2009年12月31日木曜日

過去の理想像と、現在のビジョン

もともと興味のあったQOL、SWBの探求を続けていきたい!

前回の投稿で、「この3年の間に私の人生プランが大きく変わってしまった」と述べましたが、「本当はどうなりたかったの?」と親友に訊かれました。
(この友人とは小学校の頃、塾で知り合い、同じ中高一貫の私立に進学しました。その後、彼女は国内の大学に進学、私は米国に留学し、互いに心理学を勉強してきたのでした。彼女は現在、念願の臨床心理士となり、活躍中です。)


私は本当はどうなりたかったのか?

私も元々は臨床心理学を勉強したくて渡米しました。ただ、ミシガン州立大学在学中に転機が訪れ、社会心理学(Social Psychology) および人格心理学(Personality Psychology)に興味を持つようになります。特に私はQOL(Quality of Life - 生活の質)やSWB (Subjective Well-Being - 主観的幸福感)について真剣に研究したい、と強く思うようになりました。この道では結構有名なRichard Lucas 准教授のご指導の下、学部生アシスタントとして彼の研究室を手伝っていました。ルーカス准教授の研究テーマは半身不随の患者さんのQOLとSWBでした。彼はQOLや幸福感に関して、主観的評価を特に大切にしていました。この考えは当時の私の「幸せの度合いは当人しか分からない」という考えと合致しており、嬉々として私はルーカス准教授のジャーナルを読んだり、研究のお手伝いをしていました。

私の理想は、この方面で(特に「慢性疾患を患っている患者のQOL及びSWBをどうしたら向上できるのか」)一生、研究を続けていくことでした。Ph.D(博士号)をとって研究員となり、最終的には教授になりたかったのです。


今の私にできることは何か?

人生とはなんと皮肉なものでしょう。私の研究テーマは「慢性疾患を患っている患者のQOL及びSWBについて」でしたが、私自身がその患者となるとは当時、想像だにしませんでした。初めは「なんで?どうして?」と疑問でしたが、今は、私が最も知りたがっていたことを理解する一番の近道を与えられたんだと解釈しています。

私は恐らく慢性疾患患者のQOL、SWBに関する探究心をこのまま失ってはいけないのでは、と思うようになりました。一度、大学院を離れてしまった身で今更アカデミックに戻ることは難しいでしょう。しかし、探求を続けることは可能だと思います。ですから、私なりに自分のような慢性疾患患者のSWBを高める方法を探究してゆきたい、と思っています。

確かに留学中ずっとHonor Student (優等生)として何度も表彰され、大学院にも無事進学し、私は研究員へのレールにのってこのまま順調に進んでいくものかと思っていました。ですから、教授になる道を絶たれて、とても残念で悔しいのですが、過去の夢をいつまでも追っても仕方ありません。カウンセリングの授業でも学びましたが、私たちは幸福になるには「今、ここ」に生きることに集中することが重要なんです。なので、私も「こうでありたかった自分」のことを考えるのではなく、「今、ここ」で自分にできることに集中できれば、と思います。

2009年12月30日水曜日

病気によって得たこと

耳側半盲で米国のミシガンでお医者さんに初めてかかってからもうすぐ3年が経とうとしています。
なんだか、昨日のように感じてしまいます。今でこそ何てことない採血がまだたまらなく怖かったのを覚えています(笑)。

この3年の間に私の人生プランは大きく変わってしまい、正直を言えばとっても残念で、悔しくて、悲しくて、人生が不公平に思えてしまいます。この私に出来ることなんてあるのか?と自信喪失してしまったり、未だにまだ病気を乗り越えられていないんだと思います

それでも、私は先端巨大症をはじめとする、複数の慢性疾患のお陰で得ているものも多いのでは、とさらに強く思うことがこの一年でできるようになったのでは、と思います。

今回は病気によって得たことのうち、自分にとって大きな意味を持つ3つのことについてお話します。

人の痛みが分かるのは財産

私は病気を通して、人の痛み、苦しみが分かるようになりました。これは素晴らしい財産です。周りの方に相談を持ちかけられたり、打ち明け話をされるとき、その方の目線で話を聞かせていただくことが出来る、って本当に恵まれているな、と正直に思えるようになりました。今年は社会人1年目だったので特に苦労の多い年でした。でも、そういった経験をしないと共感や思いやりって身につかないのでは?と思うんですよね。「□□って自分も大変なのにいつも本当に優しいよね」と友人によく言われたりします。そう考えると、人の痛みが分かる私は恵まれている、と思います。

素晴らしい仲間との出会い

病気になって、まず、本当に大切な人は誰なのかがハッキリしました。私が本当に苦しいときに耳を傾けてくれる友達、お祈りをしてくれる方々、そういった友人はだれなのかが幸運なことにハッキリと分かるようになりました。確かに病を機に失った友人もいます。「病人と行動を共にするって気を遣うから面倒」と言われて傷ついたこともありました。でも、本当に私を大切にしてくださる方々とは、より一層、固い絆で結ばれるようになり、私は非常に嬉しいです。

それだけでなく、病気のお陰で素晴らしい仲間に巡り会うことができました。様々な患者会での仲間からは事あるごとに励まされ、なんとかこの1年を乗り切ることができました。下垂会のメンバーの皆さんともお会いする機会を得ることが出来、皆様の温かさに触れ、そこでまた生きる力をいただきました。「私はこんなに素晴らしい仲間と共にこの病気と闘っているんだ」と思うと勇気が湧いてきます。

素晴らしい先生との出会い

普通、自分がファンの人物に 一対一でじっくりお話をする機会ってなかなかないと思います。それが、私には可能なのです!私はお医者さんでいうと、聖路加の日野原先生と女子医大の肥塚先生のファンですが(笑)、そのうちの一人の肥塚先生に診療していただけるなんて、なんて恵まれているのでしょう!と思ってしまいます。

肥塚先生の魅力に関して話し始めればきりがないのですが、1番は先生のバイタリティー(これは日野原先生にも通じるところがあります)と思いやりです。一度、「私は疲労感でこのままやっていけるのかとても心配になるんです。先生はどうされているんですか。」とお聞きしたことがあります。そんな鬱々とした私に、とてもシンプルなお答えをして下さいました。「朝起きて、確かにしんどかったりするけど、『よーし!今日も頑張るぞ~!』って(右手でこぶしを作って上にエイっと突き出していました)やるのよ。」特別なことを先生はおっしゃったわけではなかったのですが、その時の私にバイタリティーを持って、(ジョークも混じっていましたが)真剣に向き合ってくださったのは身振りそぶりで分かりました。あの診療の日、私は診察室に入る前は「私ってなんて不幸なんだろう?もう人生どうでもいいよ。」と思っていましたが診察室から出る頃には「もうちょっと頑張ってみよう。私には素晴らしい先生がついているんだから幸せものなんだ。」と思えました。

さらに…。自殺企図の際に私の命を救ってくださったのも実は肥塚先生だったのです。あんなに毎月、真剣に私に向き合って治療して下さる先生の姿を思い描いた瞬間に私はLD50に至る薬の量を服薬するのをやめました。なんだか、先生を裏切るようで申し訳なくなって薬を2種類、1ヶ月分いっきにアルコールと飲んだところでなんとか自分を止めることができました(昨年の9月)。この話は実は未だにご本人には詳細はお話していません。私は肥塚先生との出会いがなかったら、今私がこの世に存在していることすら疑問です。「どんな状況になっても私は生きていこう。どんなにかっこ悪くても自分なりに生きていこう。」と思うようになりました。

先生、私を生かせて下さってありがとうござます。そして、私に生きる力を与えてくださって本当にありがとうございます。

2009年12月28日月曜日

IGF-1とエストロゲンの関係

「挙児希望女性に発生したホルモン産生下垂体腺腫への対応」を読んで


今回は本当につぶやきです。

私が2009年12月10日に投稿しました、脳下誌 18巻5号 2009年5月の342~346ページに掲載の「挙児希望女性に発生したホルモン産生下垂体腺腫への対応」(肥塚直美先生&高野加寿江先生)について考え付いたことを。。。
妊娠→エストロゲン増加→肝臓でのIGF-1合成が抑制される
という可能性がある、とのことでしたが、これについて今月の肥塚先生の診療のときに、「エストロゲンが増加するとIGF-1の合成が抑制される、っておもしろいですね。」なんて素人意見を述べたら「そうなのよ。おもしろいのよ。」と相槌をうって下さったので、調子に乗って、さらにちょこっと調べてしまいました。というのも、エストロゲンとIGF-1になんらかの関係がある、なんて初耳だったので、興味を持ってしまったからです。

NCBIを検索していたら
Quesada A, Micevych PE.(UCLA-カリフォルニア大学ロサンゼルス校)が著者で
Estrogen interacts with the IGF-1 system to protect nigrostriatal dopamine and maintain motoric behavior after 6-hydroxdopamine lesions.
というジャーナルを見つけました。(J Neurosci Res. 2004 Jan 1;75(1):107-16)
英語の文献です。

ザックリと結論だけ述べると、IGF-1とエストロゲンは作用機序に関係がある、ということです。

もうちょっと踏み込んで説明すると、IGF-1受容体をブロックすると、エストロゲンとIGF-1の両方の "nigrostriatal DA neurons" という神経の保護機能等が低下した。つまり、IGF-1とエストロゲンはIGF-1のシステムを経由して体に働きかけているのでは、ということだと思います。(間違っていたらごめんなさい)

さらに…ScienceDirectで
Pablo Mendez, Francisco Wandosell and Luis M. Garcia-Seguraが著者で
 Cross-talk between estrogen receptors and insulin-like growth factor-I receptor in the brain: Cellular and molecular mechanisms
というジャーナルも発見!(同じく英語)
(Frontiers in Neuroendocrinology, Volume 27, Issue 4, December 2006, Pages 391-403)

エストロゲン受容体はIGF-1のシグナリング機構(機序?)の一部を担っており、IGF-1受容体はエストラジオール(エストロゲン)受容体のシグナリング機構の一部を担っている、とのこと。

なんだか、面白いことになってきました!
IGF-1受容体をブロックするとIGF-1とエストロゲンの作用が低下(Quesada&Micevych)
エストロゲンとIGF-1は互いのシグナリングに関与している(Mendez, Wandosell, Garcia-Segura)
そして、エストロゲンが増加するとIGF-1合成が抑制(肥塚&高野)

検索していると、この他にもエストロゲンとIGF-1の関係についてのジャーナルが沢山引っかかります。なんだか、難しい医学用語が羅列されているものが多いですが、やっぱりエストロゲンとIGF-1には関連性があったんですね! どんな機序で両者が働いているのか、もっと詳しく知りたいです。

あと、例えばエストロゲンを投与するとIGF-1って低下するんでしょうか?
年末のこの忙しい時期にどうして私はこんな暇気なことを考えてしまうのかしら?

なんだか、IGF-1っておもしろいなぁ、と思ってしまいました。

2009年12月27日日曜日

12月17日 診療日記

ADHD治療薬のストラテラの効果に感激!

肥塚先生の24日の診療についてアップしておきながら「どうして17日の神経精神科のはないの?」という指摘が1件ですがあったので、アップです。

実はノルアドレナリンに作用する薬で、小児のADHDのお薬であるストラテラという新薬をスタートして1ヶ月になるのですが、非常に調子がいいんです。「えっ、うつにADHD治療薬を使っているの?もしかしてオフラベル?」

こういった声が聞かれそうだったので今までは薬の名前、および先生のお名前の掲載を控えさせていただいていたのですが、実は私の場合、必ずしもこれがオフラベルでないことが今回分かったので、お薬名を出させていただきました。

留学中、私はADDだ(ADHDのうちの「不注意優勢型」と呼ばれる型)、と診断されたことがあります。その後、「この患者の注意欠損はうつ病に起因するものだ」という意見が出たのでADDという診断は結局うやむやになって終わりました。

それが、今回、ストラテラを飲み始めて「私、今までずっと損してきたな。早くこの薬に出会いたかった」と思いました。まず、うつが劇的に改善されました。つまり、私のうつはセロトニンではなくノルアドレナリン性のものだったようです。服用開始の2~3日は逆に効き過ぎてハイで、心配になるくらいでした。自分のために5000円以上の買い物をしたのもこの時期です。それまでは「どうせ(自殺して)死ぬんだから、こんなの買ってもしょうがない」という思考回路が出来上がっていたので、あまり買い物をしませんでした。(病んでますよね~)今でも確かに、完治してるわけではなく「死にたい」という思いはまだまだ根強く残っていますが、この間中までの切羽詰った「今すぐに死んでしまいたい」という強い自殺願望ではなくなったのは、非常に大きな改善だと思います。

しかし、うつの改善以外にもっと驚くことが起きました。それは、まっすぐ帰宅できるようになったということです。私、帰宅の際、注意が色々なところにいってしまってどうしても寄り道をしないと帰ることが出来なかったのです。それも、「夕飯を買わないと」といった、「必要な寄り道」ではなく、なんとなく気になるからフラ~っと、といった感じです。この問題、実は長年、苦労してきたことでした。私は今までずっと「自己管理が出来ないだめな人間だ」と思いながら生活してきました。お困り度の高い、この悪い癖(?)が無くなったので感激です!

また、何をするにしても「あれもしないと、これもしないと、あぁ、どうしよう?どこから手をつければいいんだろう?あぁ、でもどうしてもこっちを先にやりたい。」と段取りを取るのに結構パニクることが多かったんです。でも、落ち着いて、しかも集中して仕事をすることができるようになりました。人の話もイライラせずに聞くことができるようになりました。

こういったことを先生に報告をすると、「あなた、やっぱりADHDだったんじゃない?」とのこと。私は、ミシガンにいる頃から「自分はADDなんではないか?」とずっと気にはなっていたので、ようやく正式な診断名を下され、内心ほっとしました。小学生の頃から私はADDの症状があったので(いい意味でも悪い意味でも)、ようやく今までの苦労してきた問題に名前(診断名)が付いたので、謎が解けた気がします。

また、自己判断ではあったのですが、アメリカにいた当時服用していたミルタザピン(リフレックス)というピカピカの新薬を10月に開始したのですが、11月末に中止したんです。理由は疲労感と体調不良でした。そしたら体調不良が改善し、過食も全く無くなったんです。

他にも、これはストラテラ開始によるものなのかリフレックス中止によるものなのか分かりませんが、「飲酒したい」という欲求が無くなりました。

私の精神科医は、私がアメリカで心理学(薬物療法中心)を学んでいたこと、薬に対してある程度の知識があることを尊重してくださるので、私が自己判断で薬を中止したり、減らしたりしても叱ったりしません。それは、きっと、先生が私は私なりに考えた上で薬を調整しているのをご考慮して下さっているからだと思います。それなので、リフレックスをやめたことに関しても、逆に「結局、ミルタザピンは良くなかったんだね」とおっしゃって下さいました。

また、私の症例が非常に興味深かったみたいで嬉々としてカルテにバンバン打ち込んでおりました。「こんなこと言って、失礼かもしれないけど、あなたのケース、面白いよ!」なんて言って下さったので、こちらも先生の研究にお役に立ててなんだか嬉しかったですよ。

お薬もだいぶ整理され、今、精神科の薬はストラテラとメイラックスの2種類のみになりました。今後はメイラックスを中止する方向のようです。飲む薬は少なければ少ないほどいいので、今回、処方がシンプルになって、しかも効果が大なので非常に嬉しく思っております。

ただ、私はうつが改善されると、とんでもないことをしでかす傾向があるので注意が必要です。行動的になったあたりで変な衝動がでて大量服薬を行ったりしてしまうのが回復期に多い、なんとも困ったケースなんです。でも、この先生と本当に2人3脚で頑張ってきたんだから、治療に専念して辛い回復期を乗り越えることが出来ればいいなぁ、と思っております。

12月24日 診療日記

いつもの温かなご対応に感謝
自宅周辺でかかりつけ医、見つかる 

クリスマスイブに女子医大の内分泌内科の診療でした。実は去年もイブに診療でした。(日本に帰国して初めてのイブだったのでよく覚えています。)私はイブに病院に行くことに関しては全く抵抗はないです。「えっ、クリスチャンなのに?」と言われますが、この特別な日に診療を受けること自体が恵みだと思っているので、むしろ嬉しいくらいです。

前置きはこの辺にして…。
この日は前夜、2時間しか眠れなかったのと、午後休にしていたので午前中、某大学病院に営業に行っていたのでなんだかとても疲れていました。中待ちでも診療ノートと診察券等を入れる病院のクリアファイルを手にウトウトとしてしまっていました。「あぁ、ここで横になってしまいたい。眠いし疲れた。」半分寝ていたので、長い待ち時間があっという間でした。

寝ぼけていたのでドアをノックするとき、例のアメリカ式のノックをしてしまいました。(3~4回、すばやく連打) 「あっ、またやっちゃった!」(苦笑)

まずは、「インフルエンザ疑いの患者 」ということでお騒がせしてしまった件についてお詫びすると、「そんなの、気にしなくていいのよ。」と優しくおっしゃって下さいました。こういった肥塚先生の温かなご対応が嬉しかったです。(女子医大で私のかかっている先生方、考えたら肥塚先生のような対応をしてくださる先生ばかりで、私は本当に恵まれています。脳下の井澤先生も「具合悪いときはいつでも来ていいんですよ」と言って下さるし、精神科の先生もそんな感じです。)

インフルの話が終わると、「調子はどう?」と問診が始まります。 私、ほぼ毎回この質問に対して本当は色々言いたいのに「まぁまぁです。」とか「ぼちぼちやってます。」とか曖昧、というよりお馬鹿な返答をしてしまうんです。それで、先生が「まあまあ」と復唱しながら本当に「まあまあ」と電カルに打ち込むので苦笑いです。「あぁ、これを他科の先生が読むわけだ」と思うとなんだか複雑な心境です(笑)。IGF-1もGHも今回(11月の採血)の値は良かったですよ。IGF-1は基準値内に収まっていました。IGF-1が265ng/mlで、GHが3.65ng/mlでした。前回(10月の採血)がIGF-1が344ng/mlで、GHが10.91ng/mlだったので、改善されています。「あなたのは、すごくよくコントロールされているわよね」と先生。これも、先生のお陰です!

