉:
下着姿の自分を鏡に映す。やはりデブ。でも一瞬、骨と皮に痩せこけている可哀想なもう一人の私が見える。前腕は線状の傷跡無数。ごめんね、自分。こんな事するつもり、なかったんだよ。本当はBPも自傷もしたくないんだよ。でも明日からは安心してね。誰も私にそんなことをさせてくれなくなるから。
 (BP はBinging/Purging のことで、「過食嘔吐」とか「食べ吐き」と呼ばれます)

1ヶ月だけでは完全には良くならないでしょう。でも少しでも前進すれば、そこから何かが生まれるのでは、と信じています。

勇気を出して挑んでみます。

2010年4月17日土曜日

入院決定(涙)

今日はかなりまとまりの無い文章となっております。読みにくかったら申し訳ありません。
前回挙げた「私事」についての投稿です。

4月13日(火)の神経精神科の外来中、閉鎖病棟への入院を決心し、担当医と共に決定しました。4月21日(水)から入院予定です。

今年の2月18日から慢性疲労、うつ病のため仕事を休んで自宅療養しておりますが、一向によくなりません。仕事をしていないことに罪悪感を感じたり、生活リズムが乱れてしまったりと、どうもうまくいきませんでした。また、職場からの連絡にパニックを起こしたり、摂食障害、自傷行為を悪化させてしまったりと、思うように回復できずに今に至ります。

特に、ここ2週間、私の精神状態は大荒れ。希死念慮が酷く、自殺企図数回、食行動の異常など、どうしようもなく辛く、私の中では「死ぬか、入院か」というレベルまで来てしまいました。今、私は死ぬほど、今すぐ死にたいほど辛いんです。うつ状態が酷いんです。普通に食べられなくて絶望しているんです。それでも、入院したら強制的にでも食べなくてはならず、体重増加への恐怖は計り知れないもの。そこまでするんだったら、やっぱり死んでしまった方が楽なのでは、などと未だに迷っています。

また、日本では患者の拘束が未だに合法、と聞き、恐怖におののいています。ですから、「入院」という選択も死ぬほど怖いのです。普通の入院なら気楽なものですが、精神科の閉鎖病棟への入院はアメリカで2度、24時間カメラ・モニターのある精神科ERは1度の入院経験があり、その際に薬剤による拘束を数回されました。

拘束についてですが、アメリカでは、患者の身体拘束のために患者を縛ったりしてはいけないんです。それは人権を侵すことになるから、とのこと。私は大賛成です。ただ、そのかわりにあるのが薬剤による拘束。私がひどい焦燥感で拘束、となった時、お薬を筋肉内注射で投与され強制的に寝かされました。でも、あの手の拘束なら耐えられるんです。だって意識はないですもの。でも縛られたりしたら、私は間違いなく発狂します。術後、13本の物につながれているだけで発狂した経歴をもち、この時は静脈内注射による抗不安剤で対処されました。私の閉所恐怖症(診断されたことあり)は拘束、閉塞といったことと強い関連があるので、身体拘束を意識のある状態でされたら私は発狂してしまうんです。

こんな背景があるので、身体拘束をされる可能性を考えると怖くて近頃は「本当に入院の決断をして良かったのだろうか?」と考えてしまいます。私としては毎日、正午礼拝を守り、日曜日には主日礼拝を守る、という生活の中でゆっくりと癒されたいのです。しかし同時に、私の精神的・身体的限界も感じています。O先生にも「あなた、このままいったら確実に(日本の厚労省の基準の)アノレキシア(神経性食欲不振症)になるよ。」と警告され、その直後、とうとう私の体重は平均体重の80%をきってしまい、今となっては本当に拒食症になってしまいました。

入院も恐怖ですが、放っておいたら確実に私は死ぬと思います。衰弱死なのか、自殺なのか、その他なのか、それは分かりません。しかし、この精神状態でそのままだったら近いうちに死ぬ、と私は確信しています。それなら、もう入院するしかない、と思ったのです。

それでも尚、迷っている私。
今日、正午礼拝に行って聞いたお説教の中に「せっかくのチャンスを逃さない人は幸いだ」というメッセージがありました。入院は怖いですが、これは私に与えられたチャンスなのでしょう。それを逃してはいけないのでは、と思い、暫しお祈りしていました。入院は神様の御心だと信じているので、信仰心をもって、果敢に挑戦したいものです。

2010年4月16日金曜日

多発性内分泌腫瘍症(MEN)-Part 2

私事が立て込んで更新が遅れて申し訳ないです。
本来はMEN-Part2(MEN-1)のあとPart3(MEN-2)を投稿したかったのですが、この投稿後、その「私事」について投稿させて下さい。Part3まで行くか分かりませんが、相変わらずのマイペースで行きたいと思いますので、どうぞお付き合い下さい。

では、今日はMEN-1について書いていきます。ただ、私も素人なので、ざっくりとだけ説明します。MEN-1について詳しい方でご協力いただける方は、コメント欄に補足説明などを加えて下さると助かります。

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MEN-1(Wermer症候群)

MEN-1はWermer(ウェルマー)症候群とも呼ばれるそうです。しかし、私個人の経験としては「MEN-1(エム・イー・エヌ・ワン)」という名前でしか会話の中では聞いたことがありません。

主な合併腫瘍は
  • 下垂体腫瘍
  • 副甲状腺腺腫・過形成
  • 膵内分泌腫瘍
脳下垂体が主な合併腫瘍の1つ、として挙げられている唯一のMENの型なので、アクロメガリーの患者さんにとって一番関わりの深いMENであると思います。(中には下垂体以外の場所に腫瘍が出来てアクロになる患者さんもいらっしゃるので一概には言えませんけれども。)

前回述べた通り、MENの定義は「2つ以上の内分泌腺に腫瘍または過形成が生じるもの」なので、例えば、脳下垂体腫瘍だけで、他の内分泌腺に腫瘍・過形成がみられなければ、それはMEN-1ではありません。

しかし、注意が必要な点はMEN-1の場合、これらの異常が同時に起きることが少ない、ということです。例えば、私の知っている症例では、まず、プロラクチノーマ(脳下垂体腫瘍)と診断され、その数年後、ガストリノーマ(膵内分泌腫瘍)を発症しました。

MEN-1のその他の特徴は
  • 副甲状腺腫瘍・過形成が最も多い合併腫瘍である(90~100%)
  • 下垂体腫瘍はプロラクチノーマが多い
  • 膵内分泌腫瘍はガストリノーマが多い
という点です(情報元:「病気がみえる Vol.3」の234ページ)

原因遺伝子はMEN-1においてはMEN1遺伝子です。常染色体優性遺伝なので、患者さんのお子さんは50%の確立でMEN1遺伝子を受け継いでしまいます。ですから、遺伝カウンセリングが重要になってくる疾患なのです。確かに癌、高血圧、糖尿病も遺伝します。しかし、MENの複雑性、一般人のこの疾患に対する意識の低さ、患者側の身体的・経済的負担を考えたとき、挙児などの問題も出てくるので、非常に精神的にも厳しい疾患なのでは、と私は思っています。

以上、MEN-1についてでした。

2010年4月7日水曜日

多発性内分泌腫瘍症(MEN)-Part 1

MENって何?
私たちアクロ患者にどう関係あるの?

海外患者会 Acromegaly Community で先月話題になったものに多発性内分泌腫瘍症(MEN:Multiple Endocrine Neoplasia)という内分泌疾患があります。「なんで先端巨大症の患者会でそんな聞いたことも無い病気が?」とお思いの日本のアクロの患者さんもいらっしゃるか、と思います。実際にアクロ・コミュニティーでも知らない患者さんが多く、「MENって何?これってどう発音するの~?」なんていう方もいらっしゃったので。

私もAcromegaly Support をWayneが建ち上げてくれたころ、MENの読み方も何の略かも知りませんでした。しかし、MENを持つアクロの患者さんの「教育」のおかげで少なくともMENは「エム・イー・エヌ」と読むことをまず学びました(爆笑)。私の内分泌疾患の知識なんてそんなものです。

このMENの患者さんがアクロ・サポートに現れたのが2年半前だったかと思います。オクトレオチドLARで治療しているとか。しかし、なんやら良く分からない病気だなぁ、と思い、私は独学を始めました。少しでも、一緒に闘病している仲間のことを知りたかったから、の一言に尽きます。実際、難しそうな病気について勉強するのはあまり好きな方ではなかったからです。おかげで、だいぶMENについて分かるようになってきました。でも実際の患者さんからしたら氷山の一角の情報しか握っていないことと思います。

ですから、間違った情報、付け足したい情報がある方(お医者さん、患者さん、医学生の方など)、どうぞ、積極的にコメント欄にご記入いただければ、と思います。いつも数々の応援のメール、非常に感謝しております!


勉強を始めた当時の資料(英語)が手元に無い、というか正しくは帰国の際に紛失してしまったので、今回は病気がみえる Vol.3 糖尿病・代謝・内分泌 第2版を元に簡単に一般的なケースについてご説明させていただきたいと思います。
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まず、MENは2箇所以上の内分泌腺に腫瘍・過形成が生じる疾患です。
MENにはMEN1MEN2の2つの型があり、この分類は腫瘍発生内分泌腺の組み合わせに基づいたものです。
そして、ここが非常に重要なところなのですが、MENの多くは常染色体優性遺伝で家族内発生が起きる、というところ。

当時、「脳下垂体腫瘍には遺伝性はありません」という情報しかもっていなかった私にはこれは衝撃の事実でした。つまり、下垂体腺腫でもMENの場合は遺伝もありうるんだ、ということを学んだわけです。そして、今年の2月3日にアクロ・コミュニティーのアクティブな患者メンバーの1人、Sさんがさらに衝撃的な発言をしたのです。
「私の最初の診断名は『先端巨大症』だったんだけど、他の内分泌腺にも腫瘍が見つかって『MEN1』であることが分かったの。これ遺伝の可能性がある、ということで、私の11歳の息子をスクリーニングしたら、この子もMENだった。」
母親として、非常に複雑な心境だったと思います。内分泌系、とくにMENのような複雑な病気をわが子に遺伝させてしまった、という事実が非常に心苦しく感じているようで、「MENについてもっとよく知ってほしい。まずは患者サイドがこの病気について勉強してほしい。」と訴えています。

今日から数回に分けて、素人ではありますがMENについて投稿していきたいと思います。


なんて言っていますが、アクロ・コミュニティーからも原稿取りがやってきており、更新が遅れる可能性がありますので、どうかご了承ください。(締め切りが10日なので、あまり時間が。多少、焦っております。)