血圧、脈をとった後、先生に腹痛の件で相談しました。 消化器内科の受診を勧められました。「(外科ではなくて)内科がいいと思うわよ」とのこと。(女子医大でなくても、家の近くで、おっしゃったのですが、この一言のお陰で、私はこの日、家の近くでかかりつけの内科医が見つかったので非常に感謝しております。)

腹痛に話は戻りますが、サンドスタチンで、使用開始まもない患者さんは下痢などの症状があったりするのですが、私はもう使い始めて長いから、副作用は考えにくい、といったことをおっしゃっておりました。

また、その際、「あなたも(サンドスタチンLAR歴が)長いからね」と何度かおっしゃった時、先生にはそのつもりはなかったんだと思いますが、「私もそろそろ『この薬を打つと、翌日しんどい』とか言っているのも情けないな。」と感じてしまいました。もう、サンドスタチン歴は1月でちょうど2年半になろうとしています。そろそろ慣れても悪くないはずなのかしら?

そのほか、先生のジャーナル、学会、先月の公開講座について楽しくお話して診療が終わりました。

診療後、採血・投薬のためにケアルームに行くと、いつもの温かいご対応で「私は本当に幸せ者だなぁ」と思ってしまいました。

肥塚先生の診療が終わった後、一度帰宅して、インターネット検索。評判の近く(とは言っても地下鉄2駅です)の内科の先生にかかり、腹痛の謎は解けました。今、お薬を飲んでおり、快方に向かっております。

その後、(クリスチャンなので)自分の所属教会にかけつけ、礼拝は終わってしまっていましたがなんとかキャロリングは参加でき、非常に良いクリスマスイブを過ごすことができました。

皆さんのクリスマスはどうでしたか?

2009年12月23日水曜日

AIP遺伝子の突然変異と先端巨大症

先端巨大症って遺伝と関係あるの?

米国でWayne Brown氏によって発足されたAcromegaly Communityという世界的な先端巨大症の患者会を一時期賑わせた記事があります。それは、今までの「脳下垂体腫瘍は遺伝とは無縁」という考えを覆す報告書でした。全文はこちらから。(英語です)

このVARIによる報告書はマレーシアのボルネオという山岳地域に住む血族を観察した結果、AIP遺伝子と呼ばれる遺伝子突然変異と先端巨大症になんらかの関連性があるのでは、という見解を示したものです。ただし、AIP遺伝子に突然変異を起こした全てのヒトが先端巨大症を発症したわけではないので、AIP遺伝子以外にもキーとなるものがあるのでは、とのこと。

実は今年の9月頃にこのVARIの報告書がAcromegaly Community 及び Acromegaly Support Group で話題になっていたのですが、当時の私はこの報告書に懐疑的でした。まず、先端巨大症の発症の頻度の数値が100万人あたり4676人、毎年新たに100万人当たり117人、という記述で「他文献を読んでもこんなに多い頻度なんて見たことがない。この文献は本当に信頼性のあるものなのか?」と疑問に思ってしまったので、当ブログにもアップしませんでした。

たしかに、発症頻度には疑問点の残る報告書ですが、つい最近、NCBIからこのAIP遺伝子と先端肥大症の関連性についてのジャーナルが出たのを機に、再度、VARIの報告書を評価する必要があったかな、と思い、今回、この場を借りて報告させていただくことにいたしました。

 確かに、脳下垂体腫瘍については遺伝性は今のところ否定されています。しかし、そのうちの先端肥大症に限定したらもしかしたら遺伝に関連する何かがあるのかもしれない、もし、そうだとしたら予防策を将来的にはとることが可能になるのでは、とも取れるので、なかなか興味深い内容ではないでしょうか。


NCBIを検索すると、このAIP遺伝子と先端巨大症の関連性を否定する内容のジャーナルもあるので、現時点では遺伝性についてはまだ疑問の残るものなのでは、というのが私個人の見解です。


2009年12月19日土曜日

新薬の治験が海外で始まる!

オクトレトチドのImplant(ペレット製剤?)

Endo Pharmaceuticals Solutions Inc.という製薬会社で、Phase III Study(第III相試験)が始まった先端巨大症のお薬があります。英語のサイトですが、詳しくはこちら

治験(臨床試験)には第I相から第III相まであり、第III相では多くの患者さんを対象に、お薬の有効性と安全性について大規模な試験を行います。第III相はお薬の承認申請をする前の最終段階です。

この治験はアメリカ、チェコ、ドイツ、ハンガリー、ポーランド、ロシアが共同で行っているようです。(なぜか日本、カナダ、英国が入っていないのが気になります)

成分自体はオクトレオチドなので、サンドスタチンと同じです。今回のこの治験では被験薬がオクトレオチドのペレット製剤(84mgを6ヶ月)で、対照薬がサンドスタチンLAR(10~40mgを28日ごと)

英語でImplantと書いてありますが、これはおそらくペレットのことだと思います。(専門家ではないので確証はできません)
ペレット製剤とは「ペレット」を皮下に埋め込む、徐放性のお薬です。
 
(医薬情報担当者 MR研修テキストII 2006年度版 薬理学/薬剤学 135ページより図を使わせて頂いております)

現在あるサンドスタチンLARと治験薬のペレット製剤、同じくらい効果が出るのでしょうか?
副作用はどうなのでしょうか?
価格はどの程度変わるのでしょうか?
注射時の痛みはどのくらい違うのでしょうか?

ただ、安全性はペレットの方が高いように感じるのですが、専門家の皆さんはどうお考えでしょうか?サンドスタチンLARは筋肉内注射ですが、筋注って筋拘縮症や神経障害を起こすこともあって(特に小児だったと思います)現在は避ける方向にある注射方法なんですよね。そう考えると、皮下に投与なので、筋注に比べるとリスクが少ないように感じるのですが、どうなのでしょう?

また、この治験薬の場合、1度投与すると6ヶ月 持つようなので患者側の精神的負担も減るような気がします。1ヶ月に1度の19ゲージの針による投薬に比べたら1年に2回の方が楽そうですよね。

ただ、6か月分も濃縮したものを一度に埋め込むわけですからなんだか痛そうな気がします。どれくらいの大きさのものなのでしょうか?


あまり痛くないのであれば、私も試してみたいです。この治験の結果が楽しみです。



2009年12月17日木曜日

下腹部の激痛で唸り続けた夜

下腹部痛。。。どの科に行けばいいんだろう?
(今回の投稿は完全に日記と化しております。)

昨晩、下腹部及び背部の激痛で一人呻いておりました。午前1時頃から痛み出して2時30分頃、とうとう我慢できず、とにかく対処法が知りたくて#7119(東京都の救急相談センター)をダイアルしました。痛みには波があって、ひどい時は本当に話すこともできず、ただ言葉にならないようなうめき声を発している状態でした。比較的痛みが和らいでいるうちに#7119をダイアル。症状を説明すると、近くの総合病院を紹介され、受診を勧められました。ただ、基礎疾患がある旨を伝えると「それでは、まずはそちらの病気でかかっている病院に連絡した方がいいですよ。あと、あんまり痛むようでしたら救急車を呼ぶべきだと思います。」とのこと。


実は私、このようなことが2008年2月にもあったんです。あまりもの下腹部痛で立ち上がれなくなり、嘔吐し、頭痛もひどく、バスルームで横になったまま起き上がれなくなってしまったことがあります。ちょうど、女子医大の検査入院から退院した翌日だったので、千葉県の実家にいたにもかかわらず、救急隊は近くの慈恵医大柏ではなく女子医大に「40分くらい、我慢してね。」と言ってバイタルをチェックしていたのを覚えています。結局、原因は分かりませんでした。点滴した後、痛みが和らいだので午前5時頃に帰されました。

今回は前回とは少し違っており、嘔吐も頭痛もなかったんです。つまり、あの時に比べるとようは「大したことがない」と自己判断したので、結局病院へは行かないことにしました。しかも、救急に行って、特に異常が見つからなかったときのフラストレーションといったら半端ではないです。結局、昨晩は一人で痛みと格闘することにしました。しかし、一向によくならず、時計を見たら既に3時半。もう、背中を丸めてうずくまっているのも疲れてきました。横向きに寝ると痛みが増したので、仰向きになって寝ることにしました。「痛い、痛い」といいながらも、気づいたら寝ていました。(眠れるくらいだからやっぱり大したことなかったのかしら?)

朝、7時40分にかろうじて起きてみると、まだジワーっと痛いものの仕事には行けそうだったので頑張って行ってきました。

今もまだ痛いです。一体、何なのでしょうか?一回、消化器科を受診した方がいいのか、これは婦人科なのか、よく分かりません。困ったなぁ。私が女子医大の「受診相談」に行くと、必ずといっていいほど全てを内分泌内科に回されます。自分から消化器センターに出向くのが一番いいのかしら?でも、下腹部だから婦人科にも回されそうな予感。。。でも、大腸ポリープも指摘されていることだし、やっぱり消化器?まぁ、消化器でしょうね、最初は。

と、こんなことをぼやいているうちに夜のお薬を飲むのを忘れていました。(Ooops!!)
今日は胃の辺りも痛いです。なんだか、体のどこかしらが必ず毎日痛いのですが、これは健常人も同じなのでしょうか?

2009年12月10日木曜日

先端巨大症女性の妊娠分娩

 妊娠例こそ少ないけど、妊娠さえできれば結構フツー?

比較的若くして「先端巨大症」と診断された私はたま~に気になることがあります。それは、もしも将来、私が子供が欲しくなった時、どうなるのかなぁ?という素朴な疑問。それで、過去に集めていたジャーナルをゴソゴソと探ってみると、非常に参考になる記事がありました。

脳下誌 18巻5号 2009年5月に「妊娠分娩と脳神経外科疾患」という特集がありまして、その342~346ページに「挙児希望女性に発生したホルモン産生下垂体腺腫への対応」という記事がありました。著者は、東京女子医科大学内分泌センター内科の肥塚直美先生高野加寿江先生です。肥塚先生と高野先生、こんな分野(脳下)にも出没していらっしゃったのですね(というか、集めていた段階で気づかなかった私の駄目さを感じます)。

345ページにGH産生腺腫 (GHoma, acromegaly) の妊娠分娩について書かれています。今回、この記事を読んで驚いたのは、GH産生腺腫の場合、高プロラクチン血症や、巨大腫瘍が下垂体を圧迫することによって無月経を合併することが多い、ということです。確かに私も手術前は無月経だったなぁ。そのためか、先端巨大症の妊娠例の頻度は少ないそうです。へぇ、そうなんですか、先生?

まず、妊娠前にGHとIGF-1をコントロールすることが大切なようです。
そして、先端巨大症をもった患者さんが妊娠した際の注意点は
  • 糖尿病
  • 高血圧
  • 心疾患
  • 腫瘍サイズの増大
といった合併症などのようです。

管理に関してはやはり、頭痛、視野障害、IGF-1をチェックすることが必要のようです。やっぱり!

気になるお薬についてですが、やはり妊娠が判明した時点で中止する、という措置をとるようです。ただし、他文献では1例においては、なんと!妊娠中を通じてピグビソマント(ソマバート)が投与されていましたが、健常児を分娩したみたいですよ。サンドスタチンだとどうなのでしょうか?ソマバートはGH受容体拮抗剤で、サンドスタチンはソマトスタチン誘導体。う~ん、素人には分からない!!

とは思ったものの、やはり妊娠中の先端巨大症に対する投薬はもしかしたらあまり必要ないのかなぁ、とも思えてきました。というのも、妊娠中にGHが変化した症例はあってもIGF-1は増加しないみたいです。

妊娠→エストロゲン増加→肝臓でのIGF-1合成が抑制される

といった可能性があるからのようです。(あくまでも「可能性」と書いてあります)
仮にそうであるのなら、妊娠中に無理にサンドとかでIGF-1を下げなくてもいいのかなぁ、と思えてきます。
ただ、IGF-1が「増加しなかった」という書き方なので、下がるわけでもないような気もするのですが、どうなんでしょう?こんな細かいことを考えるのは私ぐらいなのかしら?

とにかく、この記事を読んで思ったことは「先端巨大症でも月経さえあれば、結構普通に妊娠分娩できるのね。」ということでした。

先端巨大症について、よく言われること

今日は趣向を変えて、私が今まで色々な方から(国内外を問わず)言われたことのある発言について、少しコメントしていきたいと思います。

(少し前に書いたものなので、少々ネタが古くてごめんなさい。ある方からの依頼で急遽アップすることに致しました。)

「背が高くていいわね。」
  • アクロの患者さんは、外見を非常に気にしている方が多いですが、私のように巨人症から始まった場合、身長も気にしていることがあるので、お気遣いのほど、よろしくお願いします。
  • 私は背だけではなく肩も大きくなってしまったので、ハッキリ言って着る服に困っています。上は15~17号の下は7~9号です。スーツなどを買う時、セットで購入できないので非常に高くつきます。
  • 背が高いだけならいいんですが、足も大きくなる病気ですので、靴がありません。25.5cm~26cmの婦人物ってあまりありません。あっても高いです。しかもデザイン性に乏しいです。また、特殊な足の形になったりするので、履き心地も求め始めると。。。ありません!