また、医療関係者、患者さんには、私の勉強不足を補う意味で、誤った情報、付け足したいこと、実体験などございましたら、コメント欄に積極的にコメントください。また、いつものように匿名ご希望の方はメール(私のプロフィールをクリックするとメールできるようになっています)でも結構です。

このSさんとの付き合いは患者会始まって以来なので、どうか彼女のMENを社会に広める運動にご協力、お願い申し上げます。

2010年4月4日日曜日

感慨深いイースターを迎えて

日本ではクリスチャン人口は1%にも満たないそうなので、もしかしたら皆さんは今日が私達クリスチャンにとって1番重要な宗教祭日であったことをご存知ないかもしれませんね^^。

今日はキリスト教暦ではイースター(復活祭)と呼ばれる日です。

簡単に説明すれば、金曜日に十字架に架けられ、土曜日に死にて葬られたイエス様が復活した日曜日、ということです。

私は、今年の2月18日から療養のため、休職しておりますが、強い希死念慮、2度に渡る自殺企図という既往があるので、もう今年のイースターを生きた姿で迎えることは無い、と思い込んでいました。この気持ちは誰にも言えなかったのですが、いざ今朝、10:30のイースター礼拝にいつもより早めに着いて会堂に座っていると涙が込み上げてきそうになりました。

クライマックスは受洗式後の讃美歌199番。受洗式、転会式のたびに何度も歌ってきた歌です。今日を迎えるまでは機械的に歌っていたところがあったのですが、これを歌っている最中に思わず涙。1番の歌詞でヤられてしまいました。
わが君イエスよ つみの身は、
くらきたびじに まよいしを
くまなく照らす みめぐみの
ひかりをうくる うれしさよ

「私は闘病生活の中、『人生』や『闘病』という暗い旅路に飼い主のいない子羊のように迷っていた。それをイエス様は様々な方の口と行いとによって私に光を照らして下さった。なんて、私は恵まれた幸せ者なんだろう!」

と思い、それ以降、4番まであるこの讃美歌が声になりませんでした。
今日まで生きてきたこと自体、私にとっては奇跡だったんです。
  • 先端巨大症(特定疾患の難病)-下垂体腫瘍
  • 摂食障害
  • 慢性頭痛
  • 大うつ性障害
  • パニック障害
  • 注意欠陥/多動性障害(AD/HD)
  • 睡眠障害
  • 耐糖能異常
  • 甲状腺腫(軽症)
  • 大腸ポリープ (軽症)
など本当に様々な複数疾患と共に生きていますが(疑われる疾患を併せるともっとです)、何とか神様の御恵みと共にマイペースに生きていければいいなぁ、とヒシヒシと思っています。
今日の投稿は宗教色が濃くて申し訳ありません。ただ、クリスチャンとして生きる複数慢性疾患患者の日記として書かせていただきました。

それにもかかわらず、お読み下さった方、本当にありがとうございます。

また、今日まで私を支えて下さった皆様に感謝すると同時に、生きることを簡単に投げ出さないことをお約束いたします

それでは、お祈りをいたします。

御在天なる、慈愛の神様、

今日、私達の救い主、イエス様の復活をお祝いする御恵みの日を、こんなにも罪深い私にさえも迎えさせて下さったことを心より感謝申し上げます。
私のように難病、慢性疾患、希少疾病で苦しむ兄弟姉妹に、宗教の隔たりなくあなたの御恵みと祝福を豊かに降り注いで下さいますように。
また、私の存じないところで苦しんでいる兄弟姉妹のことを覚え、お祈りいたします。どうか、彼らの至難の時、ご一緒にいらして、彼らに生きる勇気をお与え下さい
この貧しきお祈りを私達の救い主、イエス・キリストの御名によって御前にお捧げいたします。

アーメン




私が2005年12月11日(日)に受洗した時の写真です。

また、初めに記載した絵は
http://www.newlifecommunitychurchct.org/images/Easter-Cross-Resurrection.gif
よりお借りいたしました。

2010年4月1日木曜日

辛かった時に救ってくれた言葉

今まで希少疾病・難治性疾病患者、また精神疾患患者として生きてきて辛いことは数え切れないほどありました。特に、昨年度の2月は「3月までには私は死んでいるだろう」とか「イースター(今年は4月4日)までには自死しているだろう」と思いながら休職し、何とか今日まで生き延びてきました。これは私の努力ではなく、担当医師の方々、友人、母親、牧師先生、闘病仲間、そして何よりこれらの方々を私に与えて下さった神様のお陰です。(宗教的な表現を嫌う方、ごめんなさい。でも私はクリスチャンなので、どうしてもイエス様、精霊様、そして神様の御名を賛美せずにはいられないのです。)

4月1日は今年度の初日ですが、それまで私の命を護って下さった言葉を今日はリストアップしたいと思います。敢えて、どなたがおっしゃった言葉なのか、私にとってどんな意味をもった言葉だったのかは割愛させていただきます。というのも、読者の皆様には自由に解釈してほしいからです。あとは、私の個人的な体調不良もありますが(汗)。因みに、聖書からの引用は今回は控えさせていただきます。というのも、多くのクリスチャンでない方にも読んでいただきたいからです。

中には英語のものを無理やり日本語に訳したものもあるので、不自然な訳もあるかもしれませんが、その辺はご容赦下さい。
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「君は僕らにとって不可欠な存在なんだ。日本のアクロ(先端巨大症)の患者さんと僕ら(海外アクロの患者)を繋ぐのは君しかいないんだよ。」

「死んじゃだめ。生きるんだよ、絶対に生きるんだよ!」

「オレンジが自殺なんてしたら、私、もうやっていけない。私も死んじゃう。」

「あなたが生きている、ただその事実が他の患者さんの希望になるんですよ。」

「辛い時は微笑まなくてもいいんだよ。『辛い』って言って思い切り泣いても良いんだよ。

「難病を抱えながらも『生きていること』が最上の(クリスチャンとしての)『奉仕』なのではないかしら?」

「仕事でも何でも投げ出しても良いですよ。でも生きることだけは投げ出さないと約束して下さい。お約束ですよ。」

「オレンジ、あなたはこんなにも多くの人に慕われ、愛されているんですよ。あなたがいなくなったらアクロメガリー・コミュニティーはどうなっちゃうの?」

「パーフェクトなクリスチャンである必要はないんです。困難に立ち向かう時は、ただ泣いて祈ればいいんです

「あなたは生まれてきたんだから、生きていて良いんですよ。」

「自殺しない、って約束だよ。」(「自殺しない、って約束してくれますか?」)

「私がオレンジのところに行ってオレンジが救われるなら、私、いつでも行くよ。」 

「もう、オレンジは十分頑張ったよ。しばらく休んでいいと思うよ。」

「いつもオレンジさんのことを祈りに覚えています。焦らずにゆっくり良くなって下さい。」 

「あなたはどれだけ多くの人の心を救ったか把握していますか?それらの人々のことを思って下さい。あなたはクライアントを持つカウンセラーでした。今は患者です。そして、あなた自身は自覚がないのかもしれませんが、今こそ、あなたは誰よりも患者の苦悩・苦痛を知っているカウンセラーなんですよ。」

まだまだここにリストするのを忘れてしまった言葉の数々があるかと思いますが、どうかお許し下さい。

これらの言葉は聖書の御言葉と共に私を今日まで支えて下さった言葉のほんの一部です。

これらの言葉を胸に、どんなことがあっても生きることを簡単に諦めることはしないように努力いたします。

こんなに思いやりに溢れる仲間を私に下さった神様に感謝のお祈りを、私たちの救い主、イエス様の御名によって、御前にお捧げいたします。
 アーメン

2010年3月31日水曜日

自殺企図前の行動の変化

今日はいよいよ年度末!皆さん、非常にお忙しい一日をお送りの事と思います。
また、同時に、今日は自殺対策強化月間の最終日でもありますね。

様々なウェッブサイトに自殺のサインが色々と出ておりますよね。
今回はそういた一般的な情報ではなく、私個人の自殺企図前の行動の変化を振り返って書いてみました。
1つのケーススタディーぐらいに捕らえて下されば幸いです。

飲酒量がやたらと増える
私はクリスチャンで、メソジストというプロテスタントの宗派なので(青山学院大学が同じですね)、原則お酒はダメです。でも、たまにワインを飲んだりはしていました。それが自殺企図前の飲酒量は半端ではなくなっていました。とにかく、アルコールならなんでもいい、ぐらいまでいっていました。ハードリカーにも手を出しました。もちろんストレートです。ワインは1晩で1本(750mL)空けていました。これが1週間に2~3日。アルコール依存症一歩手前だったと思います。

独りでいたくなる
誰とも会いたくなかったです。人と会うのが苦痛でした。母親からのメールに「今は誰とも話したくも、会いたくもありません。そっとして置いて下さい。」という返信をしていました。

遅刻、欠勤が増える
もう、朝起き上がるのが辛くて、もはや不可能でした。朝一番最初に頭に浮かぶ思いは「あぁ、まだ私は生きている。。。」でした。

仕事の引継の書類の作成をする
12月から引継書類の作成を始めました。私がいつ死んでも会社が困らないようにです。まぁ、このおかげで療養開始がスムーズに済んで良かったんですけどね。

食欲が無くなる
いつも完食していたお昼のお弁当、2/3が精一杯。半分で残すことが多くなっていました。

運転が荒くなる
私は生来、結構丁寧なドライバーですが、企図前は無茶な運転ばかりしていました。ヒヤリハットだらけで、最終的に2月上旬に軽い交通事故を起こしております

ブランド物のバッグなど、家族から貰った物を返す
「もう、使わないから、お母さん、使いなよ」なんていいながら、貰った物を返していました。

買い物をあまりしなくなる
「こんなの買っても、あと何日使うか分からないし」と思って衣料品、装飾品、日用雑貨などの買い物をしなくなりました。食料品も必要最低限しか買わなくなり、まとめ買いがなくなりました。

身辺整理をする
いつ死んでも良いように、部屋をある程度は整理整頓するようになりました。AD/HDの私としたらこれはかなりの異常行動でした。

「凶器」になる得るものの近くに長居する
医療機器メーカーなので、当然、「危険物」も沢山、営業所のサンプル棚にはあります。たとえば注射針や針付シリンジなど。瀉血自殺や、毒物注射を考えていた時期もあったので、誘惑に負けないようにするに大奮闘でした。ついついサンプル棚に長居してしまうことが何度かありました。でも真面目な性格上、やはりサンプルは会社の持ち物なので、それを自分で使ったら「窃盗」ではないか、と思い、なんとか持ち越してきました。 医療現場で働く方で希死念慮のある方、私と同じようなことを考えてしまわないのかなぁ、と考えてしまいます。

突然、知人に電話するようになる
アメリカでお世話になった友人、教会員の方々にSkypeで電話をしまくりました。「これが最後のお別れになるのかな」なんて思いながら「あの時、(手術や入院など辛かったとき)支えてくれて本当に感謝しているの。」なんて言っていました。

大切に思っている人に会いに行く
実際に私は自殺企図の2日前に自分の内分泌内科担当医にアポイント無しでお会いしに行っています。私にとって、この先生は本当に大切な人なんです。私の命を2度も救って下さっています。いつも、辛い闘病生活に光を与えてくれている方です。その先生の存在そのものが私を明るくして下さる不思議な方です。
「先生、3月24日の予約まで私、持ち越せないかもしれません。今日が先生とこうしてお話するのも最後かもしれませんが、私は死んでも先生のますますのご活躍をお見守りしますよ。」と心の中で言って診察室を後にしました。本当は肩揉み(私の特技です)してあげたかったぐらい名残惜しかったです。あれがアメリカだったら、本当に先生にハグして泣きつきたかったくらい辛かったです。(そんなことされても、日本人の先生は困ると思いますが 汗)
でも、結局この先生とは3月24日に無事にお会いすることができたんですけどね。精神科のカルテを見て、先生は「私、なんだかよく分からないんだけど。。。」とおっしゃっておりました。先生、分からなくて結構です。分かったら先生も傷つくと思うので。

駅のホームで挙動不審になる
迷惑なお話かと思いますが、飛び込みも考えていたので、通過列車が来ると飛び込みたい衝動と闘うのに挙動不審になっていたと思います。じーっと電車が猛スピードでやってくるのをホームの端でよく観察していました。

自殺方法を検索する
やたらと検索エンジンに「自殺」「LD50」「致死量」という言葉を入れていました。

手紙(遺書)の用意
私は内分泌内科と神経精神科の担当医宛に長いお手紙を書きました。遺書です。ここまで来ると、「もういつ死んでもいいや」と思えてきました。

自殺のリハーサル
私はロープが家にあるのですが、長過ぎたので、長さの調整や結び方も含めリハーサルしました。なるべく苦しまないように頚動脈圧迫をするとき痛くないようにタオルを当てる、とか色々と試行錯誤しました。また、思いとどまることの無いように、気を大きくするためにお酒も用意。ODのために、それまで貯めてきた処方せん薬を何度もmg数を確認しました。

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まだ他にもあったかもしれません。この中には、他者からは観察不可の行動もあるかと思います。しかし、はたから見て変化が明らかなものもあります。是非、皆さんの周りの方の行動にこういった変化に心当たりがありましたら「最近、悩みでもあるの?」「死にたい、とか思うことってある?」とか切り出してお話を聞いてあげてください。また、ご自分がこういう行動を行っているのでしたらすぐに専門医療機関にご相談下さい。

2010年3月28日日曜日

アクロのお薬について&GH、IGF-1の性差について

サンドスタチンLARの副作用から回復
はむろさんのブログを読んで(ペグビソマントについて)
GH、IGF-1の性差について

ようやくサンドスタチンLARの副作用が抜けてきました。偏頭痛発作も精神安定剤を飲んでいるせいか、比較的軽く収まりました。倦怠感だけはどうしようもなく、昨日、母と外出中、何度も休憩をとらなければならず、気を使わせてしまいました。

海外患者会で、私と似た経験をされた方から「サンドの投薬直後の血糖値とカリウム値を計ってもらうといいかも。」との提案をいただきました。さっそく肥塚先生に相談させていただきます。いつも採血、投薬直前なので、このタイミングをずらすだけですからね。

 そういえば、私がサンドであんな弱音を前回吐いていたら、はむろさんは、もっと大変なんだなぁ、とはむろさんのブログを読んで思いました。はむろさんは、サンドだけでなくペグ(ソマバート)も併用していて、両方とも注射剤。サンドLARは月1だけど、ペグはAACEのガイドラインによると10mg - 30mg SC daily となっているので、つまり、1日1回、10~30mgの用量を皮下注射する、ということ。
 きょうから毎日の注射生活である。
 とはむろさん、おっしゃっております。

皮下注射(SC)ってインスリンの注射と同じ。でも、1つの疾患に2つも注射剤はキツイよなぁ、と思ってしまいます。いくらSCがそんなに痛い注射でないにしても、それを毎日続けるのは大変なこと。私のカウンセラー時代、クライアントにインスリンを自己注射している方が数名いらっしゃって、1日3回だったんですが、「これを私は一生続ける自身は毛頭無いなぁ。」とモニターしていたのを思い出しました。

こうやって前向きに頑張って治療に励んでいるはむろさんを見ると、私ももっと頑張れたらなぁ、と思ってしまいます。

ちなみに私のIGF-1は、サンドスタチンLAR(20mg)でよくコントロールされております。ただ、GHは未だかつて1.0ng/mL を下回ったことが無く、前回は5.67ng/mL。高いです。でも、少なくとも2つの信頼できるジャーナル(医学論文)によると、健康な閉経前の女性でも、男性の少なくとも3倍量のGHを産生するにもかかわらず、IGF-1は男性の値とほぼ変わらないという興味深い報告もあるので、まぁ、私のGHはそこまで気を揉む必要も無いかな?とゆる~く構えています。

この報告に関連した研究報告がEndocrine Journal に出ています。先月、東京女子医大の田中先生、福田先生、肥塚先生、高野先生のお出しした(提出は去年ですが) Gender differences in serum GH and IGF-1 levels and the GH response to dynamic tests in patients with acromegaly (フルテキストはPDFをクリックしてダウンロードお願いします)。色々と面白いことが書いてあって全部ご紹介したいのですが、重要な点だけザックリと述べさせていただきますと。次のようになります。(田中先生、要約し過ぎ、と感じたら申し訳ありません!)

OGTT、TRH、オクトレオチド、ブロモクリプチンといった負荷試験は男女差はあまり見られなかった。しかし、IGF-1/GHの比率は女性の先端巨大症の患者の方が男性患者よりも低く、特にその傾向は若い患者に顕著に見られた。この結果は女性ホルモンに起因するものと見られる。

ということのようです。 田中先生ってまだお会いしたことの無い先生ですが、今度、じっくりこの研究についてお会いしてお話を聞いてみたいなぁ、と思ってしまいました。前にも当ブログにエストラジオールとIGF-1の関係について投稿させていただいたりしていて、私個人としては非常に興味のある分野です。決して知識が豊富なわけでもないのですが、純粋に勉強がしたい、というだけなんですけれども。

そんな私が「私ってこういう、変な趣味があるんですよ。」というと、肥塚先生「勉強家なのねぇ。」なんて行って下さるので、あまり変人(爆)に感じずに済んでおり、ちょっと嬉しいです。

ではでは、いつも以上にまとまりの無い投稿になってしまいましたが、今週も御恵み豊かな1週間をお送り下さい。

2010年3月25日木曜日

サンドスタチンLAR投薬後の弱音


こんなのTwitterに書け、と怒られそうですが、字数制限の関係でこちらに書きます。

昨日のサンドスタチンLAR(20mg)の筋注で今日は寝込んでいます。
私、この薬、2007年の7月からずっと使っているのに、ほぼ毎月、翌日はこんな感じです。

気分は悪いし(吐き気)、体が動かないほどの倦怠感
生理痛に似たような腰の痛み
しかも、テラナス&ナイキサン(偏頭痛予防薬)を2日前から開始するのを忘れて1日前から飲んだので今日は偏頭痛発作に苦しんでおります。パソコンの画面もかなり暗くして使っております。

さらに、どういうわけかサンド投薬の後って私のADHDと焦燥感が一気に悪くなることを近頃発見しました。

これらの副作用、2-3日続きます。あと1-2日の辛抱。はぁ、辛い。。。

でも、こういう副作用が全くない患者さんや、最初の数ヶ月で無くなってしまう方がほとんどなんですよね。なんだか羨ましいです。

早くランレオチド・オートゲル、日本で承認されないかな?

実は肥塚先生にはこんな弱音、2回しか吐いたことないんですけど、サンドスタチンLAR、本当に私にとってはかなり辛い薬です。この翌日の副作用オンパレードで「もう全てを終わりにしたい」と思ってしまいます。

とまぁ、今日は布団の中からの投稿でした。ゆっくり休みます。ではでは。

2010年3月22日月曜日

自殺対策強化月間にお話したいこと

弱さを見せる強さ

ここで大告白すべきでも無いのかもしれませんが、3月は自殺対策強化月間なので、投稿するなら今かな、と思ったので、書かせていただきます。

私は今月、3月13日(土曜)の深夜から14日(日)にかけて自殺を図りました。
ご丁寧に長い遺書まで用意しました。
処方せん薬の大量服薬、飲酒の後、ロープに首をかけました。
行為に至るまでに何度も頚動脈の位置をチェックしたにも関わらず、意識が朦朧としてしまったせいか、ロープがしっかりと頚動脈を圧迫していなかったのと、縄目が緩んでしまったので、まだここにいます。

「リハーサル」をした時には、確かに「ここだ!」と分かっていたのに;過去に何度かやっていて手馴れているはずだったのに(いずれも病院内だったので死ぬ前に保護されています)、なぜか失敗しました。

翌日、つまり月曜日に予約外で担当医に非常に丁寧に、慎重にご対応していただきました。私がこの件について、牧師先生にも友人にも家族にも話していない、と言うと「弱い自分を見せること、って重要なことなんだよ。」とたしなめられました。

私の周囲からのイメージの中には少なからず下記のものがあります。
  • 常に前向き、ポジティブ人間
  • 逆境に絶えうる強い精神力の持ち主
  • 悩みは自分で解決できる
  • 抑うつ状態などとは無縁の存在
  • 常に笑顔
  • 弱音を吐かない
  • 敬虔なクリスチャン
このブログの読者の方はもう、お気付きかと思いますが、私は非常に弱い人間です。
  • 現に精神科のお世話にまでなっている、精神疾患患者です。
  • 過去に3度の精神科緊急入院をアメリカでしています。
  • 抗うつ剤を飲んでいた時期もあります。
  • 今はAD/HDのお薬でAD/HDとうつ病を同時に治療しています。
  • 精神安定剤、抗不安剤、睡眠導入剤も服用しています。
私が経口で服用するお薬のほとんどは精神科で出されているお薬なんです。