「成長ホルモンってアンチエイジングにいいんでしょ?
それが多過ぎるなんて、常に若返ることができて羨ましいわ。」
  • 成長ホルモンは確かに代謝促進に関与するホルモンなのですが、これが多過ぎると厄介なんです。手足、鼻、唇、が肥大化します。頬骨、額、あごがでてきます。というか、頭全体がなんだか大きくなります。私の場合、肩や胸の骨も大きくなり、やはり上半身が大きくなった感じです。大腸ポリープ、糖尿病、高血圧、心臓肥大、高脂血症なども成長ホルモン過多は引き起こします。

「それって病気なの?ホルモンのバランスが乱れることなんて誰にだってあるわよね?」
  • 単なる(=よくある)ホルモンバランスの乱れではなく、視床下部の下にある脳下垂体という場所に成長ホルモンを産生してしまう腫瘍ができることで起きる、れっきとした病気です。 (まれに他の原因で起こることもあります)そればかりではなく、先端巨大症は難病で国の特定疾患でもあります。

「あなた方の医療費が高い話は私には関係ないでしょ。」
  • そうかもしれません。ただ、月6万~7万円かそれ以上の高額な医療費で苦しめられているのは私だけではなく、他のアクロの患者さんもそうなんです。中にはお薬が高額のため、治療を断念した患者さんもいらっしゃいます。あなたが私たちのような患者さんだったら毎月これだけの治療費を払うことをどう思いますか?私は「世の中にはこういう苦しい思いをして生きている人がいるんだ」ということをまずは知ってほしいのです。
  • 私たちはいつ何時、高額な医療費を必要とする疾病にかかるか分かりません。もしかしたら、あなたも将来、なんらかの慢性疾患にかかって私たちと同じ苦しみを抱えることだって可能性としてはゼロではないのです。そういった時、国がきちんとした制度を設けていなかったら、どう思いますか?有効な薬や医療技術が存在しても、高額のために諦めざるを得ない、なんていう状態を容認できますか?そこをまずはご理解いただきたいのです。

「どこも悪そうにみえないけど。」
  • はい、見た目で人は判断できないんです(笑)。むしろ、慢性疾患とはそういったものではないですか?高血圧や糖尿病だって見た目には病気には見えませんよね。でも、彼らだって病気です。しかも、見た目に調子が悪そうに見えないからといって、必ずしも本人たちが辛くないわけでもないのです。よく、「大病院にいくと、具合の悪い人なんてほとんどいないんだよ」とおっしゃる方がいらっしゃいますが、それは彼らが「具合悪く見えない」だけなんです。
  • また、病人だって人にはよく見られたい、という欲求があるものなので、精一杯元気に振舞おうとする人が多いのも事実です。私だっていつも疲労感があって本当にしんどいですが、余裕のある時は笑顔で、精一杯元気に振舞おうとします。

2009年12月8日火曜日

病人にも生きる権利を!

「今は金がないから病院なんかにいっちゃあいけないんだよ」

地下鉄の出口、いつも私はエスカレータ側を使って出ますが、その日はなぜか階段を頑張って使ってみよう、と思って、より自宅に近い出口を利用することにしました。

すると、階段の踊り場に初老の男性がコンビニの袋を片手に倒れております。明らかにホームレスが寝ている、というカンジではありません。通行人の皆さんは気にはなるようでその方のことを見るのですが無視して通り過ぎてゆきます。私、こういうの、駄目なんです。お節介だから黙ってみていられないんです。自分が似たような状況で、悲しい思いをしたことがあるからでしょうか?

私は思わず立ち止まりました。「もしもし、もしもし!!」肩を叩きます。「んあぁ~」弱々しいうめき声が聞こえてきます。呼吸と脈は感じました。「もしもし、どうなさいました?」「ちょっと、休んどるだけじゃ。」「休んでるとはいってもここでは危ないですよ。動けますか?救急車を呼びましょうか?」「お嬢さん、よう、聞きなさい。わしぁあ元々病気持ちなんだよ。ただ、今は金がないから病院なんかにいっちゃあいけないんだよ。分かるかい。」私はこの言葉を聞いて自分のことのように思えてしまい涙が出そうになりました。「わしは若いあんたから金を貰おうなんて思っちゃあいない。ただ、ここでちょっとの間休ませてほしいだけなんだよ。分かったら、こんなの見なかったことにして皆と同じに通り過ぎなさい。」私はどうすることもできませんでした。そのまま通り過ぎるなんてクリスチャンである私の心がズキズキと痛みます。『あぁ、神様、どうかこの者を哀れんでお救い下さい』と彼の肩にそっと手を添えて心の中で短いお祈りを言ってから痛む心と共に通り過ぎました。

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お金の無いとき、私も色々な倹約に走ります。最後に服を買った日なんて私は覚えていません。おそらく夏用のスーツだったと思います。最後に友達と遊んだ日なんていつだったのでしょうか?マクサルトRPDという偏頭痛薬が高いのでなるべくナイキサンという薬で済ませようとして胃を荒らしたり、食事をお昼だけにしたり。 そこから摂食障害を再発させてしまったり。

また、サンドスタチンLARにしても添付文書記載の4週間(28日)周期は完全に無視して35日にしたり、と本来は削ってはいけないところで削ってしまうんですよね。それで、最終的にはもっと高くつく。。。あの、おじいさんも私みたいなことをしてあそこで倒れてしまったのかな、と思ってしまいました。私も「救急車だけはやめて」と言ってしまったりします。万が一受け入れ側が救急でない、と判断した場合、非常に高い負担を強いられるからです。今の私にそんなお金を払う余裕はありません。

なんだか、やりきれません。どうして、病気になるとお金が無くなって病院にかかることのできない社会になってしまったのでしょうか?どこで間違ってしまったのでしょうか?私の祖母もサルコイドーシスという特定疾患で苦しんでいますが、彼女も医療費のために循環器が満足に機能しないにもかかわらずアルバイトをしていた時期がありました。結局、その無理が祟ってさらに病気が悪化したこともあり、最終的には悪循環だったように思います。こういったことを考えていると、慢性疾患を抱える患者として生きていて非常に悔しいです。

40.1℃の熱!

インフルエンザではなかったけど死ぬかと思った!!
現在、快方に向かっております。

実は土曜の夜から体の節々が痛くて、悪寒、吐き気があったので、「なんだか怪しいなぁ。」と思ってその日は翌日、広島へ出張予定でもあったので早めに帰宅しました。

ただ、夜の10時ぐらいになると「これ、明らかにいつもと違う!」と思い始めるわけです。「インフルエンザ?」という言葉が頭をよぎりました。「でも、季節性のインフルエンザの予防接種はすでに受けているし。。。新型かなぁ?一応、基礎疾患持ちだけど、でも先端巨大症とかってあんまり免疫力に関係ないよね。」と思いながらも検温。37.8℃。私の平熱って低めだから、これは結構まずそうな感じです。「新幹線、指定、取っちゃったし、明日出発できなかったらどうしよう?」

まぁ、とりあえず、明日のことは明日に任せよう、ということで、いったん睡眠。
しかし、悪寒はますますひどくなる一方。よく眠れず朝が来ました。

さぁ、日曜日。どこに行けばいいのでしょうか?まずは区のインフルエンザ相談窓口に電話して、休日救急診療所を紹介していただきました。駅の階段を上がるのが本当につらくて何度も休みながら上りました。診療所で検温すると38.3℃。「うわぁ、これはまずい!」新型インフルエンザの検査は陰性でした。でも、当日広島出発はだめ、とストップがかかります。

一応、風邪薬を出されましたが、月曜の朝、4時ごろに寝汗で起こされ、検温すると40.1℃。意識は既に朦朧としておりました。適当に着替え、ガタガタと震えながら水分を取って再び布団の中へ。そのあとから正直、記憶が飛んでいます。「痛い、痛い」「寒いよ~」を連呼していたのはよく覚えています。関節が痛くて痛くて辛かったです。そして、暖房も26度とかに設定してあるにもかかわらずガタガタと死ぬほど寒くて仕方が無かったので、フリースを何枚も使っていました。

途中、寝汗で何回か起きて、着替えと薬だけはしっかりと飲んでいたようですが、あまり記憶がありません。夕方7時ごろ、携帯のバイブの音でハッと起きた、というか意識が戻ります。「ふう、かろうじて生きているなぁ。今って午前の7時?午後の7時?何曜日?」仕事携帯のバイブが再度ブーっとなります。開くとメールでした。履歴を見てみると着信、メールのオンパレード。すでに、午後7時過ぎであることを知ります。「私、無断欠勤?」急いで上司に電話をします。情けないのと、恥ずかしいのと、申し訳ないのと、体のしんどさで最悪の心境でした。

上司、同僚、人事は皆、怒っているのではなく心底心配だったようです。実家にも連絡を入れてくださったようで、万一に備え合鍵を持っている父が昨日は林檎と林檎ジュースを大量に持ってやって来ました。こういう時、「やっぱり病人は一人暮らしをしてはいけないのかなぁ?」と思ってしまいます。気を使わせたくないから一人暮らししているのに、これではかえって逆効果です(涙)。

今日は皆の圧力もあり、「また、これくらいで来るな、とか思われないかなぁ。女子医大の皆さん、本当にごめんなさい。」と思いながらも猫背の背中をさらに丸めて女子医大に通院しました。(やはり基礎疾患があるから周りに「いつものところで(=女子医大)」と言われてしまうのです。私も風邪やインフルエンザくらいで大学病院に行きたくないですし、女子医大さんもいい迷惑ですよね。)

やはり、インフルエンザは陰性でした。どうも、他のウイルスにやられているようです。でも、インフルエンザではなくて良かった!ご対応してくださった大和田先生、西村さん(?)、本当にありがとうございました。お昼の一番忙しい時に大変お騒がせいたしましたことを深くお詫び申し上げます。

予断ですが、新幹線は払い戻しを今日になってからしに行ったので全額は無理でした。7000円くらい損しました。でも、あそこまで体調がひどくて、それでもしも救急車に乗っていたらもっと高くついたでしょうし、仕方の無いことです。ただ、有給が。。。(ウルウル)

2009年12月7日月曜日

肥塚先生との出会い-その2

いよいよ女子医大での初診当日!

ドアを左方向にスライドしてみると、あれ?
その方は正に先ほど車椅子の患者さんを案内なさっていた白髪混じりの小柄な方でした。

その女性は大きめの声で「はい、こんにちはー!」と声をかけて下さいました。
「さっきまで廊下にいらしたのに、どうやってこんなに速くこの部屋にお戻りになったんだろう?」
「とても温厚そうな方だな。」
「というか、この方が教授なの?教授自ら患者さんをご案内してしまうの?」
いい意味でのカルチャーショックでした。アメリカの病院では医師は診療だけして、案内はアシスタントにやらせていました。しかも、小柄、短髪で「凄く偉そう」な雰囲気を醸し出していない、というところが魅力でした。きっと、それは先生のフレンドリーさにあったんだと思います。

「私、あなたのを見てて、アクロメガリーって書いてあったから楽しみだったのよ。」
わたしのってつまり問診表?まぁ、先生に「楽しみ」と言っていただけるケースなら良し!としましょうか(笑)。そして先生は私がなぜ女子医大に来たのかを尋ねて来ました。
「インターネットで検索していた時、先生のお名前がアクロメガリー関連のウェッブに結構出ていたので是非、肥塚先生に診て頂きたかったんです。調べてみたら、先生、火曜日に初診をやっていらっしゃる、ということだったので。」
「あら、御指名ですか。ありがとうございます!」
座ったまま深々とお辞儀する先生。小柄なので、より一層小さく見えてしまい、私のほうが申し訳なく感じてしまいました。というのも、私は大柄なので、(170cm)なんだかこういった状況に出くわすと、訳も無く申し訳なく感じてしまうんですよ。

私はこの「肥塚教授」という方とお話をしていけばいくうちに「私は本当に一番素晴らしいドクターにお会いすることができた!」と確信するようになります。先生のあの飾らない笑顔と豪快な(?)笑い方は日本の病院にかかっているのではなく、自分がまだアメリカにいるような気分にさせました。

私が、経過を説明していくうちに面白いことが判明しました。実は肥塚先生と私は以外なところで繋がっていたのです。私がセカンド・オピニオンを求めたミシガン大学に、肥塚先生もお知り合いがいらっしゃる、とのことでした。「ミシガン大学って、バルカン(先生)がいるわよね?」と肥塚先生。
「そうですね。私はドクター・バルカンの同僚のドクター・ジャフィーに診てもらいました。」
「そうなの?バルカンのところに行ったんだ。私、ついこの間、彼とは座談会をしたばっかりなのよ。」
「えぇ!そうなんですか?世界は本当に狭いですね。」
といったような会話をしたのを覚えております。
「私はアクロメガリーの専門家なら大体知っているのよ。」
う~ん、頼もしい!!

ドクター・バルカンと座談会をしたり、NCBIに英語のジャーナルを出すぐらいなので、英語も堪能とお見受けしました。診療中も「サイロイド(Thyroid-甲状腺)」「ノジュラー(Nodullar-結節)」「コロノスコピー(Colonoscopy-大腸内視鏡)」などといった言葉も分かって下さったので、非常に助かりました。どうやら、先生もアメリカのNIH(National Institute of Health)に留学なさっていたそうです。どうりで英語がよく分かるわけです!

あの日、私は膨大な量のデータを持ってきていたので、先生も「この量の情報を外来だけで整理するのは大変だし、あなたのお薬も整理したいから(すごい量の薬でびっくりされたようです)検査入院したほうがいいと思うんだけど、どう?」ここまで話が進展するまでには私は先生に安心してお任せする決心ができておりました。「この先生なら大丈夫!いや、むしろ、この先生にお任せしたい。

入院となるとお金が絡むので外で待っていた母を呼びました。診療が終わって、部屋を後にすると、母も「なんだか、あの先生のことをずっと前から知っていたような気がする、不思議な先生よね。お母さんも肥塚先生、すごくいいと思うわよ。」

こんな具合で、肥塚先生による初診は終了しました。私が「肥塚ファン」になった日でした。それ以来、毎月、肥塚先生の診療の日は片道2時間の行き帰りは全く苦にならず、私の母は「あなたは本当に肥塚先生が大好きなのね。あんまり先生にご迷惑をかけてはいけませんよ。患者さんはあなた一人ではないんだから。」と呆れるほどでした。

私はNCBIのユーザーですが、この日までは"Acromegaly"しかキーワードを登録しておりませんでしたが、この日、帰宅するなり"Hizuka"を追加しました。これで、肥塚先生のジャーナルがNCBIに出ると、私にメールで自動的にお知らせが来るシステムです。

そんなこんなで、2008年1月22日が終わりました。

私が、この先生の話を留学時代の友人にすると、「日本にもそういうお医者さんがいたんだね!」「一度会ってみたいなぁ」とのこと。カナダのSODという下垂体の病気をもつ友人が「その先生、カナダに引っ越す予定ないの?」と言った時には笑ってしまいました。彼女は良い先生になかなか巡り合えず、苦労しているんです。

今のところ肥塚先生に関して、私の持っている不満(?)は「先生、たまにはゆっくりして下さい」だけです。この間、「なんだか目がしょぼしょぼする」とこぼしていらっしゃったときは本当に不安になりました。それでも、笑顔を絶やさないところが本当の先生の強さ、患者さんへの優しさなんだと思います。

以上、「どうやって、そういう良い先生に巡り合えたの?」という質問に対するご回答とさせていただきます。

2009年12月5日土曜日

肥塚先生との出会い-その1

女子医大・内分泌センターにたどり着くまで

女子医大に受診し始めた頃、いかに私の内分泌の先生は素晴らしい先生か、いかに私はその先生を信頼し、尊敬しているか、といったことを語ると必ずと言っていいほど「どうやってそういう良い先生に巡りあうことが出来たの?」と聞かれたものです。今日の投稿はそういった質問への回答です。

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私の電子カルテには私がインターネットで女子医大を調べて受診した、と記入されています。2007年の12月、私はまだ米国はインディアナ州にいました。2008年1月16日に帰国予定だったので、「お医者さんを探さないと!」とインターネットで内分泌医を検索しました。長くお世話になるかもしれない(でもあの頃は長くなるとはあまり思っていなかった)ですし、なにせ珍しい病気なので、その病気のエキスパートに診て頂きたかった、というのが本音です。また、サンドスタチンは28日ごとに投薬の薬なのですが、プレフィルド注射薬のせいで申請をとらないと日本に持込ができない、という厄介なもの;しかし、申請を取る時間がもうなかったので、とにかく急いで受け入れ先を探しておりました。

理想としては、
  • 首都圏にいらっしゃること
  • 診療だけでなく研究もなさっている、又は新たな治療や研究報告に関しても知識が豊富であること
  • 文書が英語であることと、私自身、医療用語を英語でしかほとんど知らなかったので、英語に堪能であること
 といった条件を求めていましたので、まずサーチエンジンに "Acromegaly Tokyo" (先端巨大症 東京)と入れました。すると、直ぐに出てきたのがNCBIのウェッブの学術論文で、東京女子医大での先端巨大症例65ケースをまとめた内容のものでした。(Clinical features and therapeutic outcomes of 65 patients with acromegaly at Tokyo Women's Medical University) フルテキストはこちらから(PDF)。Fukuda I, Hizuka N, Murakami Y, Itoh E, Yasumoto K, Sata A, Takano K.が著者です。

次に目に付いたのはアクロメガリーインフォサイトの編集委員のメンバーでした。千葉県の実家から通えそうな先生の中で、内分泌の先生は
  • 女子医大: 高野 加寿恵先生
  • 女子医大: 肥塚 直美先生
  • 東大:    高野 幸路先生
あれ、先ほどのジャーナルにも女子医大の高野先生と肥塚先生は登場しておりましたね。NCBIでさっそくお二人のジャーナルの検索を始めました。すると、やはり同じ病院ですので、共同でお出しているものが多かったのですが、私は、この Hizuka N. というドクターに何かを感じたんです。「この先生にお会いしてみたい。」今、考えてみても不思議な感覚でした。(ある種「運命的なもの」を感じてしまったんです。先生、こんな厄介な変な患者でごめんなさい。)

ただ、大学病院に行くには何が何でも紹介状が必要だと思い込んでおり、私の当時の日本の主治医の内科の先生が日医大出身だったので、まず女子医大には紹介状を書かないでしょうね、というのが周りの見解でした。

がっかりして、女子医大の外来のページを読んでみると、保険外併用療養費を払えば紹介がなくても診て下さる診療科もあることを知りました。内分泌内科はどうなんだろう?と思って調べてみると、予約が出来ないだけでした。さっそく診療担当表をチェック!火曜日の午前に肥塚先生は初診を担当していらっしゃることを知り、突撃することにしました。2008年1月22日(火)がその日となりました。早朝に起きて、米国からもってきた検査結果、MRIを手に2時間かけて女子医大まで行きました。

問診表に病名を書く欄があったのですが、アクロメガリーを日本語でなんというのかわからず、そのままアクロメガリーと書いたように思います。「大学病院の教授って、気難しいのかしら?どんな先生なのかしら?」私の中では気難しい、背は若干高めでほっそりした40~50くらいの冷たい感じの先生を勝手に想像して、緊張していました。おそらく「白い巨塔」の見過ぎでしょう(笑)。

いよいよ中待ち。これからお会いする方はアクロに詳しい先生で、NCBIにもジャーナルを出しておられる方だから、知的で洗練されていらっしゃるんだろうなぁ、とそれはそれはワクワクドキドキでした。それでも、やはり怖かったのも事実でした。日本で大学病院にかかるのは初めてでしたし、「教授」の称号のついた方にこんな気軽に診て頂きに来て本当に良かったのか?失礼にあたらないのか?と心配にもなってきました。

中待ちにいると、途中、白髪まじりの小柄な女性で白衣の方が車椅子で患者さんを移動していくのが見えました。「私もあんな風に車椅子で運ばれたことがあったっけ。」とアメリカの病院での思い出に浸ってしまいました。 その白衣の方の笑顔が、飾らないカンジの笑顔で素敵でした。優しそうな方でした。ただ、その白衣なんですが、看護師さんの着るような白衣ではなかったのでちょっと気にはなりました。

そんな中。。。ピンポーン!とかわいらしい音が鳴ります。「現在診療中」の欄に私の番号が!いよいよか!!深呼吸をしてスライド式になっているドアをノック。つい、アメリカ生活で身についてしまったノックの仕方をしてしまい、出だしからちょっとコケてしまいました(笑)。(アメリカ人はドア3-4回くらい、猫のような手つきで素早く連打するんです。)

さぁ、ドアを左方向にスライドした向こう側にいらっしゃった方は。。。

(次回へ続く)

2009年12月2日水曜日

もう頑張れない。

辛い体調不良
「頑張って」なんて気軽に言わないで!

昨日、今日と調子が悪いです。昨日はそれでも何とか遅刻程度でどうにかなったのですが、今日は完全にアウトでした。体の節々が痛く、頭もガンガン、嘔気、それにとてつもない倦怠感。「もう、今日は駄目だ」とは思ったもののなんとか布団から這いずり出てスーツに着替えました。なんともいえぬ脱力感と頭痛。「これから駅まで6~7分歩いて、混んだ電車に30分、駅から会社まで10分。」たとえ会社にたどり着いたとしても仕事は出来ないでしょうし、帰りはどうすればいいのでしょうか?それ以前に、たどり着くことさえ非常に困難だと思いました。

しばらく思い悩みます。「仕事がまた溜まる」「でも、来週からの出張研修を優先させれば今日休んで体調を整えるべきかしら?」「また、『根性なし』『仕事が出来ない』『やる気がない』とか思われるのかしら?」なんだか情けなくて、悔しくて、それでもって気分が最悪状態で気づいたら泣いていました。

結局、今日は1日中寝て過ごしました。座剤のおかげでぐっすり寝てしまったようです。かなり長い間同じ体勢で寝ていたようで、いくらマットレスが低反発とはいえ腰が痛いです。 夕方、ようやく目が覚め、朝から何も食べていないことに気づきました。お腹はあまり空いていませんでしたが、何も食べ物が無かったので、鉛を背負ったような気がするほど重く感じる体を引きずって買い物へ。あとで後悔しました。私の家の周りってスーパーが無いから3駅電車に乗ってデパ地下で買い物なんですが、3駅でも遠く感じました。食べられそうなものを物色した後、しばらくエクセシオールで休憩。「私、帰宅できるのかな?もう、疲れていて動くのも辛い。」帰りの電車で気分が悪くなり、それでもなんとかフラフラと帰宅。

よく考えたら目の前のミニストップでおにぎりとか買ってこれば良かったのかも知れません。それにしてもどうしてこんなに体調が悪いのかしら?通勤、帰宅の電車は片道30分しかかからないのに、最近では途中下車して休み休み行き来しております。もう身体的に限界を感じております。そんな話を昨晩、母にしていたら「まぁ、大変でしょうけど頑張りなさい。」と適当に言われました。

私は思わず腹が立ってしまい、適当に話を終わらせ電話を切ってしまいました。「私はもう十分頑張っていて、これ以上頑張れないのに、なんてひどいことを!」昨晩、休憩するために途中下車して寄ったエクセシオールで、ラテを飲みながら涙が出そうになりました。

頑張って、頑張って、もうこれ以上頑張れない私に「頑張って」なんて簡単に言わないでほしい、と以前に母には伝えたのに、所詮私は彼女にとっては他人なのです。私の苦悩なんて他人事なのです。そう分かっていても彼女に「頑張れ」と言われるたびに死にたくなります

そんな中、励みになっているのは同じ病と共に生きている仲間たちと私を支えてくれているお医者さんたち、看護師さんたち、そして友人です。家族からサポートを得ることができない私には、こういった人たちが大切なサポートなのです。この一人ひとりを裏切らないために、なんとか死なずに私なりに生きています。いつか、自殺のことなどを考えることなく生活することができるようになったらいいなぁ、と願っております。

2009年11月29日日曜日

東京女子医科大学 第27回公開健康講座-その4

今日はイタリアンローストをKALDIで買って来ました!挽きたてで、久々においしいコーヒーを自分で入れて飲みました。酸味のあるコーヒーが私は苦手なので今人気のグアテマラとか、実はあまり好きではなかったりします。そのかわりアロマに深みのある苦めのものが好みです。

それでは、女子医大の講座の感想、今回でラストです。

III.よくある病気の中に

 3.骨粗鬆症  (佐藤 幹二; 代行 高野 加寿恵)

佐藤先生のご体調が優れない、ということで高野先生が代行で骨粗鬆症についてご説明なさいました。骨のリモデリングも勉強しましたが、今回はスライドの絵が非常に分かりやすかったです。あと、骨粗鬆症で心機能、呼吸機能が低下したりGERD(逆流性食道炎)などの消化器系の症状も現れるんですね。知りませんでした。また、低骨量のリスク因子に人種(アジア人、白人)もあるんだそうです。

今回、高野先生はエストロジェンを中心にお話を進めておりましたが(佐藤先生のスライドがそのようになっておりました)、私としてはカルシトニンや副甲状腺ホルモンのお話がもっとあれば良かったのにな、と思いました。ただ、今回の講座のテーマを考慮に入れると、骨代謝云々ではなく病気にフォーカスを当てるべきだったので、あれで良かったのだと思います。

それにしても、さすが高野先生!当日、欠席された佐藤先生がご用意したパワーポイントを元に「ピンチヒッター」であるにもかかわらず、スラスラとご説明していらっしゃるお姿はかっこよかったです。

高野先生はプレゼンの最後に「自分の身体は自分で守りましょう」といったことをお話になっていました。内容的には私なんかよりもずっと年上の方々に宛てたメッセージのようでしたが、私は病気持ちなので、「うんうん、そうですよね!」と思いながらお聞きしていました。


IV.過激なダイエットとサプリの恐怖 (鈴木 眞理)

(鈴木先生のプレゼンに関する感想は過激なダイエットについてにさせていただきます。)

今までずっと謎に思っていたことがあります。なぜ女子医大では摂食障害を内分泌内科で診るのか、ということです。普通、心療内科とか精神科だと思うのですが。今回のプレゼンを聞いていて、きっと思春期の成長、ホルモン、ストレス、摂食障害による栄養失調が密接に関係があるからなのかな、と思いました。

実は私も摂食障害に何年も苦しんだ(苦しんでいる?)患者です。拒食症と過食症の両方を経験しました。そして今でも過大なストレスにさらされるとあの頃のような病的な摂食行動が起こります。特に苦しかった、または苦しいのは(現在進行形)過食嘔吐です。あの頃の私は160cmで34kgまでは最低でも痩せました。正直、どうして普通に食べることが出来ないのか、どうしてエンドレスに痩せたいのかが全く分からなくて、未だに良く分かりません。今の精神科医には50kgをきってしまったら本格的に治療しないといけない、と言われています。しかし、増やそうとしなくてもリフレックスという抗うつ剤の副作用で1ヶ月の間に3kgも増えたのでとりあえず、体重面での問題は解決(汗)。(というか、これはこれである種、問題ですが)

話はプレゼンに戻りますが、摂食障害の患者さんが痩せたい理由のひとつに「思考力や感受性を鈍麻させると嫌なことでもやっていける」ということのようです。「そうかもしれないな」と思いました。私が過食嘔吐する理由も似たようなものです。過食しているときは頭が空っぽになることが出来ます。矛盾のある言い方ですが、物凄く辛くて悲惨なんですがこの方が楽なんです。

次に思春期の成長とホルモンについてですが、骨カルシウム量のピークは16歳ぐらいだそうです。この時期に骨カルシウム量は決まってしまい、これ以降にはほとんど増えないようです。これを聞いて、私は「たぶん私は骨粗鬆症になるな」とぼんやりと考えてしまいました。私が摂食障害で最低体重に至った年齢は14~16歳でした。しかし、済んでしまったことは仕方ありません。あとはいかに今の食行動を改善して骨粗鬆症を予防するか、にかかってくるのでは、と思っています。

メンタル面のケアについて真面目に考えさせられたプレゼンでした。

東京女子医科大学 第27回公開健康講座-その3

今回は田辺先生、三木先生のプレゼンの感想です。

III.よくある病気の中に

 1.直る高血圧 (田辺 晶代)

副腎ってよく日本ではおまんじゅうに例えられることが多いように感じるのですが、田辺先生は「そら豆に似てると思うんです」とおっしゃっておりました。そのスライドの下の方に”by 東京女子医科大学 立木美香”と書いてありました。おぉ、私が検査入院中お世話になった先生です。アメリカ帰りで生意気で、自分で主導権を握りたがるような患者である私にもご丁寧な対応をして下さった先生です。今にして思うと「やりにくい患者だったのでは?」と思います。

話は本題に戻りますが、高血圧を起こす副腎の病気として原発性アルドステロン症、クッシング症候群、褐色細胞腫を挙げていらっしゃいました。クッシング症候群は私にとっては非常に馴染みのあるものですが、残りの2つ、つまり原発性アルドステロン症と褐色細胞腫については教科書で読んだきり「そんな病気、確かあったなぁ」ぐらいにしか覚えていなかったので大変勉強になりました。アルドステロンの働きとカテコールアミンの働きについてしっかりと押さえてくださったので飲み込みやすいプレゼンでした。


  2.頑固な頭痛 (三木 伸泰)

女子医大で頭痛、というと頭痛外来で有名な清水先生をつい思い浮かべてしまいますが、今日は内分泌内科の講座なので、脳外科医などではなく内分泌内科医の三木先生でした。実は三木先生は私の米国の大学のOBなんです!学部こそは異なりますが先輩にあたる方なので、同じ出身校の方がこういったところで立派に活躍しているところを拝見すると、非常に嬉しいです。


私も慢性頭痛と偏頭痛発作がひどいので頭痛についてのプレゼンは非常に興味のあるところでした。自己症状もあり、かなりお困り度の高いものだったので自分でも頭痛に関しては勉強していたので、前半はかなり基礎的な内容に感じました。

ただ、「下垂体由来の頑固な頭痛」という内容は非常に興味深かったです。私は下垂体腫瘍、下垂体卒中については知っておりましたが「ラトケ嚢胞」は名前しか聞いたことがなかったので大変勉強になりました。下垂体腫瘍との誤診が多いそうで、ラトケ嚢胞に伴う頭痛は患者さんのQOLをかなり低下させるそうです。また、ラトケ嚢胞はごく最近になって注目されるようになったもののようです。

下垂体腫瘍について、今回私が初めて知ったことは、腫瘍のタイプによって頭痛の重症度が異なる、ということでした。先端巨大症とプロラクチノーマでは重症度が特に高いそうです。腫瘍が下垂体に出来たからといって、どの腫瘍も同じ頭痛の重症度ではないんですね。非常に興味深いです。

最後に下垂体卒中に関してですが、三木先生のお話されていた匿名の患者さんのケース、私、実は某HPで読んだことがあるので、どの方だか分かりました。それと同時に、その患者さんを救った先生が三木先生であることをこの日、初めて知り、「あぁ、あの素晴らしい先生は三木先生だったんだ!」と感心してしまい、肝心のプレゼンの内容が私の中で、一瞬お留守になってしまい、申し訳ありませんでした。ただ、下垂体卒中に激務とアルコールがよくない、というポイントはしっかりと把握しました。

2009年11月27日金曜日

東京女子医科大学 第27回公開健康講座-その2

女子医大の公開健康講座の感想の続きです。
今日は磯崎先生と小野先生のプレゼンについてです。

II.早期発見の手がかり

  2.発汗・脈の変化から (磯崎 収)

私の中では汗をかくホルモンの病気といったらまず自分の病気である先端巨大症と、あと自分の疾患ではないのですが甲状腺機能亢進がすぐに思い浮かびますが、まさにそういったところからお話を始めて下さったので入り込みやすい内容でした。ただ、褐色細胞腫によるカテコールアミンの過剰というのは教科書で読んで以来で、実はあまりよく分かっていなかったので今回、非常に勉強になりました。私はどうも脳下垂体、甲状腺ホルモン、コルチゾール、インスリン以外のホルモンに関しては本当に弱いんです。(性ホルモンとか本当に絶望的なくらい分かっておりません)褐色細胞腫なんてテストに出て来ようものなら「捨て問題」にしていました。個人的に、カテコールアミンをENDと覚えたりしております。(エピネフリン、ノルエピネフリン、ドパミン)

今回の磯崎先生の解説のお陰で褐色細胞腫は副腎髄質によくできるもので、交感神経を過剰に刺激してしまう、という知識がようやく定着したように思います。

また、先端肥大症においては汗腺が肥大する、ということは今回初めて知りました。 自分の病気でも知らないことって以外に沢山あるんですね。

また、循環器も私は苦手なので脈の異常についての解説は難しかったです。しっかり勉強しないとなぁ、と反省させられました。


3.月経不順・不妊から (小野 昌美)