しかも、担当のO先生は多剤処方には大反対で、「自己治癒力」を盛んに訴える先生なんです。その背景を考えると、今の私の薬の種類は多い方かと思います。つまり、それだけ複雑なのか、重症なのか、またはその両方なんでしょうね(ため息)。

まぁ、お薬のことはさておき、私にとって上記の周囲から見た私の印象のリストにはかなりプレッシャーを感じてきました。いつも、皆に相談を持ちかけられるタイプで、私の方から相談、ってなかなかなかったのです。いわゆる、「頼られる存在」としてのアイデンティティがあまりにも強く出来上がってしまっていたのです。そんな感じなので自分の弱さを他人に見せる、なんて私からしたら「とんでもない」考えでした。

しかし、今回の自殺企図の後、O先生とお話していて感じたのは「虚勢を張るのはもうやめよう。助けが必要な時には助けを求めよう。私が死んでからではもう遅いんだ。」ということ。私が泣ける場所って今は病院の診察室内と自宅で一人でいる時ぐらい。辛い時につらい気持ちを共有できる友人や家族(家族は論外です!)はこの自殺企図前は皆無でした。(友人でこのブログをお読みの方々、申し訳ありません)

そんな私を変えたのはO先生でした。月曜日(15日)、「私、生きていてもいいんですか?」と泣きながら訊くと「あなたは生まれてきたんだから、生きていて良いんですよ。」とおっしゃって下さいました。私が診察室を出ようとした時、両手を若干強く握って下さいました。アメリカの牧師先生がよくお祈りする時にやって下さったように腕がクロスしているのを見て、「そうだ、私はアメリカでは少なくとも牧師先生には相談していた。自殺も、うつも、罪ではない、病気なんだ、って私の心に寄り添ってくださった。」と思い出しました。そして、O先生は力強く私に言い聞かせました。
「死んじゃ駄目!生きるんだよ!絶対に生きるんだよ!」
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今回、ODプラス絞首を選んでいるので、かなり致死性は高いメソッドにも関わらず私が助かったのは奇跡と言っても過言ではないと思います。

実は私が首にロープをかける直前、聖書をぱらぱらっと開いたのです。
最期に主はどんな御言葉を私に与えて下さるのかしら?と思ったからです。
すると、たまたま開いたページでたまたま私の目に留まった御言葉が次のものでした。
どうして時も来ないのに死んでよかろう。
(コヘレトの言葉7:17)
あの一節を目にした時、私は一瞬思いとどまりました。あの御言葉が与えられたのは単なる偶然ではなく、やはり神様が私を止めようとしていたんだと信じています。ですから、「これから私は重大な罪を犯してしまうんだ」と思いました。「こんな馬鹿げたこと、やっぱりやめよう」とも思いました。でも同時に「どうしても私は死ななくてはいけない」という焦燥感に駆られており、もはや止めようがなかったのです。もう、どうして死にたいのかもよく分かっていなかったんだと思います。

「神様、僕(しもべ)はもう生きてゆく力を失いました。イエス様は一緒に十字架に貼り付けにされた悪人をもお救い下さいました。私も罪人(つみびと)ではありますが、どうか御心(みこころ)がお許しになるのでしたら、どうか私をも、こんな罪深い私をもお救い下さい。分かっていながらもこんな罪をこれから犯そうとしている僕(しもべ)をどうぞお許しください。」 
とお祈りしました。

それから一気に私はロープに体重をかけました。しかし、この一瞬の思いとどまりがきっとロープの位置をずらしたのでしょう。また、首吊り用の結び方(普通の結び方では駄目なんですよ~)をしたにもかかわらず縄目が緩んだ、ということも考慮にいれると、本当に神様が私を救って下さったんだと思います。
主よ、あなたはわたしの魂を陰府(よみ)から引き上げ
墓穴(はかあな)に下(くだ)ることを免れさせ
わたしに命を得させてくださいました。
(詩篇30:4)
先週の金曜日、思い切って牧師先生に全てを打ち明けました。
牧師先生は私のこの一連の行動に関して責めることは一切しませんでした。
むしろ、私の心に寄りそう様に色々とお話をして下さり、お祈りして下さいました。

自分の弱さをさらけ出すことは勇気が要りますが、それこそが本当の強さなのかな、と今では思っています。
皆さんも、生きることを簡単には諦めないで下さい。
今、苦しくて苦しくてどうしようもないかもしれません。
それで、最終的に私のように自殺を決心してしまったとしても、行為に移す前に少なくとも自分が信頼できる人、大切に思っている人にはそのことについてお話して下さい。

これが、自殺未遂者からのメッセージです。

2010年3月19日金曜日

ランレオチド/ランレオチド・オートゲル

今日は日本、未承認薬であるランレオチドについてのお話。

日本にはドラッグラグがあったりで使えないお薬があったりしますが、まず初めに世界的に見て、よく使われる先端巨大症のお薬を紹介します。(情報源はAACE:"American Association of Clinical Endocrinologists"です。)

まず、カテゴリーは大きく分けて3種類。
  • Somatostatin Analogue(ソマトスタチンアナログ)
    •  Octreotide/Octreotide LAR(オクトレオチド/オクトレオチドLAR)
      • サンドスタチン/サンドスタチンLAR
    • Lanreotide/Lanreotide Autogel(ランレオチド/ランレオチドオートゲル)
      • ソマチュリン/ソマチュリン・オートゲル

  •   Dopamine Agonist(ドパミン受容体刺激薬)
    • Cabergoline(カベルゴリン)
      • カバサール

  • GH Antagonist(成長ホルモン受容体拮抗薬)
    • Pegvisomant(ペグビソマント)
      • ソマバート
 あれ、ブロモクリプチンパーロデル;ドパミン受容体刺激薬)は?とお思いの方もいらっしゃるかもしれませんが、アメリカでは使わないのでしょうか?AACEのガイドラインには全く出ておりません。しかも海外患者会では話題にすら上ったことがありません。ドパミン受容体刺激薬ってGHとPRL(プロラクチン)を同時に産生している腫瘍に適応なのですが、なぜか海外患者会ではブロモクリプチンを使っている、と聞いたことがありません。カベルゴリンはソマトスタチンアナログとの併用が多い印象を受けるのですが。。。パーロデル、海外ではアクロの治療には使わないのかしら?気になります。

かと思いきや、逆に日本の皆さんの中には「ソマチュリンって何?」という方もいらっしゃるかもしれませんね。これ、海外では好評で、サンドスタチンで副作用が辛い、というとよくソマチュリンに切り替え、となります。残念ながら日本では未承認薬です。海外患者会のWayneも最初はサンドスタチンLARで酷い倦怠感が続き、ソマチュリン・オートゲルに変更したそうです。変更前は、サンドの投薬を金曜にして、週末は寝込んでいたそうですよ。今の私のようなので、なんとなくどんなだったか想像がつきます。腫瘍に効いても辛い副作用がついてまわると、なんだか一気にQOLが下がってしまうんですよね。私は2007年7月からサンドスタチンLARを使っていますが、未だにあの翌日の倦怠感と偏頭痛発作はどうにもこうにもなりません。あと、投薬直後、お腹がキュルキュルいうのも気になります。投薬後、その日は安静にしていないと翌日は完璧ダウンなんです。

そんな愚痴をこぼしていたら、海外の患者会メンバーに「ソマチュリンに変えればいいのに。」との声が。日本で承認されたら1度試してみたいお薬の1つです。とはいえ、サンドスタチンを作っているノバルティスにはアメリカでPAPのお世話になっていて、無料でお薬をいただいていた、という経緯があるので、こんなに薬価の高いお薬、簡単にスイッチングしたらバチがあたりそうですが。

今、Wayneは4週間に1回、ソマチュリン・オートゲルの自己注射(もちろん筋肉内注射で針もサンド並みの太さですよ)ですが、今までの生活が取り戻せた、と喜んでいます。Wayneがそんなコメントをしたら「私もなんです。」という患者さんが結構な人数、出てきました。サンドスタチンLARの副作用が辛かった患者さんはどうもソマチュリン・オートゲルで副作用がかなり改善される可能性があるようです。

ノバルティスもソマチュリンに負けないように、サンドスタチンの副作用を軽減して下さると私のQOLも多少上がるのですが。私、投薬が通常木曜日なので、金曜日の病欠、遅刻(または直行)、早退(または直帰)率は結構高いです。

ソマトスタチンってTSH(甲状腺刺激ホルモン)を抑制する作用も持っているので、その作用のないソマトスタチンアナログを開発することができれば、倦怠感の副作用が激減するように感じるのですが、そう簡単にはいかないんでしょうか?

それにしても、「ソマトスタチンアナログ」というカテゴリーとしては同じであるサンドスタチンとソマチュリン、何がそんなに違くて、こんなに副作用の出方に差がでるのでしょうか?なんだか謎です。

2010年3月18日木曜日

眠れない!