 小野先生のプレゼンはプロラクチノーマについてでした。月経不順・不妊の原因の30%が高PRL血症のようです。随分多いなぁ、という印象でした。男性のプロラクチノーマでも不妊、というケースがある、ということは実は今まで知りませんでした。また、男性の場合、月経は無いし、性欲減退でなかなか病院に行かないためか、相当腫瘍が大きくなって視野障害が出るようにならないと受診しない、という要素があるため女性に比べて大きな腫瘍が見つかることが多いそうです。非常に興味深く感じました。

私も実は先端巨大症と診断される前、無月経になりました。その理由は高PRLでは無かったのです。結局なんだったのかなぁ、と思って病理学の検査結果を見ていて思ったのはLH(黄体形成ホルモン)の異常だったのかなぁ、と睨んでおります。(あくまでも素人意見です)術後は月経も正常化したので、下垂体ホルモンに関係するのでは、と思っているのですが、その辺についての解説も欲しかったです。もっと分かりやすくいえば、「プロラクチノーマ以外の脳下垂体ホルモンの病気で月経異常が起きるのはなぜか?」ということです。

今になって思えば、これはプレゼン後に是非(!)質問したかったことです。これから自分なりに勉強してみます。

2009年11月26日木曜日

東京女子医科大学 第27回公開健康講座-その1

今更ですが、11月21日(土)に女子医大の公開健康講座に参加させていただきました。
「日常生活に潜むホルモンの病気~病気を見逃さないために~」という題で、女子医大の内分泌内科の先生方がホルモンやホルモンの病気について分かりやすくプレゼンテーションして下さいました。

当日、「(女子医大の)弥生記念講堂って確かこの辺だよなぁ」と思いながらボーっと歩いていると肥塚先生がお声をかけてくださいました。周りには他にも人が沢山いらしたのにもかかわらず私を見つけて下さったので、とっても嬉しくなりました。

今回の講座で下垂会の理事会で前回お会いした方や、普段あまりお話する機会の無い患者仲間とお話することができたこと、会場でいただいたバターサンドがおいしかったこと(爆)、いただいたボールペンがノバルティスのサンドスタチンのロゴ入りだったこと(笑)が嬉しかったです。

今回の投稿では素直に感想を述べていきたいと思います。8人の先生によるプレゼンで、1人あたりの持ち時間は約25分でした。今日は肥塚先生、福田先生の2名のプレゼンについての感想です。
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I.ホルモンは生命のメッセンジャー (肥塚 直美)

トップバッターは肥塚先生でした。今回の講座の中では、まとめるのが一番難しいテーマだったかと思います。ホルモンには実に沢山の種類があるのですが、その代表的なものや、代表的なホルモンの病気を説明するのですから、私からしたら難題です。ましてや医学生相手ではなく一般人にも分かるように説明するのですから大変だったのではないでしょうか。確かに先生のプレゼンは決して簡単な内容ではありませんでした。しかし、非常によくまとまっていて、また親しみやすく分かりやすい説明でした。

「皆さんは『ホルモン』と聞いて何を想像されるでしょうか?」とおっしゃいながらパワーポイントをクリック。出てきたのはホルモン焼き!うわぁ、先生、こう来ましたか!?こういうジョーク、大好きです。

こんな出だしのあと、先生はホルモンについてのご説明を始めました。私はホルモンは非常に微量で体に作用する、ということは既に知っていましたが、それが「50mプールいっぱいの水にスプーン1杯程度」で作用するとは驚きでした。また、ブッシュ大統領はバセドウ病、カール・ルイスは橋本病だった、ということを私は今回始めてお聞きしました。あんなにしんどい病気を持ちながらも激務を行うことができるの?と驚くと同時に希望も与えられた気がします。「私にだってできるんだ!」と思えてきました。

また、(受講している方からの)環境ホルモンに関する質問に対する肥塚先生のご回答も非常に分かりやすいものでした。この辺は医療機器メーカーの営業である私もよく訊かれるので(例えば、「塩ビのチューブで点滴って安全なの?」「DEHPって何?」「DEHPを使わなければ塩ビって安全なの?」といった質問です) よく知っている内容なのですが、肥塚先生のご説明は非常に素晴らしかったです(スライドまで準備されておりました!)。やっぱり先生は違うなぁ、すごいなぁ、と感心してしまいました。


II.早期発見の手がかり 

   顔貌・身体の変化から (福田 いずみ)

体型や顔つきに影響を及ぼす代表的なホルモン3つ(成長ホルモン、甲状腺ホルモン、副腎皮質ホルモン)についてとそのホルモンの病気についてのご説明でした。先端巨大症の患者としては「成長ホルモン」「先端巨大症」と出てきたときには正直嬉しかったです。 絵も多く、非常に分かりやすかったです。ただ、1つだけ欲張りを言えば、こういった体型、顔つきの変化を自分以外の方に指摘する際、どのようにすればよいのか教えてほしかったです。やはり、容貌のことなので1つ間違えば失礼になりかねません。私も先端巨大症の症状がひどかった時、「手がぽちゃぽちゃで、大きいね」と言われたとき反応に困りましたが、その場でもし「一回病院で診てもらったほうがいいよ」なんて言われたら傷ついていたと思います。

実際にインディアナ(米国)に住んでいた時は私の診療の時には毎回、研修医が興味深く私を観察し、おそらく悪気の無い、それでいて結構グサリとくることを言われたものです。「これはアクロに良く見られる鼻の形だ」「アクロの割には歯並びがいい」「アクロの割には顔にひどい変形がほとんど見られない」などなど。

話はそれてしまいましたが、周りにホルモンの病気特有の外見をした方に受診を勧めるとき、どう言えば相手を傷つけないのかな、と考えてしまいました。

以上、2人の先生のプレゼンに関する感想です。

あと6名いらっしゃいますが、それぞれに感想があるので、ペースはゆっくりですが随時投稿させていただきます。

2009年11月23日月曜日

通院(11月19日)-その2

既に新薬の効果あり!(精神)
元気を貰えた診療(内分泌) 

前回の投稿の後、温かい励ましを下さった方々、本当にありがとうございます。
おかげで、今回の精神科の処方の変更が良かったようで、久しぶりに「調子がいい」自分を手に入れることができました。このお薬、即効性はあまり無い、ということのようですが、私は既に大きな変化を感じております。「死にたい」という気持ちが現時点ではあまり無いです。金曜日に出社したときにも「調子良さそうだね」と言われました。顔つきも変わったみたいです。ただ、調子に乗って突然、活動的になったせいか今日は疲労がたまっております。

それでは、今日の本題に入りたいと思います。

内分泌内科
私は内分泌内科の診療の日は正直楽しみで、心がフワっと軽くなります。
まずは4FのケアルームにサンドスタチンLARの手帳を提出。看護師さんたちが私の名前を覚えて下さっているのが嬉しいです。「□□さんのお薬お願いしまーす!」こんな時、私は看護師さんたちにどんな患者として覚えられているんだろう?と思ってしまいます。
  • 厄介な患者?
  • 変わった患者?
  • サンドスタチンの患者?
  • アクロの患者?
  • 変な患者?
  • 肥塚先生の患者?
  • 面倒な患者?
なんだか若干心配ですが、とにかくあそこに行くと安心します。皆さん、本当に温かいんですよね。

その後、肥塚先生の診療・・・。
 IGF-1もGHも高値でした。IGF-1は基準値を超えてしまいました。う~ん。。。2ヶ月連続で基準値超えはちょっと痛い。でも、少なくとも前々回の値よりは若干下がっているので、しかも基準値から大幅に高いわけでもないので、まぁ、良しとします。

肥塚先生とお話すると、なんだか元気が出てきます。今回も「まだ、やっていけるかも」と思うことができました。難病特定疾患の臨床調査個人票についてお話していたとき、先生が「私がついているんだから」とおっしゃったとき、私の肩の力が抜けたのを覚えています。ぎりぎりの精神状態の時ってちょっとしたことが物凄いストレスになったりするんですよ。そのストレスの1つが特定疾患の申請で、私は結構心配していました。それを先生が「私に任せなさい」のようなことをおっしゃって下さったので肩の荷がおりました。

その他のことに関して先生とお話していくうちにどんどん元気が出てきました。肥塚先生にはいつも元気を貰っていますが、今回は特に救われたように思います。「もう駄目かもしれない」と思って深刻に鬱々としていた私が診療室を出るときには「まだ、やっていけるかも」と前向きな思いになっていました。

お医者さんにとっての最大の願いは、やはり患者さんの幸せだと思います。そういう思いに対する患者側の最大の恩返しの1つは、「元気に社会復帰して、1日1日を精一杯生きる」ということだと思っています。肥塚先生にお会いした後は必ず「先生もこんなに頑張ってくださっているんだから、私も精一杯頑張らないと!」と思えてくるんです。

ということで、来月の診療まで、また私なりに(無理しない程度に)頑張ってみます!先生、いつもいつも本当にありがとうございます。

2009年11月19日木曜日

通院(11月19日)-その1


お医者さんとのコミュニケーションをしっかり!

今日は月に1回の通院でした。女子医大で2科、あと病院の近くの耳鼻科、計3診療科。プラス、朝一で区の保健所に行ったのでなんだか通院後に薬局に行ったときは既にグッタリしていました。

ただ、今日はどこに行っても満足のいく結果でした。
今回の投稿は神経精神科の診療日記です。
(内分泌は次回!)
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ここのところ、うつが特にひどくて本当に辛い1~2ヶ月でした。「辛い」なんていう言葉では表せないぐらい辛すぎる日々でした。「もう生きていてもしょうがない。このプロジェクトが終わったら死んでしまおう。」と常に思っていました。辛すぎて涙も出ませんでした。そのうちアパシーっぽくなり、実はかなり危険な精神状態で、現在に至ります。

前回、新薬を追加したのですが、駄目でした。実は今まで、辛い気持ちや精神入院経験についてはあまり先生にお話したことが無かったのですが、今回は腹を割ってお話しました。細かい服薬履歴や入院歴、現時点でこのまま生きていくことが「もう無理」に感じる、といったことです。

私は精神入院したことが複数回あることを話しながら、内心どう思われるか不安でした。「面倒な患者ですみません。」と言うと、「そんなことはないですよ。勉強になります。」とおっしゃいました。私の心配とは裏腹に、先生は非常に熱心に私の話を聞いて下さいました。そして色々と分析をしていくうちに1つの結論にたどり着きました。「セロトニン系の薬が合っていないのでは?」こう言われた時「あっ、そうかも!」と思いました。そこで、お薬をガラリと変え、新薬2種類と安定剤1種という処方に変わりました。非常に薬価が高いのですが、(全部で7,000円を超えました)入院するのに比べたら安いです。これでしばらく様子を見てみます。

今回の診療で思ったのはお医者さんとのコミュニケーションは非常に重要である、ということでした。今までの私は先生を完全には信頼しきれていなかったんだと思います。だから、本当に感じていることを伝えられなかったり、服薬履歴、入院歴を伝えられなかったのでしょう。「面倒な患者」と思われたくない、というのもあったんだと思います。でも、よく考えてみれば、問診が一番重要なのですから、自分の病状を正確に且つ十分に伝えることができなかったら先生だって困りますよね。

あんなに親身に私に耳を傾け、一緒に考えて下さる先生を見て、「今までの私は本当に失礼だったな。」と思いました。反省しています。ただ、患者としてお医者さんと関係を築く上で何が大切なのかが見えてきたので、非常に良い経験となりました。

2009年11月14日土曜日

世界糖尿病デー

東京タワーがブルー!!

11月14日(土)は世界糖尿病デーでした。私もHbA1C(ヘモグロビン・エー・ワン・シー)は正常値なのですが、耐糖能障害(境界型糖尿病)を指摘されている身なので、糖尿病のイベントは気になります。

友人から「東京タワーが綺麗な青になっているよ」というメールが来たので、さっそく東京タワーのホームページをチェック!
糖尿病デーのシンボルマークであり、糖尿病啓発運動への団結を意味する「ブルーサークル」と同色であるブルーのライトアップを実施します。
「アメリカでは確か糖尿病のリボンはグレーで、脳腫瘍と同じだったよなぁ」と思いました。(余談ですが、私は毎日シルバーリボンを身に着けています。脳腫瘍と糖尿病についての意識を高めるために私が個人的にしていることです。)

時計を見ると21時をまわっていましたが、早速都営浅草線に飛び乗り、大門で下車しました。出口を出るとブルーの美しい東京タワーが目に飛び込んできました。




少し歩いて、近くで撮った写真です。

そもそも、どうして11月14日が世界糖尿病デーになったのかといいますと、インスリンの発見者、バンティング博士の誕生日が11月14日だから、ということのようです。

ご存知かと思いますが、糖尿病は大変な病気です。進行すると、神経障害、失明、腎障害などを併発したりします。生活習慣で起きる人もいれば、自己免疫疾患で起きる人もいます。また、私のように他疾患の合併症で起きる人もいます。いずれにしても、血糖値のコントロールはストレスを伴い、結構大変です。また、糖尿病に関する自己学習も必要になってきます。

下のグラフ(?)は私がOGTT(経口ブドウ糖負荷試験)の結果について自分の学習のためにグラフ化してまとめたものです。



世界中で糖尿病と共に生活している方々に恵みがありますように。

2009年11月12日木曜日

臨床調査個人票について再度確認!

1年以内でなくてもOK?

前回の投稿で臨床調査個人票に書き込む検査数値は「原則1年以内で直近のデータ」と、東京都福祉保険局に言われた、というお話をしました。その後、私は東京女子医大の主治医にEメールをし、再度、東京都福祉保険局に問い合わせをしました。

今回、対応して下さった方もやはり「原則1年以内で直近のデータ」とおっしゃっておりました。しかし、これだけで判断するわけではなく、当然他の検査等も含めてトータルに判断するので、1年以内ではなくても良い場合もある、ただ、その場合は東京都の方から主治医に確認の問い合わせがあるだろう、とのことでした。

また、未実施の検査についても同じで、それを行っていないからと言って即却下ではないようです。しかし、行わなかった理由などについては問い合わせをすることがある、とのこと。

なんとなく柔軟に対応して下さるのかな、という印象でした。ただ、先生にとっては大変な作業となりそうな気がします。また、12月中に届出をする、というのは今のところ絶対のようです。

早速、主治医に事後報告と負荷試験についての質問をしようと思って電話をしてしまいました。結構、気持ちが焦っていたので、先生には本当にご迷惑をお掛けしました。というのも、私は先生の会議間際に、しかも間違えて院内PHSにかけてしまい、冷や汗ものでした。本当にご迷惑をおかけしてしまったのは言うまでもありません。先生、本当にごめんなさい!!

2009年11月9日月曜日

特定疾患認定のための検査

検査結果は原則1年以内?What are you kidding me?

先端巨大症が特定疾患になって嬉しいのですが、ちょっと困ったことがあります。
認定のための検査データが原則1年以内で直近の検査値を記入、となっているのです。
素人意見で申し訳ないのですが、臨床調査個人票などを見ると、時間のかかりそうな負荷試験が出ているではありませんか!しかも、私のやったことの無い負荷試験だらけです (TRH, LHRH, CRH, ブロモクリプチン、ブドウ糖)。これを全部やらなくてはいけないのでしょうか?また、仮にやったことがあったとしても最新の負荷試験は2008年1月、2月です。

さらに、東京都福祉保健局に問い合わせたところ、「検査結果は1年以内のものでないと駄目」「12月1日から12月31日の間に申請を出す」ということになっているそうです。下垂会の理事、はむろさんが「急いだ方がいい」とおっしゃっておりましたが、こういうことだからでしょうか?

時間のかかる負荷試験、これら全部を行うとなると、大変なことです(汗)。しかも、申請期間が1ヶ月なんて、なんだか非現実的に思えてくるのですが。

皆さんはどう思いますか?