皆さんは疲れていて、とっても眠いのに眠れない、といった経験はありますか?
内分泌の病気をお持ちの方ですと、結構ありそうな気がするのですが。
たとえば、私はステロイド剤を内服していたときは3日間、一睡も出来なかった経験があります。
なので、クッシングの方など眠れるのかな?と思ってしまいます。

私は神経性食欲不振症が最も酷かった中学3年のときに早朝覚醒に苦しみました
  • 体は睡眠を求めているのに全く眠れない。
  • 決まって午前3時半に目が覚める。
  • 眠いのに眠れない。
これが、今の私。いえ、もっと酷いです。
疲れているのに睡眠による休息が取れないのは辛いです。
今、ベンゾジアゼピン系のお薬は精神科から3種類出ています。
  • メイラックス(1mg)1錠 夕食後
  • ソラナックス(0.4mg)2錠 頓服(パニック時)
  • ドラール(15mg)1錠 就寝前
最初はメイラックスで十分だったんです。これ、精神安定剤だけど眠くなるのでそれで寝ることが出来ていました。パニックもコントロールできていました。

ところが、近頃、パニックがOut of Control 状態なので、ソラナックスを頓服で出されたのです。これは前回の発作で初めて使いましたが、著効を示し、大満足。

ドラールは「先生、近頃2~3時間しか眠れなくて、3時間眠れたらついている方なんですよ。」とこぼしたら処方されたお薬。1日目は著効!!6時間睡眠でした!でも、寝るとき、胸が苦しくてオーバードース(OD)した時の感覚に似ていました。なんだかこれから死ぬような感覚。しかし、それも1日目だけ。

ドラール2日目:全く眠れない(涙)。結局3時間睡眠。お祈りしたり、聖書を読んだりしても効き目なし。朝の5時になった時点で諦めモード。なんだかベンゾ系に耐性が付いてきてしまったように感じております。

もうベンゾ系は嫌だなぁ、と思ってきており、今までの精神科で処方された薬で「眠気」の副作用が辛くて止めてきた薬をリストにし、現在服用中のストラテラとの相互作用をチェック。(コレ職業病です。皆さんはきちんと主治医と相談して下さい。)リフレックスは避けた方が良さそうだけど、デジレルなら無問題です。まだデジレル残っているから、今晩もドラールで眠れなかったらデジレルを試してみます。確か、私は50mgで「眠い、眠い」といって結局、ノンコンプライアンスに終わったお薬でした。(だから大量に余っているんですけどね 汗)また、アメリカにいた頃はデジレル100㎎~150㎎という処方を入院中にされ、低血圧で倒れました。

それにしても、ドラール初日のあの「アルコールと共にODした時と同じ感覚」にはちょっと恐怖心すら抱きました。いつもはあの感覚で「はぁ、呼吸が苦しい。このまま逝ければなぁ。でもこんな量、胃洗浄すら必要ない量だよなぁ。次に目が覚めるのはいつだろう。」とか思いながら目を閉じるのと全く同じ感覚って怖いものです。

今日、薬局にラコールを1箱とりに行く予定なので、そのついでに薬剤師さんにも相談してみます。
今夜こそは眠れますように。

2010年3月14日日曜日

メンタルの治療、一筋縄に行かず

ラコールについて
うつ状態と摂食障害

先日、栄養剤ラコールのお話をさせていただきました。やはり、バナナのフレーバーにアレルギーだったようなので、ミルクフレーバー、コーヒーフレーバーにしていただいたら、あのお腹が焼け付くような感覚、顔のかゆみ、衝動性がかなり改善されました。残っていたバナナフレーバーをこの間、試しに200mL飲んでみたらやはり同じ症状。バナナはもう、永遠に飲まない方がよさそうです。

ちなみに、私はミルクフレーバーは結構気に入って飲んでいます。コーヒーフレーバーは。。。私は大嫌いです。なんだか麦茶にプラスチックを加えたような、私にとっては嫌いな味にカテゴリーされるものです。(でも、聞く話によると、コーヒーフレーバーって結構人気らしいですね。)

そもそもO先生がエンシュアでなくてラコールにしたのには理由があるんです。エンシュアもラコールも半消化系の栄養剤であることには変わりないのですが、ラコールにはうつ症状に有効といわれているω3系の脂肪酸が含まれているんです(シソ油とかが入っています)。エンシュアはω6系は豊富なのですが、ω3系は弱い、というか入っておりません(コーン油が主体です)。ここのところが「ラコールの方が、エンシュアよりも日本の食生活にあっている」という根拠の1つのようです。あとは、エンシュアのほうが脂肪分が大幅に多い、ということ。これが、日本人の患者さんでは「ラコールよりもエンシュアのほうが下痢しやすい」原因となっているようです。

O先生には「きちんと食べるように」「ω3系脂肪酸を中心にね」などとアドバイスされていたのですが、何せ摂食障害持ちの患者には、まず「食べる」という行為が難しいわけです。そこで、サプリメントや食のアドバイスだけではなく、栄養剤を用いることになったのです。

正直な話、体重はまったく増やせていません。しかも一時期ラコールに頼りすぎていたので、固形食を食べるたびに下痢を起こしています。 ただ、先生には「これ(ラコール)だけではなくて、普通の食事もしないと駄目だよ。」と言われているのが辛いところ。お約束が守れておりません(正直に先生には報告しています)。もっとも、そんなに簡単にこの約束が守れたら、12年も摂食障害に蝕まれることはなかったわけですが。

「中枢性摂食異常症」も実は国の難病なんです。これ、本当に難治性だと私も感じています。「寛解!」と喜んでいると直ぐに悪魔のごとく戻ってくる嫌な奴です。特に過度のストレスにさらされると私の生活は食事に翻弄され、それはそれは悲惨なものとなるわけです。 近頃、強く思うのは「摂食障害(特に食欲不振症のほう)ってゆっくりとした自殺だよなぁ。」ということ。

普通のダイエットと違って目標のない減量。私の場合、自分が二分化され、片方(AM-Actual Mind)は「私は健康になる権利がある」と訴えていても、もう片方(NC-Negative Control)が「お前などにそんな権利はない。食べるな、飲むな。さっさと死ね。その気になれば首を吊らなくたって低血糖と脱水で十分死ねるはずだろう」という状態。これを12年続けてくるとさすがに堪えてきます

そこに、先端巨大症、うつ病、偏頭痛、ADHD といった要素が加わると、私は押しつぶされそうな精神状態になるわけです。それで、少なくともNCを騙し騙し、栄養を取らせることが必要になってきます。近頃気づいたことは、栄養剤なら1日400KcalまでならNCが「薬」として扱ってくれることでした。もちろん、食事を口にしようものなら「さっさと吐き出せ」と指示がありますが、栄養剤の場合、400Kcalまでならそんな意地悪はしてきません。このままNCを騙して処方通り600Kcalまで取らせてもらえれば良いのですが、なかなか難しいです。

肥塚先生は摂食障害は「治すことが可能な疾患」 とおっしゃっていました。しかし、さすがに患者12年目の私にはその言葉を素直に信じることが出来ないんです。もう、「治そう」という意欲も無いのでかなり放置状態。体の方はいたって丈夫なようで、平均体重の15%をきっても、きちんと月経があるので私も問題意識をきちんと持っていないんだと思います。また、先端巨大症のお陰で、周りには体重減少がバレにくい。スーツさえ身に着ければ結構「ガッチリとした体系」に見えるので、減量に拍車がかかります。

今回、摂食障害を私が患っていなければ、うつの治療ももうちょっと簡単に行ったように思います。うつ病にはまず、休息と栄養ですから。でもNCがそれをさせてくれない。NCは私を死の方向へと導こうとする奴です。だからなかなか良くならないんですね。 とは言っても、NCも私の一部です。自己責任で治療をしないと何も始まりません!

そんなことを考えていると、本当に自分が駄目な人間に思えてきます。
職場復帰を先週から具体的に意識し始めてから、また体重が減少し、自殺企図をすでに2回。(アメリカだったら、とっくに緊急入院させられているでしょう。精神入院は辛いです、ほんと。)やはり、仕事に何らかの重大なストレスが関与しているのでしょう。せっかく心理学で学位をとったので今、自分に認知療法を施していますが、自分を治療するって難しいことですね。はぁ、駄目なカウンセラーだ。

自分のクライアントのカウンセリングなんかより自分の方がよっぽど難しいです。私は他の方には優しくできても自分には優しくできない、という重大な欠点があるので(これは、インターンシップ中にスーパーバイザーに指摘されました。本当にその通りだと思います)。

本気で社会復帰が不安です。

2010年3月12日金曜日

奉げもの


2007年3月12日の私へ

今週、水曜日に友人のNさんからいただいたチューリップでお生花(古流)を何年かぶりにやりました。ので、師範(理名「理彩」の名をいただきました。)をもっているくせにこんな出来ですが、せめて私の心を癒すには十分過ぎるぐらいです。

Nさん、ありがとう。

一時は「記念日自殺」も考えたりしましたが、頑張って生きていきます。

 いけばな、また始めたいな。

(2001年にお師範をいただいたから、かれこれ10年はお生花はしていなかったかも。現代華はよくやっていましたけどね。)

2010年3月11日木曜日

私の「記念日」

なんだか1日中おかしな私
「記念日発作」
肥塚先生のお名前に関する雑感

今日、神経精神科のフォローアップ外来に行ってきました。
近頃、ADHD薬のストラテラも減らしたし、安定剤のメイラックスもきちんと飲んでいるのに眠れないんです。寝られても3時間とか。朝方まで眠れなかったりします。

それで、今日に至っては神経精神科のロビーで待っている時に動悸パニック発作なんですが、なんだかおかしい。いつもならすぐ収まるのに永遠とも思える時間、そのまま。絶望感で胸がいっぱいになります。「もう無理!自分が自分じゃなくなる!」と思って頭を抱え込んでしばらくすると私の名前が呼ばれたので、よろよろと8番診察室へ。O先生が両手首から脈を取ります。「先生、もう駄目。こんなの、やだやだやだ。(連呼)」など自分でもなんやら訳のわからないことを口走っていたように思います。でも診療中、次第に落ち着きを取り戻します。

上記のパニックは酷かったのですが、今日は1日中動悸。しかも人が恋しい。というか寂しい。

挙句の果てにはアポイント無しに、私の大尊敬するお方にひょっこりお会いしに行ってしまいました(汗汗汗)(こんなことをしても許されたのは、このお方の寛大さと優しさがあってのことだと思います。本当にお忙しい方なので、申し訳なく思っておりますが、とにかく感謝の気持ちでいっぱいです。)とにかく、私の何かがおかしい1日でした。

帰りに日本橋図書館に立ち寄った時、返却日の表記された紙を凝視して、ふと思いました。
「あれ、今日の日付は?」
3月11日。特に特別な日では無いしなぁ。 待てよ、確かに今日では無いけどそうだ!そうに違いない!
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皆さんもそうだと思いますが、私にもいくつか特別な日があります。私には「病気記念日」というか、そういったものがあったりします。特に重要で、個人的に特別に過ごす病気関連の「記念日」をリストアップしてみます。
  • 2007年
    • 3月12日(神経眼科医の最初のアポ)
    • 3月16日(人生初のMRI)
    • 3月26日(神経眼科医から「脳下垂体腫瘍」の告知)
    • 3月28日(脳外科医と耳鼻咽頭外科医とオペの打ち合わせ)
    • 4月2日(オペ当日)

  • 2008年
    • 1月22日(女子医大、肥塚先生に出会った日)
    • 8月29日(今までで1番本気の自殺企図)
「はっ、こんなにあるの?」と言われそうですが、この一つ一つが私にはとーっても大切な日付なんです。曜日も全部覚えています。

今回、問題だったのは3月12日。今日、11日はその前日。2007年3月11日(日)は非常に不安な思いをして過ごしていました。 というのも、神経眼科医に紹介状を書いた眼科医が「目にまったく問題は無い。つまり、これは視神経か脳の問題である可能性が高い。」と私に断言していたからです。私は脳腫瘍であるのだろう、となんとなく感じていたので怖かったのです。

心理学を勉強していたとき、両親や配偶者などの命日に「この日だ」という意識がなくても、その日が近づくと自動的にうつ状態になることがある、という現象を学びました。私の今日の経験は、まさにこれなんだと思います。私の「命日」なんです。

2007年3月12日(月)、神経眼科医のDr. Yにお会いした日、初めて視野検査を受けました。結果を見た時、私は診断名の予測が既についていました。心理学専攻だったので、皮肉にも認識心理学、脳解剖学、神経心理学を学んでいたからです。「耳側半盲の原因でよくあるのは脳下垂体腫瘍」と教科書に書いてあります。「あぁ、医者が患者になる瞬間ってこんな気分なのかな?」なんて思いました。同時に、この「よくある原因」でなかったら何だろう?と怯えていたのも、よく覚えています。

 もしかしたら、それで私は近頃眠れないのかもしれません。2007年3月12日は私の人生の大きな転機です。私の中では先端巨大症とのバトルはこの日から始まった、と解釈しています。この日、今までの私は「死んだ」のです。この日、私は慢性疾患患者として生きていく不安を真に抱いたのです。それは、果てしなく重い十字架でした。この日の夜、声を押し殺して泣きました。泣いても泣いても涙は止まりませんでした。私は異国の地で、こんな深刻なことを誰に相談すればよいか分からなかったのです。心配させたくなかったので家族にも伝えられませんでした。

それが私の3月12日の思い出。昨年、3月12日に大きなパニックに見舞われなかったのは、実は「肥塚現象」によるものでした。2009年3月12日は内分泌内科の診療日だったんです。あの日も朝は電車の中で気は虚ろでした。せっかく4月から社会人の仲間入りをする、という希望があったにもかかわらず軽い希死念慮があったのです。4月からの1ヶ月の合宿研修が不安、というのもありましたが、なによりも、どうしても2年前のことを考えずにはいられなかったんです。でも、肥塚先生の笑顔を見たらなんだか気持ちが楽になったのを、今日、思い出しました(笑顔)。
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そんなことを思いながら、先日、購入した内分泌検査マニュアルを開いてみます。「肥塚 直美」という名前を目にしたとたん、なんだかどっと安堵感が押し寄せてきました。肥塚先生の下の名前は「直美」。「真っ直ぐで美しい」と通常は解釈するのでしょうか。それはそれで先生の人柄にぴったりのお名前です。それにプラスして、私は近頃このお名前を逆の順番でも解釈しています。「美しく直す」。(「直す」と「治す」は意味に違いがありますが、私は「直す」の方が好きです。)私の勝手な解釈で申し訳ないんですが、なんだか今日、先生のお名前を見ていて、そんなことを考えてしまいました。

明日は3月12日当日。なんとか乗り越えます! 今日、突然の訪問に応じて下さった例の方には非常に感謝しています。本当にありがとうございました。

2010年3月10日水曜日

内分泌疾患を持つ患者さんにお薦めの2冊

最新 内分泌検査マニュアル 第3版
病気がみえる Vol.3 糖尿病・代謝・内分泌

今月の初めに本屋で発見してからずっと気になっていた1冊があったんです。
そして、ついに先週、思い切って買ってしまいました!
既にチャプターによっては蛍光ペン引きまくりです。


東京女子医大の内分泌内科高野教授監修したもの。
2010年2月20日に出版されたばかりのものだったようです。

私はどうも「東京女子医科大学」という文字に敏感に反応してしまうようです。しかも科をみると「内分泌疾患総合医療センター内科」なんて背表紙に書いてあるからもう、手に取るしかありません。

これ、中身は白黒ですが、内分泌の検査について分かりやすく解説してあるので、お薦めです。ただ、内分泌の基礎知識が無いと若干キツイかもしれません。そんな方は、後ほどご紹介する本(「病気がみえる」シリーズ)と併用するのもいいかもしれません。自分が病院で受ける検査の具体的な目的が分かると、自分の検査結果を見て分析するのも楽しいですよ(私だけか?!)。

ただ、今回の版の高野教授の序文が気になります。
本書は本年3月で東京女子医科大学を退任する私と佐藤幹二先生の退任記念誌としても企画され、医局員一同で執筆しました。
えっ、そうなんですか?佐藤先生の記憶は残念ながら私には無いのですが、高野先生は検査入院中に教授回診の際にお世話になりました。あの時は「肥塚教授とは随分と異なった方だなぁ。」と思ったものです。また、去年11月の公開講座の際にもお目にかかったので、よく覚えております。

こういったことに想いを馳せると、私が女子医大に通院するようになってからの2年の間に実に様々なことがあったなぁ、なんて思ってしまいます。例えば、脳下の担当医が2年前は助教授だったか准教授だったのに気付いたら去年、教授になっていたり。下垂体疾患が2008年6月に難病になり、2009年10月には遂に特定疾患となったり。まさか、自分が海外患者会の執筆活動に参加することになってしまったり。なんだか2年間でこんなにも色んなことが起きてしまうものなんですね。

次はどなたが内分泌内科の主任教授になるのかしら?やっぱり気にはなってしまいますが、私にとっては「寛容・忍耐・気配り」のモットーが引き継がれればどなたでも、というのが本音です。

では次に、もっと入門的な本のご紹介です。


実はこの本、私も持っています。これカラーで絵、チャート、図が多くて私のような素人にも分かりやすい本です。内分泌疾患の患者さんにはお薦めの1冊です。買わなかったにしても、書店や図書館で自分の病気のセクションだけサラっと読むだけでも、病気の知識にかなりの差が出るように思います。私がこの本に初めて出会ったのは女子医大病院の「からだ情報館」でした(この版ではありませんでしたが)。昨年2009年に最新版が出ましたが、私は今年になってから購入し、以来テーブルの上にいつも置いてあります。暇さえあれば「お勉強」しています。

ホルモンや代謝って知れば知るほどハマってしまいます。もともと私は物事にハマりやすい性質があるのですが、今、この2冊の本に非常にハマっております。皆さんもいかがですか?

2010年3月9日火曜日

O先生とH先生への懺悔(ざんげ)

「生きてるか~い?」とよくメールが来るので、そろそろブログも更新しないとなぁ、と思い登場(苦笑)。

今日はいつも一生懸命に私の診療をして下さっているTW病院のO先生とH先生への懺悔の投稿です。

私が「O先生とH先生には懺悔しなくてはいけないことがあるんだよ。 いつかは伝えたいんだけど、やはり言えない。だからお祈りのときに神様に告白するんだよね。」と友人に話したことがあります。その友人は「懺悔」というのがいかにもクリスチャンだ、でも、そんなのアップされたらおもしろそう、なんてわけの分からないことを言ったのでどうぞ!

おそらく全然面白くないと思います!!

まぁ、このブログの「つぶやき」といったお題には沿った内容だとは思いますが。
ちなみに、手紙形式です。

O先生への懺悔はおそらく今週の木曜日に、この文面の内容通りで、ご本人にすることとなりそうです。はぁ、気が重い。

H先生に対しては、体重や食事、T3の話が出たら正直にこの文面の内容通り、お話いたします。

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神経精神科 O先生

この1週間、本当に色々ありました。ソーシャルワーカーさんにもお話して、自立支援の申請を勧められたので、木曜日にご相談させて下さい。区の保険センターに書類を取りに行ったのですが、帰宅してから拝見。見た瞬間に青ざめました。既往を細かく記入する必要があるんですね。まだO先生にお話していないことが実は結構あるので、表形式に時系列で情報を整理したものを準備する予定です。

入院歴(精神科)など、実はまだ詳しくはお話していません。私は男性を警戒する傾向があるので、実はO先生とも信頼関係が築けたのはつい最近なんです。実に2年かかりました。一生懸命やって下さっている先生になかなか心を開けなくて、申し訳ありませんでした。今、考えたら非常に非協力的な患者だったことと思います。

木曜日に今までの既往を表にしたものをお持ちいたしますが、恐らく先生を驚かせることになるかと思います。自殺企図についても全くご報告できずに、つい先日のご報告となってしまい本当にごめんなさい。 2年前の初診の際にこういった既往の書類をご用意するべきでした。そうすれば、もっと順調に治療が進んだことと思います。

特に先月色々お話したときは先生も驚いたことと思います。「う~ん、まぁ一筋縄には行かないケースってことだね。」とおっしゃっておりましたね。すいません、面倒な患者で。でもO先生が「安心できる先生」であることが分かったので、これからは隠し事をせずに治療に協力し、1日も早く社会復帰できるよう、努めて参ります。O先生との約束、いつも心に留めていますよ。

今後もどうぞよろしくお願い申し上げます。

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内分泌内科 H先生

いつもお世話になっております。先日は焦燥感から外来中であるにもかかわらず、院内PHSにまで連絡をし、しかも夜中にEメールまでしてしまい、ご迷惑をお掛けいたしましたことを心よりお詫び申し上げます。こういう患者が一番困りますよね。すいません。それにもかかわらず速やかに対応して下さったH先生の優しいお心遣いに感謝申し上げます。

また、毎回毎回「fT3が低い」「私、Low T3 Syndorome になるような疾患、無いんですけど。」と生意気なことを言っていたわけですが、病識が無かっただけで、これも摂食障害のせいなんですね。振り返ってみますと、先生は何度も私に「栄養状態が悪いんじゃない?」「最近痩せた?」と尋ねていましたね。完璧に無視していました。先生からしたら「それが理由なんですよ」とやんわりと教えて下さっていたんでしょうに、私は他に理由があるはず、なんて勝手に思い込んでいました。

今でこそ認めますが、私は月経がまだかろうじてある摂食障害の患者です。体重を尋ねられた時、2~3キロ足した数字を報告したことがあります。体重が増えることに恐怖心を抱いています。摂食障害とは15歳からの付き合いで、一度軽快しましたが、去年からひどくなっているんだと思います。検査入院の際、ご担当のN先生には「今は摂食障害の症状は全くありません」なんて言いましたが、あれは正直な発言ではありませんでした。体重に関して、また食行動に関してのご報告が不誠実で申し訳ありません。これからは私の知る範囲で、正しい情報をH先生にはお伝えするよう、努力いたします。