2009年11月5日木曜日

ぎりぎりの精神状態

近頃、なんとなく調子がよくないです。いつもぐったりしているのですが、その「ぐったり感」がより悪化しているように思います。意欲も何も出ず、ただただ無理矢理生きている感じ。。。QOLもへったくりもありません。この体調不良は先端巨大症によるものなのか、うつなのか、ストレスなのか、それとも別の原因によるものなのか、さっぱり分からないところがさらにストレスとなっています。

ここまで慢性的に体調不良が続くと、本当に生きている意味を深く考えざるを得ません。「こんなに辛い思いをして私が生きている意味って何なのかしら?」と切実に考えてしまうのです。今まで楽しめていたことに楽しみを見出せず、食事がおいしく感じられず、体調は良くなく、それでもなんとか1日を乗り切るのって本当に辛いんですよ。今まではそれでも、まだ涙が出てきていたから良かったのですが、近頃はあまりに辛くて涙すら流せなくなってきました。

一昨年はこの状態で精神入院を繰り返したので(うつ病)、なんとも嫌な予感がします。 うつ病を持ちながら、他の慢性疾患と共に生きていくことは、私にとっては常に絶望感との闘いです。今日まで生きてこられたのは、一緒に闘ってくれる仲間がいたからです。そして、今日もこの仲間たちと共になんとか生きています。

今の私の精神状態はかなりギリギリの状態ですが、「今日は昨日亡くなった人が生きられなかった日」という言葉を胸にもうちょっと頑張ってみよう、と思っています。

2009年11月3日火曜日

自分の健康は自分で管理しよう

診療データは誰のもの?
自分の価値観とは?
私を守ってくれるのは誰?

私はアメリカで「患者生活」を始めたわけですが、私があの当時、アメリカにいてよかったなぁ、と一番強く思うことは「自分の健康は自分で管理する」という精神が身についたことです。

日本にいた頃の私はなんでもお医者さん任せでした。アレルギーや風邪でクリニックに行っても、処方される薬の名前も用量も知らない、という状態。しかし、アメリカでお医者さんたちに助けを求めた頃から「お医者さん任せでは駄目なんだ」と気づきました。

第一に、アメリカではカルテ、検査結果、MRIやCTの写真といった診療データはすべて患者に所持権があるものです。この辺の考え方が私にとっては当時、新鮮でした。日本においてはこれらは医師、病院に所持権があったかと思います。この所持権が誰にあるのか、ということがその国の医療のあり方を物語っている気が私にはしてならないのです。

検査結果、MRI、CTの写真などが全部自分のもので、自分のもとに送られてくると今度はそれらに興味を持ちます。だから、勉強するようになるのです。勉強すると自分で治療に対する決断も、より納得のいく形で下すことが出来るようになります。つまり、診療データが自分のものなのだ、という意識が最終的には積極的に治療チームの一員として参加することに繋がっているのです。

第二に、「自分の価値観をしっかりと理解する」ということを学んだことはとても大きなことだったかと思います。多種多様の民族が一緒に生活しているので、治療に対する考え方も千差万別です。自分にとって最高の選択肢は何なのか、は自分の価値観が最終的に決めるものです。つまり、自分の価値観こそが治療を決める道具でもあるのです。「他の患者さんはどうしているのですか?」ではなくて「私はどうしたいのだろう?」という質問を問いかけるべきなのです。

第三に、「自分の身は自分で守る」ということはアメリカにいなければ身につかなかったのでは、と思います。 ニューヨーク州に住んでいた頃は夜中に銃声が聞こえることもあり、常に危機感をもって生活していました。また、金銭面(銀行口座の引き落とし、クレジットカードの請求など)においては本当にミスが多かったので、自分でその度にチェックして行動を起こさないと知らないうちに大金がミスで引き落とされていた、ということになりかねません。日本ではありえない話かもしれませんが、実際にこんなことは日常茶飯事でした。このような環境ですから、自然と「自分の身は自分で守らなくては、」という意識が強くなりました。

その延長でしょうか、医療の現場でも私は警戒してしまいます。自分の身を守る方法の1つとして、インフォームド・コンセントがある、と私は思っています。これを徹底するために毎回、診療ノートを持っていっていました。診療に行く前にまず気づいたこと、質問、報告事項を記入していきます。そして、診療中はそのノートを見ながら先生とお話するのです。そして、質問に対する回答や先生のコメント、治療や症状に関する説明をどんどん書いていきます。これは、今でも(日本で)続けています。

手術などの大きな治療についての説明がある時、診療ノートは大きな効力を発揮します。冷静になれないとき、私は聞きたかった質問を訊き忘れてしまったりするからです。また、怖かったり恥ずかしかったりして、訊きにくいこともあります。でも、ノートを持っていくと、「これを訊かなかったら私は今日、何のために来たか分からないわ。しっかりしないと!自分の治療に対する私の責任はしっかり果たさないと!」と思えるのです。

皆さんも是非、お医者さんに行くときには
「いつも何を処方されていますか?」
「う~ん、白くて丸いお薬なんだけど。。。」
という会話にならないように、自分も治療チームの一員なんだ、という意識を持つようにしましょう。

2009年10月31日土曜日

患者として国に求めること(就労面)

病気になっても安心して暮らせるために

はじめに、私はオーファンドラッグであるサンドスタチンLARを開発してくださり、製造販売なさっているノバルティス・ファーマには感謝をしております。希少疾患の治療薬の場合、開発費に見合った売り上げ、となると厳しいところがあるのですが、それにもかかわらず私たちのためにお薬を作って下さっていることには、感謝感謝なのです。

それを踏まえてから、どうか今日のブログを読んでほしいのです
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私は常日頃からこの日本という国の構造自体に問題を感じることがよくあります。先端巨大症の治療を通しても、そういうことがあり、今日はそのことについてお話ししていきます。

常日頃から不思議に思うことがあります。
それは、私はQOLを上げるためにオクトレオチド(サンドスタチンLAR)による治療を受けているのか否か、ということです。逆の問い方をすれば、私のQOLは治療によって本当に良くなっているのか、ということです。

たしかにオクトレオチドのおかげで
  • IGF-1は下がり、
  • 先端巨大症独特の外見も少しは戻り、
  • 体重も減り、
  • 体毛も少しは薄くなり、
  • 高血糖による感染症も減り、
良かったことには間違いありません。

しかし、それと引き換えの副作用が私には苦痛なのです。
  • 疲労感、倦怠感
  • 頭痛
  • 腹痛
  • 注射部の痛み
  • 毛髪の減少
特に、倦怠感はひどいものです!もう、何もする気になれませんし、お手洗いに起き上がるのも苦痛なときがあります。私の場合、投薬日はさほどひどくないのですが、その翌日が辛いです。偏頭痛の発作に見舞われたり、胃腸障害が起きたりするのも、大体が翌日です。また、投薬翌日の朝は本当にぐったりしてしまいます。それでも、仕事を休むわけにはいかないので、可能であれば無理矢理、重く感じる体を引きずって通勤、営業を行うこととなるのです。

ただ、私は酢酸オクトレオチドという薬物に対して理不尽に思っているわけでもなく、それを作っているノバルティスに何かを要求しているわけでもないのです。病気に対する治療を受けることは患者にとって当然の権利であるべきです。ただ、その治療のために多大な苦痛を強いる場合、それに対する休暇も与えられなくてはいけない、と思っています。ただ、残念なことに日本において、それはほぼ不可能なのではないでしょうか。休めば給料も減り、医療費が払えなくなります。さらに、あまり休みすぎると、仕事を続けていくこと自体が非常に困難になってきます。それだけではなく、この国ではサービス残業が当たり前のように横行しており、私のように複数の疾患を抱えての勤務は実はそれだけでも激務なのに、無言の圧力で違法な残業を強要されるわけです。

サンドスタチンLARからの疲労感等は確かに問題なのかもしれませんが、その副作用等があっても安心して生活できる環境を整えることが日本社会において必要なのでは、と強く思っております。そういった体制を国に整えて頂きたいです。

2009年10月29日木曜日

人の命の尊さ

先週、とある病院の地下で(営業の)アポイント待ちをしていました。この日はなんと!1時間半待たされたのですが、その間、私にとっては大きな出来事がありました。

通常、この病院の地下の廊下で待っていると、看護師さん、物品担当者、厨房の方、臨床工学技師さん、お医者さん、患者さん、といった人々が通過します。そのたびに私は得意の笑顔で「こんにちは」「お大事に」などと挨拶するわけです。そんな中、白衣を着た方が2名前を歩き、その後ろにベッド、さらにそのベッドを押している方が1名、遠くから接近してくるのが見えました。

「地下の放射線治療室にでも行くのかな?」と私は思って見ていました。しかし、よく見るとベッドの上に人らしいもの影がみられないのです。「ん!?なんだろう?」見えたのは光沢のある白い布で、何かを覆っているように見えました。彼らはどんどん近づいてきます。そして、ついに私の前へ。

「あっ!これって。。。?」

このベッドを押している方のうしろに私服の方が3名、この一行について行きました。白衣の方々も、この私服の3名も、みな下を向いていました。

光沢のある真っ白の布、 下を向いて歩く2人の医師と3名の方。私は一瞬でその白い布の下にあるのが何なのか分かりました。それと同時に、なんとも悲しい気持ちになりました。

「あぁ、患者さんが亡くなったんだ。」

あの重苦しい空気、未だに忘れられません。まさに人の命の尊さを象徴するものだったように感じます。どんな亡くなり方をされたのかは分かりませんが、霊安室に運んでゆくところだったのでしょう。ついさきほどご遺族は患者さんの死を知らされたのでしょうか?ご遺族はどんな思いであの地下の廊下を歩いていたのでしょうか?
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 人の命って本当に尊いものです。難病の支援(助成や研究事業)や慢性疾患患者の医療費軽減といった問題はそういった一人ひとりの患者さんの命にかかわるものです。国がこういった方向にお金を使ってくれたら、どんなにいいでしょう。一度しかない人生、私たちはたまたま病気と共に歩まなくてはいけないわけですが、少しでも負担が減れば、といつも思っています。この一度しかない人生、病気と医療費だけに費やされてはもったいないです。負担が減って、私たちの人生がさらに意味あるものになることが私の願いです。

2009年10月26日月曜日

私の症状について(その8)

しゃべりにくいし、首が変だ

  •  舌がもつれる、しゃべりにくい
先端巨大症になると舌も肥大する、と言われています。そのせいか、話していてなんとなくしゃべりにくい、と感じるようになりました。今まで普通に発音できていた言葉を言おうとすると舌がもつれるカンジ。

術後、少しはマシになりましたが、それでも、私の舌は大きいように感じます。なんだか、その場にきちんと収まっていないような気がするのです。


舌がひどく肥大すると、それが原因でいびきや睡眠時無呼吸症候群になる、と聞いたことがありますが、私はそういった問題はないようです。東京女子医大病院に検査入院中、睡眠時無呼吸症候群の検査もしましたが、特に問題なしでした。でも、同じ病気で入院なさっていた同室の方がいびきがひどくて可哀想でした。 ちゃんと普通に呼吸できていたのかしら?

  • 甲状腺の腫れ、甲状腺腫
首の前下の部分が出っ張っていて、喉ぼとけみたいなので気になっていました。自分が毛深いこともあって、「男性ホルモンが多いのかしら?」と思っていました。術後のエコー検査で分かったのですが、これは喉ぼとけではなく、多結節性甲状腺腫 (Multinodular Goiter) というものでした。簡単に言えば、甲状腺にブツブツが沢山できていて甲状腺全体の大きさが大きくなっている状態だと思います。私の場合、この甲状腺腫が何か悪さをしているわけではないので、治療もしておりません。ただ、たまに甲状腺関係のホルモンは検査しています。

甲状腺で、唯一検査値に異常がある、というのはFreeT3がどうも低い、ということですが、これはあまり心配することはないそうです。


あと、たまに甲状腺のあたりが痛いことがあるのですが、医学書に結節が出血を起こすと痛みを伴うことがある、と書いてありました。「出血でも起こしているのかしら?それとも気のせいかしら?」と実はよく分かっておりません。毎回、先生に訊こう、と思っては忘れてしまうのです。今度ことは、ちゃんと訊こう!

2009年10月24日土曜日

通院(10月22日 木曜日)

1.薬切れ?さすがのサンドスタチンLARも42日は持たなかった。
2.先生の専門についてもっと勉強したい。

東京女子医大病院で複数の科にかかっていますが、今回は内分泌内科にフォーカスを当てていきます。

サンドスタチンLARの添付文書には28日ごとの投薬、となっていますが、わたしは通常35日です。前回も9月17日に予約をいれ、35日周期バッチリのはずでした。しかし、8月31日(月)に肥塚先生から連絡があり、17日にどうしても学外の会議に出なくてはならないから、午前中にするか、24日にするか、ほかの先生にお願いしてほしい、とのこと。結局、24日に診てもらうことになりました。この時点で、私のサンドスタチンLARは前回投与から42日目に投与、となってしまいました。

ちなみに、この「17日の学外の会議」とは特定懇である、ということを後になってはむろさんのブログで知ることなり、24日、診察室に入るや否や「先生、先週の今日は本当にお疲れ様でした」と言ってしまいました。

話は戻りますが、前回の投薬から42日も空いてしまったこともあり、私のIGF-1は364ng/mL, GHは17.02ng/mL で、IGF-1は2SDを超えてしまいました。これは、薬が切れてしまった、ということでしょう。次の予約は11月19日(木)。今回の投薬後28日目で、ちょうど女子医大の内分泌内科で公開健康講座がある週です。

診療とは直接関係はないのですが、先生とは20日(火)に電話でお話しました。11疾患が助成対象になったこと、22日の診療のこと、などなど。その際、ソマトメジンA(IGF-II)についてのお話をされていたのですが、そのことについて診療時に色々とお聞きすることができました。私は、恥ずかしながら、肥塚先生が膵外腫瘍、非ラ氏島腫瘍性低血糖 (Non-Islet Cell Tumor Hypoglycemia) の権威であることを存じませんでした。いつも、肥塚先生は私たち患者に耳を傾け、元気になる言葉をかけて下さいますが、患者側は必ずしもその先生が人生を懸けて熱心に研究してきたことについて知っているわけではありません。でも、私としてはそれではいけないなぁ、と思ってしまいました。

女子医大の内分泌内科の中待ちにいると分かるんですが、なぜか6番診察室から盛んに笑い声がいつも聞こえてくるんです。患者さんもその部屋から出てくるときには笑顔の方が多いです。素敵なことですよね。これが肥塚直美先生の医師としての技量なのでは、と思います。

こんな素晴らしい先生に診ていただいているのですから、私も先生が学生時代から熱心に研究を重ねてきた病気について知らなくては、と思っています。 少しずつ、勉強してゆきたいですね。

2009年10月22日木曜日

私の症状について(その7)

糖尿病なのかな?それで生理が来ないの?
  • 血糖値が高くなった
なぜか食後の血糖値が正常値よりも高いことが多くなりました。これを知るそもそものきっかけは、感染症に度々罹るようになり、クリニックにほぼ毎月のように行くようになったからです。特に、耳付近のリンパ節が腫れやすくなり、しょっちゅう抗生物質を飲んでいました。私の主治医は「一度、血糖値を計ってみたほうがいいと思うよ」とおっしゃっていたので、私がOKすると、値が高かったので食事に注意するように指導されました。「境界型糖尿病」の可能性が高い、と指摘されたのですが、あの時はきちんとした検査を行いませんでした。やっておけばよかった。

術後、改めてしっかりと検査をすると、どうもわたしは耐糖能障害があることが分かりました。空腹時の血糖値は普通なのですが、経口ブドウ糖負荷試験(OGTT)で、75gのブドウ糖投与120分後の血糖値は境界型糖尿病の値でした。ただ、感染症は術前よりも罹りにくくなりましたよ。

  • 月経不順から無月経に
私の生理はまぁまぁ順調に来ていたのですが、2006年の夏ごろから遅れ気味になりました。次第に1ヶ月も遅れるようになり、2006年の11月を最後に術後まで全く月経がありませんでした。あの痛みと煩わしさが無くなったので、始めのころは喜んでいました。しかし、全く来なくなると心配です。

そんな中、下垂体の手術のことについて自分なりに勉強していたとき、「もしも何らかのダメージが下垂体に非可逆的に起きてしまって性ホルモンが出なくなったら、もう私は子供を産めない体になってしまうのかしら?」と残念な気持ちになったのを今でも覚えています。

2007年4月、術後からまた月経が始まりました。ただ、向精神薬を服用した関係もあって、プロラクチンの値が高いので(向精神薬の中にはプロラクチンという下垂体前葉から出るホルモンを上げてしまうものがあります)不順ではあります。
プロラクチンが多いと月経不順や無月経になったりします。

2009年10月20日火曜日

私の症状について(その6)

目がよく見えないなぁ

今回は診断の一番のきっかけとなった視野についてです。
  • 視野狭窄
前々から片目、特に右目だけで見ようとするとよく見えない、と感じていました。ただ、もともと私はひどいガチャ目で、右だけ極端に視力が悪かったんです。(余談ですが、私の祖母も右目が左に比べて非常に悪いです。これは隔世遺伝なのでしょうか?)なので、きっと近視、乱視で見えないんだろう、と思い込んでいました。それでもおかしいな、と思ったのは眼鏡で矯正しても見えない、ということでした。視力面ではきちんと矯正されているのになんだか見えにくい。

突然心配になったのは2006年1月に伝染性単核球症(Mononucleosis)にかかり、療養していた時、本を何の気なしに右目だけで読もうとした時、読めなかったんです。それでも病院に行かず、9月が来ました。9月27日(水)、私はTOEFLを受けにイーストランシングからデトロイトに運転しました。行きは良かったのですが、帰りのThruway(無料の高速)でもう少しで危ない目に遭うところでした。

私は左車線にいたのですが、その車線が「工事のため、この先閉鎖。右車線に変更せよ」という標識があったので、私はまず右後方を確認しました。車はいませんでした。方向指示を出し、再度右後方を確認、車線変更をしようとしました。すると突然、クラクションを鳴らしながら私のすぐ右を大きなクリーム色のバンが通り過ぎたのです!私はびっくりしました。ぜんぜん見えなかった車が突然現れたからです。

その時は「私の確認が甘かったんだ」と思っていました。それから翌年の1月になるまで目が見えにくい、と感じていたにもかかわらず、眼科にも病院にも行きませんでした。そして、2007年の1月、ようやく本格的に医学的な助けを求めました。答えが出たのは同年3月。視野検査で耳側半盲の傾向が見られました。左目はそれほどでもなかったのですが、右目は顕著でした。


上図は術前の視野検査です。(2007年3月26日)
上が左目、下が右目の視野です。
1番下の図で黒いドットの部分が見えなかったところです。

 


 術後の視野検査です。(2007年6月25日)
上が左目、下が右目です。
あの忌々しい黒いドットがなくなりました!
見えるようになったのです。

あのThruwayでの出来事が術前の視野検査でようやく説明がついた気がします。つまり、右車線へ変更する際に必要な視野が欠けていたのです。(右目の右側が見えなかった)

いつもは左目で右目の見えないところを無意識にカバーしていたのですが、左がカバーできないところは全く見えていなかったのです。でも、実際は見えるところしか見ずに生活しているので、見えないところなんて分からないものです。

2009年10月19日月曜日

10月25日はTumors Suck Day

「脳腫瘍って最低!」の日

世間では10月は乳がんの月、といって東京タワーがピンクにライトアップされたり、各種イベントがあるのではないでしょうか?カナダでは25セント硬貨にピンクリボンを印刷(?)した記念硬貨が出ました。

乳がんに対しての意識も大変重要なのですが、実は10月にはもう1つ、覚えておかなくてはならない大切な病気があります。脳腫瘍です!

10月25Eric Galvez(エリック・ガルベズ)という理学療法士が理学療法を必要とする患者となった日です。彼は極めて前向きな人で、患者となってから、ますます一生懸命に生きることに取り組んでいます。そして、「先生」と呼ばれるであろう方なのに、私たちには「僕のことはガルベズって呼んで」と言います。Reversal という闘病記も出版しています。

彼はミシガン大学出身の博士号をもった理学療法士でした。2003年にDTP(理学療法・博士号)を取得したのですが、2005年9月10日に悪性の脳腫瘍と診断され、翌月10月25日に外科手術を受けたのです。ガルベズは「この時、僕は本当の意味で生きることを始めたんだ」と言っています。私も患者だからこのガルベズの言葉の意味とその重みがよく分かります。

彼が脳外科手術を受けた日、つまり「生きることを始めた日」を脳腫瘍の日にしよう、となり、各種イベントを始めたのがおそらく私が脳下垂体腫瘍摘出手術を受けた少し後だったように思います。彼のイベントのために私のMRIの写真や友人、家族との写真をお貸ししたこともあります。

そのお返しにガルベズからは、この腫瘍の日のロゴの入ったステッカーを束でいただきました。Tumors Suck(腫瘍って最低)と書いてあるものです。

皆さんも、どうか10月25日、脳腫瘍の日を覚えて下さいね。


私の診療ノート。
診療の時には必ずこのノートを持っていきます。
右上の黄色いステッカーがガルベズからいただいたものです。 
補足ですが、グレー(またはシルバー)リボンは脳腫瘍のリボンです。 

2009年10月18日日曜日

先端巨大症、医療費助成の対象に!

下垂会の理事長、はむろさんのBlogから引用します。
10月16日、山井政務官が記者会見し、 特定疾患の追加、対象疾患の執行について発表した。 年内申請者は10月1日に遡って医療費を助成する。 申請書類等の準備には一定時間を要するため、 12月31日までに申請のあった者については、 10月1日以降の医療費に遡って医療費助成の対象とする。
 追加11疾患は、 間脳下垂体機能障害、家族性高コレステロール血症、 脊髄性筋萎縮症、球脊髄性筋萎縮症、 慢性炎症性脱髄性多発神経炎、 肥大型心筋症、拘束型心筋症、 ミトコンドリア病、リンパ脈管筋腫症、 重症多形滲出性紅斑(急性期)、黄色靱帯骨化症。
 この中の、「間脳下垂体機能障害」に先端巨大症も含まれております!つまり、もうすぐで私の月最低6~7万円の医療費という重荷がかなり軽くなる、ということです。正直言って、まだ現実感を得ることができていません。ただ、助成を実際に受けられるようになるまでしばらくかかりますので、その間はそれまでと同じ医療費を払うことを考慮に入れてのお金のやりくりを考えないといけないと思います。(ただし、2009年10月1日まで遡って助成していただけるようです。)

ただ、助成のおかげで重すぎる医療費が軽減されるだけではありません。私みたいになんとかギリギリでもやりくりして治療を受けることが出来ている患者さんはまだ幸運で、 実際には医療費が払えない、という理由で治療を受けられない患者さんがいらっしゃることもまた事実なのです。そういった方々が、今回の助成をうけて治療を始めることが出来るようになるかもしれません。

特定疾患の自己負担限度額表は難病情報センターのページをご参考に。
(ページの一番下にあります。)

2009年10月17日土曜日

私の症状について(その5)

履く物、着る物が見つからない!

今回は足、肩幅、肋骨の症状です。
  • 足が大きくなり、靴のサイズが大きくなった。
「普通、大人になったら足は大きくならないはずなのに、私の足はどこまで大きくなるんだろう?」「いつになったら(成長が)止まるんだろう?」と不安かつ疑問でした。高校を2001年3月に卒業した頃は24cmでした。同年、8月に渡米した際のアメリカでの靴のサイズは8 ½ ~ 9でした。

それが2006年5月には9 ½ ~ 10でした。術後、少し小さくなり9~9 ½になりました。2008年に帰国した頃には25.5cm~26cmでしたが、現在は25cm~25.5cm(ただし、ほとんどの場合25.5cm)です。それでも、婦人物で25.5cmはなかなか見つからないし、あっても価格が高く、デザイン性に乏しいのが悩みどころです。また、サイズが合っても、足の形が独特なので、なかなか私が履ける靴が見つかりません。オーダーメイドしかないのかなぁ?

  • 肩幅が広くなった
小学生の頃、3~4年ほど水泳をしておりましたが、先端巨大症になるまで私の肩はあまり広い方ではありませんでした。現にワンピースを着ると、肩の部分がずれ落ちるのでは、というくらい、肩は母譲りに狭かったです。それがいつの間にか変わり、2006年5月に卒業式のドレスを買いに行く頃にはご立派な(?)肩となっており、ドレスを着ると肩が張って見えたの覚えています。「アメリカの食生活をしているとこんな体型になるのかなぁ」なんて思っていました。

アメリカでは9号だったので、私は米国内ではいたって普通のサイズだったのですが、日本に帰ってきてビックリ!私の肩が入る服(トップ)が見つからないのです!就職活動のためにスーツを買おうとした時にその事が分かりました。下(ボトム)は7~9号(9号だと若干ぶかぶかです)なのに上は肩幅にあわせると15~17号!

皆さん、ご存知とは思いますが、洋服は胸囲(バスト)を基準に仕立てます。ですが、私は肩幅が平均的な日本人女性に比べて相当あるので、結果、私の肩幅に合う服はバストが私には大きすぎるのです。ちなみに、私はウエストは細いほうなので、肩幅で選んだ服は腰周りがぶかぶかでなんとも不恰好なのです。

ただ、幸運なことに解決策はあります。先ほど申し上げたように、私の体型はアメリカではごく普通でした。ですので、インポートならバッチリ着られます。「私は西洋風の体型なんだ」と前向きに考えるようにしております。

  • 肋骨が大きくなった
上半身は肩だけでなく胸部も全体的に大きくなりました。肋骨が大きくなったようで、アメリカにいる時ですらTシャツがLでもきつかったです。それなのにウエストは細いので、肋骨が浮き出ており異様に感じます。このせいで、やはりトップは着るものに困っております。それでも、最近はチュニックのようにゆったりした着心地のものが流行っているので、今のところはそういったもので対応しています。

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それにしても、こんなに着るものに困るような病気って他にどんなのがあるのでしょう?SOD(Septo-Optic Dysplasia)という複合型下垂体機能低下症を持った友人が私にはいますが、彼女の場合、下垂体ホルモンが全く出ません。ですから、全ての下垂体前葉のホルモンを充填しているのですが、成長ホルモンが足りていなかったので低身長です。130cm~140cmだったかと思いますが、やはり彼女も服には困っているそうです。性ホルモンも補っているため、成人女性の体型なので、子供服では対応できないようです。

下垂体の病気って大変だなぁ。

2009年10月15日木曜日

私の症状について(その4)

ピアノが弾きやすくなったし、声も低音が楽に出る!でも、高音はどうした?

趣味の音楽を通して気づいた異変についてのお話です。
  • 手、指が大きくなった。
私は6歳の頃からピアノを習っておりました。渡米してからなかなかピアノを弾く機会がなかったのですが、友人宅にホームステイをさせていただいた際、リビングにあったピアノを弾いてみると1オクターブが楽にとどくようになっていました。そのため、手を大きく広げても楽に指先に力が入るように感じました。

ただ、今まで着けていた指輪が入らなくなってしまったのが残念でした。私はピアノを弾いているから指に筋肉が着くから仕方ない、指が太くなるのはよく練習している証拠だ、と思い込んでいました。

成長ホルモン過多になると、手が大きくなるのです。
  • 声が低くなった。
歌うこと、合唱することも私の趣味です。カーペンターズが大好きで、中学校、高校まではカレン・カーペンターの声域でも上の方は楽に歌えておりました。逆に「ソリテア」や「イェスタデー・ワンス・モア」のように低音から入る曲は出だしの音が原音のように低くなりきらなかったのを覚えています。しかし、大学2年目にはこの低音がいとも簡単に出るようになっていたのです!そのかわり高音部はきつくなってきました。23歳の時には私の高校時代の声域から約半オクターブも下にシフトしていたのです。女性ながらに「声変わりしたのかなぁ?」などと思っていました。

合唱でも、もともと私はメゾソプラノか第一アルト(第二アルトのほうが第一よりも低い声域です)でした。ところが気づいてみると、あれれれ?声域の広さはあまり変わらずに(若干狭くなりました)半オクターブも下へシフトしてしまったために、第二アルトになりました。頑張ればバスも歌えます。「あら、凄い低い声が出るのね」と言われるか「ちょっと怖い」と言われるかどちらかです(苦笑)。

先端巨大症になると、声帯も肥大するそうです。そのせいで私も声が低くなったのかも知れません。

2009年10月13日火曜日

私の症状について(その3)

汗の臭いが気になる。しかも毛深いし、剛毛で恥ずかしい。

私が一番恥じていた症状についてお話いたします。
  • 腋臭
制汗剤を使用しても嫌な汗の臭いが非常に気になりました。真冬でも不快な臭いを放っており、人知れず悩んでおりました。Mitchum という超強力なジェル状制汗剤を使い始めてから、ようやく少しは軽減されていましたが、それでも気になっていました。(ただし、安全性はかなり「?」な有効成分配合の製品です)術後はかなり軽減されましたよ。今に至っては、おそらく普通だと思います。やれやれ。。。

  • 体毛が硬く、濃くなった。
生まれつき、私は結構毛深いほうで、髪の毛の量も多いほうでした。しかし、体毛が非常に硬く、太くなってきたのです。それでも、それが異変だなんて思いもしませんでした。「なんだか栄養が行かなくてもいい所に行っているなぁ。」ぐらいにしか思っておりませんでした。

当時、夜の入浴時に足を剃ると、翌日の朝にはすでに硬い体毛が伸びており、チクチクしていました。入院時に数日剃れなかった時は男性の足のように毛深くなっていました。「不快」や「怒り」を通り越して「どうしてこんなに硬くて太い毛がこんなに生えてくるんだろう?」と疑問でした。

術後、まず髪の毛がたくさん抜けました。「甲状腺でも悪いのかしら?」と思っていたら、セカンド・オピニオンでお世話になったミシガン大学のDr. Jaffee (ジャフィー先生) が、「先端巨大症の患者さんは成長ホルモンが多いから、きれいな髪の人が多いんですよ、一本一本太くて、ボリュームがあって。でも、手術などの治療をすることで成長ホルモンが減ると、同時に髪も減ってしまうことが良くあります。」とおっしゃっておりました。今、お世話になっている女子医大の肥塚先生も同じようなことをおっしゃっていました。「手術を受けてGH(成長ホルモン)とIGF-1(ソマトメジン-C)が下がると髪が抜ける、っていう患者さん、結構いらっしゃるのよ。」

その後、気づいたら手足の体毛も薄くなっていました。毛が細く、柔らかくなりました。毎日剃らなくても大丈夫なほどになりました。やれやれ。

2009年10月11日日曜日

私の症状について(その2)

顔がなんだか変わったような?
しかも顔が脂っぽい。 


今回は顔についてです。
  •  顔つきが変わった


    • 額や目の上(眉毛部)が若干とび出てきた
    • 鼻が大きくなった
    • 唇が厚くなった
    • 下あごが出てきた


先端巨大症になると鼻が大きくなったり、眉毛の部分の骨、下あご、頬骨が出てきたり、唇が厚くなったりします。私はもともと鼻が大きい(幅がある)、と思い込んでおり、それがコンプレックスでした。そのせいでしょうか、大きくなったことにあまり気づきませんでした。

ただ、唇は診断される4~5ヶ月前にはなんとなく厚くなってきていることに気付いてはいました。それでも、それが病気かも、という考えには及びませんでした。頬骨、眉毛のあたり、下あごがでてきましたが、眉毛のあたりと下あごは私の父も出っ張っていたので「私は父に似たんだ」と納得していました。

また当時、私は「最近、なんだか顔の彫りが深くなってきたなぁ」とは常々思っていたのです。しかし、なんとも笑えるお話なのですが、「アメリカで生活をしているとこういう顔つきになるのかなぁ」なんて科学的根拠の欠片(かけら)もないことを考えておりました(苦笑)^^;。
  • 顔の皮膚が脂っぽくなった
 子供の頃、アトピー性皮膚炎を持っていた私は大人になっても乾燥肌でした。常に保湿しなくてはいけなかったのに、徐々に混合肌になり、脂性肌となってゆきました。使っている化粧水が悪いのかしら?といろいろ試してみましたが、変わりませんでした。あと、常にギタギタしているのでファンデーションが塗れなくなりました。なんだか粉が脂の上を浮いているようなカンジになってしまったのです。この脂っぽい肌は術後、ゆっくりと混合肌に戻りました。今は普通にお化粧できます。 よかった!