こんなどうしようもない患者に対しても、いつもいつも本当に丁寧な診療をして下さりありがとうございます。多くのH先生の患者さん同様、私もH先生の大ファンです。これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。

2010年3月5日金曜日

Rare Disease Day-アクロメガリー・コミュニティーの動き

 ウェイン・ブラウン氏、テレビに出演

以前にウェインがテレビに出演する、と当ブログでご紹介させていただきましたが(こちら)、米国ウェブサイトから許可もおりたので、アクロメガリーのことについてウェインがRare Disease Dayに出演している部分のリンクを貼らせていただきました。

"Buffalo Man Shares his story on World Rare Disease Day"
World Rare Disease Dayにバッファローの男性が自分の体験談を語る

上のテキストをクリックするとオリジナルのプログラムをご覧になれます。(英語です)
またはAcromegaly Bloggersからもご覧になることができます。
(英語です-こちらの方がお勧めです)

今回は是非、英語の分からない方にも彼の働きかけを知ってほしい、と思い、意訳が入ってしまっていたり、不自然な日本語がありますが、番組を和訳したので是非一読していただければ幸いです。

親愛なる日本の患者様へ
日本の先端巨大症をはじめとする希少・難治性疾患の患者様に神様の御恵みが豊かに降り注がれますように。 今、苦しんでいる患者さんを癒し、心に希望という光が与えられますようにお祈りいたします。
(アクロメガリー・コミュニティー一同)
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もしかしたら、まだ多くの方はご存知無いかもしれませんが本日はWorld Rare Disease Dayといって、皆で希少疾病について意識を高めてゆこう、という日であります。

希少疾病は何千と存在しますが、患者数が少ないため、あまり知られていません。そのため、希少疾病を持つ患者さん達にとって闘病は孤独なものでもあります。

"The feeling of isolation is totally real."
(孤立感といったものは本当に辛い現実です)


ウェイン・ブラウン氏は私たちが必ずしも親身に分かってあげることのできない希少疾病を持っています。その病気は先端巨大症といって100万人に3人しか罹らないといわれる疾病です。

「Googleに色々と打ち込んでも、検索エンジンは僕が何を検索しようとしているのか定義できない、という状態でした。ですから、私はお医者さんに電話をして『あの~、僕の病気は何という病気でしたっけ?』と尋ねたりしましたよ。」


先端巨大症は脳内にある脳下垂体というところに腫瘍ができることによって起きる病気です。腫瘍自体は良性で転移も無いのですが、先端巨大症は体全体を過剰に成長させてしまう全身疾患なのです。

「僕の鼻、おでこ、お腹が顕著に肥大して、自分で『これは何かがおかしいな』と感じました。」

症状が発現し始めたのは、ウェインが20代の時のことでした。足のサイズは13(約31センチ)、手は従来の3倍にまで成長してしまったのです。いつも疲れている状態になり、イライラしやすく、感情のコントロールが困難になっていました。

「僕が友人や家族と大きな集まりごとをした時、突然、自分がなんだか軽蔑されているような気がしてついイライラしてしまうことがありました。」


ウェインが先端巨大症と診断されるのには実に10年もかかったそうです。

「僕は医師の所に行って『先生、なんだか調子が悪いんです』と言いました。その医師は血液検査などをして下さいましたがどこも悪くないんです。『特に問題は無い。きっと単なる思い込みですよ、(="It's all in your head." - 「頭の中にある」という表現をします)。』なんて言ったんです。しかし実に皮肉なことに、この医師の言ったことは正しかったのです。(頭の中、つまり脳腫瘍であったから)」

ウェインは脳下垂体腫瘍を外科的手術で摘出し、術後、50ポンド(約23キロ)も減量し、体調もよくなりました。しかし、数ヵ月後、また症状が現れだしたのです。摘出した際に残存した腫瘍が大きくなってしまったのです。

あれから5年たった今、37歳の彼は4週間毎に行う自己注射によって症状をコントロールしています。しかし、これらの試練は彼にとっては辛いものでした。

「僕は自分と同じような人に会ったことも無かったですし、自分と同じような症状を訴える人に会ったこともありませんでした。僕は友人と同じように見えないし、同じように感じたりもしない。僕は全くもって孤独に感じたんです。」

そんな背景の下、ウェインはアクロメガリー・コミュニティーをウェッブ上に立ち上げました。そこで分かったのは世界中には彼と同じような悩みを抱えた仲間が沢山いる、ということでした。

「このネットワークを通して世界中に素晴らしい友達を沢山つくることができました。こういった友人、話相手は実に素晴らしく、例えばコミュニティーのウェッブに行って『あのさ、今日の僕の一日は散々だったよ。』なんて愚痴を言うことだってできる、そして、それに対して数時間以内に沢山の励ましのメッセージが来るんです。」


現在、ウェインは健常人に比べて恵まれた人生を送っており、幸せだと思っている、と語っています。

「自分は健康である、ということがどういうことかをよく自覚しています。健康でないならば、それを取り戻さなくてはいけない。ですから僕は時間を無駄にするようなことはしません。今まで実に多くのことを乗り越えてきた、やってきた、と感じていますし、まだまだこれから挑戦したいことも山積みなんです。」

2010年3月1日月曜日

Rare Disease Day 2010 世界希少・難治性疾患の日

日本風のカッチリとしたイベント

昨日、2010年2月28日(日)に六本木の東京ミッドタウンでRare Disease Day(RDD)に参加しました!!
初めての経験(日本初だから当たり前ですね)なのでワクワクでしたよ。(療養中の身で何しているの!?と叱られそうですが。昨日は帰宅後バタンキュー、今朝も消耗中です。)(苦笑)

  
アメリカでがん患者の会、全身性エリテマトーデス患者の会、乳がん患者の会、脳腫瘍患者の会などのイベントにお邪魔したことのある私はまず、今回の日本版RDDの会場の静かさ、というか「お行儀よさ」にびっくり。特にミシガン州立大でこういったイベントをした時はかなり患者が元気、というか少々暴走している感じでした。(ミシガン州立大では)体力の無い患者さんもテント(!)を持ってきて「現在療養中。訪問大歓迎」といった看板をぶら下げて、その中で横になりながら参加したりする風景が見られたりしました。開催する場所もアリーナとかだったからかもしれませんが、オリジナルのTシャツを着たりして大変な盛り上がりでした。それとどうしても比べてしまったので、昨日の日本のRDDはそれに比べると最初はカルチャーショックでした。

非常によく構成されていて、「あぁ、きちんとした行事、というか式みたいで日本らしいなぁ。」と思いました。(こういった感性がある、ということは、やはり私は日本人の姿をしたアメリカ人なんですね。周りから事あるごとに言われてきて悔しいのですが、この際、もう認めます!笑)

まず、ワールド・カフェというコーナーで様々な方の討論が行われ、それをお聞きさせていただきました。私も医療機器メーカーで働く営業パーソン(MRを取らなくてはいけなかったりするので、薬系の勉強をさせられます)なので製薬会社の事情なども知っているのと同時に患者でもあるので、今回の討論は非常に興味深い内容でした。

この2枚の写真はその討論中、討論参加者(製薬メーカー、行政関係者、患者本人)がテーブルに残したメモの例ですが、両テーブルに「小さな波でも立たせることが重要」といったことが書いてあったのが印象的でした。私が海外患者会から「もっと日本にも積極的に参加してほしい」と言われると奥手になってしまうのですが、やはり私1人であっても海外とを繋ぐことによってお互いにメリットが生まれるかもしれません。希少疾病だからこそ世界規模でやる必要があるんだ、と近頃よく感じます。私も波を立たせてみようかなぁ、などと、少し勇気を貰いました。

また、近頃、非常に病んでいた心を「カセットフラワー(カセットプラント)」というものを作成することで癒されました。リクリエーショナル・セラピーのような感じで楽しく何個か作らせていただきました。
 
私は華道の家元の御免状があるので、やはり、花などを見るとアレンジしたくなります。あまり上出来ではありませんが、カーネーションとスターチス、と赤い実の入ったものが私の作品です。光の反射でうまく写真が撮れませんでした(汗)。

次に5名の患者さんのお話をお聞きしました。一番自分の中でグッときたのは脱毛症の患者さんのお話。「鏡を見るのが嫌だった、辛かった」という言葉に思わず共感。私の外見の変化は3~5年のスパンだったので、彼女に比べたらゆっくりしたものだったかもしれませんが、それでも「アクロメガリーです」と言われたときは本当にショックで、鏡を見るのが辛かったのを覚えています。彼女の場合はカツラ代をめぐるご両親との関係での苦悩をお話されていましたが、私も医療費(特にサンドスタチンLAR)をめぐって父には「早く死んじまえ」「こんな金のかかる病気で、よくのほほんと生きていられるな!」と言われた事があるので、ここでも共感。やっぱり状況こそ違えど、似たような苦悩を体験されている方はいらっしゃるんだな、と思いました。

と、こんな感じで日本のRDDは進みましたが、海外でも盛り上がったようです。特にアクロの患者会のウェイン・ブラウン氏はとうとう新聞にも登場。(英語です)

オーファンドラッグ問題、保険の問題(これ、私も米国で泣かされたので他人事ではない問題です)、孤立感・孤独といった問題を主に挙げております。
If you have a friend or family member who has a disease you have never heard of, be supportive. (友達や家族が あなたが今まで聞いたことも無いような病気になった場合はサポートしてあげて下さい)
 と述べています。私は不幸にも父親に「金がかかるし、もういい年なんだから、普通に仕事できないなら死ね。」と何度も言われてきたので、このウェインの言葉の重みが分かります。私のサポートは家族ではなく、このウェインや彼が作った患者会、 お医者さん、看護師さん、友人、教会でした。なので、私もウェインの言葉をそのまま皆さんに伝える、という形で今日の投稿を締めさせていただきます。

希少疾病と共に生きる、ということは闘病自体の苦しみだけでなく孤独感を伴います。周囲でそういった方がいらっしゃったら是非、何らかの形で力になってあげて下さい。話を聞いてあげるだけ、横に一緒にいてあげるだけでもいいんです。是非、サポートしてあげて下さい。

2010年2月27日土曜日

明日はRare Disease Day!!

前にも投稿させていただいた内容ですが。。。
明日、2月28日(日)は東京マラソンもありますがRare Disease Day(世界希少・難治性疾患の日)です。

既にアメリカではこのイベントの特集番組も組まれており、ニューヨーク州西部ではWKBW(7チャンネル)でアクロメガリー・コミュニティー及びアクロメガリー・サポート・グループの代表理事、ウェイン・ブラウン氏が登場しております。

WKBWによるとアクロメガリーは100万人に3人の疾病率とのこと。ウェインは番組の中で、アクロメガリーと診断された時の心境を次のように語っています。「僕は孤立感を感じたよ。誰も僕と同じような人は回りにいないし、同じような症状を訴えるような人もいなかったんだ。」


私も全く同じような心境でした。この孤独感、アクロメガリー特有の辛さ、不安感。こういったものをぶつける相手も居ない。そんな苦悩の中、思ったことは、「私はこれからどうなるの?同じ病を持つ仲間はどこにいるの?誰にこの掴みどころのない不安を打ち明ければ分かってもらえるの?こんなにお金のかかる病気で私は本当に生きていていいの?どうして手術後の薬物治療は痛い注射しかないの?健常者のようなスタミナ無しに私はどう仕事をして、どう生きていけばいいの?」

アクロメガリー(先端巨大症)は希少疾病で且つ難治性疾患です。
闘病生活は人それぞれかと思いますが、私やウェインのように自分だけ孤立した存在のような感覚を持っているアクロの患者さんもいらっしゃるのではないでしょうか?「難治性」というだけでも辛いのに、そこに「希少疾病」という要素が加わるとさらに患者さんの心の荷は重くなりがちです。

そんな私たちの存在、思いを共有しに是非、Rare Disease Dayに足を運んでください。


Rere Disease Day 2010 「世界希少・難治性疾患の日」
東京ミッドタウン ホールB (最寄り駅:六本木)
2010年2月28日(日) 12:00~17:00
http://www.rarediseaseday.jp/


あまりの食欲不振に流動食始める


月曜に総合外来棟で倒れた背景
流動食「ラコール」始める
アメリカでの流動食事情と日本との違い

2月25日(木)に神経精神科、および内分泌内科の外来がありました。

神経精神科では、私が月曜日に総合外来棟で倒れてしまった件をお伝えすると、栄養剤(つまり流動食)を処方されました。あの外来棟での件ですが、実は原因が「低血糖」「脱水」といったものだったんですね。理由は単純。「食べていないから」

なんで食べないの?と内分泌内科の当番医に尋ねられました。あの時ほど「今日が月曜ではなくて肥塚先生のいらっしゃる日であれば!」と思った瞬間はありません。初対面の先生に本当のことを言えず、でも嘘もつけず、しばし黙ってしまいました。ただ、無気力で食べる気がしない、とはお伝えしました。あの私の挙動不審ぶりできっと「あぁ、この子、拒食症だな。」とはバレた可能性は非常に高いですが。(実は肥塚先生にも詳しくはお話したことはないんです。でも、肥塚先生になら本当のことをきちんと話せたように思います。ご対応して下さったM先生、本当にごめんなさい!)

看護師のJさんには本当のことをお伝えしておきました。以上が理由です。
  • ストラテラが当初1日20mgだったのが75mgに増えた。この薬の主な副作用の1つが「食欲不振」である。
  • うつと疲労で無気力のため食欲不振である。
  • 元々、摂食障害を持っているため、普通の食べ方ができず、現在拒食傾向にある。
 この経緯を精神科のO先生にお話すると、「流動食、出してあげようか?」と言われました。私はすぐに「よろしくお願いします」とお願いしました。今回は「ラコール」という栄養剤でバナナ味です。この件については後ほどゆっくりお話いたします。

私はアメリカに住んでいた頃、特に術後に体重が激減してスタミナが持たなくなった頃、よくEnsure(エンシュア)Boost(ブースト)を飲んでいました。いずれも栄養剤で、日本と違ってOTCでした。しかも、実に様々なフレーバーやニーズに合った製品があって本当に重宝しました。タンパク質の多いものや、糖質の少ないもの、エネルギー量の多いものなど、その時その時に応じて選べたので本当に助かりました。1人暮らしの私にとってEnsureやBoost無しの療養生活なんて考えられませんでした。

個人的にはEnsureの方が滑らかな舌触りで好きだったのですが(特にバターピーカンとバニラが好きでよく箱買いしていました)、サンドスタチンLARのPAPにノバルティスのご好意で受理されてからはノバルティス社のBoostを盛んに購入するようになりました。ただ、Boostはちょっと粉っぽい舌触りだったかな。でも、Boostのストロベリー味はかなりグッドでした。

なぜに日本では栄養剤は「処方箋薬」?

日本に帰国してからというもの、私はEnsureやBoostを薬局に探しに行ったりしたのですが、無いんです!ネットで調べて初めて知ったのは「栄養剤は処方箋がないとダメ」ということ。 「変なの!滋養強壮剤やサプリは普通に購入できるのに、どうして栄養剤は食事なのに処方箋が必要なんだろう??」と不思議に思っています。

エンシュアについて(Boostについてもちょこっと)

Ensureは日本にもエンシュア・リキッドというものが存在するのですが、種類がアメリカのように様々なニーズに応えられるものでは無い、ということがまず残念な点です。普通のエンシュア・リキッドとエンシュアH(高カロリー)しかないんです。これも一重に「処方箋薬」の扱いとなっているからあまり種類もでないのでしょうか?本国アメリカではEnsure(通常品)、Ensure Plus(高カロリー)、Ensure High Protein(高タンパク質)、Eusure High Calcium(高カルシウム)と種類も豊富でした。

さらに残念なのが、日本品は味にバリエーションがあまり無いこと。私の大好きだったバター・ピーカンは日本には無く、しかもフレーバーはリキッド、Hに各3種類のみ。アメリカのは、Ensureは6種類、Plusは5種類、Proteinが5種類、Calciumが2種類と非常に豊富なバリエーションです。「味に飽きる」ということはほぼ皆無でした。

 また、日本では形状が缶なので、アメリカでの細長いプラスチックに比べて重いですし、かさばるのも難点だと思いました。

さらに、もっと残念だったのが、ノバルティスのBoostは日本では販売していない、とのこと。Boostは糖尿病用や子供用もあり、血糖値が高めの時には本当に重宝しました。まぁ、Ensureに比べれば各フレーバー3~4種類だったので(通常のBoostのみ4種類でした)味でいったら絶対にEnsureのほうが選択肢がありましたけどね。

あと、EnsureとBoost両者に共通するのは、パッケージが日本のものよりも洗練されていて、美味しそう!と思わせるような絵が入っていたところです。日本品はいかにも「薬」といった感じで、見ていても面白みがありません。

今回処方されたラコールについて

今回O先生が処方して下さったラコールですが、これはバニラ、コーヒー、バナナの3種類のフレーバー。私はコーヒーが好きなので、そのコーヒーと栄養剤を結び付けたくなかったのでバニラかバナナがいいなぁ、と思い今回はバナナを選びました。

私は本当はエンシュア・リキッドのバニラがよかったのですが、O先生は「ラコールは日本人の食生活に一番合っているんですよ。エンシュアは西洋人向けといった感じですね。」というご説明があったので、「まぁ、今まで試したことのないものを試すのも悪くないか」と思って私は快くラコールで承諾しました。

そんな背景のもと始めたラコール、今のところ不満だらけです。
まず、調剤薬局でショック。今まで缶状のものやボトル状のものしか飲んだことが無かった私にはこのラコールの形状にびっくり!


なんとパウチなんです。なんて面倒くさいのでしょう!これを持ち運んだにしてもそこからそのままは飲めません。まぁ、ストローでも持ち運ぶしかないのでしょうか?「コップに移し変えて下さいね」と薬剤師さん。ただでさえ鬱で無気力な患者がそんな面倒なことをするか~!と若干キレてしまいました。ストローでも大量買いしてこようかな。
  • コップに注ぐのが面倒
  • コップに注いだらそのコップを洗わなくてはならない
お手洗いに行くのもすでに面倒になっている無気力状態のうつ病患者には辛い試練です。

味はEnsureやBoostと比べるとかなりあっさり。はっきり言って「食べたなぁ」という感覚が皆無。というか薄すぎます。EnsureとBoostは確かに若干油っぽい感じでしたが、それでも「食事したなぁ」という感覚があり、そのまま快眠できました。

さらに、ここからが一番の問題となってくるのですが、まず、ラコールだとEnsureやBoostの際には無かったお腹の違和感を感じるんです。なんだかお腹がゆっくりと焼けていくような、そんな感じ。ブランデーをそのまま飲んだときの感覚に少し似ています。

私も医療機器メーカーに勤めているので(現在休職中ですが)「エンシュアだと下痢してしまう患者さんが多いけど、ラコールに変えたら減ったのよ」という話を営業先で聞くことが多いんです。しかし、私はその正反対で、どうもラコールが合わないようです。今2日目ですが、ゆっくり飲んでもやはりお腹が焼ける感覚は無くなりません。そのうちにお腹が痛くなってきます。体がカッカと熱くなってきます。顔が痒くなってきます。喉がイガイガします。(これってもしかして何かのアレルギー??)

よく考えたら、私は一般的な日本人ではないんですよね。子供の頃から和食にはあまり馴染みがなく、アメリカには7年いたわけで、帰国後も洋食のほうが多かった。しかも、なぜか和食を食べるとほぼ確実に胃酸に悩まされるという体質なので、そう考えると私は「西洋人向けのエンシュア」にして貰ったほうが良かったんだと思います。

たかが栄養剤、されど栄養剤。なんだか怖くなってきました。
あと、もう1つ問題点は、ラコールを飲むと過食嘔吐をしたくなり、それを抑えるのにさらに自傷行為、ODが酷くなるんです。何が問題なのか分からないのですが、私の場合、ラコールを飲むと衝動性が高まります。こういった問題はEnsureでもBoostでも一切起きませんでした。なんだか怖いです。

昨晩に至っては我慢できず、過食嘔吐した後、際限なく自傷行為を繰り返し(初めて首なんて切りつけました)、挙句の果てにはODまでしてしまい散々でした。(きちんと精神科医には電話で報告したのでご心配なく。胃洗浄は不必要な量のODでした。)

考えてみると、私は体質的に和食が合わないんですよね。女子医大で検査入院中も和食の出た日は必ずお腹が痛くなっていました。原因は不明です。次回、この件についてはO先生、および栄養士さんに相談してみたいと思っています。