2009年10月9日金曜日

私の症状について(その1)

朝、起きると辛い。。。頭が痛いし、物凄くだるい。

今日は頭痛と慢性疲労についてです。

  • 毎日の頭痛
気が付いたら「朝起きて頭が痛い」というのが普通になっていました。 これは、脳下垂体の腫瘍が周辺組織を圧迫するから痛みが生じるのだそうです。通常は手術で腫瘍を取ると、その圧迫が無くなるので痛くなくなる、または完全 に頭痛が無くならないまでも良くはなるようです。 

私の場合、術後の今でも毎日のように頭が痛いです。なんでだろう?ただ、起き上がったときの頭痛はだいぶ軽減されたように思います。 あと、なぜか偏頭痛は術後から本格的に始まりました。
  • 慢性疲労
いつもグッタリしていました。朝から晩までグッタリです。この疲労感で生きているのが嫌になっていました。ベッドから起き上がれないくらいの疲労感です。2006年の秋にはひどい時は22時間寝ていたこともありました。起きようと思っても疲労感と頭痛のせいで気力も出ない、という状態だったのです。それでも病院に行きませんでした。大したことない、と思っていたのです。  

未だに私はいつも疲れています。朝が特にひどいですが、今のところ何とか無理やり起きています。それでも、どうしても無理な日があったりします。気合云々の問題ではないと思うので、「そんなの気力でなんとかしろ」と言われると本当に辛いです。


2009年10月7日水曜日

ありすぎる!先端巨大症の症状

先端巨大症の症状は実に様々なものがあります。 


アクロメガリーインフォサイトには24の症状がリストアップされております。先端巨大症の症状はこの24の症状に限られたものではありません。このリストを参考に、私が実際に症状として経験したものを挙げていきます。
  • 毎日の頭痛 
  • 慢性疲労
  • 顔つきが変わった
    • 額や目の上(眉毛部)が若干とび出てきた
    • 鼻が大きくなった
    • 唇が厚くなった
    • 下あごが出てきた
  • 顔の皮膚が脂っぽくなった
  • 腋臭
  • 体毛が硬く、濃くなった
  • 手が大きくなり、指輪が入らなくなった
  • 声が低くなった
  • 足が大きくなり、靴のサイズが大きくなった
  • 肩幅が広くなった
  • 肋骨が大きくなった
  • 視野狭窄(耳側半盲)
  • 血糖値が高くなった
  • 月経不順から無月経に
  • 下が絡まる、しゃべりにくい
  • 甲状腺の腫れ、甲状腺腫
  • 大腸ポリープ 
  • 体重の大幅な増加
  • 食欲亢進
今、直ぐに思いついたものだけでもこんなにありました。当時は「血糖値が高いからしんどいのかなぁ?」と思っていました。なんとなく全身 が具合悪く感じており、免疫もかなり弱っていました。主治医は頻繁にクリニックに来る私を診て、糖尿病だと思ったそうです。 ただ、視野の話をした時、私の顔つきを見て、「もしかして・・・下垂体の病気では?」と閃(ひらめ)いた、とおっしゃっておりました。それにしても、これだけ多種多様な症状 が1つの病気によって引き起こされるなんて、凄いことだと思いませんか?

2009年10月5日月曜日

目に見えない病気の辛さ

慢性疾患のほとんどは目に見えない。
元気そうに見える=元気???


糖尿病、高血圧、全身性エリテマトーデス、サルコイドーシスなどなど、慢性疾患と呼ばれるものは数々あります。これらの病気の中には全身性エリテマトーデスの蝶形紅斑のように外見から「分かる人には分かる」症状もあります。ただし、医学に触れることのあまり無い一般人からは健常人と変わらなく見えるのではないのでしょうか。私の持っている先端巨大症の場合、独特の外見になることを除けば、やはり病人には見えないわけで、これが辛いことにもなりえるのです。

先端巨大症を持っていても、しっかりと治療をすれば健常人と同じように普通の生活をおくることができる、とは言われています。しかし、 実際はどうでしょう?私の知る患者さんの多くは疲れやすさ、倦怠感を訴えているように感じます。GH(成長ホルモン)やIGF-1ソマトメジン-C)が下がり過ぎたりすれば当然、疲れやすくなりますし、お薬の副作用だって軽く見てはいけないと思います。また、病気をもっている、ということ自体が既にストレスになっていることだってあります。あと、サンドスタチンLARをご使用の患者さんは薬価の負担の重さが日ごろのストレスとなって重くのしかかっているかもしれません。こういったストレスの一つ一つが易疲労性に拍車をかけている可能性も否定できないような気がします。

 私の場合、サンドスタチンLARの投与には必ずと言って良いほど頭痛が伴うのですが、この痛みだって他の人には見えません。つまり、私が「病気でつらいなぁ、しんどいなぁ。」と感じていることは他の人には永遠に見えないものなのです。私の場合、偏頭痛も患っているのでその発作と先端巨大症の易疲労性、投薬に伴う副作用等でつい休みがちです。

私だって気を遣ってほしくないので、疲労困憊でも頑張って元気でいるように振舞います。 ただ、そうすることでより一層、私の「しんどさ」は分かってもらえないものとなってしまうことがよくあるのです。私は体力の限界を把握しているつもりですが、健常人にはその限界をなかなか理解してもらえません。それは私が「どこも悪そうにはみえない」からのようです。

世の中には顔色が悪くなく、一見元気そうに見えても非常な無理をしている患者さんも沢山いらっしゃると思います。私の祖母もサルコイドーシスの闘病を何年もしてきています。ステロイド治療もしてきており、大変な思いをしてきていることだと思いますが、外見は至って健康です。でも、一日の終わりに祖母を見ていると、「やはり無理しているんだろうなぁ」と今だから(自分も病人だから)分かります。

元気そうに見える=元気
病気=具合悪くみえる

この公式、いま一度考え直してみてはいかがでしょうか。

2009年10月2日金曜日

内分泌科初診(ミシガン州立大にて)

2007年4月の手術を終えて2ヵ月後の6月、私は生まれて初めて内分泌科医にかかることとなりました。

英語では内分泌科医はEndocrinologistと呼ばれるのですが、ネイティブにとっても決して簡単な言葉ではないのに、人間、自分のこととなると凄い!私はこの長い単語をいとも簡単にスラスラと言える様になりました(笑)。

その初診、また初診後の衝撃的事実を今日は3つ、リストアップしていきます。

衝撃的事実その1:「腫瘍はとれたけど、まだGHとIGF-1が高いね。」

が~ん!!そうか、手術で終わりでは無いのか。
ってことはお薬?再手術?放射線?ガンマナイフ?
「薬物療法(Medical Therapy)にしましょう。サンドスタチンという筋肉注射のお薬になります。」
あぁ、なんでよりによって注射なの?しかも筋注?
この病気と一生付き合っていくのかしら?とかなり落ち込みました。

衝撃的事実その2:「僕は先端巨大症の専門ではないからセカンドオピニオンを求めてほしい。」

日本でどれだけセカンドオピニオンが医師によって勧められているのか分かりませんが、Board Certificationという認定医師試験を通過した、いわゆる「よく出来るお医者さん」が自らセカンドオピニオンを勧めるところに私は驚きました。(このドクターは准教授でした。)

でも、初診後、周りに訊いてみると保険会社も医療費削減のためにセカンドオピニオンを求めることを条件に保険金を支払う、という制度があるので、米国では一般的なのかもしれません。

ちなみに私がセカンドオピニオンをいただいたのは先端巨大症の研究・治療で有名なミシガン大学(University of Michigan)でした。これが、後の女子医大とつながることになるのです。

衝撃的事実その3:「薬価は保険適応前が3,600ドルです。」

えぇ!!!そんな馬鹿な?私の年間の薬代の保険適応限度額は2,500ドルですよ~。もう一度、桁をよく確認して下さい。「間違いありません。」

私は直ぐに内分泌科医の秘書に電話しました。「まずは保険会社に連絡するところから始めましょう。あと、何箇所か処方箋薬局を回って薬価を調査してみて。私たちは製薬メーカーの方に連絡をとって助成がないか調べてみるから。」

結局、一番安かったのは私が手術を受けたSparrow Hospitalの院内薬局。約2,400ドルでした。

この薬1回分で私の年間保険適応限度額に達してしまい、お薬を作っているノバルティスのPAP(Patient Assistant Program)のお世話になることとなるのです。保険会社やノバルティスに電話して断られた際、私は泣きながら説得しようとしました。それでも断られ、数日間、涙を流しながら過ごしました。最終的には内分泌科医の秘書さんがノバルティスの方に話をつけて下さったようです。よかった!

(PAPとは、米国市民権を持つ低所得層の患者に無償で治療薬を提供するサービスです。)


保険適応前は$2390.45でした。
単純に3割負担だったとしても$700は超えます。

サンドスタチンLAR(20mg)のアメリカ版パッケージ。
アメリカでは筋肉注射でもこのように患者が自分で薬局で購入し、
投薬日に病院に持っていくのです。

キットです。針は19ゲージ、1.5インチが2本。
確か日本ではプレフィルドではなくてアンプルだったはず。
注射針も入っていなかったと思います。

2009年9月29日火曜日

公開講座のご案内

私のお世話になっている東京女子医科大学で、第27回公開健康講座が開催されます。
日常生活に潜(ひそ)むホルモンの病気~病気を見逃さないために~
という題で、内分泌内科の先生方が講師です。ご案内はこちら

日時:  平成21年11月21日(土) 13:00~17:00
場所:  東京女子医科大学 弥生記念講堂
対象:  一般の方
参加費: 無料(講演冊子付

肥塚(ひづか)先生も「ホルモンは生命のメッセンジャー」という題でご講演されます。しかも一番最初!!遅れないように行かなくては(汗)!!

それにしても講師陣が豪華です。参加費無料で、講演冊子までいただくことができ、さらに私たちの質問にスタッフの方が直接お答えして下さる相談コーナーも設置されるとのこと。皆さん、お誘いあわせの上、奮って参加いたしましょう!

2009年9月28日月曜日

慢性疾患と笑顔

病気=不幸?

「いつも笑っていて楽しそうね。」とよく言われます。確かに私はいつも楽しいことを考えるようにしていますから、自然と笑顔が多くなるのでしょう。また、私としては、生きているだけで素晴らしい、普通の生活が出来ることは本当に素晴らしい、と思っているので実際に「嬉しい」と感じながら生活しています。しかし、この笑顔は私の患っている難病があってこそ、なのかもしれません。笑顔は私の最大の強みであり、また私を支えてくださる方々への恩返しであります。そして、この笑顔を通して1人でも多くの方に希望を与えたい、という願いもあります。

まず私の持っている病気ですが、「先端巨大症(アクロメガリー)」という慢性疾患で、一般的に治る病ではありません。この病気は生活習慣とは関係はないと言われており、原因もまだ明らかではありません。毎年、100万人に4人ほどが診断される、非常に珍しい病気です。この先端巨大症という病気は脳下垂体という視床下部の下に位置する場所に成長ホルモンを過剰に産生する腫瘍ができることによって起こる病気です。私は脳下垂体に4.5cm以上の腫瘍ができました。診断されたのは24歳のときでした。この大きな腫瘍は私の視神経を圧迫したため、私は耳側半分が見えなくなっていました。私の人生最初の手術は脳神経外科医による頭の手術でした。私は、まだ深刻な病気になったことがなかったので、手術は病気との生活の始まりに過ぎない、ということがよく分かっていませんでした。手術自体は成功でしたが、ここからが大変な人生の始まりだったのです。

まず、注射の大嫌いな私は初めの頃、毎月の採血と筋肉中注射による投薬が大人ながらに怖かったですし、本当に嫌でした。特に筋注に使う針は19ゲージと針金のように太く、1.5インチ(3.81cm)という長さ。初めて見たとき、私は「こんなのを月に1回、一生打たなくてはいけないなんて耐えられない!」と思ったものです。お薬の副作用は注射の痛みだけでなく、疲労感、腹痛、下痢、食欲不振、頭痛、と辛いものもあります。そして何より、このお薬、一本が私の用量で6~7万円くらいするんです。毎月これを一本打たなくてはいけないんです。つまり、毎月そのくらいの医療費は最低でもかかる、ということです。「こんなに痛くて、副作用が辛くて、それでこんなにお薬が高いなんて…。私はどうやってこの病気と共に生きていけるんだろう?」でも、そのお薬を打たないと私は本来より10年くらい早く死んでしまうそうです。また、大腸がん、心臓肥大といった合併症が起こったり、目が見えにくくなってしまうことだってあるそうです。だから、この高くて、痛くて、辛い注射をしないといけないんです。

先端巨大症は様々な合併症も引き起こします。私の耐糖能障害、甲状腺腫などがそれです。加えて、先端巨大症との直接の関連性は定かではないのですが、慢性疲労、頭痛も抱えております。どれも外見からは分からない病気ですよね。これらのどれか1つだけでも大変なものは大変なのですが、これらを全部となると本当に辛いことも沢山あります。確かにそれでも「普通の生活」を送ることはできます。でも、その「普通」であることがいかに大変かは意外に分かって貰えていないように感じることもあります。

皆さんは酷い風邪で体全体がだるくなったことはありませんか?慢性疲労はそれがずっと続くような感じなんです。二日酔いで頭がガンガンしたことありますか?私の頭痛はそれが月に2~3回起きて、起きているのが辛いくらい痛いものです。そういった体で日常生活を送るのは、実はそれだけでも結構大変なことなんです。それなのに幸か不幸か外見は至って普通なので、このしんどさをなかなか分かってもらえません。ただし、先端巨大症の患者さん全員が私みたいな症状ではありません。ある患者さんはなんの問題もなく活発にスポーツを楽しんでおります。また、ある患者さんは様々な合併症で重度の障害を抱え、歩くのすら大変だそうです。

病気の大変さをここまで述べてきましたが、複数の慢性疾患を抱えていて辛いことだけではありません。確かに私は毎日病気と共に生きていて、沢山辛いことがあります。健康だったら経験しなくても良い苦難が沢山あり、挫けそうになってしまうことも度々です。だからと言って不幸というわけではないのです。そういった大変な思いをしているからこそ得ていることも多く、むしろ恵まれているとすら思うときだってあります。まず、私は人の痛みの分かる人になることができました。辛い思いをしている方々の思いを本当の意味で理解できるようになりました。また、病気を通して私は素晴らしい方々とお会いすることもできましたし、かけがえのないお友達をつくることもできました。

それに人の命の儚さと、それゆえの尊さも分かった気がします。私たちがこの世で与えられた時間は限られています。その時間の中でどれだけ意味のあることを成し遂げるか、といったことを今までは頭では分かっていましたが、病気になるまでは本当の意味を分からずにいました。今の私にはそのことが分かります。ですから、人の本当の幸せについても日々、意識するようになりました。限られた時間の中で、幸せだと感じることができなかったら、どれほど人生は空虚なものとなってしまうのでしょうか?そう思うと、私は自然と「病気を持っていても何が何でも幸せにならないと。私の幸せは私が作るんだ。」と前向きになることが出来たように感じます。

当然ながら、私だって抑うつ状態になることがあります。病の中で人生を呪ったこともあります。いっそのこと死んでしまいたい、と思うことだってあります。でも、私の命は実に様々な方々に救われ、また支えられているという恵みを思ったとき、何とも心が温かくなるのです。周囲で支えてくださるお医者さん、家族、友人、仲間と共に一日一日を精一杯生きていきたいです。自分の中では本当にどん底まで落ちた経験がある、だからこそ私は強くなったように思います。私の笑顔はその強みでもあります。

私がここまで至るには本当に様々な葛藤や苦難があり、今でもその闘いは続いております。それでも私は絶対に希望を捨てない、と心に決めたのです。私の主治医である、東京女子医科大学病院・内分泌センターの肥塚直美先生をはじめ、実に様々な方々に私の命は支えられています。そういった方々へのせめてもの恩返しは私が幸せになること、つまり笑顔です。先端巨大症にならなかったら無かった笑顔かもしれませんが、私はその笑顔で1人でも多くの方に希望を与えることが出来たら、と思っております。それが今の私の最大の願いであり、自分にできる限りでは最も重要なことなのです。